1話 (立ち絵あり)

下手ですがイメージ図的なキャラ絵です

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「……部室統合、ですか」


 はぁ、と俺は気の抜けた返事を漏らした。


 五月。大型連休を消費し終え未来への絶望と、抜けきらない休みボケを背負い二重の苦を感じながらなんとか登校したその初日。担任教師から呼び出された。


 寝ぼけた頭を起こし、放課後向かった職員室で俺が告げられたのはそんな話だ。


「そう。文芸部顧問の柏崎先生からはもう了承を得ているから、後は適当によろしくね」


 数学教師の森秋楓(もりあきかえで)は、こちらも俺と同じくらいやる気のなさそうな様子でそう告げる。あまり顔を合わせたことのない相手だが、どうも好きになれない教師だ。


「今更……というか、随分中途半端な時期ですね」


 新学期が始まって一か月。新入生もあらかた入る部活を決め、予算に至っては前学期に会議が終わっている時期だ。それを考えると今更という他ない。


 ……なお、我が文芸部の入部者はゼロであった。


 質問に森秋先生は、それがね、と前置きをして答える。


「今年の一年生はアグレッシブな子が多くてねぇ。なんと新規のクラブが三つも出来ちゃったのよ。そこらへん調整してるうちにあれ、これ部室足りないかな? という話になっちゃった」


「ちゃった、じゃないですよ。……ちなみに新設される部活ってなんですか?」


「セパタクロー部と男子ペタンク部。それと近場の銭湯探索クラブだね。興味ある?」


「……銭湯は少し興味ありますね。風呂好きなんで」


「趣味は温泉巡りだっけ? 随分年寄りくさい趣味持ってるよね、キミ」


「いいじゃないですか、温泉。健康によくて気持ちいい。風呂上りの飯は格別だし、休憩スペースでゆったり出来る。一日潰そうとしたら最高のコンテンツですよ」


「一日潰すことを目的にした趣味、というのがなんとも年寄りくさいと言っているんだよ、キミ」


 案の定マイナークラブだ。まあこの学校にマイナークラブなんてもの腐るほどあるので最早珍しさなんてものは無いが。……いや、最後のはマイナーとかそういう次元じゃないか。


「それで先輩も卒業し新入部員もいない、部員数一名の文芸部が追い出される形になったと?」


「まあそんな感じかな。なので似たような活動してる団体と部室を統合して部屋を開けてもらおうって、つまりそういうこと」


「……他にも色々あったでしょうに。自分、一応真面目に活動してたんですけど? 幾つかある有名無実系部活と違って」


 俺の言葉に森秋先生は、そこなんだよねぇ、とより一層疲れた風に呟く。


「サボっていたんなら問答無用で廃部にできたんだけど。君が変に真面目だったせいでそれは無理だったのよ。流石にいきなり廃部は可哀想だから譲歩して部室統合になったわけ。感謝していいのよ?」


「なんの回答にもなってないんですがそれは……」

 

この教師頭おかしいよなぁ、と改めて思う。


 それにしてもサボっていなくて本当によかった。クラブ活動強制とかいう今時珍しいこの学校、廃部なんてなったら違うクラブに入りなおさなきゃならなくなる。


 そんな事態はお断りだ。


 今更新しいコミュニティに馴染むなんて面倒をしたくはないし、なにより我が愛しの文芸部以外であれほど楽に、かつ気楽に放課後を過ごせるものはそうそうない。


「まあいいや。新しい部室は元々先生が担当していた団体の所になるから、そっちに移動をお願いね。動かすものがあったら自分でやっておいて」


「……先生は手伝ってくれないんですか?」


「やるわけないでしょ。ほら、先生非力だし?」


 ほら、と言い自らの細腕をアピールする森秋先生。


「……確か先生、学生の頃は陸上部だったとか。インターハイ出れるぐらいの」


「あ、そうなのよ。知ってたの? 嬉しいなぁ」


「……非力、なんですか?」


「あらやだ、和田君。……だって面倒臭いから手伝いたくない、なんて教師が言っちゃ駄目でしょ? 察しなさいよ、そういうこと。そもそも私文芸部とは関わりないし手伝う義理もないんじゃない?」


