第11話

第11話




セイラン「ネズミが来たなと思ったから見に来れば、この泥棒が、その女は僕の妻だ。連れ出して貰っては困る。」




ソンリェン「セイラン…」




地下牢から階段を上り地上へたどり着くと、案の定セイランに気付かれ、待ち伏せており、3人の前に立ちはだかった

互いに抜刀し刀を構え、対峙しあう二人




ソンリェン(あいつらは…)




セイランの少し離れた後方に隠れるように控える二人の黒装束をまとった男達に気付くソンリェン

視線を彼等に向け、目を細める




ソンリェンが直接助けに来た事を知り、驚く黒装束の男達




黒装束の男1「まさか王自ら赴いてくるとは…」




黒装束の男2「我々の存在に気付かれたようだ、どうする?」




黒装束の男1「これはチャンスだ!王はできれば生きて持ち帰る事を期待なされていたが、それができなくても肉体さえ手に入れば研究には使える」

黒装束の男1「奴に加勢するぞ、セイランがとどめを刺す分には問題はない!」




男達はソンリェンの前に姿を現し、セイランの左右にそれぞれ近づき位置づくとソンリェンに向かって短刀を構えた




ソンリェン(あの黒装束は我が国の忍達が着る装束だが…仕草や構えは隣国の間者達が好んでするものだ。)




男達の明らかな敵対行為に、睨みつけ威圧するソンリェン




ソンリェン(余計な手出しはするな、大人しくしていれば殺しはしない…)




ズシりと重力にもにた強烈な圧迫感に襲われ、耐えられず、思わず武器を手放す黒装束の男達




黒装束の男達「これが神力か…ただ睨みつけられただけなのに…手が…脚が震えて動けなくなるとは!!」




ほんの数秒、その力に抗おうとしたが、耐えられず…口から泡を吹き、痙攣し、意識を失いその場に倒れ込んだ


黒装束の男達はソンリェンの神力の前にあっけなく崩れ落ちた…



…だがセイランだけは何事もなかったかのように顔色一つ変えず、その場に立ち続けていた

セイランの瞳が金色に輝いている…セイラン自身が持つ天上の力がソンリェンの力に抵抗してみせたのだ




ソンリェン(やはりこの程度の天上の力ではセイランには効かないようだ…しかし俺の神力に顔色一つ変えず立ち続けているとは…セイランは俺と同等かそれ以上の力の持ち主なのかもしれない)




ソンリェン「人の女を誘拐し、暴行した挙句、さらに妻呼ばわりとは随分と頭のイカれた奴だ」




セイラン「マリは僕の妻だ!貴様が僕からマリを奪ったから取り返したのだ!!」




ソンリェンの挑発に乗せられ怒り、構えていた刀をソンリェンに突き出し反論するセイラン




セイラン「お前が生まれる前から僕はこの国の正統なる選ばれし王だったのだ!貴様は僕より早く力に目覚めたというだけで王位についた…僕が力に目覚める可能性があるにも関わらず…母はその間違いを正そうとしたのだ!」

セイラン「力に目覚めた今、母の名誉を取り戻し、全てをあるべき姿に正さなければならない」



セイラン「マリは天上人…王になるものの妻となるのが定め。お前の役目は終わったのだ、今素直に妻と王位を返せば命はだけは助けてやる!!!」




ソンリェン「この国には力に目覚めた者が王位に就くという法は存在するが、お前のような場合を想定したモノは存在しない…お前の言う「あるべき姿」とやらが正しいと証明できる物は何もない」

ソンリェン「現王は俺だ。お前が力に目覚めるまでの数十年もの間、王としての実績がありそれなりに評価はされている。そしてマリは俺の妻だ、天命は俺にある」



ソンリェン「自分勝手な願望を実現させるために他国の威を借りなければならない程に人望の無いお前に勝ち目はない」




セイラン「だまれ!!高貴な身でありながら母の罪を母の両親や祖父母達にまで償わせ孤立無縁となり地方へと下るしかなかった僕に…下賤の分際で全てを手に入れたお前に言われる筋合いはない!」



セイラン「お前が僕から奪い取った地位、名誉、その女も全て僕の物だ!!」




セイランの自分本位な言い分を聞かされ、もはや和解や説得は不可能なのだと悟るソンリェン




ソンリェン(そもそも最初から理屈の通じるまともな相手であるならば、マリを攫うような事はしないか…)




