5話(立ち絵あり)

下手ですがイメージ図として自作立ち絵があります

http://uploader.sakura.ne.jp/src/up178125.jpg

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 あまりに呆気ないそのやり取りに、俺は思わず何か質の悪い冗談なのではないかとも思った。


 今でも覚えているのは忌々しいまでに得意気なホム子の顔と、対照的にもう既に投げやりな顔をしていた五条玲奈。


 それと女子高生が身に着けるにはあまりに重々しい錆色をした手錠の反射ぐらいだ。


 数秒その場にいた者の空気は凍り付いていたので、きっと俺と同じように混乱していたことだろう。


 射場の方は俺とは別の意味で何が起きているのか分かっていない様子だったのでそう考えるとあの場において、名探偵と大悪党。そして大馬鹿者だけしか平常心でいられる者はいなかったと言える。


 だが流石にホム子の意味不明な物言いに対していつまでも黙っていられる程俺は図太い神経じゃなかったようだ。思わず言葉を挟んでしまった。


「……ふざけてるのか?」


「ふざけている、とは心外だね? そう思う根拠を是非とも聞いてみたいものだ」


「根拠も何もあるか。被害者である五条が犯人だとか、それじゃあまるで……」


「──自作自演、だね。まさしくそういうことだよ、ワトソン君」


「っ⁉」


 ホム子の回答に、俺はまさかとしか思えなかった。


「つまり……どういうことっすか?」


「なに、難しい話ではないよ」


 やはり場の流れについて来れていない射場に対し、ホム子は指を鳴らした。


「私が提示する根拠は三つだ。第一、この部屋には玲奈以外の者が入れなかった点」


「……いや待て。あまりにも単純過ぎやしないか? それ以外の方法を見つけるのが探偵ってもんじゃねえのかよ」


 俺の指摘にホム子はやれやれと首を横に振った。


「馬鹿馬鹿しい。探偵の仕事はありもしない密室トリックを思いつくことなのか

ね? ナイフで人を殺した事件を勝手に氷のナイフかもしれないと推理するのが探偵なのかい? 違うだろ? 私の仕事はただ真実を暴くことだけさ。何故密室だからと言って最初に思いつく鍵という選択肢をわざわざ外そうとする。非効率的かつ非現実的だね。少しはミステリー小説だけじゃなく現実を見たまえ」


 何より! そう念を押して続けた。


「当然のことながらここはありふれた学校施設の、ありふれた一室だ。抜け道もなければ隠し通路もない。そんな場所で、無理矢理密室トリックなど考え付いたところで果たして実用性はあるかね? 唯一考えられるのはこの部屋にある隣室に繋がったドアだ。あれは開くのかい?」


「中からは移動出来るけど、鍵はしっかりと施錠されていたわ」


「ちなみに何の部屋かな?」


「ただの物置よ。学校行事なんかの設営に必要なものがあったりするわ」


「つまりはそういうことだよ。それとも玲奈。この部屋にはもしかして、もしものために作っておいた通り道でもあるのかい? 例えば黒板の裏とかに。ほら、時代劇でよく見るじゃないか。掛け軸に隠されたりしているやつが」


「そんなわけないじゃない」


「だろ? 言ったように、先程までやっていたのは確認だ。この部屋にはそんな仕掛けはないし、窓の鍵はしっかりと施錠されていた。つまり密室トリックなど不可能なのだよ。私の言うことに何か文句はあるかね、ワトソン君?」


「……ない」


 探偵などとフィクションめいたことを言っている奴に非現実的だの言われるのは中々に屈辱的だ。だがホム子の言う通り、敢えて一番単純な事実を見逃すのは愚策と言える。


「勿論それだけじゃないさ。二つ目。実はこの事件、君は盗難事件だと思っているかもしれないけど、それは違うという点だ。思い出したまえ。玲奈はこの事件を何と呼んだかね?」


