第20話 史上最強の魔王。老人から話を聞く

 子供たちと別れた後も、リュミエルはいろいろな相談を持ちかけられている。


「今日はお師さまを街を案内する予定なので……」

「気にしないでくれ。これも立派な街案内だからな。民の話を聞いてやってくれ」

「ありがとうございます」


 リュミエルはどの相談にも真剣に耳を傾けていた。

 そんなリュミエルから離れて、俺の肩に戻ってきたヨルムが念話で呟く。


『陛下。勇者の卵は相談を真面目に聞いているけど、解決できる力はあるのかな?』

『全部は無理だろうな』

『それじゃあ、相談した人たちもがっかりするんじゃない?』


 そんなことをヨルムと話していると、

「ありがてえ、ありがてえ」

「姫様は俺らみてえな領主様にも見捨てられた奴の話を聞いてくださるんだ。立派なお方だよ」

 遠くから老人二人がリュミエルのことをまるで聖女のように拝んでいた。


 その老人の一人は獣人、もう一人はこの辺りには珍しいエルフだった。

 老人たちが気になって俺は声をかけた。


「少し話を聞いてもいいか?」

「……? ああ、昨日姫様と一緒に帰ってきた少年だな。姫様を助けてくれたんだってな。ありがとうな」


 昨日、リュミエルが、俺のことを街の人々に紹介したから知っているようだ。

 老人も昨日リュミエルを出迎えた者たちの中に居たのかもしれない。


「姫様ってどんな方なんだ?」

「なんだ、知らんのか? 一緒に帰ってきたんだろう?」

「そうはいっても、昨日会ったばかりだからな。普段の姿は知らないんだ」

「そうか。そういうものかもしれんな。姫様はな……」


 二人の老人はリュミエルについて語り出す。一度語り出すと止まらない。


「姫様は貧民街にも顔を出して、人族を馬鹿にせずに話を聞いてくれるんだよ」

「もちろん、偽名を使って変装しているから非公式ってことなんだが……。みんな正体は知っている」

「ああ。そして領主の奴になんとかするように掛け合ってくれるんだ」

「俺たちが直訴なんてしても聞いてくれるわけもなし。逆に投獄されかねないからな」


 庶民による直訴を禁じる国は多い。

 リュミエルがかわりに訴えてくれるだけでも、ありがたいのだろう。


「姫様の交渉で事態が改善することはあるのか?」

 そう尋ねると、老人は深く頷く。


「ああ、あるぞ。救貧院の廃止も中止になったし、孤児院の取り潰しも中止になった」

「それに姫様は騎士団長の俸給のほとんどを寄付してくださっているんだ」


 やはり、リュミエルは民から人気があるようだった。


「領主はどういう奴なんだ?」

「あいつはダメだよ」「ああダメだ」

 二人の老人が同時にダメだと即答する。


「そんなになのか? 行政官として功績があると聞いたんだが」

「功績? そんな大したことじゃない。代官として税金を民から搾り取ったんだよ」

「それだけじゃねえ。私腹を肥やしてそれを宰相の奴に賄賂を贈って領主になったんだ」


 領主について話すとき、二人の老人の顔は苦々しげにゆがんでいた。

 宰相とは王を補佐する最高位の臣下、つまりもっとも政治権力を持つ貴族である。

 地方領主を推薦することぐらい難しくないだろう。


「随分と詳しいんだな」


 貧民街の住人がそこまで知っているのは普通ではない。


「こう見えても俺は十年前まで役人だったんだ。領主の奴の施策に反対した結果、因縁つけられて財産没収。五年投獄されたよ」

 そう言ったのは獣人族の老人だ。


「五年も? それは大変だな」

「俺も元役人だ。三年前にクビになったがな。あいつは私服を肥やすことしか考えてない」


 エルフの老人も我慢してきたが、ついに良心が耐えかねたのだという。

 そして諫言したところ、えん罪でクビ。


「エルフだったからか投獄されず財産没収で済んだ。俺はまだましだ」

「そして俺たちは今では、仲良くここの住人ってわけだ」


 そして老人たちは自嘲気味に笑う。それから急に真剣な表情になった。


「ハイラムくんだっけか? 君、強いんだろう? オークロード討伐を姫様と成し遂げたぐらいだ」

「人族なのに大したもんだよ。何か秘密があるのか?」

「当然あるが……」

「ああ、言わなくていい。色々あるんだろうさ」

「とにかく姫様のことを頼むよ。姫様は微妙な立場だからな」

「微妙? 陳情をあげているせいで領主に睨まれているってことか」


 俺が尋ねると、老人は首を振る。


「もっとまずい。姫様は民と清廉な貴族に人気がありすぎる。この街以外でもな」

「ああ。慈悲深いだけでなく、正義感が強くてまっすぐだ。それを快く思わない貴族も多い」

「ここの領主みたいにか?」


 老人は深く頷く。


