第16話 史上最強の魔王。街に入る

 俺はリュミエルと合流した場所から三時間ほど歩いて、やっと街に到着した。

 街に入るとリュミルに気がついた町の住民たちが集まってくる。


 そのほぼ全員が人族だった。


「あ。姫様! よくぞご無事で」

「みんな、姫様がお帰りになったぞ!」


 リュミエルは住民たちに笑顔で応対していた。王族とは思えない気さくさだ。


 住民たちは、俺の方をチラチラと見ていた。

 リュミエルが連れ帰った俺のことが気になるのだろう。


「大丈夫ですよ。このお方は、ハイラムさんと言って困っていた私を助けてくれたのです」


 リュミエルがそう言うと、住民たちの俺を見る目が一気に柔らかくなった。


「そうだったのですね。ハイラムさん、姫様をありがとうございます」

「ああ、姫様に何かあったら大変なことだからな。将来は王になるお方だから」

「人族だってのに、大したもんだ」


 住民たちは口々に俺にお礼を言い褒めてくれる。

 人族たちは、リュミエルが王になると考えているようだ。

 いや、もしかしたら、王になって欲しいという願望かも知れない。


「気にしないでくれ。たいしたことはしていないからな」

「謙虚だ……」「ああ、謙虚だ。素晴らしい」

「肩に乗ってるトカゲも可愛い……」


 俺は住民たちに気に入られたようだった。

 リュミエルは住民たちに頭を下げる。


「改めて、ご心配をおかけしました」

「姫様。オーク討伐なんて、後回しでいいですよ。どうせめったに人も通らない街道ですし」

「うんうん。そのうち冒険者ギルドが手を打つはずです」

「姫様は何でも一人でおやりになるから……」


 リュミエルは随分と住民たちに慕われていた。

 そして、何かある度に一人で出撃するリュミエルのことを心配しているようだ。


 リュミエルが解放されたのは、街に着いてから三十分後のことだった。


 民から人気があることが、疎まれる要因になることもあるだろう。


『あれほど騒ぎになったのに、第三騎士団の誰も出迎えに来ていないな』

『やっぱり、部下に嫌われてるのかな? 無能王女って呼ばれているらしいし』


 その後、リュミエルの案内でしばらく歩くと、大きな屋敷が見えて来た。


「あれがリュミエルの屋敷か」

「はい。お師さま。騎士団長として赴任したときに与えられた屋敷なんです」


 屋敷に入ると、五人のメイドが出迎えてくれる。

 メイドたちは人族三人で、獣人が二人だった。


「お師さま、今日からここは自分の家です。ご自由に寛いでくださいね」


 リュミエルはにこやかに笑う。

 そしてヨルムのことを優しく撫でた。


「ヨルム君も寛いでね」

「……きゅる」


 リュミエルはヨルムを可愛がっているが、ヨルムは少し怯え気味だ。

 ヨルムにとって天敵の勇者なので仕方が無い。


 そしてリュミエルは、メイドに任せず自ら屋敷の中を案内してくれる。


「こちらがお手洗いになっていて……、向こうにあるのがお風呂になります」

『お風呂! 陛下一緒に入ろう?』

『あとでな』


 どうやらヨルムはお風呂が好きらしい。

 リュミエルは丁寧に俺とヨルムに屋敷の中を一通り案内してくれた。


「よい家だな」

『うん、住みやすそうだね! 陛下!』

「ありがとうございます。ハイラムさんもヨルムさんも自分の家だと思って過ごしてくださいね」


 リュミエルの屋敷は大きくて立派だ。二階建てで、数十の部屋があった。

 騎士団長にして、王女であるリュミエルにふさわしい屋敷と言えるだろう。



 リュミエルの案内が終わった後、俺は自分にあてがわれた部屋にヨルムと一緒に入った。

 部屋に入ると、ヨルムはベッドに向かって跳び込んだ。


「陛下は、これからどうするの?」


 ヨルムは仰向けでベッドに横たわり、尻尾をリズミカルに振っている。


「そうだなぁ。しばらく街に溶け込んで色々と調べてみるかな」

「……勇者の卵を殺そうとしている奴が誰か調べたいってこと?」

「それもある。が、それだけじゃない。ヨルムは俺の目的を覚えているか?」

「神殺しでしょ?」

「そうだ。神の場所がどこか知りたい。それに……」

「娘さん、フィルフィ王女殿下こと」

「そのとおりだ。だが、こっちは同じ名前で活動していたりしないとわからないだろうな」

「そっかー」


 神は存在自体が強烈だ。いくら隠れようとしても隠れきるのは難しいだろう。

 だが、フィルフィはただの魔族。名前を変えていたら、情報を探すのが難しい。


「俺の名前を売って向こうが気付くのを待つと言うのもあるか」

「敵に、陛下の存在が気付かれない?」

「魔神が気付いて、何かしてくるなら、それはそれで好都合だ。今は手がかりがないからな」

「そっかー」


 そんなことを、俺はヨルムと話しながら一時間が経ったとき、扉がノックされた。


「お師さま、ヨルム君。夕食の準備が出来たので一緒に食べていただけませんか?」

「ありがとう」

「きゅるるー『ヨルムもお腹すいた!』」


 俺もヨルムもお腹がすいていたので、喜んで食堂へと向かう。

 準備された料理は、とてもおいしそうだった。

 王宮料理といった感じではなく、街の料理と言った雰囲気だ。


「お師さま。お口に合うでしょうか?」

「ああ、とてもおいしい。この芋を煮たやつが特においしい」

「あっ」


 リュミエルは何故か頬を赤らめた。

 給仕していた人族のメイドが


「それは姫様がお作りになられたんですよ」

「なんと。リュミエルは料理が得意なんだな」

「そ、そんな、教えていただいたとおりに作っただけで……」

「きゅるるー」


 ヨルムもご機嫌だ。リュミエル手作り料理が気に入ったようだ。


「オルトヴィル王国の料理文化は進んでいるな」

『竜よりも料理文化はすごいかも知れない』


 その料理は、俺が前世の頃に食べていたものよりもはるかにおいしかった。

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