第42話 史上最強の魔王vs魔王軍四天王筆頭ウルガン

 空に上がるとヨルムが言う。


「現われた魔王軍って、あれのこと?」

「そうだ。あれに向かってくれ」


 王宮から北に徒歩で一時間ほどの上空に巨大で赤い魔法陣が浮かんでいた。

 あまりに大きな魔法陣なので、王都のどこからでも見えるだろう。


「夜だから王都の住民が逃げ出すのも難しいだろうな」

 そもそも逃げる場所がない。大陸中が戦場となるだろう。


 巨大な魔法陣の近くまで来ると、魔法陣から続々と敵が出現してくるのが見えた。

 魔族はいない。魔獣とゴブリンなどの妖魔ばかりだ。その全てが肉体改造されている。


「全てウルガンの配下か。よほど肉体改造魔法が得意なようだ」


 出てきた全ての敵は使い捨てを前提とした改造を施されている。

 急激に能力を上げる代わりに、寿命を大幅に削る。そういう魔法だ。


 放置していても二、三日以内に魔獣たちは寿命で死ぬだろう。

 だが、王都を蹂躙するには二、三日で充分すぎる。


「……悪趣味が過ぎます」

「リュミエルの言うとおりだ。だが軍略としては間違ってはいない」


 使い潰すつもりなので兵站を考えなくてもいい。

 王都を壊滅させた後、ゆっくりと魔族の本隊で占領すればいいのだ。


 上空で眺めている間もどんどんと敵が湧いて出てきた。


「陛下。焼き払う?」

「ああ、やってくれ」

「任せておいて!」


 張り切ったヨルムは息を大きく吸った。そして炎のブレスで地上を焼き払う。

 その威力は灼熱の炎竜の二つ名にふさわしい物だった。


 白く輝く炎が魔獣と妖魔ごと地表を融かしていく。

 魔獣と妖魔は悲鳴すらあげない。逃げることもない。そのまま燃え尽きていく。

 痛みを遮断し、戦い続けるように改造を施されているようだ。


「見事だ。ヨルム」

「ありがとー。どんどん燃やしていくねー」


 楽しそうにヨルムはブレスで敵を焼き払っていく。


「…………これが古代竜なのですね」

「古代竜は生きる災害のようなものだからな。当然強い」


 俺がそういうと、ヨルムは嬉しくなったのか、尻尾を揺らした。

 魔法陣から出現した魔物と妖魔が五百を超える。

 だがそのほとんどがヨルムによって焼き払われていった。


「ウルガンの奴も、灼熱の炎竜ヨルムのことは計算に入れてなかったらしい」


 俺が転生直後にヨルムを仲間にしたことは知らなかったのだろう。

 ヨルムが目立たぬよう人前で話さないようにしてにしていたのが功を奏したのだろう。


「ヨルムのことを知っていたのなら、戦力投入の仕方が愚かすぎる」

 古代竜を足止めできる者を送りこまなければ、数で攻めてもブレスで焼き払われるのは目に見えている。


「…………宰相が古代竜を足止めする役目を果たす予定だったのでしょうか?」

 確かに宰相は今の私ならば古代竜ですらたやすく屠れると豪語していた。


「もしそうならば、ウルガンは古代竜の強さを知らないらしい」


 そのとき、新たに魔法陣を通って何者かが出現した。

 ヨルムがブレスを吐きかけたが、魔法障壁で防がれる。


 どうやらこれまで転移してきた魔物や妖魔とは格が違うらしい。

 そいつは空中に浮かぶ魔法陣から、ゆっくりと地表へと降りて行った。


「ヨルム。あれは俺が相手をしよう」

「えー」

「あいつは知り合いだからな」

「え? 知り合いなの?」

「そうだ。……そして、リュミエルはヨルムの炎から逃れた魔物どもを倒してくれ」

「わかりました!」


 リュミエルは自己犠牲の念が強いので前線に出てこようとするだろう。

 だから仕事を与えた。


「ヨルムはこれまで通り、周辺の大きな魔物どもを焼き払ってくれ」

「任せておいてよ!」


 俺はリュミエルを抱え、ヨルムの背から飛び降りると、綺麗に着地する。


「ではリュミエル、頼む」

「はい」


 ヨルムの炎から逃れた魔物たちを狩るためにリュミエルは素早く走っていった。

 ウルガンはリュミエルには興味がないようで、俺だけを見て微笑んだ。


「これはこれは元魔王陛下。顔だちも魔力の形も前世そっくりでいらっしゃる。惜しむらくは人族であること。脆弱で劣等な人族では私の忠誠を受けるにはふさわしくない」

「貴様の忠誠など欲してはおらぬわ。ウルガンよ」


 俺はしゃべり方を昔のそれに戻す。


「…………なぜ私の名を? ……宰相の奴から聞いたのか。あいつめ余計な――」