 確か……。俺は思い出そうと目を瞑り、


「紛失事件……だな。だがそれがどうした? 紛失も盗難も、要は同じことだろ?」

 チッチ、とホム子は指を横に振った。


「全然別物だよ、ワトソン君。玲奈は一言も盗まれたとは言っていない。彼女が使用したワードは紛失であり、何者かがこの部屋から運び出した、と。それだけだ。盗難ならば被害者は自分であり、必然的に加害者が生まれるだろ? だから彼女は敢えてその語を使用しなかったんだよ。そうすることで運び出した何者という言葉に、五条玲奈自身を加える選択肢が生まれる。これは私に対するヒント……ではないだろうね。彼女なりのルール、もしくはけじめかな? 依頼という前提条件に嘘は無く、ただし真実は決して言わない。つまりは勝負。挑戦状だ」


 大仰な身振り手振りで話す彼女が醸し出す空気は、まるで一人スポットライトを受けるワンマンステージだ。


 奇抜な発想は無く、論と論の間に淀みは無い。ただ事実を淡々と述べるだけで彼女は一つの真実を描き出す。一言一言を噛みしめ、納得し、次の論理へと繋げていく。


「三つ目。これが個人的には一番確証ある根拠だね。つまりは彼女の性格さ。五条玲奈は非常にプライド高く、体面を一番に考える俗物的人種だ」


「ちょっと! さらっと私のこと馬鹿にしないでよ!」


 抗議の声を無視し、ホム子は続ける。


「事実じゃないか? あっさり私に負かされて涙目になってる奴を馬鹿にせず誰を馬鹿にすればいい。いいかね? そんな彼女が、だ。他人の悪口を書いた閻魔帳を鍵付きとは言えそのまま放置しておくと思うかい? 自分の物が盗まれたからと、気に食わない私に個人的な依頼をするかね? それも新聞部が取材に来ているタイミングでだ。するわけがない。もしそのようなことが起きたのなら、彼女は間違いなく自分の手で解決するはずだ。そこまで推理したならば後は簡単だ。彼女の行動の意図を逆から思考してみればいい」


 一つ息を吸い……


「何故手帳を放置した? 盗まれないと確信していたからだ。盗まれない物の捜索を何故私に依頼した? 私をここに呼ぶことそのものが目的だったからだ。嫌いな人間の功績を大衆に知らしめたいかい? ノーだ。むしろ私ならその者の恥の方を晒したいものだ。私以上に性格の悪い玲奈なら尚更そうだろう」


 ズンズンと、根拠を一つ言うごとにホム子は五条へと詰め寄った。対する五条はそれらに対し心当たりがあるのだろうか。


 性格が悪いなどと言われているにも関わらず顔色を悪くするだけで反論は何もない。


「君は私を憎いとは思っていないだろし、先程言ったように私を有用だと思っていることに間違いはないだろう。しかしそれらとはまた別に、この学校で私が高い評判を得ていることを面白くないと思っているのは知っている」


 後は簡単だ。


 ホム子は一指し指をピンと上へ突きつけた。


「見つかるはずの無い物を探させて、それを記事にする。成程。待ち受ける結末は依頼失敗という不名誉しかない。そうなればこの名探偵を名乗る私にとって手痛い失態となったことだろうね。君の目的はそれだ。私の評判を落とすこと」


 ふふふっ、とホム子は心底楽しそうに腹を抱えて笑った。


「だが残念。忘れてはいないか? そんな企みを暴くからこそ、人は私を名探偵と呼ぶのだよ」


 彼女は五条から視線を切って振り返る。こちらから見たその構図は、室内を照らす西日で輝いており……


「さあ、しっかりと記事にしてくれたまえよ、光石望女史。……ああ、角度はこちらからだ」


 新聞部の少女にデジカメを構えさせるホム子。


 後で見せつけられた写真には、大層鼻持ちならないしたり顔が映っていた。

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