10話
長々と供述内容を書き下しても意味が無いのでここには要約したものしか載せないが、それでも読めば分かるだろう。
内容は以下の通りだ。
第一証言者・一年二組・佐藤太郎(セパタクロー部部長)
『えー、自分が委員室に行ったのは昼休みに入ってちょっと経った十二時十分頃です。指定されていた時間ピッタリに言ったので間違いないと……思います、はい。多分、ええ。鍵? それはもう開いてましたよ。中は電気ついてなかったですし誰もいなかったけど、取り敢えず入って待つことにしました。なんでかって? いや、そりゃ単純に遅れてるのかなー? って思ったんで。だって鍵開いてましたし。中で何かしたか? いや、何もしていませんって。ただぼーっと待ってましたよ。それで十分ぐらい……あ、これは元々予定されていた面談時間なんですけどね。十分経っても人が来なかったので、流石におかしいなあ……なんて思って外に出ました。十二時二十分丁度ですね。後から誰か来たか? いいえ。近くには何人か話してるのや移動している生徒はいましたが、入れ違ったりは無かったですね』
第二証言・一年一組・鈴木太郎(ペタンク部部長)
『話せって言われましても……。僕本当何もしてないんで話すことないんですよ? 委員室に行ったのは少し早くて、二十分頃でしたかね? ちょっと曖昧ですけど、予定だった三十分より早くついたのは間違いないです。部屋の中から人の気配もあったので少し廊下で待ってから入りました。そうしていたら中から人が出てきて、丁度入れ違う形で入りましたね。男子生徒でした。そこからは普通に面談をして……はい? 面談ですか? いえ、特に変わったことはありませんでした。誰と、と言われましても……。風紀委員の方ですよ。僕が入ったときにはもう準備してましたので、スムーズに終わりました。予定より全然早く。五分も無かったんじゃないですかね? 終わったのは十二時二十五分ぐらいです。その後は部屋を出て、教室に戻りました。他に誰か? いえ、誰もいませんでした』
第三証言者・一年二組・山田太郎(近場の銭湯探索クラブ部長)
『俺っすか? いや、だから犯人じゃないんで、マジで。面談に行ったのは少し遅れて、大体五十分ぐらい? いや、正確かはちょっと自信ねえけど。まあ大体そんなもん。予定だと四十五分からだったんで、結構焦ったね。でも前の人も遅れてたし安心したっすね。何故って? そりゃあ来たときにはまだ前の人が面談してたからですよ。委員室の中に人がいたし、ちょいと待ちました。そしたら人が出て行ったんよ。男子生徒っすねあれは。学ランでした。でも時間が時間で、もうすぐ昼休みが終わるって頃。なんで面談も無理っしょ? 断ろうって部屋の中覗いたら……ああ、うん。そうそう。誰もいなかったんよ。無人。変に思ったけど、まあ時間無かったんで帰ったね』
三人の証言を順番に聞き終えた俺達。
三人ともそれぞれがメモなり打ち込んだりした媒体に目を向け、無言で情報を読み取っている。
……うむ。まずはどれから突っ込んで行けばいいのか分からないが……
「……随分と有り触れた名前が並んでるな。ここまでくるともはやレアケースだ」
「あ、それあたしも思ったっす」
佐藤・鈴木・山田という日本名字ランキングトップスリーというだけではなく、名前もまた太郎でみんな同名とはあまり見かけない三人と言える。
「まあ、そんなことはどうでも良いんだが……」
さて、これからどうしたものか、と。俺は要点だけを書き連ねたメモに視線をやって椅子の背もたれへと体重を預けた。
ここは先程までいた三つの空き教室に近しい教室だ。
もう生徒はおらず、自由に使って良いと五条に言われ、席を借りている。ちなみに当の本人は証言を改めて聞き再度混乱したためもう一度尋問に参加するそうだ。
「聞くべきことは聞いたとは思うんだが……」
「そうだね。まだ問い詰めるべき箇所はあるかもしれないが過不足は無いだろう。質問を統一した点も初手としては評価出来るね。無駄に手を広げたところで誰が嘘をついているのか分からないのだ。比較するには必要なステップと言えよう」
「…………」
「どうかしたかい?」
「いや、課題だっていうのに俺の言葉に応対するんだな、って」
「別に答えを言うわけでもヒントを出すわけでもないので期待はしないでくれよ。あくまでこれを解くのは君だ。その過程に会話ぐらいはしてあげるよ。思考を整理するためには対話が必要だろ?」
「……その言い方だと、もう目星はついてるのか?」
「全てではないよ。全てではない。が、一先ずこの場で練り上げられるであろう理論は構築出来た。これ以上歩みを進めるには更なる情報を必要とするが、安心したまえ。答え合わせをする程度なら不足は無いよ」