「宰相は確かにお前の名を教えてくれた。だがなウルガン。知っての通り、我は魔王ハイラムだ。お前のことは覚えている」

「戯言を。お前が私を覚えているはずが――」

「書記局所属、二等書記官ウルガン・チャプトイ。そうであろう?」


 ウルガンは驚愕に目を見開いた。


「なぜ私の名を知っている。しかも五百年前の職位まで……」

「我は、我が臣下だった者を忘れることはない」

「……光栄の至りとでも言えばよいのか?」

「ウルガン・チャプトイ。お前は子供に呪いをかけた。許されることではない。死を持って償うがよい」

「……私は五百年前とは違うのだ。劣等なる人族が私を殺せるわけがないだろう?」

「お前こそ我の強さと恐ろしさを忘れているのではないか?」

「もちろん、前世の陛下には勝てないだろうな」


 ウルガンは人族となったせいで俺の力が格段に落ちていると考えているようだ。


「我の力がどれだけ落ちているのか、その身で確かめてみるがよかろう!」

「四天王筆頭ウルガンの力、劣等なる人族の身で存分に楽しまれませい」


 ウルガンは攻撃を開始する。

 俺のことを劣等なる人族と言っていたくせに、手を抜く様子はない。

 最初から全力だ。強烈な魔法が降り注ぐ。


「よい攻撃だ」


 俺は一歩も動かずにウルガンの魔法を迎撃する。

 俺の魔法とウルガンの魔法がぶつかり、激しい音と光を出す。


 周囲がまるで昼間のように明るく照らされる。その光は王都まで届いていた。

 全ての魔法を防ぎきると、予想外だったのかウルガンの攻撃の手が止まる。


「劣等なる人族が……。な、なぜ……」

「我がハイラムだからだ」

「……史上最強の魔王の転生体というのは伊達ではないようだな」

「攻撃はもういいのか? ならばこちらの番だ」


 俺は攻撃を開始する。

 下級魔法の魔力弾をウルガンに向かって撃ちこんだ。


 ウルガンは障壁を張って防ぐ。灼熱の炎竜ヨルムのブレスを防ぎきった強力な障壁だ。

 だが、障壁に魔力弾が当たった瞬間「バリンッ」という大きな音とともに砕け散る。


 ウルガンは急いで障壁を張りなおそうとするが間に合わない。

 俺の魔力弾はウルガンの肩の肉をえぐり取った。血と肉と骨が周囲に散らばる。


「ぐぅぅぅ……。下級魔法ですらこの威力か……」

「ふむ。心の臓を狙ったのだが、よく避けたな。見事だ。ウルガン」

「私は負けぬ! たとえ相手が最強の魔王の転生体だろうと、私は魔王軍四天王筆頭! ウルガン・チャプトイである!」

「その意気やよし」


 ウルガンは自身渾身の魔法を撃ち込み続ける。

 そして、俺はその全てを捌きながら、魔法を撃ち込んだ。


 俺の魔法は軽々とウルガンの張った障壁を砕き、肉体が傷つけていく。

 数十秒の間に数百発の魔法の応酬があり、ついにウルガンは膝をついた。


 ウルガンは右腕が吹き飛び、左脇腹に大きな穴が空いている。

 最高位の治癒魔法の使い手でも、助けるのは容易ではないだろう。


「お前はかつて臣下だった。せめてもの情けだ。苦しまぬよう一撃で殺してやろう」

「……陛下。私はまだ死ぬわけにはいかないんですよ」


 ウルガンの状態は死にかけだが、まだ目が死んでいない。

 いつのまにかウルガンの口調が五百年前のものに戻っていた。


「ならば魔族の子供やシレーヌに呪いをかけるべきではなかったな」


 就寝中の俺を襲った暗殺者の姉妹は子供だった。

 子供に呪いをかけゾンビに仕立て上げることなど、俺には到底許せることではない。

 幼いシレーヌに呪いをかけたことも許せない。


「お前は今ここで死ぬべきだ」


 俺はウルガンを殺すために拳を振りかぶる。

 すると、ウルガンは、慌てた様子で急いで語り出す。


「へ、陛下にはお会いしたい方がいらっしゃるのではないですか?」

「……誰のことだ?」

「陛下には、ご息女がいらっしゃいましたよね」

「…………まさかフィルフィのことを言っているのか」


 前世で可愛がっていた養女、幼い獣人の少女のことは忘れたことはない。

 ヨルムンガンドの残してくれた魔道具のおかげで生きていることはわかっている。

 だが、現世で情報を集めても、有効な情報は手に入っていないかった。


「そうです。フィルフィ殿です。今も生きておりますよ。ここにお呼びいたしましょうか?」

 そういってウルガンはにやりと笑った。

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