4話 (立ち絵あり)
下手ですが自作のイメージ絵的なものです
http://uploader.sakura.ne.jp/src/up178127.jpg
────────────
『親愛なる名探偵へ。本日四時頃我らが活動拠点にて盗難事件が起きた。盗まれたのは私の大切な手帳で、しかしその時間の委員会室は鍵のかかった密室でありました。もし貴君の意見を伺えたら非常に参考となります』
ホム子が射場から渡された手紙。綺麗な字で書かれた手紙の文末にある名前には知った役職名が添えられていた。
「風紀委員会委員長、五条玲奈(ごじょうれいな)ねぇ……」
ホム子の行くぞ、という呼び掛けから十分程経過したのだが、俺たちは未だ旧校舎の廊下、部室の前にいた。
さあ行こうと言った奴に限って準備ができていないというのは古今東西よくあるもので、その例に漏れずあの後かの名探偵は、やれ私の帽子はどこだ⁉ だの、やれお気に入りのマントがない! だのでひと騒ぎ。しょうがなく教室の外で待ち、俺は暇潰しに手紙を読んでいた。
そうしているとやっと支度が終わったようで、ホム子はドアを開け出て来た。
「待たせたね。さあ行こうじゃないか」
そう言う彼女の格好はハンチング帽にチェックの肩掛けと、どこぞの探偵のコスプレのようなものだった。
「随分遅いじゃないか」
「ははは! 女性にそのようなこと言うものじゃないぞ、ワトソン君。いいかね? 女の子というものはいつでもどこでも、誰かに見られるときは美しくありたいものなのだよ。殿方や大衆に見られる、というのならなおさらだ。君はそういった機微というものを読み取りたまえ」
「相手が優しい黒髪ロングの大人しめ委員長タイプだったらそういう努力もするんだがな。生憎好かれたいと思う相手じゃない限りそこまで頑張ろうという気が起きん」
「……君は少々私に対する当たりが強過ぎるんじゃないかね? ……しまいには泣くぞ?」
「その返しはズルいのでやめろ。そもそも、俺がこれについていく必要があるのか? もうそろっと帰りたいんだが……」
「森秋教諭に言われてはいないかい? しばらくは私と仲良く活動をしろ、とね。正当な理由なき早退は協調性なしと捉え、そのように報告させてもらうよ」
「……そのやり方はズルいからやめろ」
なにも反抗できなくなる。
そもそも主導権をそっちが握っているのはおかしな話じゃないか。
むしろ俺の方から「この人協調性ないです!」と報告したいものだ。
……それをしたら俺の方が首切られるんだろうな。
まあいい。期限は一か月ほどだ。そこさえ超えれば一先ずは自由と権限を得られるそうなので、そこまでは彼女の言う通りにしておこう。
そう判断し、その上で納得のできなかった疑問を口にする。
「偉そうに準備なんて言うが、〈大衆〉なんて言うほどの数がいるわけじゃないだろうが、これから行く場所に」
ふふ、とホム子は笑って俺の返答を誤魔化す。そして彼女はこちらの手元にある紙を見て、
「で、その手紙はもう読んだかね?」
「まあな。……こういう依頼って多いのか?」
「ああ、そうだとも。それが探偵としての責務だからね。──しかしその手紙は珍しい」
「どっちだよ」
ホム子との問答はいまいち要領を掴めないので疲れる。
「依頼ではなく差出人の話さ。彼女……風紀委員長とはあまり仲がよろしくなくてね。内容どうこうじゃなく、このような礼儀正しい文書を送ってくること自体が珍しいのさ」
「知り合いなのか?」
少しだけね、と前置きをするホム子。
「当学園の二年生。私たちと同級生だね。性格は傲慢かつ短気。基本的な能力自体は優秀ではあるが、そんな自身の優秀さに鼻にかけた自尊心の高い性格さ。実家が裕福で幼少期から甘やかされて育っているのでその点も人格形成に一役買ってるのかもしれないね。容姿は私にこそ劣るが悪くはない。左利きのAB型であることを密かに自慢としている可愛らしい面を持つのが個人的なプラスポイントと言えよう。それと致命的なまでに機械に疎いという弱点もあるね。彼女が機械類に触れるだけで壊れはしないかと冷や冷やだ。──知り合いの定義というのはわからないので、その程度のことしか知らないとだけ言っておくよ」
