第44話 史上最強の魔王vs魔神の分霊
ウルガンを屠った魔神の分霊は咆哮する。
「アアアアアアアアアアアアアアアア」
それは怒りをはらんだ声だった。
「いま言葉を発しているのはどっちだ? フィルフィか? それとも魔神か?」
魔神の分霊は応えない。ひたすら意味のない言葉を叫び続けている。
ウルガンを始末した後、魔神の分霊は叫ぶばかりで動かない。
非常時が起きたと判断したヨルムが上空から俺の近くへと降りて来た。
周囲で魔獣やアンデッドを倒していたリュミエルも走ってくる。
「なにが起こったの? なんで四天王が殺されたの? 契約してたんじゃないの?」
ヨルムはいつになく慌てていた。
ヨルムもリュミエルも俺とウルガンの会話は聞いていたらしい。
「神と我らは文字通り次元が、住む世界が違う。我らとの契約に神が縛られるわけがない」
ウルガンは魔神と互いに利のある対等な協力関係を結べていると考えていた。
だが、神が人と対等な関係を結べるはずがないのだ。
ウルガンは肉の身体の製作者で、その制御法を知っている。
魔神の分霊にとっては邪魔でしかない。
「分霊とは言え神。意のままに操るのは難しかろうよ」
その間も魔神の分霊はおぞましい声をあげていた。
魔神の分霊の声はとても大きい。王都中に響いているだろう。
「陛下。話を聞いてたからあえて言うよ。大切な娘だったとしても殺すしかないよ」
「それでもだ。ヨルム。それでも助けねばならないんだ」
「仮にも魔神の分霊。そもそも殺さないように無力化するのがそもそも無理だよ。いくら陛下が強くても、手加減して勝てる相手じゃない。今は暴れてないけどすぐに暴れだすよ」
「だろうな」
「そして陛下が仕留められなかったらこの大陸を焼き尽くすまで止まらないよ!」
「だが、俺はフィルフィを諦めるわけにはいかない」
「でも!」
「ヨルムは手加減しなくてもいい。全力で倒すつもりで攻撃しろ。フィルフィを助ける方法は俺が考える」
「……わかった。でも無理だと思ったら、倒す方向にすぐ切り替えてね。仮にも魔神なんだからね」
フィルフィを元に戻す方法があるかどうかすらわからない。
もし戦いの中で元に戻す方法を見つけられなければ、殺してやることが救いになるだろう。
「わかっている。元に戻すことが難しいことも魔神の強さもな」
全盛期だった前世の俺は魔神の本体と三日三晩戦ってようやく追い詰めた。
だが、魔神の権能とやらで最後の最後で逆転されてしまった。
今の俺は前世同様の力を自由に使えるわけではない。
まだ人族に転生して時が短すぎる。力が馴染みきっていない。
「お師さまなら、分霊相手に後れを取るとは思いません!」
リュミエルは力強く言ってくれる。だが、そうとも言い切れない。
分霊はあくまでも魔神本体ではない。だからこそ後のことを考えなくてもいい。
分霊ならば使い捨てにできる。肉体と精神の限界を超えた全力を出すことができる。
そして元々の力自体も、魔神の全力に近い。
「ギニャアアアアアアロロロロロロッロオロロロロ」
魔神の分霊が咆哮すると同時に、大量の吐瀉物を周囲にまき散らした。
その勢いは巨大な噴水、もしくは逆流する滝のようだった。
吐瀉物は、俺たちを遙かに超えた遠くにまき散らされていく。
これまでとは比べものにならないほどの悪臭が漂う。
「なに、あれ……」
ヨルムがその吐瀉物を見て、少しおびえの混じった声を上げた。
吐瀉物がもぞもぞと動き始めていたのだ。
そしてゆっくりと形を取り始める。
その大きさは人と同じぐらい。そして姿は魔神の分霊にそっくりだ。
人の形になったのは、今のところ一体。
だが大量の吐瀉物は至る所で、もぞもぞと動き始めている。
「……俺にもわからないが、魔神の分霊の眷属的な奴だろう」
「あれも倒さないとだよね」
魔神の分霊だけでなく、眷属まで相手にするのは、俺にとっても非常に厳しい。
しかも眷属たちは、続々と生まれようとしているのだ。
「お師さま! あの眷属のことは私にお任せください」
「……出来るのか?」
仮にも魔神の分霊の眷属なのだ。弱い相手ではない。
「お任せを」
だが、リュミエルは自信のある目で、力強くうなずく。
「では、任せる」
「はい!」
そしてリュミエルは言う。
「私がシレーヌを大切に思うように、お師さまがフィルフィさんを大切に思っていることはわかっています」
「ああ」
「絶対に。絶対に助け出しましょう。そのために私は全力を尽くします」
「ありがとう。だが無理はするな。リュミエルに何かあればシレーヌが悲しむ」
「はい。ですが、私のことは気にせず、魔神との戦いに全力を尽くしてください!」
