第39話 史上最強の魔王。宰相に出会う

 本来の姿に戻ったヨルムは速い。王宮までは一瞬で到着する。


「本当は政治的な決着が良いのだろうが、力技で行くことにした。リュミエル覚悟してくれ」

「はい!」


 俺だけならば、気に食わない宰相など屋敷ごと吹き飛ばせば一瞬で片がつく。

 だが、それではリュミエルの立場が悪くなる。

 だから時間をかけて政治的な解決ができる糸口を探していたのだ。


「宰相の後ろに現魔王の側近がいるならば時間をかけるわけには行かないからな」


 魔王軍四天王が宰相に深く食い込んでいるならば、軍を侵攻させるのもたやすい。

 魔王軍には転移魔法陣の技術があるのだ。

 魔王軍が本気になれば一方的にオルトヴィル王国は蹂躙されるだろう。


 そうなってからでは遅い。

 オルトヴィル王国が焦土となったら、リュミエルの政治的立場がどうとか言っている場合ではなくなるからだ。


「ありがとうございます、お師さま。私とシレーヌのことを気遣っていただいて……」

「四天王の奴は俺にも刺客を放ってきた。それも幼い少女二人に呪いをかけてだ。それは俺としても許せない」


 それに俺の暗殺が失敗したと知れば、四天王も動きだす可能性は高い。

 刺客を追い返すほど強い俺が、オルトヴィル王国と手を組めば厄介になる。


 そう判断した四天王が刺客を送りこんでくるか、軍を使って侵攻してくるか。

 そのどちらの方法をとったとしても、面倒になる。


「リュミエル。今、宰相がどこにいるかわかるか?」

「今日は王宮近くの離宮で開かれているパーティーに出席しているはずです」

「パーティー? 誰の主催で、どのようなものが出席しているのだ?」

「はい。私の叔父である大公殿下が主催する王族や貴族が集まるパーティーです」

「そうか。ヨルム。離宮とやらの上に滞空してくれ」

「わかったー」


 ヨルムが離宮の上空に到達する。離宮は平屋だが、とても広大な建物だった。


「リュミエル。宰相を呼び出すから糾弾してくれ。魔王軍のつながりを中心にな」

「わかりました」

「さて、それでは行くか」


 俺はリュミエルを横抱きに抱えて飛び降りる。


「ひっ」

 落ちている間、リュミエルは息をのんで、身体をこわばらせた。


 一生懸命、リュミエルはしがみついてくる。

 その大きな胸が押しつけられるふよふよとした感触がある。

 だが、非常時なので気にしない。


 魔法を使って落下速度を緩めて離宮の庭に着地する。


 周囲には衛兵などはいなかった。


「リュミエル。ついて来てくれ」


 気配を消さずに離宮の入り口へと足を進める。

 近づくと、さすがに衛兵に気づかれた。


「何者だ、怪しい奴め! 人族などが入っていい場所じゃないぞ!」

 するとリュミエルが前に出る。


「第三騎士団団長リュミエル・オルトヴィルです。宰相閣下に緊急の用があって参りました」

「王女殿下でも、招待状のないものは……」

 衛兵が断ろうとしたので、俺は離宮全体に響くよう大声で言う。


「俺がハイラムだ! 宰相に会いに来た。通すがよい」

 きっとパーティー会場にも響いただろう。


「なんだ、お前は。王女殿下の付き添いでも、人族が入れると思うな!」

「宰相閣下は約束のない者にはお会いしない。日を改めて――」

「お前の許可は求めていない」


 俺は離宮の衛兵を押しのけて、扉を押し開いて中へと入った。

 リュミエルもしっかり後ろをついて来る。


 すると、奥から沢山の護衛を引き連れて老人が歩いて来た。

 エルフにしては、その耳がわずかに短い。


「王女殿下。招待状を持たずにパーティーに押し掛けるなど、あまりにも不躾ではありませんか?」

「……宰相です」


 リュミエルが小声でささやいて教えてくれる。

 宰相は官吏を差し向けてリュミエルを拘束しようとしていた。


 そしてここにリュミエルが居ると言うことは拘束に失敗したということ。

 だというのに、宰相は全く動じていない。


 風向きが変わって、官吏を差し向けたのは自分の指示ではないと言い逃れるためだろう。


(中々食えない老人のようだな。一国の政治を牛耳るだけのことはある)


 俺は気合いを入れ直した。


「宰相閣下。今日はパーティーに参加するために参ったのではございません」

 そう言ったリュミエルには返答せず、宰相はハイラムの方を見る。


「そなたがハイラムか。私がそなたの会いたがっている宰相である」

「自ら出て来るとは殊勝なことだ。お前は俺を殺したいんだろう? やってみろ」


 パーティー会場にも聞こえるように大きい声で話す。


「まあ落ち着くのだ。ハイラムとやら。王女殿下から何を聞いたかは知らぬが……。私はそなたを殺そうとなどしていない」


 そう言って宰相は優し気な笑顔を浮かべる。


「そなた。人族だというのに腕がたつようだな。王女殿下ではなく、私に仕えるならば、私が保護してやろうではないか」

「お前に保護してもらう必要はない。そもそも俺はリュミエルに仕えてはいない」

「そうか。だがこのままではそなたは侵入した罪で牢に入れられるであろうな。……そして暗殺者からそなたを守ることもできなくなる」


 宰相は、自分に仕えなければ、牢に入れて暗殺者に襲わせると言っているのだ。

 だが脅しにもならない。


 宰相の手の者に捕まるはずもない。

 仮に牢に入れられて暗殺者を送られたとしても、返り討ちにするのはたやすい。


「ふむ。お前に仕えても俺には全く利点がないようだな」

「……そうですか。残念ですよ」


 あまり残念でもなさそうな様子で宰相はそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る