「十分ご存知なことで。なんだ? 俺の時ときといい探偵っていうのは個人情報探るのが趣味なのか?」
「趣味ではなく仕事だよ、ワトソン君。それに探るのではない。情報を見つけるのさ」
「ほむっちは何でも知ってるっすからねぇ。アタシのスリーサイズとかもいつのまにかバレてたし」
「悪趣味な仕事だな。……あと、さっき指摘するの忘れてたがワトソン君ってのはやめろ。勝手に人を助手扱いするな」
そんな無駄話をしていれば、いつの間にか目的地に到着していた。
目の前にあるのは一つの教室。
通常のものより幾らか大き目に感じられる部屋扉の上部には、威厳あるフォントで『風紀委員会』と書かれている。
新校舎の最上階にあるそれは、当然のように移転した先の文芸部室なんかよりも圧倒的な清潔感を漂わせていた。
こういった現実を見せつけられると改めて我が根城があのような小汚い場所に移動したこと、何より隣の変人と同室を利用せねばならないことに深く絶望してしまう。
「…………」
「何かね、私の顔をじっと見て。惚れたかい?」
「ははっ。……馬鹿を言え」
くだらないやり取りをしているとホム子は扉に手をかけた。ノックなどするはずもない、という風に勢いよくスライドさせたドアは大きめな音を立てて衝突音を響かせ、現れた向こう側の数人がびっくりした顔を向けた。無遠慮にも程があるだろ、おい。
「ちょっと! ノックぐらい……‼ ……した方が、良いんじゃなくて……?」
案の定、内部の人からお叱り……と言うには少し行儀よく、ぎこちない声が飛んできた。
言葉の主はこれまた有名人。ここの長である五条玲奈だ。
話したことはないけれど隣のクラスの者なので見たことはある程度の認識だが彼女に関して知っているのはホム子とは対照的に、良い噂の方が多いだろう。
身元不明のホム子とは違いこちらはハッキリとハーフだと聞いている。
ブロンドの髪はウェーブがかかっておりザ・お嬢様といった印象だ。
眉目秀麗な容姿と立ち居振る舞いからは高貴さを感じるが、実際に母は英国大企業の御令嬢。
父は弁護士だとかなんとかで、俺のような一般庶民とは違う世界の上流階級である。
「どうしたのかね、五条玲奈女史。普段とは違って随分と歯切れが悪いじゃないか。私としては君の遠慮ない物言いは結構好意的に評価しているつもりなんだがね。それを貰えないとなると一抹の寂しさを感じてしまうよ」
「おおおおおっほっほっほ……‼ い、いったい何を言っているのかしら? 私はいつもどこでも、常に優雅で落ち着いているじゃない。ね、ねぇ?」
そんな五条を俺も様子がおかしいように感じられた。勿論普段の彼女の様子など知ったものではなかったが、それでも違和感というものは万人に対して醸し出されるようだ。
彼女の問いかけに対し、ぎこちなく同意するその他の役員達の態度がその証左だ。
何事かと思い室内を見渡した俺がこの部屋にいる俺達以外の『外部』の姿を認識したのはホム子が答え合わせをするそのときだ。
「ふっ。君の傍若無人は有名だよ? 隠そうとするのは今更でしかないんじゃないか? そんな風に無理強いをした質問を周囲にするなら尚更、だ。……ああ、そこの君。新聞部の腕章を付けた君だ。知っているよ。校内新聞の名物コーナー、『有名人の一日密着取材』の最中だね? 私も何度か取り上げられたことがあるのだよ。知っているかい? ああ、もし写真を撮るならこっちの角度から取ってくれ。勿論どこから切り取っても私は美しいが、それでも大衆に見られるなら一番美しい私を見せたいのでね。この角度が一番美しいのだよ。そう、そこだ」
丁度俺達がお邪魔したのはインタビューかなんかのタイミングだったようだ。五条玲奈と対面する形で席に座っていたペンを持った小柄な少女。
そんな彼女に面倒くさく写真を撮るように要求をするホム子は果たして自尊心以外の感情を持ち合わせているのだろうか。疑問に思うが、こんな奴の内心など知りたくも無いので捨て置こう。
新聞部であることを証明する腕章を身に着けた少女は言われるがままにホム子のことを撮影し始めた。
(……知ってたのか?)
