第40話 史上最強の魔王。宰相と対峙する

 そのとき、宰相の後方から二人の恰幅のいい男がやって来た。

 二人の男は俺たちを、不審者を見るような目で見る。


「宰相閣下。何の騒ぎですかな」

「これは大審院長官閣下に大公殿下。いやなに招かれざる客がやってきたようで……」


 大審院は最上級審の裁判所のことだ。罪を犯した貴族・王族なども大審院の特別法廷で裁かれるらしい。

 それゆえ大審院長官は国王の直属の親任官となっている。


 そしてオルトヴィル王国で大公の称号を持つ者は、王弟一人だけである。

 ちなみに俺はそれらの情報を王都に向かう馬車の中でリュミエルに聞いていた。


「叔父上。それに長官閣下。お久しぶりでございます」

「おお、リュミエルか、息災なようで何よりだ」

「叔父上の主催されたパーティーに水を差して申し訳ありません」

「それはよい。しかし、招待状を持たずにパーティーに来るのは感心しないな」

「パーティーに参加するために来たのではありません。宰相閣下を糾弾しに参ったのです」

「糾弾? 穏やかではありませんね」


 大審院長がリュミエルの言葉に反応した。


「叔父上。大審院長官閣下。折角なのでお聞きください」


 そう言ってリュミエルは宰相が魔王軍とつながっていると堂々と主張する。

 パーティーに出席していた要人たちも騒ぎに気づいて、会場の扉の向こうからこちらを窺い始めていた。


「根も葉もない噂を……。誹謗中傷はやめていただきたい」

「宰相閣下? 魔王軍とはいったい何のことです?」


 大審院長官が宰相をじっと睨むように見た。


「私が魔王軍と仲がいいなどと、王女殿下の妄想ですよ。根も葉もない噂を信じたんでしょう」

「勿論そうでしょうな。魔王軍に通じているとなれば、外患誘致罪。極刑は免れませぬからな」


 宰相はリュミエルを睨みつけて言う。


「いくら王女殿下とはいえ、離宮に押し掛け誹謗中傷を繰り広げるとは許せませぬ。取り押さえろ!」


 宰相がそう言った瞬間、俺たちの左右から同時に魔法が撃ちこまれる。

 宰相が会話していたのは、奇襲要員が配置につくまでの時間稼ぎという目的もあったのだろう。


 俺はリュミエルの襟首を掴んで後方に投げ飛ばすと、身体を動かさず、魔法を全てまともに食らう。

 俺の身体に当たって火球が炸裂した。


「やったか!」

「……この程度で俺がやられるわけないだろう」


 俺は全身を魔力で覆っている。それだけで並の魔法が通じることはない。

 宰相の部下の魔法では、俺の髪の毛一本すら燃やすことはできなかった。


「宮廷魔導師の魔法が……」

 宰相があっけにとられている。


「大審院長官と大公とやら。それに後ろで様子を窺っている者たち。俺はお前たちを害することはしない」

「…………」

 みなが信じられないというような表情を浮かべていた。


「だから『動かずじっと見ていろ!』」


 言葉に魔力を込めて、大審院長官と大公と様子を窺っていた者たちに命じる。

 二人とも汗をだらだら流して、恐怖に身体をこわばらせ、完全に動けなくなっている。

 様子を窺っていた者たちは距離があるので、そこまで拘束力はないが、少し逃げにくくなっただろう。


「安心しろ。しばらくの間は俺がお前たちを守ってやろう」


 そう言って二人と後ろで様子を窺っている者たちに保護魔法をかける。

 宰相に殺されないようにするためだ。


「宰相。お前は魔王軍と手を組み俺を殺そうとした」

「な、なにを」

「それが叶わぬとなれば、第二王女を人質として、第一王女リュミエルに俺の暗殺に命じたな」

「証拠があるのか!」

「俺はそこにいる大審院長官とは違う。客観的な証拠は必要とはしない」

「無茶苦茶なことを……」

「とりあえず俺はお前を殺す。だが楽に死ねるとは思うな。もう殺してくれと何度も懇願しても容易には殺さない」


 そう言いながら、ゆっくりと宰相に近づいていく。


「ひぅっ。早くこの狼藉ものを殺せ! 殺した者は褒美恩賞思いのままだ!」


 怯えた宰相が自分の家来たちに命じると、恩賞につられたのか一斉に飛び掛かってきた。

 俺はその者たちを、一撃で叩き伏せていく。命は奪わないよう手加減しながらだ。

 血や折れた歯などが飛び散って宰相にかかる。


「ひぃぃぃい」


 恐慌状態になった宰相は糞尿を垂れ流す。逃げようとするが腰を抜かして動けない。

 家来たちを全員叩き伏せてから、宰相に言う。


「さて、宰相。お前の番だ」


 すると、震えながら宰相は腕につけた腕輪型の魔道具に触れて何やら呪文を唱えはじめる。

 それにつれて腕輪から赤い魔法陣が出現しては消えていった。

 そして宰相は腕輪に向かって叫ぶ。


「ウルガン様! 四天王筆頭のウルガン様! 私を助けてください!」


 その叫びと同時に、腕輪から巨大な赤い魔法陣が出現し、宰相の身体を包む。

 まるで入れ墨のように宰相の身体に文様が刻みつけられていく。

 すると、宰相の全身からゴキゴキという骨の折れる音が響き、身体が変容していった。


「え? え? いでぇ、なぜ? なにが? なにがおここここ――」


 宰相が混乱している何か喚いている間も、身体の変容は続く。

 身長は二倍ほど、横幅は三倍ほどに大きくなり、肌の色は緑になり、体毛は全て抜け落ちた。

 皮膚は腐った死体のようにぬめっとした質感になり、悪臭を漂わせ始める。


 その姿は、先ほど俺が殺した暗殺者に少し似ていた。

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