第15話 史上最強の魔王。勇者の卵を弟子に取る。

 国について聞いた後、俺はリュミルについて尋ねることにした。


「なぜ第一王女が、オークロードと戦っていたんだ?」

「はい、王族には軍属になる義務があるのです」

「ふむ?」


 それはわかるが、一人で来る理由にはならない。


「私は王族としての義務で軍に入り、今は第三騎士団の団長を務めています」

「ほう、その若さで騎士団長とは立派なものだ」

「第一王女、つまり王の娘だから騎士団長になれただけです。親の七光りに過ぎません」


 それでも、一人でオークロードを倒す理由にはならない。

 オークロードが街道に出て困っているというなら、騎士団員を派遣すればいいのだ。


 だから俺はリュミエルの話の続きを待った。


「今、私が住んでいるのはその任地になるのですが……」


 第三騎士団はこの辺りの治安と防衛を担っている。


 そして、街道にオークが出たという知らせが入ったのだと言う。


「部下たちは、腰が重く、すぐに動けるのは私だけだったのです」

「部下が言うことを聞かないのか?」

「……恥ずかしながら」


 オーク一体なら倒せる。

 そう判断してリュミエルが向かったが、相手はオークロードだった。

 そして、そのオークが出たので助けて欲しいと言った商人も商人ですらなかった。


「一人で出撃することはよくあるのか?」

「はい」


 そうなると、罠を張った者も、リュミエルが一人で来る可能性が高いことを知っていたことになる。


「リュミエルは命を狙われているのか?」

「……わかりません」


 本人はそう言うが、王族が狙われる理由など想像するのは簡単だ。

 王位継承争いである。


「リュミエルには、他に兄弟姉妹はいるのか?」

「兄が一人と妹が一人います」

「なるほどな」


 兄と妹のどちらかの手の者。

 もしくはその両方が、リュミエルを罠にはめた第一の容疑者だろう。


「あの……ハイラムさん」

「どうした?」

「どうして、ハイラムさんは強いのですか?」


 そう尋ねたリュミエルは真剣な目をしていた。


「……色々あるが、端的に言えば戦闘経験、つまりは鍛錬の結果になるかな」


 鍛錬したのは前世なのだが話しても難しかろう。


「鍛錬ですか」

「リュミエルも相当強いよ。鍛錬したんだろう」

「はい、鍛錬はしました。……でも」

「でもなんだ? 魔法が使えないのを気にしているのか?」

「! どうしてわかったんですか?」

「剣が折れたのに、魔法を使っていなかったからな。エルフ族にしては珍しくな」


 俺がそういうと、リュミエルはぽろぽろと涙をこぼした。


「す、すまない。余計なことを言った」


 俺が慌てると、リュミエルは涙を拭って、無理に笑顔を浮かべた。


「ごめんなさい。つい泣いてしまって……こんなつもりじゃなかったのですが」

「それはいいが……」


 しばらく経って、泣き止むとリュミエルはぽつりぽつりと語り始めた。


「ハイラムさんのお察しの通り、生まれてからずっと魔法が使えないんです」

「…………」


 それは勇者だからだろう。

 勇者として教育されていないのだから魔法が使えないのは仕方ない。

 とはいえ、さらに強くなれば、教育を受けなくとも強力無比な魔法を使えるようになるはずだ。


「だから私は王族の恥さらし、無能王女なんて呼ばれています」


 そういって、自嘲気味にリュミエルは笑う。


「騎士たちが私を舐めて、指示に従わないのも魔法を使えないからです」

「軍の指揮系統としては問題だな」


 上官のことを尊敬しなくても良いが、命令には従わなければならない。

 それが軍人の最低限の義務である。


「先ほどわかりませんと言いましたが、私は恐らく命を狙われているんだと思います。証拠はありませんけど」

「そうだろうな」

「……魔法を使えない私が王族の恥だからだと思います」


 リュミエルはそう言うが、本当にそうだろうか。

 王族の恥ならば、病気と言うことにして王宮に隔離すればいい。

 何も騎士団長にして、外に出す必要が無いのだ。


 とはいえ、王族の恥とまで思われているなら、王位継承の目がない。

 第一王子や、第二王女のライバルとならないだろう。


 そもそも、リュミエルには殺される理由がない。


 そんなことを俺が考えていると、リュミエルが俺の手を取った。


「ハイラムさん! 私に魔法を教えてくださいませんか!」

「どうして、俺に魔法を教わりたいんだ?」

「それは、ハイラムさんが人族だからです」

「ふむ?」

「全種族の中で一番弱いと言われている人族なのに、ハイラムさんは私の知っている誰よりも強いです。だから尊敬できます!」

「つまり鍛錬しまくっているはずの、俺だから、教わりたいということか」

「はい!」


 俺が承諾しそうだと考えたのか、上を気配を消して飛んでいたヨルムが、慌てたように言う。


『ダメだよ、陛下。こいつは勇者なんだよ!』

『ヨルムは、強くしたら俺の敵になるって考えているのか?』

『そりゃそうだよ!』

『それもまた面白いんじゃないか』

『……もう』


 ヨルムはあきれたようにそう言うと、ブシューっと鼻から息を出す。


「そこまで言われたら、俺も腹を割ってはなそう。信用されないだろうが……」

「いえ! 信じます!」

「それは話を聞いてから判断してくれ」

「はい。わかりました」

「俺は尋常ではない鍛錬をした。それは嘘ではないんだが……。現世の話ではないんだ」

「どういうことでしょうか?」

「俺は転生者なんだ。先ほど生まれて、山から出てきたばかりだ」

「あ、だからハイラムさんは、情報を欲していたんですね」


 リュミエルは特に驚くわけでもなく、納得している。


「それも前世の俺は魔王だった。魔王ハイラムって知らないか?」

「……ごめんなさい。無知で」

「いや、知らなくても当然だ。五百年も前だからな」


 話を聞いていたリュミエルは真剣な表情で考える。


「だから、ハイラムさんは強かったのですね」

「そういうことだ」

「ハイラムさん! 改めてお願いします。私に魔法を教えてください」

「…………魔王だぞ? いいのか?」

「魔王なんて、魔法のエキスパートじゃないですか! 師匠になっていただけたら最高です」

「そ、そうか」


 そういわれたら、そういうものなのかも知れない。


「わかった、リュミエル。俺に教えられることならば教えよう」

「ありがとうございます! ハイラムさん、いえ、お師さま!」


 そういって、リュミエルは笑顔になった。


 それから、リュミエルは俺に尋ねる。


「お師さまは、宿などは決まっているのですか?」

「まったく決まっていない。山から出てきたばかりだからな」


 俺がそう言うと、リュミエルは満面の笑みを浮かべた。


「それでしたら、私の家に泊まってください! 三食とお風呂付き暖かいベッドがありますよ!」

「それはいいな」

「はい、決まりですね!」


 泊めてもらうことになるならば、ヨルムのことも紹介しなければならない。


「リュミエル。紹介しよう。ヨルム。降りてきてくれ」

「きゅるー」


 可愛い子竜の振りをしてヨルムが俺の肩に降りてくる。

 実際、ヨルムが可愛い子竜なのは間違いない。


「わぁ! ドラゴンの赤ちゃんですか?」

「赤ちゃん、というか子供の竜だ。名前はヨルムだ」

「きゅるるー」

「可愛いです。触っても良いですか?」

「いいよ」「きゅる?」


 ヨルムは少し嫌そうだったが、俺がいいと言ったので逆らわない。


「可愛いですねー」

「……きゅるぅ」

 ヨルムはリュミエルに大人しく撫でられていた。

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