大きくため息をつくとセイランに向けていた刀を下ろし、自らは戦う意思がない事を示すソンリェン




ソンリェン「…いいだろう、お前の望みを聞いてやる…俺の持つ全てをお前に返そう」




予想外の返答に驚き、疑い思わず眉をひそめるセイラン、その様子を見て続けるソンリェン




ソンリェン「だが、妻はダメだ。お前が俺を身一つで王宮から放り出すというのならそれはそれでかまわない、2度と俺とマリに関わるな」




セイラン「ダメだ!!その女も僕が得るはずだったものだ!!お前には何1つたりとも譲るつもりはない!!!」




慌てるように否定するセイランを見てソンリェンはそれをバカにするかのように嗤いセイランに問いかける




ソンリェン「お前は…まさかとは思うが、マリを物か何かだとでも思っているのか?」




呆れ、蔑むような…憐れむような瞳をセイランに向けながら話を続けるソンリェン




ソンリェン「マリは俺が王だから妻になった女ではない。マリにも意思がある、マリが俺を望んだからこそ夫婦となったのだ。」


ソンリェン「誰にあてがわれた女でもない、俺自身も望み、お互いにそうあれと思ったからこそ今がある…だから絶対に渡すわけにはいかない」


ソンリェン「俺はお前が先王から継ぐはずだったもの全てを返そうと言っているのだ…お前は愚かだがバカではないはずだ。たとえ天上人であるマリを妻に据えようともお前が弑逆によってただ玉座を奪えば、反発する者が現れ登極は困難を極めるだろう…だから他国の強大な後ろ盾を得る事にしたのではないのか?」

ソンリェン「俺がお前に位を禅譲すれば、たとえ心の内に思う所はあろうとも、誰もがお前をこの国の正統な王として迎え入れ従うだろう」




ソンリェン「王に即位し、母の無念を晴らす事…それがお前がこんな騒ぎを起こした最大の目的なのだろう?まさかとは思うがただ人の女が欲しくてこんな騒ぎを起こしたのか?」

ソンリェン「今お互いに天上の力を使って殺し合いをすればお前も俺も無事では済まない…俺にとって最も大切なモノは玉座ではない。マリと共に生き続ける事だ…だから王位が欲しいのならくれてやる。お前は王に即位しお前の母親の正しさとやらを証明すればいい。だが俺達には2度と関わるな。」




ソンリェン「それともお前は俺の提案を蹴ってここで戦い、何も得る事ができないかもしれない可能性を選ぶのか?」




セイラン「嘘をつくな!!マリはお前が王だったからこそ妻になったのだ。マリ、お前の本来の夫は僕だ。そいつじゃない!!!」

セイラン「僕はこの国の正妃の息子、正統なる王位継承者、天女であるお前は王である僕の妻にならなければならない!こっちへ来い!」




マリ「嫌です、私は貴方の妻にはなりません」




セイランに問いに、思わず怯えソンリェンの背に隠れるように後ずさり、答えるマリ




セイラン「お前は戦わずして玉座を自ら放棄するようなそんな情けない男を選ぶというのか??!」




マリ「私はこの方を信じます!」




震えながらもはっきりと拒絶するマリを見て、焦り喚き散らすように叫ぶセイラン




セイラン「何故だ!なぜ僕では駄目なのだ!!僕の方がこの国で最も高貴な血を引き、同じ力を持つだけでなく、歳も見た目も大差ない…この男より僕のどこが劣ると言うんだ!!!」




ソンリェンの服の裾を強く掴んで黙り込み、恐ろしい何かを見るかのような視線をセイランに送るマリ

何を訴えかけても、もはやマリの心に一切の望がない事を悟り、絶望するセイラン




セイラン「くそっ!くそっ!!マリ、マリ、記憶を封印したのに!それでもなおコイツの元に戻るのか?!俺のモノにはならないのか?!!何故だ!!」




セイランの悲痛な叫びに、ゆっくりと息を吸い、答えるマリ




マリ「魂が違うのです…いくら記憶を封じたとしても、私には感じるのです。その魂に嘘偽りない本当の輝きを…優しくて暖かい、私への本当の想いを…」

マリ「貴方の魂は、暗く冷たく…とても恐ろしい何かに満ちている…だから私は貴方を愛する事などありえません」




ソンリェンの言う事は正しい…たとえマリを無理やり妻にしたとしても、マリは物ではない…

天上人であるマリが魂を通じ、相手の「魂のありよう」を見抜けるのだとすれば、記憶を何度封じたとしてもセイランはマリから愛される事は一生ないのだ…




セイラン(僕は…僕はマリを得るために玉座を欲したわけではない…母の正しさを証明し名誉を守り、僕が本来あゆむべき正しき道に戻るために立ち上がったのだ…)