「……ちなみに、その構築された理論にはこれが殺人事件に繋がる可能性でもあったりするか?」
「はっはっはっは!」
「笑ってないで何か言えよ!」
思わず大きな声が出てしまった俺だが、それでもホム子は答えない。諦めて俺は、もしかしたら何かしら殺人事件が起きてしまうかもしれない事件の考察を始めた。
「では、君の考えを聞いても良いかね? いきなり答えから行くのではなく、順序立てて思考を見せて欲しい」
了解、と俺は一連の供述に対する第一印象を口にした。
「まず明らかに証言の食い違いが見られるのは二番目・鈴木だ。こいつだけが委員と面談をしたと言っているし、第一証言者の入れ違ったという証言とも矛盾している。三人の証言者に一人だけ嘘つきがいるというのなら、本来こいつ以外有り得ないと判断出来る。なんだが……」
「それは無い。逆ならまだしも、嘘をついている人間が入れ違ったなどという証言をするわけがないだろう?」
その通りだ。俺は小さく頷いた。
「それに入れ違ったことを鈴木が認識しているのだとしたら、面談をした、なんて入違ったであろう佐藤に確認すれば即座にバレる嘘を使うとは思えない。そこすら嘘だという可能性もあるが、そうすることによるメリットが見えない。それに鍵の問題もある。悪意を持って物を盗もうとするならば侵入手段である方法を確保しているはずだ。鈴木だけがその手段を持っているのだとする。そうしたら一番最初に来た佐藤が部屋に入ること自体も難しくなるだろう。その点を考慮すればむしろ、鍵のかかっているはずの部屋に入り誰とも会っていないと言った第一証言者・佐藤が怪しいとも考えられる。なんだが……」
「それも無い。面談の有無という観点で見れば、それが真実だった場合証言が共通している第三証言者・山田と共に佐藤は正直者になるはずだ」
佐藤が犯人の場合鈴木と山田は正直者になる。
しかしそうなると面談をした佐藤と面談をしていない山田の二人の間に矛盾が発生してしまう。
「逆に嘘だった場合、面談は行われたことを意味するね。そうなれば鈴木は証言通り面談終了後即座に退出したってことになる。その場合、怪しくなるのは第三証言者の山田だ。二番目の面談者・鈴木が長い時間風紀委員室にいた、というこいつの証言は嘘になる」
「その場合は……ええっと……どうなるんすか?」
射場の質問に思わず俺は溜め息をついた。これは彼女に対する呆れなどではなく、この事件全体に対する不可解さへのものだ。
ここまで自分で説明していて、そして出口が見えて来たために漏れ出た息。まったく。嫌になる堂々巡りだ。
「これもまた矛盾だ。こいつが嘘をついているのだとしたら、結局最初に戻る。第一証言者・佐藤と第二証言者・鈴木の供述は一致していなければならないんだ。だが現に矛盾している以上こいつが犯人である可能性は一段と低くなる」
誰かが犯人だった場合、その犯人が嘘をついたことになる。
しかしその証言が嘘だった場合、別にある二つの証言が矛盾してしまう。
有り得ない。理論上有り得ないことが現実として今目の前にある。
いや、勿論この場合でも犯行を可能とする方法はある。例えば……
「あー! 分かったっす! はい! はい!」
俺が考え込んでいる最中今まで黙っていた射場は突如大きな声を出して挙手をした。
「はい、射場飛鳥君」
「っしゃ来た! 分かったっすよ、自分! 単純に、その面談したっていう風紀委員が犯人じゃないんすか⁉」
クイズ番組を見ているかのように楽し気な様子だ。
あまり物事を考えていない様子ではあるが、しかし射場が発した意見はある種納得出来るものであった。事実、俺が抱いていた可能とする方法はまさしくそういった類のものであった。
「可能性は高い。三人の内誰かが面談をした風紀委員と手を組んでいるって可能性もある。有り得ないことは無い。……が、極々単純に考えて、二人の人間がいないと言っている人物をいると考えるのは早計だな」
「発想としては非常に面白いと言えるがね。現状ではワトソン君の言う通り空想の域を出ない選択肢だ」
それに、仮に共犯説で考えたところで絶対に行き詰まるのだ。
一番目の佐藤に共犯者がいる場合、二番目と三番目の時間差に説明がつかない。その二者は嘘をつく必要性はないのだから、証言に相違が生まれるはずが無いのだ。
二番目の鈴木に共犯者がいる場合、彼が面談をしたという証言が更に無意味なものになる。一番目と三番目が面談をしていない以上共犯者の存在をわざわざ告白する者はいないだろう。
三番目の山田に共犯者がいる場合、一番目と二番目の証言者のすれ違いが説明出来ない。二者の証言が食い違う以上これもまたどちらかが嘘をついていなければいけないのだ。
