第38話 史上最強の魔王。シレーヌの無事を確かめる

 俺は歩きながら、自分にも治癒魔法をかける。

 ゾンビの自爆攻撃で負った傷が全て癒えた。


 どんどん歩いていくと、不安そうにリュミエルが付いてくる。


「シレーヌの部屋の前には……」

「わかっている。護衛と言う名目の敵がいるんだろう?」

「どうして、それを?」

「全て安心して任せてくれ」


 シレーヌの部屋の前には、武装した屋敷の使用人が三人いた。

 三人がかりで扉を開けようとしているが開けられないようだ。

 使用人たちは、近づいて来た俺たちに気がつくと、剣を抜き構える。


「どくがよい」

 声に少し力を込めて、使用人たちに命じる。


「っつぅ!」

 それだけで使用人たちは後ずさりして、剣を落とし尻餅をついた。


「それでいい」

 俺はシレーヌの部屋の扉を開けて中へと入る。


 実は扉を魔法で封じていたのは俺自身だ。

 だから、開けようと思えば簡単に開けられるのだ。


 俺に続いてリュミエルが中に入ると扉が閉められる。

 シレーヌは微動だにせずベッドの上で横になっていた。足元ではヨルムが丸くなっていた。


「シレーヌ!」

 慌てた様子でリュミエルが駆け寄る。


「……すぅ」

 静かにだが、シレーヌは寝息を立てている。本当に安らかに眠っていた。


「シレーヌ……、本当に無事だったのね。よかった。よかったよぅ……」

 リュミエルはベッドの横に膝をつき涙を流しながら、優しくシレーヌの顔を撫でる。


「…………うぅん、姉上?」

「起こしちゃったかしら? ごめんね」

「うん、平気よ。でも姉上は大丈夫?」

「うん、……うん」


 シレーヌはリュミエルの涙を右手の人差し指で優しくぬぐった。


「姉上、泣かないで。どこか痛いの?」

「痛くないよ。痛くないの。うん、本当に良かった……」

 リュミエルは泣き続け、シレーヌは困惑して姉を優しく撫でる。


「痛い痛いの飛んでいけー。姉上、姉上。大丈夫なの?」

 そんなシレーヌに、俺は優しく尋ねる。


「シレーヌ。何か変わったことはあったか?」

「わかんない。シレーヌはずっと眠っていたのだもの」

「そうか。それならいいんだ。シレーヌ。体調はどうだ?」

「うん元気だよ。お腹も頭もいたくないの」

「それは何よりだ。……まだ夜だ。眠りなさい。明日また遊ぼう」

 優しく語りかけながら、睡眠導入の魔法を緩やかにシレーヌにかける。


「……うん。……おやすみなさい」

 あっという間にシレーヌは眠りについた。


「ヨルム。何かあったか?」

「何人かが、どうにかして部屋に入ろうとしてたけど、陛下の魔法は解けなかったみたい」


 すると、リュミエルは改めて深く頭を下げる。


「お師さま。シレーヌをどうかお願いいたします」

「わかっているさ」

「厚かましいお願いだと思いますが、シレーヌには味方はいません。王家にも、王宮の貴族にも、この屋敷にもいないんです」

「シレーヌは俺の保護下にある。安心してくれ」

「ありがとうございます。本当にありがとうございました」


 そしてリュミエルは懐からナイフを出した。


「私はお師さまを殺そうとしました」

 だが、殺気はなかった。殺そうと考えたが、出来なかったのだ。


「その罪は許されないことだと思います。けじめとして死んでお詫びします」

 そう言うとリュミエルはナイフの切っ先を首に当てる。

 そしてナイフを思い切り自分の首へと突き刺そうとした。


「まあ、待て。早まるな」

 ナイフの刃を俺は素手で鷲掴みにして止める。少し力を入れなければ止められなかった。

 本気で自害しようとしていたのは間違いない。


「俺はリュミエルを許す」

「え……でも……。私のしたことはけして許されないことで……」

「殺されかけたのは俺だ。つまり許す許さないを決められるのも俺だけだ」


 改めてリュミエルに言う。


「その俺が許す。シレーヌのことも任せてくれ」

「……うぅううううううう、ありがとうございます、ありがとうございます」

 リュミエルは声を出して泣いた。


「リュミエル。俺は言ったはずだ。助けて欲しいことがあれば言えと」

「ううぅぅぅぅぅぅぅ」

「リュミエル。話してくれ」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたリュミエルが泣きながら語り始めた。