セイラン(なぜ僕は僕の価値を理解できないだけでなく、戦わずして自ら玉座を放棄するような気概のない男を選ぶ女のためにこんなにも苦しまなければならないのか…)


セイラン(そうだ、あの女は既に汚らわしい、美しく見えるがあの男の恥辱にまみれた女だ…何をこだわっている…?)




マリを諦めなければならない事に得体のしれない激しい苦痛を感じ、もはや戦う意思すら奪われ剣を力なく手放し、頭を抱え悶え苦しむセイラン

引き裂かれるような苦しみを断ち切るようにひとしきり頭をかきむしるとソンリェンの方に顔を向け、言い放つ




セイラン「…お前にその売女だけは許してやる。この国は僕のものだ。お前達はこの国から立ち去れ…2度と足を踏み入れるな…」








フラフラと力なくその場を立ち去るセイランを見送ると、ソンリェンはその場を去ろうとマリの手を握り声をかける




ソンリェン「行こう、マリ」




マリ「はい、ソンリェン様」




立ち去ろうとするソンリェンとマリをリンリェンが驚き慌てて引き留める




リンリェン「おい!ちょっとまて!!まさか本気で玉座を奴に譲るつもりなのか???」




ソンリェン「そうだ、奴は確かに先王とその正妃の血を引く息子だ、俺が譲ると言えば奴が即位する分には問題はない。お前が証人になれ、奴と共に王都へ戻り、奴に仕えろ」




リンリェン「はぁ?ふざけるな!!!俺が忠誠を誓ったのはお前だぞ!!!奴の命令を聞く義理など一切ない!!断る!!」




ソンリェン「ふざけてなどいない。マリの腹には子供がいる、今は母体の安全と安静が一番重要だ」




ソンリェン「あの男の神力は強い…今本気でセイランと戦えば、身重のマリを守ってやれる自信はない。万が一俺が負ければ、奴が腹の子を見逃すとは思えないしそうなればマリも無事では済まないだろう。俺は今、生死をかけた戦いをするわけにはいかない、少なくとも子が無事に生まれてくるまではな」

ソンリェン「逆に俺が奴に勝ったとして万が一仕留めそこなった場合、逃げおおせた奴が今度はマリに何をするかわからない。俺が玉座にいる限り王都から離れる事はできない。守るべき者がいて、居場所が固定されている俺の方が不利だ」


ソンリェン「最悪な結果を招く可能性がある選択肢を今あえて選ぶべきではない。事は俺だけの問題ではなく、マリの命もかかっているのだから」




ソンリェン「奴に力を貸した黒幕もいるようだが、おそらく王都を攻め、奴に恩を売って中央を牛耳る計画だったのだと思うが崩れた。俺がセイランに位を禅譲する事で奴等の大義は無くなった、しばらくはおとなしくするだろう」




ソンリェン「俺はマリを守るため、奴の言う通り王都を離れどこかの市井に紛れ隠れ暮らそうと思う。奴が玉座に縛られている方が逃げやすい。お前はお前の「役目」を果たせ。」




リンリェン「つまり王位を諦めたわけではないと??」




ソンリェン「俺は譲るとは言ったが諦めるとは言ってはいない」




ソンリェンの屁理屈に苛立ち顔をしかめるも、ソンリェンの考えを、答えを聞いて納得がいったのか、諦めたのかリンリェンは気をとり直そうと大きなため息をついた




リンリェン「わかった…落ち着ける場所が見つかったその時は必ず俺に連絡を入れろ、必ずだ!お前はこの国の王だ、決して逃げる事は許さない!!」




ギロリと殺気立つように睨むリンリェンを見て、苦笑するソンリェン…どうやらそのあたりは彼から信頼されてはいないらしい




ソンリェン「リン、安心しろ、俺は根に持つタイプの人間だからな、約束しよう必ずマリと共に王都へ戻ると」

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