「あ、そっか。じゃあ面談をしたって嘘をついてる二人目が犯人? いやでも、それだとあまりにも嘘がバレバレ過ぎるし……あれれ?」
考えれば考える程論理が廻る。
「……一番手っ取り早いのは面談をした風紀委員がいるかってことを確認することじゃないのか? そこさえはっきりすれば、後は簡単に決められる」
「難しいね。可能だが、今回の場合は難しい。風紀委員はこの学校最大の勢力だ。構成員の数だって馬鹿にならない。それらを一人一人調べたとしたら数日はかかるだろうね。しかも質問が悪い。誰かを見つける、ということなら捜索の最中に見つかるかもしれない。だがもしこれがいない者だった場合が問題だ。存在証明が簡単だが不在証明は骨が折れる。全員にヒアリングをし終えてやっと、いないことが証明されるのだ。目下の課題はスピード解決。今回の事件の場合、リミットが存在する。完全下校時刻というね。それまでに事件を解決しなければ犯人は手帳を持ち帰ってしまう。そうなればどうなる?」
だよな、と俺は言いながら頭が痛くなった。
「コピーを取るなり自宅で保管するなり、どちらにせよ手帳に書かれた情報は流出する」
「その通りだ。それこそが玲奈の恐れていることであり、我々に解決を依頼した根拠でもある」
「ったく。そんな物を学校に持ってくんなよ。……てか何が書かれてんだよ、その手帳」
「一応金庫で厳重に保管しているようだが、まあ盗み出された時点で管理がなっていない証拠だね。ちなみに書かれている内容は私にも分からない。ただやろうと思えば全校生徒を脅迫出来るようだよ」
「……見つけ次第燃やした方が世の為人の為だろ、そんなの」
しかしそんなことは言っていられない。思考を無駄話から事件へと戻し、現状の問題を洗い出す。
それにしても一つの証言がそれぞれお互いをカバーして矛盾を作り合うとは、大層ご立派な守備連携だ。
おかげでこのような面倒な事態となり俺に似合わない頭脳労働をするはめになってしまったではないか。
性分としては一人緩やかに、したくないことから遠い生活が何よりの幸福である自分だ。
こんな慣れない謎解きなどに労力を注いでいては頭が痛くなる。正直言えばお手上げだ。
そもそもとしてこれだけ頑張ったところで得られる物は無い。
故に謎を解くメリットも存在しないのだ。
そうして、脳内では一足早く帰宅するための言い訳が幾つも浮かんできた。
「どうだい? ギブアップかな?」
そんな俺の心理を見抜いたかのように、丁度良いタイミングでホム子は俺に降伏勧告を投げかけた。諦めるか? と。
諦めても良いのだ。それで失う物は何も無い。なのに俺は答える。
「言ったはずだろ」
「何をだい?」
……ああ。腹立たしい。とことん性根を見抜かれ、それを利用され、このようなしたり顔を見せつけられる。なんて腹立つ顔だろうか。これでは折角の美人が台無しである。
俺はガシガシと強く、自らの頭を掻きながら、もう一度言う。
「……………………馬鹿にされて引き下がるのは、好みじゃない」
俺は深く、はぁ、と溜息をついた。もう少し利口に生きれないものだろうか。我ながら、嫌になる。
そのまま意識して、自ら深く意識を底に沈めた。思考する際の準備だ。
周囲からの影響が自分に来ないように、何もない空間をイメージする。一度得られた情報を整理し。精査し、連鎖させ、俺は一つの解答候補を叩きだす。
「先に言うが、俺はお前のことをそれなりに認めている。知り合って間もないが、優秀だと認識している」
「ふむ。いきなりの誉め言葉は嬉しいが、世辞の一つで合格を与える程私は甘くはないよ?」
そんなんじゃねえよ、と反論する。そもそも世辞をしてまで欲しい合格などではないだろうが。
俺はあくまで敵前逃亡が嫌いなだけだ。力を振り絞って挑んで、その上で返り討ちに合うのなら俺は満足して帰る。
約束通り部室を返してもらい、そこで余生を過ごす覚悟だ。
「そんなお前に比べたら俺が今から言うことははっきり言って未熟だ。程度が低いし、方法論としても間違っている。自覚している。それを先に言っておく。耳汚しだと思って聞いてくれ」
……これは推論である。
事象の裏側に潜む『理屈』を推測する推理ではなく、与えられた前提から『結論』を推し量る推論だ。
そこに現実性や動機、手段などを見極める行程は必要無い。あまりに杜撰な意見。
だからこれは間違いだ。正しくない方法だ。それを自覚して俺は言う。
「射場。取り敢えず謝っておくわ」
「はい?」
「さっきお前の意見を早計だって言ったこと。謝る」
だがそれが自身に出来る最善だと俺は思う。故に自信を持って答える。
「────嘘をついているのは第三証言者・山田。方法は共犯だ」
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