第2話

「なんじゃ、まだ食っとったのか?」


 また乱暴に襖が開いて、祖父の龍ノ助りゅうのすけが入ってきた


「お義父さん、今日は遅かったですね」


「ああ、人形たちとの話が盛り上がってしまってな」


「鮭今から焼くので、とりあえず卵焼食べちゃってくださいね」


 母がキッチンへと移動すると、祖父は私の隣に胡坐をかいて座った。


「撫子も報告しに行くんか?」


「準備が終わったら、少し顔を出していくよ」


「そうかそうか」


 そう言ってうんうん頷くと、母が持ってきた茶碗に多めに盛られた白米を片手に朝ご飯を食べ始めた。


「じゃあ、行くね」


 私が席を立つと、祖父はひらひらと手を振った。


******


 制服に着替えて、鞄の中を確認する。


 といっても、今日は始業式なので本格的な授業は明日からだ。


 そのまま出られるように鞄を持って、神社の本殿へと向かった。


 本殿は、神様が祭られている神聖な場所だ。


 お参りする場合は、本殿の外からが一般的で、厄払いのご祈祷や結婚式などではないとなかなか入る機会がない。


 中に入る前に頭を下げると、後頭部でかすかに声が聞こえる。


『なでしコがきたヨ』

『きょウはがっコう?』

『ねェ、あそボうよ』


 頭を上げ、本殿へと入ると、そこには壁一面人形が飾られていた。


 市松人形やひな人形など和風の人形が大半を占めるが、中にはビスクドールのような洋風の人形、ぬいぐるみまでいる。


「みんな、おはよう」


『おはヨう』

『なでシこ、あソぼうよ~』


 私があいさつすると、そこかしこからボソボソと声が聞こえ、ミシミシとラップ音が鳴る。 


 そう、ここにいるのは全て霊の宿った呪いの人形なのだ。


 私の住む"形川神社"は人形供養で有名な神社で、日本各地から人形が集まってくる。


 大半は、害のないただの古びた人形をご供養するだけなのだが、まれに霊が憑いたものが存在する。


 髪が伸びたり、ラップ音がなったり、持ち主を不幸にしたりする、いわゆる呪いの人形がこの本殿に置かれている。


 祖父が言うには、この世に未練が強い霊はそのままでは祓うのが大変らしく、神聖な場所に置き、大事にすることで魂が清められ、成仏できるようになるんだとか。


 だから祖父は朝一番に人形のところに行って話し相手になってあげているのだ。彼らが早く成仏して、新しい生を受けられるように。


「これから学校だから挨拶に来ただけよ。また帰ってきたら来るね」


『エー、つまンないー』

『あそバないと、いたズらしちゃうよ』

『くビをしめコロしちゃうかモしれないよ』


 くすくすと薄気味悪い笑い声が本殿に響く。


「私はそういうの効かないって知ってるでしょ」


『なんでキかないの?』


 そう言ったのは、一番新入りの市松人形だ。ずっと押し入れにいたのかもしれない。顔に少し汚れがついている。


 私は鞄からポケットティッシュを取り出して、顔を拭いてあげた。


「私もあなたたちと一緒だったからよ」


『わたシたちといっしョ?』


「そう、私の前世は呪いの人形だったからね」


『なでシこは私たちと同じ』

『ダから、おどカしてもぜンぜんオどろかなイ』

『ほンとつマらないー』


「もう行くわね。おとなしくお留守番しているのよ」


『はーイ』

『いっテらっしゃい』


 人形たちに見送られながら、私は本殿から出た。


 途端に降り注ぐ春の日差しが眩しすぎて、思わず手で遮る。


 今でも信じられないが、約17年前までは、あの子たちと同じ呪いの人形だった。


 ずっと憎しみに囚われ、人間を嫌悪しているにも関わらず、この世から離れられない私を成仏させてくれたのは、この神社の神主である祖父だった。


 祖父には恩を返してもしたりない。


 ここに捨てられたのは運命なんだと思う。





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