(言ったろ? 自尊心の高い性格だって。あんな丁寧な手紙を送る以上、傍に第三者がいるだろうなと当たりをつけていただけさ)
俺は小声でホム子に問いを投げかけた。主語も何もあったものじゃない質問だが、意図は通じたようで、向こうも小声で答える。成程。校内新聞の記者が来ているのを想定していたのなら、ホム子があれ程身支度を整えるのに拘ったわけだ。それで大衆に見られる、か。
「まったく……。貴方に傍若無人なんて言われるのは心外だわ。それで、そっちの男は誰? 読んだ覚えは無いのだけれど?」
はぁ、と息を吐く五条。どうやら対面を取り繕うつもりはもうないようだ。まあホム子のような神経を逆なでするような奴と会話するのだ。余程の名女優でなければきっと遅かれ早かれ化けの皮など剥がされてしまうことだろう。諦めるのは良い判断だと思う。
「助手のワト「部長だ」……。助手のワトソンく「文芸部の部長で、つまりはこいつの上司。和田進一だ」……君は人の話を遮るのが癖なのかね? あまり良い趣味ではないと思うぞ、私は」
「お前こそ初対面の奴がいるのに適当なことを言うな。ほら、そこの新聞部女子も混乱している」
視線を向けたのは新聞部の少女。俺の肩書が右往左往しているせいで筆もまた何を書けば良いか分からずに困惑しているようだ。ほら見ろ、メモを書いたり消したりしている。
「とにかく俺のことは普通に和田進一。こいつの変な戯言は無視してくれ」
「承知しました」
言うなり、少女は書きかけのメモ帳のページを切り取り、引き裂き、細切れにした。
あまりの即断即決っぷりと過激な動きに、俺は思わず呼び止める。
「い、いや。そこまでしてくれなくても良いんだが……」
「いえ。この光石望、ジャーナリストを目指す身として情報提供者との協定は命の限り守る覚悟でして。勿論それが隠してはならない真実であるならば命の限り暴く心づもりでありますが。あ、これをどうぞ」
差し出された名刺に記されていたのは光石望(みついしのぞみ)という名前と、一年二組、そして新聞部所属という肩書だった。随分と明るい名前だというのが第一印象だった。
「……真面目だな、おい」
「そうだね。爪の赤を煎じて君に飲ませたい程だ」
「いえ、私などまだまだ未熟です。先輩方の背を追い、日進月歩の思いで過ごしています」
……ふむ。
「同感だな。俺もこの謙虚さをお前にも覚えて欲しいと思ったぞ」
「……そろそろ漫談はいいかしら?」
口を挟んだ五条はその後、そういえば……、と何か思い出した様子で続けた。
「文芸部……ね、確かそういう話もあったわね、思い出したわ。……貴方、これの手綱を渡されるなんてどんな悪行をしたのかしら?」
「自分に真っすぐ正直に、波風なく生きて来たつもりなんだがな。どうも昔から貧乏くじを掴まされる体質らしい」
「それが本当だとしたら心の底から同情してあげるわ。そして心の底から貴方の不運に感謝してあげる。ジョーカーを引いてくれてありがとう」
「今からでも遅くないぞ。俺からババを引いてくれた今度は俺があんたに感謝するが?」
「冗談。今まで握っていたのだからこれからは楽させてもらうわ。決して離さないでね?」
可愛い女子から「離さないでね?」などという言葉を掛けられるというのはきっと世の多くの男子の望みの一つではないだろうか。俺もその欲望を持った一人だという自負があったのだが、不思議なことに嬉しさが微塵も湧いてこない。
「……はて。もしかして君達、私のことを馬鹿にしてはいないかね?」
何故この女はここまで言われている悪口を悪口じゃないと思えるのだろうか。
「……まあどうでもいいわ。今後とも縁があれば良しなに」
「こちらこそ。それで、何で呼ばれたのか聞いてもいいか? さっき移動してきたばかりで事情も背景も良く分からねえんだ。……いやまあ、分からなくてもいいし、正直早く帰りたいんだが」