「……さいですか」


 この教師に対する期待などは一切を捨て、頭の中では備品移動の算段をつけはじめた。……だが、


「一人って……。あの量をですか?」


「うん。頑張ってね、文芸部の大移動」


 気楽に言ってくれる。脳裏に浮かぶ先人たちの遺産。膨大な量の書籍を一人で運ぶというのは、もう既に憂鬱だ。


 それともう一つ。憂鬱になり得る気になったワードを俺は問いかけた。


「部活じゃなくて団体、なんですか?」


 言い方ひとつに気をかけるような性格ではないが、しかしそのカテゴリに嫌な予感を覚えた。


 団体とはつまり部活動ではなく同好会などを指し示す言葉になる。格的にはあくまで部室の方が上、といった感じか。


 そういった同好会はこの学校に数あるが、その中でもひとつ、あまり噂なんかに詳しくない俺ですら知っている面倒くさいクラブがある。そのひとつこそがまさしく、目前の教師が担当するものであった。


 そんな俺の悪い予感に対し森秋先生はうん、と頷く。


「君が移動するのはミステリー研究会。旧校舎の二階だよ」

 ……最悪の展開である。




 ここ出雲崎高校には多くのクラブがある。方針として文化系体育会系問わず学校が力を入れており、その影響もあってかメジャーなものからマイナーなものまで様々だ。生徒はいずれかの部活に入ることが必須であり、俺のような不真面目な奴にとっては肩身が狭いものがある。


 ミステリー研究会もその一つだ。部員数一の、うちと同じく弱小クラブである。


 それがある旧校舎は学校敷地内の端っこ。数年ほど前に学校の改築があり、今では部室棟として開放されている、木造の古い建物だ。


 残念なことにその旧校舎から新校舎は遠い。


 そんなところまで重い書籍を運ぶというのはそれだけでも重労働になる。


 新校舎の方にも当然新しい部活施設もあってそれなりのスペースこそはある。だがしかし大手クラブへ優先的に領土が割り振られているのが現状だ。


 ちなみに文芸部は校舎の一室を使っていたので部室棟とはまた別枠になる。なので今まで面倒な施設争いとは無縁にいられたのだが……


(……とうとう皺寄せがここまで来てしまったのか)


 誠に残念である。


「……はぁ。あと何往復すればいいんだ、これ」


 元の部室からいくつかの書籍を段ボールに詰め、運んだ先で一人息をもらした。

 

 これを何度も持ちながら行ったり来たりするのは気が滅入る。


 そんなことを思いながら俺は辿り着いた教室の前で立ち尽くした。


「…………」


 ──最悪。先程そう思ったのは、なにもこの運び入れに関することではない。


 もちろんそれもあるのだが、なにより最初に懸念したことは目前のドア向こうにある存在のせいだ。ミステリー研究会はちょっと名の知れた団体で、その甲斐あってあまり詳しくない旧校舎のこの部屋にまで迷わず重い荷物を運べたのだが……


「……ここでいいのか?」


 掛けられたプレートに書いてあるのは『探偵部』。


 場所はあっているはずだ。それは間違いなかった。


 しかし見たことも聞いたこともないその名に少し思考が止まった。果たしてここであっているのだろうか。そんな不安を抱く。


 ……こんなところで悩んでいても仕方ないな。


 意を決する、なんて大それものではなかったが取り敢えず俺は入ることを決めた。


 脳裏に浮かぶのは先ほど部室の移住を告げられた際に森秋先生から言い渡された忠告……というか決まり事だった。


『お互いの活動を知るためにも一か月は彼女の言うことを聞いて、そして見ていてあげて欲しいかな。つまりは相互理解ってこと。もし初っ端からから距離を取るようじゃ先が知れているからね。そうなっちゃ……まあ廃部しかないよね』


 半分脅しのような文句だ。いや、全脅しか?


 あの後もいくらか粘って交渉をしたのだが取り付く島はなく、どうやら俺に残された手札はないようだ。


 森秋先生曰くこれすらも最大限の譲歩だとか。まあ事実廃部寸前の文芸部に救いの手を差し伸べてくれたことは感謝するべきことだろう。文芸部とミス研という一応親和性のある活動内容ってことで最初に部室統合の話を持ってきてくれたそうだ。


 それにしても一か月は仲良くしろ、というのは横暴な話だ。別段初対面の相手に喧嘩を売るつもりも険悪になるつもりもないが、仲良くしなければ廃部だという脅しをかけてきたは気に食わない。だから横暴な話だ。


 強引な手段は好みじゃないし、それに従うのも趣味じゃない。


 そんなことを考えながら俺は抱えた段ボールは一旦置いて、木造のドアに手をかけた。


 建付けが悪いのか一度二度横に引いても開く気配がなかったので少し力をいれてみる。スムーズさの欠片もない動作で俺は扉をなんとかこじ開けた。

                

 ガラガラ、と鈍い金属音が人気のない廊下に響く。

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