そのとき、魔神の分霊がこれまで以上におぞましい声をあげた。
「ギナアアアアニャアアア」
魔神の分霊がついにゆっくりと動き出す。
「陛下。攻撃を始めるね。灼熱の炎竜の二つ名が伊達じゃないって見せてあげるよ!」
「頼りにしている」
ヨルムは一気に上昇する。そして魔神の分霊に対して、渾身の炎ブレスを吹きかけた。
それに対応するかのように黄金色の障壁が出現する。
岩をも融かす灼熱のブレスだが、障壁に阻まれ魔神の分霊にはほとんど届かない。
「……これが神ってやつか。なんて強力な障壁なんだ」
「違うぞヨルム。こいつはただの分霊に過ぎぬ!」
一方、魔神の分霊はヨルム目掛けて、黄金色の閃光を口から吐いて撃ちこみはじめた。
ヨルムの殺気に反応しているのかもしれない。
矢よりも速いヨルムでも、全力を出さなければ黄金色の閃光をかわせない。
必死の形相で空を超高速で飛び続けている。
最初に人型になった魔神の分霊の眷属も動き出した。
まっすぐに、後方から俺を目がけて襲いかかる。
「あなたの相手は私です!」
突進する眷属に、リュミエルが剣で斬り掛かる。
一撃で眷属は斬り捨てられて、ばしゃりと吐瀉物へと戻った。
だが、すぐに吐瀉物の中から、次の眷属が生み出されていく。
「お師さま! 眷属は私に任せてください」
「頼む」
そして、俺は魔神の分霊に向かって叫ぶ。
「魔神の分霊。いやフィルフィ! 俺が遊んでやろう!」
その声に反応して、魔神の分霊は右腕を振るう。
振るわれると同時に右腕は黄金色の炎に包まれ、炎が高速な波のように周囲を薙ぎ払う。
「それは食らうわけにはいかないな」
俺は跳んでかわす。
黄金色の攻撃は魔神の魔法だ。通常の炎より圧倒的に熱い。
魔神の分霊の激しい攻撃を全てかわしながら接近していく。
接近することで、攻撃が俺に集中する。
自由に動けるようになったヨルムが上空から灼熱のブレスで攻撃してくれる。
だが、魔神に分霊には大した効果はないらしい。
「障壁が分厚すぎるよ!」
「余裕がある限り攻撃を継続してくれ!」
そう指示を出しながら、俺は魔神の分霊の元にたどり着く。
そして、そっと手を触れた。
「このような姿になって……」
フィルフィの気配は、未だに消えていない。
似ても似つかぬ姿になっているが、フィルフィは可愛い養女。
「すぐに救ってやろう」
俺は魔力で右手を覆い、おもいっきり左足を殴りつける。
大きな破裂音が響くと同時に障壁が砕けた。そこに左手を突っ込んで魔力の刃を撃ちこんでいく。
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアア!」
痛かったのか、魔神の分霊は絶叫した。
魔力の刃で左足の脛を切断されたことで、魔神の分霊はゆっくりと仰向けに転倒する。
切断面からは赤い血は出ない。かわりに黄金色の靄のようなものが吹き出た。
その上半身にヨルムが口から吐いた魔力弾が連続でぶつかっていく。
ほとんどは黄金色の障壁によって弾かれるが、五発が届いて肩と胸肉を弾けさせり。
「……やはり、この程度では足りないか」
俺が切断した足も、ヨルムが吹き飛ばした肉も、既に九割がた回復している。
前世の俺が三日三晩もの間、魔神と戦った際もそうだった。
いくら攻撃して切り刻み、吹き飛ばそうと、あっという間に回復していくのだ。
「だが、俺は魔神が不死身ではないことも知っている」
しつこく攻撃しダメージを蓄積させた結果、三日後には回復できなくなっていた。
そして神罰を発動せざるをえなくなり、五百年経っても魔神は未だに繭の中である。
「根競べといこうではないか」
「ギヤアアアアアアアア!」
俺は再び障壁を砕き、手足を切断する。
ヨルムは上空から魔力弾を吐いて肉をえぐり取っていく。
続々と吐瀉物から眷属が生まれていくが、その全てをリュミエルが切り捨てていく。
俺の目から見ても、眷属は一撃で倒せるような相手ではない。
もし、俺が倒すならば魔法で粉微塵に刻んだうえで、高熱で蒸発させるだろう。
だが、リュミエルが斬ると一撃で倒せるのだ。
(勇者の力、聖神の加護というやつか)
やはり、リュミエルの攻撃には、魔神にたいする特効あるようだった。
「ギヤアアアアア!」
魔神の分霊は黄金色の炎を手足にまとわせ周囲を薙ぎ払う。
口からは閃光を吐いて俺やヨルム、そしてリュミエルを撃ち殺そうとする。
俺もヨルムも閃光をかわす。
だが、リュミエルはまだかわせないので、俺が魔法でかばう。
「お師さま、私のことは構わずに……」
「リュミエル。お前は大切な仲間だ。ここで喪うわけにはいかない」
「あ、ありがとうございます」