「そのとおりだ。私腹を肥やすことが大好きな貴族ほど姫様に王になられたら困るだろうさ」

「それに、宰相のやつも問題だ。宰相は私服を肥やすのが大好きなだけじゃない」

「その宰相ってのはどういうやつなんだ?」

「……宰相はな。人族のハイラムくんに言うべきことではないのかも知れないが……」

「なんだ?」

「……母親が人族なんだよ」


 俺は意外に思った。

 オルトヴィル王国では人族は蔑まれる存在だ。

 実際、貧民街に近づくにつれて、人族は多くなった。


「珍しいな。宰相ってのは大貴族なんじゃないのか? エルフだと思っていたが」

「そうだよ。父親はエルフの侯爵様だ」

「だが、母は妾の人族だ。正確には母親の母親が人族なんだよ」

 つまり人族の血が四分の一入っているのだ。


「それなら人族に優しいんじゃないか?」

「逆だよ」


 そういって、エルフの老人は首を振る。


「人族にルーツを持っているやつが宰相になったって、人族は皆喜んだんだ」

「だが、宰相は人族に苛烈な政策ばかりだ。昔はもっと人族にも住みやすい国だったよ」

「自分は人族とは違うと思いたいんだろうさ」

「宰相のエルフの割に短い耳に言及した奴は殺されたって話だ」


 宰相は政治力が高いらしい。

 上手く王宮の各派閥を渡り歩き、宰相に登り詰め、娘を王に嫁がせている。


「その娘が産んだのが第一王子。姫様の兄にあたる」


 当然、宰相としては孫である第一王子を王位につけたい。

 そのためには、清廉な貴族と民に人気のあるリュミエルは邪魔とのことだ。


「だが待ってくれ。姫様は魔法が苦手で、その、言いにくいが……」

「ハイラム君の言うとおりだ。口さがない奴は悪口を言っているさ」

「ああ、無能だとか恥さらしだとかな」


 老人たちもリュミエルが馬鹿にされていることを知っているようだ。


「それならば、王位など無理だろう?」

「ハイラム君。ここは平和なオルトヴィル王国だぞ?」

「個人の武力が王位継承の順位に大きな影響を与えるわけないだろう?」

「それは、そうかもしれないが……」


 そうはいっても、蔑まれて無能と言われている者を担ぐ者はいないの出なかろうか。

 そう俺は思った。


 だが、老人は笑いながら言う。

「個人の武力で王位が決まるなんて、まるで魔王の支配する魔族の国みたいじゃないか」

「……それも確かにそうかもしれない」


 俺としては何も反論できない。

 力こそ全て。それは魔族の論理だ。エルフの王国では違う論理が支配していて当然だ。


「まあ、そういうことで、姫様は確かに王位を狙える位置にいるのは間違いない」

「だから、宰相も姫様の手足を縛るために、姫様配下の騎士団を自分の影響下におくことにしたんだ」

「……第三騎士団の俸給は領主から出ているんだよ。ハイラム君。この意味はわかるか?」

「……ああ、わかる。道理で姫様の命令に騎士たちが従わないわけだな」


 恐らく俸給を出しているだけではない。

 領主が第三騎士団の人事権にも大きな力を持っているのだろう。


「姫様の就任の直前に優秀な騎士たちは全員第一騎士団に引き抜かれたしな」

「ああ、今の騎士たちは宰相派の貴族のぼんくら子息ばかりだ。」

「もっといえば、姫様がここに赴任させられたのは、領主がいるからだ」


 リュミエルの部下たちもリュミエルの味方ではないようだ。


「王宮では宰相一派が権力を握っている。父王陛下も宰相の傀儡にすぎん」

「姫様の味方はいないのか?」

「もちろん居るさ。俺たち庶民はみな味方だ。それに姫様に味方する貴族も沢山居る」

「人族に対する待遇を改めろと主張している貴族もいるさ」

「だがな、姫様を推す貴族は大貴族が多いんだが、ほぼ全員地方にいるんだ」


 大貴族ほど自分の領地を統治するので忙しいのだ。

 その領地では人族も過ごしやすい環境だったりするらしい。


 だが、中央で政治を担うのは領地を持たない法衣貴族が中心だ。

 そして、その法衣貴族たちはほぼ全員が宰相派なのだ。


 つまり、どうやらリュミエルには王宮にも騎士団にも味方がいない。

 孤軍奮闘を強いられているようだ。


「それでも、前向きに笑顔を浮かべて、俺たちのために出来ることをやってくれている」

「感謝してもしきれないよ。この街の住民は皆そう思っているさ」

「だから、ハイラム君。姫様のことを頼むよ」

「わかった。俺のできる範囲で頑張ることにしよう」

「ああ、ありがたい。姫様には、腕の立つ味方がいないから」

 俺の言葉を聞いて、老人たちは笑顔になった。

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