第43話 史上最強の魔王。娘と再会する。

 都合が良すぎる。 罠に決まっている。

 死なないために何か仕掛けて来るに決まっている。


 だが、フィルフィに会いたいという気持ちに抗えなかった。


「…………呼ぶがいい。ウルガン」

「畏まりました」


 ウルガンはゆっくりと立ち上がる。その拍子にボタボタと血が地面に落ちた。

 空に輝き続けている大きな赤い魔法陣に手をかざす。魔法陣が黄金色に変わる。


 同時に、周囲のアンデッドを生み出した魔法陣が消滅した。

 魔法陣が魔力に変換されて、赤い魔法陣に吸収されていく。


 巨大な魔法陣の輝きがどんどん強くなっていく。

 中から黄金色の巨大な腕が一本だけ出現した。

 その腕は前腕部だけで長さが成人男性の身長の二倍以上ある。

 腕が出た瞬間、圧倒的な魔力があふれ出した。腕一本でヨルムより魔力が高いほどだ。


「これはなんだ? ウルガン」

「先ほども申し上げたはずです。陛下のご息女、フィルフィ殿ですよ」


 そんな会話をしている間も魔法陣の中から謎の巨大生物が這い出して来る。

 腕に続き、頭が出て胴体が出て、足が出る。


 その生き物は古代竜であるヨルムよりも大きかった。

 強烈な悪臭が漂ってくる。まるで腐敗した死体のような臭いだ。


 体毛は一本もなく、肌は黄金色でぬめり気があった。

 ゾンビを黄金色にして巨大化させたような姿だ。


「ギニャァァァァァ」


 魔法陣から身体を全て出すと、それは大きな声で咆哮する。

 苦痛に対する悲鳴と憎しみの怨嗟が混ざったような咆哮だ。

 ウルガンは満足そうにうなずくと、聞いてもいないのに語りだした。


「陛下ならば、私が人体改造、肉体強化の魔法を得意としていることにお気づきでしょう?」


 魔族の姉妹を改造した魔法は、技術力だけみれば非常に高い水準だった。


「私の技術を全てつぎ込み、陛下の息女を最強の生物に仕上げました」


 ウルガンは楽しそうに笑う。

 俺は化け物をじっと見つめた。


「……確かにフィルフィの魔力を感じるな」

「そうでしょうとも。それだけではありませんが」


 ウルガンは俺のことを人族だと舐めてはいたが、油断してはいなかったのだろう。

 だからあらゆる手段を講じていたようだ。


「陛下が絶対に倒せない相手を用意しました。ご息女に施したのは並の改造ではありません」

「お前まさか……」

「お気づきになりましたか。ご息女に魔神を降臨させております」

「……愚かなことを」

「魔神の本体は未だ繭の中に入り、陛下との戦いの傷を癒やしておりますゆえ、これは魔神の分霊に過ぎませんがね。人族はもちろん魔族でも勝てる者はいないでしょう」


 ウルガンが語っている間、フィルフィ、いや魔神の分霊は低く唸るばかりで動かない。

 何らかの術か、契約で拘束しているのだろう。


「ウルガン。その魔神の繭とやらはどこにいる?」

「それは陛下が勝ったときにお教えしましょう」


 ウルガンは饒舌になっていく。


「魔神を見つけ出し契約し、分霊の力を借りて、技術の粋を結集し、結実させたのです」


 魔神としても都合が良かったに違いない。

 神とて肉の身体がなければ、地上では力を振るえないのだ。


 魔神が未だに五百年前の戦いで傷を癒やしている最中らしい。

 肉の身体を用意すると言うウルガンの申し出は、魔神にとっても渡りに船だったろう。


「これは俺を屠るためではなく、今の魔王を屠るために用意していたのだろう」

「…………わかりますか?」

「数日でこの準備が終わるわけがないからな」


 ウルガンは俺に殺されかけて、魔王と戦うときのための切り札を出したのだ。


「一つ聞きたい」

「なんでしょうか?」

「フィルフィを元に戻すことはできるのか?」

「さあて。それはどうでしょうかね。非常に難しいのは確かですが」


 そう言ったウルガンはとても楽しそうだった。

 治せないとなれば殺すしかない。死が救いとなるだろう。


 だが、治せる可能性があるならば殺せない。

 フィルフィはまだ生きているのだ。ならばフィルフィは助けられるのでは?


 そう考えてしまう。だから殺せない。


「……フィルフィ。俺が助けてやろう」

「ギニャアャアアアアアアアアアア」


 フィルフィに取り付いた魔神の分霊は苦しそうに咆哮する。

 そのたびに堪えがたい悪臭が息とともに吐きだされた。


 ウルガンは大きな声で叫ぶ。


「魔神の分霊よ。魔王ハイラムが憎かろう! 存分に屠るがよい!」


 指先から赤い魔法陣を出すと、魔神の分霊に撃ちこんだ。

 魔法陣で指示を出すのと同時に、魔神の分霊にかかっていた拘束を解いたようだ。


「ギイイイイイイイイイアアアアア」


 その瞬間、魔神の分霊が咆哮し同時に口が黄金色に輝き光が放たれる。


 俺は光に備えて身構えたが、その光は、

「あっ」

 ウルガンを一瞬で焼き尽くした。


 俺の死後、五百年の戦乱を生き延びたウルガンは「あっ」という言葉を最後に死んだ。

 ウルガン自身何が起こったのか理解する間もなかっただろう。

 まさに自業自得と言うべき末路だった。

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