「馬鹿を言うな。君は友人であり相棒である私を置いて帰るつもりか? そんなこと許すはずがないではないか。助手の君がしっかり話を覚えていなければ、どうやって私の助けをするのかね?」
「……帰っていいか?」
「はぁ……。本当にこの女は……。少しは事情とか説明しておきなさいよ……」
溜め息をつき呆れ顔を見せる風紀委員長は、いいですか? と前置きして俺に視線を向けた。
「……風紀委員では生徒の要望を聞く目安箱を設置しているの。紛失物の捜索から校内で起きた揉め事の処理とか、ね。人員だけはいるから幾らでも対応は出来るのだけど、やっぱ平のやる気のない奴らに任せたってどうしても限界はあるでしょ?」
「言い方が酷いな」
「事実よ。なので舞い込んできた仕事の何件かを外部に任せてるのよ。それで、その中の一人がこの自称名探偵。今回呼び出したのもそういった案件ってことよ」
「こんな面倒くさい奴相手によくもまあ、そんな仕事振れるな」
俺ならこんな奴に貸しは作りたくない。それは彼女とて同意なようだった。
「私だって本当は嫌よ。性格は最悪で協調性は皆無。卓越してるのは人の神経を逆なでするワードセンスとトラブルを引き寄せる悪運だけ。どれだけこの学校に迷惑かけていることやら。……でもね、使えるものは余さず使う主義なのよ、私って。いくら面倒くさかろうが事件を引き寄せようが、それで便利になるなら涙を飲んで使用するわよ」
話は分かったかしら? とそこまで話して五条は俺に確認をした。大体の旨と、それでもなお分からない俺が連れてこられた理由を胸に収め、ああ、と話が進行することを促した。
「で、ここからが本題。丁度この子にも話していたところなんだけどね」
「…………よろ」
新聞部の少女・光石は小さく頷き、高級そうな万年筆を握っていない、右の方の手でピースサインの挨拶をしてきた。表情に変化はなく無表情だ。挙動とのギャップにこの少女が本気で言っているのか彼女なりの冗談なのか、分かりにくいと思った。
五条は改めて周りを見回してから口を開いた。
「ちょっと困った紛失事件が起きたの。解決してくれないかしら?」
「どこで、いつ、誰が?」
「ここで、今日の昼に、私がよ」
ホム子の簡潔な問いに五条の簡潔な答えが間髪を入れずに返って来た。頭の良い者同士の会話というのは無駄がないと言うが、傍から見ている側からするといささかコミュニケーション不足にすら思えるやり取りであった。
ふむ、とホム子は椅子に深く身を預けて脚を組んだ。
「紛失事件。しかも被害者が風紀委員長、か……。大胆なものだね」
「ええ。不届きにも私の持ち物をここから運び出した人がいるらしくてね。犯人を見つけ出して欲しいの」
「それで今日は委員の数が少ないわけだ。みんなその捜査に駆り出されているのかい?」
「ええ。私たちの沽券に関わることですしね。人海戦術は基本でしょ?」
確かに委員会室にいる風紀委員の数は想定していたものよりもずっと少ない。通常業務をしているのは委員長である玲奈を除けば二人だけだ。この広い部屋に似つかわしくないそのガランとした光景は、この学校で最大勢力を誇る風紀委員会室では通常見られないものだろう。
「家に忘れたとか、どっかに落としたってことはないのかい?」
「私が今日それを持っていたのは他の委員も見ていることよ。当然落としたでもないわ。昼休み前にはこの風紀委員室にしっかりと机に置いておいた。だけど放課後来てみたら無かったのよ」
「事件発生前後に怪しい人物を見たって人はいないのかい?」
「昼休みの時間帯にはいなかったわね。ここは校舎最上階の端っこでしょ? 元々人通りも少ないから誰か通れば記憶に残っているはずだし、委員の誰かも見ているはずよ。風紀委員の業務に関係のない人物は通らなかったと断言するわ。授業中なら分からないけど」
「部屋の鍵は?」
「職員室に一つと、私が肌身離さず持っているので一つ。昼休みの終わりに施錠して開錠したのは放課後よ。職員室の方は持ち出しに許可がいるし、何より顧問の先生がしっかりとデスクに保管してある。私のが盗まれた、なんてこともない。勿論壊されているなんてこともなかったわ」
矢継ぎ早に放たれるホム子の質問に、五条は淡々と答える。
ホム子を毛嫌いしていた五条だが、その性質と言うか思考速度はきっと同じくらいなのだろう。
「顧問が盗んだという可能性は?」
「風紀委員の顧問は今日風邪で休んでいるの。さっきの補足にもなるけど、欠勤中に他の教師に鍵を預けている、なんてことも聞いていないわ。今も鍵はデスクの中よ」
言って、五条は学生服のポケットから鍵を取り出した。どうやら彼女が面倒な、と言った理由は自身の私物が盗まれたことだけではなく状況そのものも指してのことだったようだ。
話を聞く限りではこの紛失事件の状況はまさしく密室と呼べるものになる。
「質問いいか? 無くなったって、一体それはなんなんだ?」
それまで聞いているだけの俺だったが、二人の会話に疑問を挟み込む。
気になったのは紛失したとされる物品。ここまで真剣に探すとなると財布かなにかだろうか、と当たりをつけながら訪ねたが、返って来たのは意外なものだった。
「手帳よ。私の愛用してる、緋色の手帳」
「手帳……。『風紀委員の閻魔帳』か」
「知ってんのか?」
俺の質問に、ああ、とホム子は答えた。
「それなりに有名な噂だね。風紀委員長が常に持っている緋色の手帳。校内で起きた事件や一部生徒の悪事、押収した物品リストなどを記した閻魔帳。職権で得た情報を基に脅しのようなことをして、随分と恐れられているそうだね」
「まあ、噂とは恐ろしいものね。ただの仕事用手帳ってだけで、そんな風に悪しざまに言われるだなんて。ほほほ」
「……どちらにせよ、盗まれるに足る動機はあるってことなのか?」
「間違いないね。アレを読めばクラスのマドンナの心から来期のテスト範囲まで、欲しいものが手に入ると思っていい。この学園に通う者なら誰しもが欲しがることだろう。無論、そこに情報が書かれている人だってね」
弱みを握られている人間だったら確かに盗み出したいことだろう。動機という観点で絞るのは難しそうだ。
「おや、文句を言っていた割には存外積極的だね?」
「帰っていいんなら今すぐ帰りたいぞ。帰っていいか?」
「冗談。もし君が無理にでも帰ってみたまえ。職務放棄は怠慢だ。森秋教諭に報告して君をあの部室から追い出した上に、見つけ出した手帳から君の秘密を見つけ出して学校中に暴露させてもらうよ。ああ、もし君に他者から知られたくない秘密が無い、というんなら好きにしたまえ」
「無理矢理引っ張ってこられた上に勝手に秘密を暴露される可能性があるのか俺は……」
理不尽にも程がある。
本日の俺に自由意思というものがないのは理解している。
「ならさっさと終わらせて帰る方が合理的だろ? 積極的にもなるさ。……っていうかその手帳って俺の秘密も書いてあんのかよ」
「当たり前でしょ。どんな木っ端でも秘密は握っておいて損はないもの」
「木っ端って……いや、それより載ってるのかよ……!」
言葉に怒ろうとしたがそれよりも改めて秘密を握られていると面と向かって言われたことの混乱の方が大きかった。一体どのことだろうか。心当たりが多過ぎて特定出来ない。
戦慄している俺を後目にホム子はまとめに入った。
「つまりはこうかね? 手帳が無くなったのは昼休みから放課後までの間。風紀委員室は密室であり、自由に入れたのは被害者である玲奈と顧問だけ。その顧問は本日欠勤なので実質一人。動機を持つ者は複数有り、と」
ふむふむ、と何かを確認しながら、ホム子は部屋の中を闊歩する。もはや俺達は眼中にないといった感じだ。