閃光が王都に向かって飛んだ際も、俺は障壁を張って防いだ。
リュミエルだけでなく、王都もかばうとなると防御がどうしても甘くなる。
俺が少なからず傷ついていく。
「陛下! 王都よりも自分を守って! 防御に専念してよ!」
ヨルムの泣きそうな声が響く。
「それはできない。シレーヌは俺の保護下にあるんだ」
俺は魔王、王である。
支配する領地も統治する民もいないが、自分が王だと誰よりも俺自身が知っている。
そして王の言葉である綸言は、取り消すことなどできないのだ。
誰も咎めなかったとしても、自分の言葉に反したことは自分自身にはごまかせない。
その時点で俺は王ではなくなってしまう。
「だから俺は王ゆえにシレーヌを、そして王都を守る。それゆえに俺は王たりうるのだ」
「わかんないけど、陛下が王都を守ることはわかった!」
魔神の分霊に攻撃を仕掛けながら、ヨルムが言った。
◇◇◇
ハイラムとヨルム、そして魔神の分霊。
文字通り規格外の三者が周囲の地形が変わるほどに激しい戦いを繰り広げていく。
そして、勇者の卵リュミエルと眷属も激しく戦っている。
夜だと言うのに、激しい魔法の応酬で周囲は昼間のように明るくなった。
ヨルムは魔神の分霊を抹殺するために全力を尽くしているが、ハイラムは違う。
ハイラムの第一目的は養女フィルフィの救出である。そのために無力化を目指す。
だから障壁を破り、魔力の刃で魔神の身体を切断し、魔神の分霊の構造を調べていく。
何とかフィルフィを救うことのできる突破口がないか、ハイラムは必死になっていた。
その規格外の三者の戦いを、間近で見ている者が一人いた。
そう、眷属退治を任された「勇者リュミエル」である。
ハイラムたち三者に比べたら、リュミエルは明らかに弱い。
それゆえ、敵である魔神の分霊からも警戒されていなかった。
リュミエルも眷属を倒し続け活躍している。
だが、魔神の分霊にとっては、吐瀉物の掃除夫程度の認識だった。
魔神の分霊から忘れられながらも、リュミエルは真剣に魔神の分霊を観察していた。
地上ではハイラムが魔神の分霊を切り刻み、上空からヨルムが魔力弾を撃ちこむ。
それを迎撃する魔神の分霊、その黄金色の攻撃。
その全てがリュミエルには想像を絶する威力だった。
恐ろしいと感じる一方でどこか現実感のない不思議な感覚も覚えていた。
リュミエルはハイラムがどれだけフィルフィを大切に思っているか知っている。
それは自分が妹シレーヌを思うのと同じくらいの強さだ。
そして、ハイラムはシレーヌを救ってくれた。
今日ほど安らかな、元気そうなシレーヌを見たのは何年ぶりだっただろうか。
リュミエルは、真剣に、どこまでも真剣にフィルフィを救うために自分にできることはないか考え続けた。
眷属を屠りながらだ。
そのとき、ハイラムが魔神の分霊の胴体を切り裂く。
リュミエルの目に一瞬、何かが光ったのが見えた。
その瞬間、リュミエルは目の前の眷属を斬り捨て、一気に魔神の分霊を目がけて走った。
「え? ええっ? 卵なにやってんの?」
ヨルムが驚き慌てる。
だが、リュミエルの耳には届かない。真っすぐに何か光った場所へと突っ込んで行く。
謎の光を見た瞬間、リュミエルは、それが非常に大切だと理解した。
魔神を殺しうる、そしてフィルフィを救いうる突破口となるものだと感じたのだ。
それは聖神からの神託だったのかもしれない。
神託ではなくとも、勇者の勘と言うべきものだったのかもしれない。
リュミエル本人にも自覚はなく、ただ確信だけがあった。
上体を起こそうとしていた魔神の分霊の胸、目掛けてリュミエルは突っ込んで行く。
突撃速度に自分の全体重を乗せて、そのままぶつかるようにして剣を突き刺した。
「剣じゃ通じな――」
ヨルムが思わず叫びかける。
それほど、魔神の分霊が展開している障壁は強固なのだ。
灼熱の炎竜ヨルムの全力でも簡単には砕くことはできない。
当たり前のように砕いて、身体を切り刻んでいるハイラムが異常なのだ。
だと言うのにリュミルエルは、
「たああああああああああああああああ!」
気合いの声とともに、障壁を剣で突き破り、分霊の肉体に深々と突き刺した。
それから斬り上げる。薄布を鋭い刃で裂くかのように、抵抗なく斬り裂いていく。
「ギヤギギグアアアアアアアアアアア!!」
これまでで最も大きな悲鳴を魔神の分霊があげた。
リュミエルは、魔神の分霊、その下腹部から胸骨に至るまで上方向に一直線に斬り裂いた。
傷口から赤い血が噴き出す。肌の色が黄金色から腐乱死体のような緑色になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます