第7話

「ふう」


 という男の人の声に私は目を覚ました。


 部屋にはすでに夕焼けの淡いオレンジ色が差し込んでいる。


 慌てて飛び起きると、座っていた椅子がバランスを崩し、派手な音を立てて倒れた。


 その音に男の人はビクリと肩を震わせたが、すぐに思い出したように、


「ああ、すみません!」


 と振り返った。


 20代の半ばぐらいだろうか。神社にもよく人形師がやってくるが、年配の人ばかりなので、職人としてはかなり若い方だと思う。


 少しウェーブがかかった栗色の髪に、整った目鼻立ち。私が見上げる形になるから、背も高い。


 千紘だったら、確実に「超イケメンじゃん!」って言っているレベルだ。


「集中すると周りが見えなくなるって、いつも師匠にも叱られて……」


 少したれ目の優しそうな瞳が私の視線とぶつかると、彼はしゃべるのをやめて、私の顔をじっと見つめた。


 な、何? 私の顔になにかついてる?


「あ、あの……?」


 声をかけたが、まるで彼は狐に化かされたかのように(この例えはあまり現代では使わないか)私から視線をそらさずに突っ立ったままだ。


「もしもーし!」


 大きめに声をかけたところでようやく、彼は夢から覚めたかのように慌てだした。


「す、すいません。ど、どういったご用件でしょうか?」


「形川神社のものなのですが、人形を引き取りにきました」


「形川神社? じじい……じゃなかった、いつもは神主さんが取りにきていたような……」


「今日は祖父が忙しいので、孫の私が代わりに……」


「お孫さん……」


 とだけ言って、考え込むように押し黙ってしまった。


 もしかして、私のこと疑ってる?


 私は少し苛ついて、語気を強めに、


「そうです。孫の形川撫子と申します」


 と言った。


「なでしこ……?」


 まただ。また彼は私を凝視している。


 さっきから何なのよ、コイツ?


 そんな私の怪しげな表情に気づいたらしく、男の人は慌てて、


「ああ、すいません! 申し遅れました。俺は阿佐野想馬あさのそうまって言います」


 えっ……ソーマ……?


 今度は私が、目の前の男の顔をじっと注意深く見た。


 いや、そんなわけないよね……?


 確かにたれ目気味の目と栗色の髪は似ている。


 が、私の知っているソーマとは、似ても似つかいない。ソーマは、チビで泣き虫で不器用で……。


「撫子さん」


 懐かしい呼び名に、私ははっと我に返った。


「これから、よろしくお願いしますね」


 想馬はにっこりと笑った。その頬には、えくぼが浮かぶ。


 大人っぽくはなっているが、この笑顔には見覚えがある。


 嘘でしょ?


 まさか、元持ち主に出会うなんてありえない。


 と、思ったところで先ほどの祖父の悪戯っぽく笑う顔が頭に浮かんだ。


 ……やられた。


 私は横目でちらりと想馬を見た。


 想馬は、渡す予定の人形を運びやすいようにとダンボール箱の中に詰めていた。


 わかった今だからこそ、面影を感じられるものの、横顔はすっかり大人の男の人だ。


 そうか、あれから随分と経ったもんな。


 懐かしい気持ちになるが、今の私は想馬にとっては初めて会った他人だ。


 前世はあなたの持っていた呪いの人形なの!なんて言っても信じてもらえるはずもない。


 それどころか、気持ち悪がられるに決まっている。


 よし、距離を取ろう!


 そう心に決めたところで、梱包を終えた想馬がこちらに来て言う。


「じゃあ、駅に行きましょうか」


「へっ!?」


 予想もしてなかった想馬の言葉に、変な声が出た。


「え……一緒にですか?」


 という問いに「もちろん」と想馬はにこやかに答える。


「こんな暗い道を、女の子1人で歩かせるわけにはいかないですよ。何かあったら君のお祖父ちゃんに怒られちゃいますし」


 はっと窓の外を見ると、もう夕暮れはとっくに過ぎ去って、すっかり夜になっていた。


 想馬は「ねっ」と言ってにっこり笑った。


 正直暗い道を歩くのは少し怖い。


 しょうがない。今回限りだ。


「分かりました。よろしくおねがいします」


 そう言って頭を下げると、想馬は嬉しそうにえくぼを見せてうなずいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元呪いの人形JKを元持ち主の人形修理士が手放してくれない件 一ノ矢 真銀 @178magi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