第41話 史上最強の魔王vs宰相

 宰相は完全に異形と化している。


「……四天王の技か。悪趣味が過ぎるな」


 四天王は危険になったら、腕輪を使って助けを求めろと宰相に言っていたのだろう。

 そして実際にそれを発動すると、化け物にする術式を組んでいたのだ。

 変容が終わり、かつて宰相だった化け物が言う。


「気持ちがいいぞ。すがすがしい気分だ。これが魔族の身体か!」

「馬鹿なことを言うな。そのようなおぞましい姿が魔族であってなるものか」


 俺の言葉を化け物は聞いていない。


「ウルガン様! ありがとうございます!」


 天を仰いで嬉しそうに感謝している。


「化け物。お前は宰相なのか? エルフだった頃の意識と記憶を保っているのか?」

「ああ、記憶も意識もしっかり持っている」


 意識と記憶は連続しているらしいが、人格がまるで変わっているようだった。

 化け物はリュミエルや大公、それにほかの者たちを見て言う。


「下等なるエルフども。魔王様に忠誠を誓うならば、命だけは助けてやろうではないか」

「やはり、宰相は魔王軍と通じていたのか?」


 大審院長官が怯えながら化け物に尋ねる。


「気づかぬお前たちが愚かなのだ」

「宰相。いつから魔王軍に寝返っていたのですか?」

 リュミエルが堂々と尋ねる。その問いに答える宰相は上機嫌だ。


「私が魔王軍と手を組んだのは十年ほど前のことだ」


 エルフではなくなり、オルトヴィル王国での立場などどうでも良くなったのだろう。

 それに加えていかに自分が優秀で、愚かな貴族たちを巧妙に欺いてきたのか教えたくなったのかもしれない。


「何のために、国を裏切ったのですか」

「簡単なことだ。復讐だよ」


 その後もリュミエルの問いに饒舌に化け物は答えていく。

 位人臣を極めても、人族の血を引いていると陰口を叩かれていることが許せなかったこと。


 国王の病気も、第二王女シレーヌの病気も魔王軍の手を借りて仕組んだこと。

 魔王軍の手を借りて政敵を暗殺する方法と。暗殺した政敵の名前。


「私はこの国が憎いんだよ。エルフである私を人族と馬鹿にしたお前たちのことも許さぬ」

 宰相が人族に対して苛烈な政策を採ったのは自分の中に流れる人族の血が許せなかったからかも知れない。


「特に貴様は許さぬぞ。リュミエル! 偽善者ぶりやがって!」

「私が偽善者ですか?」

「純血のエルフでありながら、人族に慈悲を与えるだと? 無能王女、王族の恥さらしのくせに! それは純血ゆえの余裕なのか?」

「そんなことは……」


 宰相の剣幕に、リュミエルは少し戸惑っていた。なぜ責められるのか理解できないのだ。

 恐らく嫉妬。


 自分とは真逆のことを行って、人望を集めるリュミエルが許せなかったのだ。

 第一王子は宰相の代替なのだろう。


 人族の血を引く王子が即位することで、純血のエルフであるリュミエルに勝利する。

 それで溜飲を下げようとしたのかも知れない。


「だから、殺してやろうとしたのに! お前はなぜ生還するのだ。死地に何度送りこんでも戻ってきやがって!」


 そんなリュミエルにしびれを切らして無理難題を命じた。

 しかしリュミエルはそれでも生還した。


 オークロードを使った罠やドラゴンゾンビを使って殺そうとした。それでも生還した。


 だからリュミエルが最近仲良くしている、俺にぶつけることにしたのだと言う。

 そうすれば俺がリュミエルを殺してくれると考えたのだ。


「ハイラムがリュミエルを殺せばそれでよし。もしリュミエルがハイラムを殺したとしても、それもよし。リュミエルを殺人の罪で処罰すればよいからな」


 それを聞いていた大審院長官や大公、その他のパーティーの出席者は唖然としていた。

 パーティーの出席者のほとんどは、宰相派と呼ばれる者たちだ。


 それでも、あまりの悪事の告白を聞いて衝撃を受けていた。


「保護していた人族に殺されるなど、偽善者の無能王女にふさわしい末路だろう!」

 そういって、宰相は高らかに笑う。


「リュミエル。他に聞きたいことはあるか?」

「……いえ、充分です。ハイラム様」

「そうか。ならば、宰相だった化け物。お前は死ぬがよい」

「ふははははははは! 下等な人族が魔族に生まれ変わった私に勝てるわけなかろう」

 そう言って両手の平に魔力を集め始める。


「周囲一帯を焦土にしてやろう。お前らの命を生贄とし魔王様に捧げようではないか」

「そんな生贄を魔王は望まないと思うがな」


 むしろ喜ぶのは魔神だろう。


「お前如きが魔王を語るな!」


 化け物は俺を怒鳴りつけ、魔力を溜め続ける。

 そんな化け物に対して、大公が言う。


