第19話 史上最強の魔王。街を歩く

 リュミエルの案内で、俺は街の中を歩いていく。

 ヨルムも俺の肩の上に乗り、興味津々な様子で周囲を眺めていた。


「エルフが支配する街もなかなかな綺麗なものだな」

「この辺りは……そうですね。貴族や裕福なものたちの住む場所なので……」


 リュミエルは少し歯切れが悪い。

 だが、道はきちんと石畳で整備されていた。道沿いに並ぶ家も綺麗で立派だ。


 道を歩く子供たちも血色がよく、良い身なりをしていた。

 どうやらこの国のものたちは豊かで平和な暮らしをしているらしい。


「大陸を統一したというオルトヴィル王国の施政者の手腕が優れているのかもな」

「……そうありたいとは思いますが。……中々思うようには行きません」


 この街は、魔神を倒した後、俺が支配することになるかもしれない場所である。

 そして街の住人は、俺の民となるかもしれない者たちだ。

 豊かで平和であればあるほど良い。


「リュミ。庶民の住むエリアも見たい」

「はい」


 端から端まで歩くことで街の大きさや人口密度などを知りたかった。



 俺たちがしばらく歩みを進めていると、徐々に街の風景が変わり始めた。

 住人もエルフからドワーフや獣人に、そして人族に変わっていく、


「……あっ姫様」

「しっ。あの恰好しているってことは正体をお隠しになられているのだから」

「あ、そっか。気付かないふりだね!」


 少し離れたところを歩いていた人族の小さな娘がリュミエルに気付いた。

 だが、即座に母親がたしなめる。

 やはりバレバレなようだ。


 いくら獣耳をつけていても、顔が見えているし髪も目立ちすぎる。


「……」

 ヨルムが馬鹿を見る目で、リュミエルを見ていた。


「お師さま、あのお店で売っているお菓子がおいしいのですよ」

『あ、買おう! 陛下。ほら庶民の生活を学ぶためにも買った方がいいよ』

「お菓子を買うのも、いいかもしれないな」


 ヨルムが念話で強く勧めるので、お菓子を買うことにした。


「リュミちゃん、今日はデートかい?」

「いえ、そんな、デートなんてそんな!」


 店主とそんな会話をしている。

 どうやらリュミエルは常連のようだ。店主も当然リュミエルの正体に気付いているのだろう。

 だが気付かないふりをしているのだ。

 そして気付かれていないと思っているのはリュミエルだけだ。


『バレバレだよ!』

 ヨルムは両手で大きなお菓子の袋を抱えて、おいしそうに食べている。

 その姿はとても可愛い。


 リュミエルもそう思ったようで、ヨルムのことをなで回していた。

 ヨルムは複雑な表情を浮かべていたが、大人しく撫でられている。



 お菓子を買った後も、俺たちはリュミエルの案内で街の中を歩いていく。

 そんなリュミエルに、人族の住民たちが気さくに話しかけてくる。


「リュミさん、この前はありがとうね」

「いえいえ、あれから旦那さんのお加減はどうですか?」

「もうすっかり良くなったよ。ありがとうね、本当に」


 どうやら、「リュミ」は病人の薬を手配したりもしているらしい。


「リュミさん、ちょっと聞いてくれよ」

「どうしました?」

「実はさ……」

 街の人たちは「リュミ」に困ったことを相談しに来るようだった。



 街の人々と別れた後、俺は尋ねた。


「リュミ。随分と頼りにされているんだな」

「私は騎士団に知り合いがいるということになっていますから。正体がばれない程度に裏から手を回しているんです」

『バレバレだけど……まあいっか』

 ヨルムは突っ込みを放棄した。


「人助けはいいことだよな」

「ありがとうございます。でも私に出来ることは限られていますから……」


 さらに歩いて行くと、徐々に道は荒れ始め、家はみすぼらしくなっていく。


「大きな街ならばある程度仕方のないことだが……」


 いくら優れた統治者でも街の隅々まで、その威光を届かせることは難しい。

 どうしても街のはずれの方には貧民の集まる地区ができてしまう。

 それを、どのようにケアするかが統治者の腕の見せ所である。


『こっちの方は手つかずかな? 領主が放置しているのかも?』

『貧民街にどう対処するかで、この街の支配者がどのような者かわかるな』


 だから俺はリュミエルに尋ねる。


「リュミ。この街の領主はどのような人物なんだ?」

「領主の伯爵閣下は行政官として、大きな功績をあげられた方なのです」

「ほう。その功績でこの街を貰ったのか? それは凄い」

「はい」

「元行政官か。なるほどな」


 もし優秀な統治者であるならば、民としてではなく臣下として取り立ててもよい。

 そんなことを考えながら、俺は貧民街の方へとどんどんと足を進めていった。


 そのうち道は露出した土になり、あばら家ばかりになっていく。

 そこら中から糞尿の悪臭が漂って来る。


 ぼろを身体に巻き付けた痩せた人族の子供たちが歩き回っていた。


「あ、リュミねーちゃん」

「元気にしていましたか?」

「うん!」


 リュミエルは子供たちにお菓子をあげている。その目はとても悲しそうだ。

 お菓子をあげるぐらいしか出来ない自分の無力さを嘆いているようにも見えた。


 痩せた子供たちの姿が、俺にはどうしても養女フィルフィに重なって見える。

 俺の死後、フィルフィはこの子供たちのように飢えたのだろうか。


 今となっては遙か昔、五百年も前のことだ。記録にも残っていないだろう。

 気になって、子供を見つめているとヨルムがリュミエルの元へと飛んでいく。


「きゅる……」


 そして両手に抱えたお菓子の袋をリュミエルに差し出す。

 飢えた子供たちを見て、ヨルムもかわいそうに思ったのかも知れない。


「ヨルム君、よいのですか?」

『いいよ。あとでハイラムさまに買ってもらうし』


 勝手なことを言っている。だが、買ってあげようとも思った。


「リュミ、ヨルムはお菓子を子供たちにあげたいらしい」

「ありがとうございます。ヨルム君」

「……きゅる」


 ヨルムのお菓子も子供たちに配られる。


「かわいい!」「トカゲが飛んでる! すげー」

 子供たちにヨルムは人気があるようだった。

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