第2話 史上最強の魔王の復活

 ◇◇◇


 魔王ハイラムの崩御から長い時間が流れた。


 魔王の城から、陸路で一ヶ月、船で二ヶ月ほど海を渡った距離にある未開の地。

 その辺境にある真っ暗な部屋の中に白い石が転がっていた。


 石は正十二面体で、全ての面に神代文字が刻まれている。


 今は夏。外には燦燦と日光が降り注いでいる。だが、部屋の中はひんやりとしていた。

 部屋はそれなりに広い立方体。

 部屋の中は乾燥しきっており生物の気配がまるでない。完全なる無音だ。


 その暗く静かな部屋の中で、突如白い石がぼんやりと輝き始めた。その輝きはどんどん強くなっていく。

 そして、石は自動で魔法陣を展開しはじめる。


 その魔法陣の中心から一人の赤子が生まれた。

 ついに魔王ハイラム、その復活のときが来たのである。



 ◇◇◇



 目覚めたとき、周囲は真っ暗だった。何も見えない。

 俺は魔法灯マジックライトを使う。


 途端に周囲が明るくなった。


ふみゅふむ


 レは全裸で岩の上に横たわっていた。

 そして、手足が短い。頭が重たい。


てんしぇい転生しぇいこう成功したにゃ!」


 魔神との戦いに敗れる前から、俺は転生の術式を準備していた。

 神には勝つつもりで挑んだ。だが、相手は仮にも神。

 俺は負ける可能性も当然考慮していたのだ。

 万が一の備えとして、転生の術式も当然用意していた。


しょれにしちぇみょそれにしても……」


 周囲には誰も居ない。

 それでも独り言をずっと言っているのは、混乱している頭を整理するためでもある。


 転生後に引き継げるのは魂と精神、それに精神に密接に関係している魔術回路ぐらいだ。

 つまり転生したら肉体が全て新しくなる。当然思考を司る脳もだ。


 新しくなった脳を含む肉体に精神と魂が定着するまで混乱の極みにあるのだ。

 記憶も判然としないし、思考もごちゃごちゃする。


ちょわいえとはいえ……」


 死亡時、俺は三百歳を超えていた。

 そして今は乳児。死ぬ前の脳と今の脳が違いすぎる。混乱に拍車がかかる。


 それに今のままだとハイハイするのもままならない。頑張れば寝返りをうてる程度。

 このままだと飢え死にする。


 俺は成長促進の魔法を使う。非常に高度な魔法だ。

 だが、史上最強と謳われ、魔法王とも呼ばれた俺にとっては造作も無い。


 俺の指先から魔法陣が出現する。

 この程度ならば、混乱した頭でも、難なく行使できるようだ。


 魔法陣が俺の全身を包む。

 すると途端に身体が成長していく。非常に激しい成長痛に襲われる。

 全身の骨が折れたようだった。


「ここまで痛いとはな……」


 俺は十代半ばで成長を止める。成長を止めると、痛みも治まった。

 成長期が終わる前の方が、魂と肉体が馴染みやすいからだ。


「我が名はハイラム! ……いや、周囲に誰も居ないし、かっこつける必要も無いな。俺はハイラム! うむ。これでいい」


 新たな身体でもきちんと名乗りをあげておく。

 名乗りには、自分が何者であるか、自分の魂に言い聞かせると言う意味もある。


 魔王として威厳を示すために堅苦しい口調で話していたが、俺の地はこっちだ。


「身体に違和感があるが……。転生直後ゆえ仕方ないか」


 そう言いながら俺は近くに用意していた服を着る。

 この部屋は前世の俺が転生するための場所として作ったもの。

 誰も入らないよう厳重に魔法をかけて保護していた。服を用意したのも俺自身だ。


「あれから何年が経ったんだ? 死んで十年後に転生するように設定していたはずだけど……」


 信頼できる側近には、十年の間どのように国を治めるかの指示は出してある。

 そして、十年経ったら、好きにしろとも言ってあった。


 転生は非常に難度が高い魔法。

 いくら魔法王と称えられた俺であっても確実に成功させられるわけではない。


 十年経って、戻ってこなければ、転生に失敗したと言うこと。

 魂は輪廻の輪に巻き込まれて漂白されたか、消失したかのどちらかだと考えられる。



「転生魔法は難度が高いからな。きっかり十年で転生出来たか、流石に不安だ」


 もしかしたら十二年とかかかっているかも知れない。

 それならば、俺の葬儀も終わっているだろう。

 新たな魔王が即位している可能性もある。


 その場合、魔王の座を奪還するまで少し面倒かも知れない。


「とはいえ、二年程度で新たな魔王が決まるとも思えないが……」


 強さを最重要視する魔族のことだ。

 魔王の座を巡る戦いが、まだ終わっていない可能性も高いだろう。


 俺は部屋の入り口へと向かい、部屋に施した封印を調べた。


「ふむ。封は破られていないみたいだな」


 俺自ら施した印だ。破ることのできる者はそうはいない。

 封印が強力すぎて、俺自身、部屋の外の様子がわからないぐらいだ。


「さて……肝心の経過年月は……」


 俺は、さらに詳しく封を調べる。封をかけてから何年が経ったか調べるためだ。


「…………まさか、五百年が経ったのか」


 十年後に転生するつもりが、その五十倍の年月が流れていた。


「……そうか。転生後の種族を人族に強引に変えたことで、術式がおかしくなったのか」


 魔族を問答無用で殺すという魔神の神罰。

 その効果を知って、俺は死ぬ直前に術式をいじったのだ。


「時間が経ちすぎたとは言え、無事に転生出来たことが奇跡だな……」


 それほど危ない賭けだった。ただでさえ、転生魔法は非常に難度が高いのだ。


「やはり角がない。人族に転生することは成功したようだな。よし」


 一般的な魔族には角がある。

 角に魔力を溜めたり、魔力を察知する感覚器官になったりもする。

 人族より魔族が魔法が得意なのも、その角のおかげという説もある。


 実際事故で角を失った後に魔法を使えなくなった魔族もいた。

 だからその説もあながち間違いではないのかもしれない。

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