「宰相閣下の孫である第一王子殿下も会場にいるのだ。この辺りを吹き飛ばすなど……」

「黙れ、下等なるエルフが! 第一王子? はっ!? オルトヴィル王国の王権など今さら私が欲すると思うか?」

 そう言って化け物は楽しそうに笑う。


「文字通り人が変わったようだな。宰相だった者よ」

「黙れ、ハイラムとやら。まずお前から殺してやろう。今の私ならば古代竜ですらたやすく屠れるだろう」

「魔王を知らず魔王を語り、古代竜を知らずに古代竜を語るか。宰相だった化け物よ」


 そして俺はゆっくりと化け物との間合いを詰める。


「俺が、魔王について教えてやろう」

「お前如きが……」

「我はハイラム。魔王ハイラムである。お前のような化け物が魔王の手にかかって死ねること、光栄に思うがよい」

「黙らぬか! 下郎が!」


 化け物は腕に溜めた魔力を灼熱の火球へと変換する。

 離宮の壁や天井、絨毯が自然発火し、大公たちがあまりの熱さに悲鳴をあげる。


 俺は素早く動くと、宰相の手にある火球を左手で霧散させた。

 一気に周囲の温度が下がる。


 そして化け物の腹を右手で貫き、横隔膜を破って心臓を鷲掴みにして抜き取った。


「あれ? いで、いでえ! なぜ下等生物が私の腹に穴をあけられるのだ!」

「魔王は強い。お前などよりもずっとな」


 そして取り除いた心臓を握り潰す。

 宰相だった化け物は、ひざから崩れ落ちた。途端にしわしわと身体がゆっくりと縮みはじめる。


「……私もここまでか」


 そう言った化け物は、宰相だった頃に近い声音だった。

 心臓を取り除かれて、人間に戻ったのかもしれない。


「お前が終わったのは十年前。王国宰相でありながら魔王軍と手を組んだ時点だ」


 俺の言葉を聞いて、化け物はにやりと笑う。


「……ウルガン様の軍勢が転移魔法陣を通じてやってくるであろう。どっちにしろお前たちは終わりだ」 

「売国奴が!」


 大公がののしるが、それを化け物は鼻で笑う。


「お前たちも私に協力していただろう。気づいていたのならばお前らも同罪だ。気づいていなかったのならば無能が過ぎる……。」


 それが宰相の最後の言葉になった。


「なんというおぞましい……」

「宰相が、魔王軍に通じていたなんて……」


 そんなことを皆が言っている。

 そこに近衛騎士が五人ほど走って来た。


「王宮の北東に巨大な魔法陣が出現! 続々と魔物が出現しております。速やかに避難を」

「宰相の言っていたことは本当だったのか!」

「に、逃げなくては」


 皆が慌てふためくなか、大公が言う。


「……一体。どこに逃げると言うのだ? 逃げる場所がどこにあると言うのだ?」

「ですが、大公殿下……」

「魔王軍の侵攻が始まったのだぞ。それも王宮のすぐそばからだ。そして我らに迎撃の準備すらない」


 大公の言葉を聞いていた王侯貴族たちは青ざめる。


「皆殺しにされるかも知れぬ」

「…………降伏すれば、命だけは助けてもらえるやも」


 貴族たちは恐慌状態に陥る寸前だ。


「落ち着け!」


 俺は声に魔力をこめて一喝する。すると、貴族たちは大人しくなった。


「安心しろ。俺が王都を守ってやろう」

「人族が……」


 貴族の一人がそう呟きかけて、口をつぐむ。

 俺の強さを目の前で見ても、未だに人族を劣等であると侮っているのだ。

 人族は劣等だと、心と頭に染みついているのだろう。


「そうだ。人族がだ」

 大公や多くの貴族たちが無言でハイラムを見つめている。


「大人しく、ここで待っていろ」


 それでも、信じ切れないのか、貴族たちはおびえている。

 なんといっても俺は脆弱な人族なのだ。


「ハイラム様の強さを、皆さんもご覧になったでしょう? 私が保証します! ハイラム様は絶対に負けません」


 リュミエルの言葉を聞いていた王侯貴族たちも、もしかしたらという気になってきたようだ。

 少し顔に希望を浮かべる。


「さて、行くか。ヨルム! 疾く参れ!」


 大声でヨルムを呼ぶと「ごぉっ」という風の音が聞こえて来た。

 そして離宮の開かれた大きな扉から、ヨルムがにゅっと顔を出す。


「よんだ?」

「ひっ」


 大半の者たちが息をのんで、細かく震える。


「ヨルム。魔王軍が現れたようだ。倒しに行く。乗せてくれ」

「わかった!」

「お前たち。もし生き延びることができたのならば、命の恩人が人族だと忘れるな。そして、俺がおまえたちを守るのは第一王女がそれを望むからだ。第一王女にも存分に感謝しろ」


 俺は、その場にいる全員にそう言うと、リュミエルとともにヨルムの背に乗って飛び立った。

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