 リュミエルに俺を襲うように命じたのは宰相だ。


 宰相はこれまでも、シレーヌを人質にする形で、リュミエルが逆らえないようにしていたらしい。


「シレーヌの病気は特殊で、薬がないと死んでしまうのです。その薬を作れるのは宰相配下の薬師だけで……」

 泣いているリュミエルに、俺は優しく言う。


「シレーヌの病ならば、もう大丈夫だ。頭痛も腹痛もないとシレーヌ自身言っていただろう?」

「はい。いつもよりすごく楽に見えます。ですが……」

「そもそもシレーヌのそれは、病ですらなかったからな」

「どういうことですか?」

「シレーヌの病の原因は毒と呪い。それに悪意のある魔法だ」


 シレーヌの部屋を最初に訪れた際、それに気付いた。

 だから、部屋に興味を持った振りをして、調度品や壁、床に触れてまわり調べたのだ。


 そのとき悪意のある魔法を全て解除して呪いも解いていた。

 シレーヌの頭をゆっくりと撫でたのも、呪いと魔法を解くためだ。

 俺のしていることに気づいていたからこそ、ヨルムも念のために部屋に残ってくれたのだ。


「もうシレーヌが宰相に殺されることはない。病でもないから、しばらく休んで栄養のあるものを食べればすぐに良くなる」


 リュミエルは呆然としていた。すぐには理解できなかったのだろう。

 だが、丁寧にもう一度説明すると、シレーヌが元気になると理解して再び泣いた。


 そんなリュミエルを慰めながら考える。


(……宰相自体は重要ではなさそうだ)


 これまでの情報収集と起こった出来事で、大体状況は理解できている。

 宰相は孫である王子を即位させたい。だからリュミエルとシレーヌが邪魔なのだ。


 そして宰相は魔王軍四天王と手を組んでいるのも確実だ。

 宰相の後ろに魔王軍四天王がいると考えた理由はいくつかある。


 まず、先日討伐したドラゴンゾンビは転移魔法陣で出現した。

 だが、転移魔法陣を作る技術が、今のエルフ族にはない。


 俺を襲った暗殺者には、魔王四天王の印の付いた足かせが付いていた。

 そして、タイミングを合わせるように、宰相はリュミエルに命じて俺を襲わせた。


 そんなことを、丁寧にハイラムはリュミエルに説明する。

 リュミエルにとっても、宰相が魔王軍と手を結んでいることは意外だったようだ。


「魔王軍と手を結んでいたなんて……」

「手を結んでいたというよりも、配下に入ったと言う方が正確かも知れないが」


 そう言うとさらにリュミエルは顔を青くさせた。


「シレーヌの病気が治ったと知れば、宰相は今度こそ……」

 シレーヌを使ってリュミエルを操れないと知れば、今度こそ二人を殺しに来るだろう。


「安心しろ。今から宰相のところへ行って埒を明けてみせよう。リュミエルはここで待っていてくれ」

「私も! 私も行きます!」

「……そうか。ならばついてこい。ヨルム。背中に乗せてくれ」

「わかった! 陛下を乗せるのわくわくするね!」


 俺たちはシレーヌを部屋に残して外に出る。

 そして厳重に部屋に魔法をかけて外からは危害を加えられないようにした。


「さて、宰相に会いに行こうか」


 そして俺は、リュミエルと一緒にヨルムの背に乗って、王宮に向けて飛び立った。

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