教室の前にある黒板に触れ、一筋指の跡を残す。動きは止まらずそのまま窓へ。ガタガタと揺らしてしっかりと施錠されているのを確認し、風紀委員の誰かに聞く。ここは事件当時も閉まっていたのか? と。数人が首を縦に振って肯定を示すが、視線は既にどこ吹く風だ。
「……失礼なことを聞くが光石さんは? 彼女も今日一日この部屋をうろついてても不審じゃない人なんだろ? 密着取材してるぐらいだし。それに新聞部だったらそんな手帳欲しいだろう……し…………なんだよ?」
何の気なしに俺はそういった考えを口にした。特に深い意味はなかったのだが、何故か射場が随分と侮蔑を含んだ目で俺を睨む。
「……わだっち、こんな幼気な後輩を疑うとかサイテーっすよ」
「ちょ、ちょっと待て! 俺はあくまで可能性を言っただけで……」
「だとしても酷い人ね。こんな無垢な少女を疑って……」
「いえ、和田先輩は悪くありません。疑われるような私が悪いのです……」
ぅう、と涙をこらえるような仕草を見せる光石。
「……なんだその……すまんな」
「いえ、大丈夫です。……ウソ泣きなので」
「……なんだこの後輩は。どこが幼気で無垢なんだよ」
俺の訴えは誰の耳にも入らず、そして俺の発言に光石は心外だとばかりに首を振った。
「しかし私が盗んだ、ですか。あまり見くびらないで頂きたいです。この光石、スキャンダルのためなら犯罪もいといませんが他人のネタを盗んでまで記事にする程腐ってはいません」
「……今ちらっと犯罪もいとわないとか怖いこと言ったぞ、おい」
後輩のキャラを未だ掴み切れない俺は助けを外部、ホム子へ求めた。
しかし彼女はそんな俺の訴えに気付かなかった。ひざまづき、寝そべり、覗き込む。細かな所から暗い所まで。必要あるのか? と問いたくなるような場所まで念入りに調べ上げる様子は、楽し気な表情も相まってまるで人懐っこい犬のようにも思える。
そんな光景をじっと見つめる俺と五条玲奈。そして横で静かにシャッターを切る光石望。
「……何か分かったかしら?」
顎に手を当てて思考するホム子に、一通り調べ終わったと判断した玲奈は尋ねた。
「分かったか? と問われたならば答えは一つだね。分からない、だ」
言葉の割に随分と自信満々なホム子に向けた俺の怪訝な視線だが、気付いた彼女はそれを認識したまま続ける。
「いや、正確に言えば分かっていたことしか分からなかった、と言うべきだね。勘違いして欲しくないので言うが私が今さっきしていたことは調査でも何でもないのだよ。空が青いことを確認するために空を見上げるような、つまりはそういうことさ」
いつも以上に偉そうで遠回しな物言いに思えるのは口調から皮肉めいたものを感じるからだろう。生憎、何がどうなって「つまりはそういうこと」になったのか、俺には分からなかった。
さて。ホム子は改めて周囲を確認してうやうやしく頭を下げた。
「お待たせしたね。要望通り、事件を解決しようじゃないか。……ああ、正しい依頼は紛失物の捜索だが、これでも忙しい身なのでね。手っ取り早くこの事件の犯人を教えてあげることにするよ。なのでそこから先、手帳の行方に関してはそちらで頑張って聞き出して欲しい。いいかい? それでは五条玲奈女史、起立を願うよ」
座っている玲奈の脇に腕を通してホム子は無理矢理に彼女を持ち上げた。その扱いに少しむっとしたのか、反抗的な視線を向けるもホム子は一切気にしない。しっかりと立たせ、そのままホム子は五条の眼前へと回る。
そして直後。それまで部屋に響いていたシャッター音という唯一の無機物音とは別に、新たな金属的な高さを持つ音がした。
カチッと音を鳴らした物の正体は驚くべきことにいつの間にかホム子が取り出していた手錠であり、何より驚きだったのは……
「────さあ、諸君。我々をくだらない茶番に巻き込んだ大悪党、五条玲奈を紹介しよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます