第21話 史上最強の魔王。情報を集める

 リュミエルが貧民街の住民たちから解放されたのは一時間ほど経ってからだった。


「お待たせして申し訳ありません!」

「気にしないでくれ、俺も有意義な話ができたよ」


 俺がそう言うと、老人たちも笑っていた。


 貧民街からの帰路、俺はリュミエルから改めて謝罪された。


「お師さま、ご案内するって言ったのに、ごめんなさい。話し込んでしまって」

「気にしないでくれ。街のことを知れたからな」

「……お師さま。ひとつお聞きしてもいいですか?」

「なんだ?」

「私のやっていることは無駄なのでしょうか」


 リュミエルは真剣な表情でじっと俺を見つめていた。


「無駄ではないだろう。実際助かっている者もいる」

「ですが……。みなの暮らしは全く楽になっていません」


 貧民は貧民のまま。病気や怪我でどんどん死んでいく。

 人族の待遇が改まることもない。


 リュミエルがいくら領主に陳情しても変わることはめったにない。

 リュミエルの私財などたかが知れている。砂漠に水をまくようなものだ。


 そんなことをリュミエルは語る。


「自分が今やれることをやるのも大切だと思うぞ。そして個人では出来ないことをするのは王の役目だ」

「……お師さま。王とは何なのでしょう」


 リュミエルは宰相の傀儡になっている自分の父を思い浮かべているのかも知れない。


「領土を持ち、領民を統治し、かつ、何者にも支配されない者が王と呼ばれるな」

「そうですね」

「だがな。俺は王とはあり方だと考えている」

「あり方ですか?」


 俺は足を止めてリュミエルを見つめる。


「俺には統治する民もいない。領土もいない。臣下が一頭、ヨルムが居るだけだ」

「はい」

「だが、俺は魔王だ。誰に認められていなくとも、俺が魔王だと、俺が知っている」

「……どうして、お師さまは、自分が王だと確信を持てるのですか?」

「王とはこうあるべきだという自分の思いを裏切らないからだ」

「王のあり方について教えてくださいませんか?」


 俺にとってリュミエルは将来臣下になって欲しい相手だ。

 だから教えることにする。


「……そうだな。色々あるが王は民を保護せねばならない。何族だろうとな」

「私も同感です」

「他にも――」

「なるほど!」


 俺はリュミエルと、王とは何かと言う話題で盛り上がった。


「お師さまがこの国の王になったら、いい国にしてくれそうです」


 そういってリュミエルは微笑んだ。


 リュミエルは、王族の恥さらし、無能王女と呼ばれ、配下の騎士は言うことを聞かない。

 最高権力者の宰相はリュミエルのことを警戒し嫌っているから、何かしようとしても妨害されるのだろう。

 それでも、リュミエルは懸命に王族たろうとしている。


 そういう奴のことは俺は好きだ。


「リュミエル。力になれることがあれば言ってくれ」

「ありがとうございます」

「俺はリュミエルの味方になろう」

「……ありがとうございます。心強いです」


 リュミエルは真顔になった後、堅い笑顔でそう言った。



 次の日の朝食後、俺はリュミエルとヨルムと訓練する。

 それが終わると、リュミエルは騎士団の仕事をするために出かけていった。


 そして俺はヨルムと一緒に、屋敷を出る。


『陛下。今日はどうするの?』

『そうだな。情報が欲しい。行商人相手に聞き込みでもするかな』


 情報を持っているのは街から街へ移動する行商人だ。


『そっかー。お菓子とかも買おうね』

『ヨルム、お菓子なら、後で買ってやるから、姿を隠してリュミエルを見張ることは出来るか?』

『出来ると思うけど……』

『じゃあ、頼む』

『わかった。任せておいて!』


 ヨルムは俺の指示に文句も言わずパタパタと飛んでいった。

 昨日老人から聞いた話によれば、宰相の外孫である第一王子とリュミエルの間で王位継承の争いが起きているらしい。


 ならば、オークロードの罠の意味が見えてくる。

 宰相たちが、リュミエルを亡き者にするために張った罠だと考えるのが自然だ。

 

 宰相は罠を張って失敗した。

 ならば、リュミエルを亡き者にするために改めて何らかの手を打つかも知れない。

 だから、俺はヨルムを見張りにつけた。


 ヨルムがいれば安心だ。リュミエルが簡単に害されることもないだろう。


(……さてと)


 俺は行商人から物を買うついでに、話を聞いて回る。


 俺の知りたい情報は二つ。

 魔神の居場所、俺の養女フィルフィについてだ。


 魔神の居場所は非常に聞き方が難しい。

 魔神が魔神だとあからさまにわかる状態で存在しているわけがないからだ。

 だから超常現象の噂を集めた。だが空振りだった。

 フィルフィの情報も得られなかった。


(一日程度で得られるわけがないよな)


 情報収集は根気が大事だ。

 一日でダメならば、何日かけてでも仕入れるほかない。


 情報を仕入れるついでにお菓子をたくさん買うのも忘れない。


(ヨルムと約束したからな)


 ヨルムの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 だが、少しお菓子を買いすぎた。ヨルムだけでは食べきれないだろう。

 

(ならば子供たちにお菓子でもあげるかな)


 そのうち、昨日リュミエルが子供たちにお菓子を配っていた場所の近くまで来た。

 たちまち五人の人族の子供たちに囲まれる。


「あ、トカゲのお兄ちゃんだ」

「今日はひめ、リュミねーちゃんは一緒じゃないの?」


 小さな子供もリュミの正体が姫だと知っているようだった。


「リュミはお仕事なんだ」

「そっかー」

 子供たちはあからさまにがっかりしている。


「そうだ。せっかくだからお菓子をあげよう」

「え? いいの?」

「ああ。みんなで仲良くわけなさい」


 そういって行商人や露天商で買ったお菓子を子供たちに与えた。

 子供たちはわいわいいいながらお菓子を食べる。


 やはり子供は可愛らしい。

 養女フィルフィを思い出して、和やかな気持ちになる。


(今はもうフィルフィは五百歳か。おばあちゃんになっているんだろうな)


 たとえ、おばあちゃんになっていても、俺の可愛い娘であることには変わりない。


 そんなことを考えていると、遠くの方が騒がしくなり始めた。

 嬉しそうにお菓子を食べていた子供たちも慌て始める。


「あ、まずいよ! はやく隠れなきゃ」

「どうした? 何があったんだ?」

「ハイラムさんも隠れた方がいいよ。街の外に魔物が出たんだと思う」

「……魔物か。子供たちははやく隠れなさい。俺は大丈夫だから」


 ここは街の端にある貧民街だ。街を囲む壁も壊れているところも多い。

 魔物が街の中に入ってくることもあるのだろう。


 子供たちを廃屋に隠した後、俺は騒ぎの方へと歩いて行く。


「それにしても、街の中に魔物におびえる民がいるとはな」


 街の中で、民を魔物から保護するのは領主の義務だ。それも最低限の義務である。


 壁が壊れたのなら修復しなければならない。

 壊れたままにしておいたら、魔物だけでなく犯罪者も入ってくるだろう。


 子供たちが魔物の被害を受けるのはかわいそうだ。

 だから俺は魔物を退治するために、壁の外へと向かった。

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