幼女のてのひらの上③
「そいつは厄介だな。いや、待てよ。みんなが望んで帰りたくないなら、無理に帰らせる必要もないのか……?」
現実世界でどのような問題が生じているのか知る由もないが、プレイヤーたちが自ら望んでこの境遇に居るのだとしたら、それを強引にやめさせることに何の意味があるのだろうか。
やめさせたところで、プレイヤーたちは次なる居場所を求めて、新たなVRMMOの世界に移り住むだけではないだろうか。
「終生、ゲームの攻略を諦める?」
栞の言葉は糾弾しているというよりは、俺の意志を確認するようなものだった。
「そういうわけじゃないけど、別の方法を考える必要がありそうだな。たとえば、この世界がゲームだって広めて回るとか」
プレイヤーはこの世界をゲームとすら認識していないので、それを伝えることによって現実世界に帰りたいと思わせればいいのではないかという安直な考えだった。
「それはやめた方がいいと思うの」
愛花はそうばっさりと否定した。
「何か問題があるのか?」
「叶える願いには、人々の抱いている負の感情も含まれているの。多くの人々が終生お兄ちゃんの存在を邪魔だと感じたら、この世界は終生お兄ちゃんを排除しようと、ううん、もう実際にこの世界は動き出しているの」
「穏やかじゃないな」
「穂波お姉ちゃんと天音お姉ちゃんと最初に会った時のことは覚えている?」
「もちろん、クレイドルの洞窟だったよな。それがどうかしたのか?」
どうしてここで穂波と天音の名前が出てくるのか、俺の声は少々強張ってしまった。
「約束をすっぽかされて、私たちに声をかけてきたと記憶している」
「ダンジョン案内所で声をかけたプレイヤーは、二人をクレイドルの洞窟へ誘い出すためだけに新しく生み出された存在なの。穂波お姉ちゃんのスローアイと栞お姉ちゃんのアンロッカー、ウォー爺のマップ、後はダンジョン内のモンスターの配置を調整すれば、四人があの隠し部屋に行き着くのは必然だったの」
「ワールドボスを使って俺を排除しようとしたってことか……!? もしかして、あの時、クレイドルの洞窟やスウィフトと戦った時、愛花ちゃんが俺に何かして助けてくれたのか?」
「この世界は直接プレイヤーに干渉できない設計になっているの。あれは、外部から終生お兄ちゃんのステータスを直接弄っているの」
「はっ、そういう仕組みか」
自然と乾いた笑い声が出てきた。
記憶も消されて、肝心なことは何も教えられずに、おまけにステータスも弄られて、とても気分のいいものではなかった。
「終生お兄ちゃんは根本的から他のプレイヤーとは違うの。多分、不正プログラムをベースに、人格のようなものを肉付けしてあるの」
「俺は人間じゃないってことか……?」
「そうなるの」
「現実世界に、涼城終生は居ないってことか……?」
「それはわからないの。終生お兄ちゃんのベースになった人は居るかも知れないの」
「どっちにしろ、俺はこの世界で機嫌良く暮らしている人たちを邪魔するためだけに生み出された存在ってわけか。なるほど、通りで俺は空っぽだったわけか」
様々な情報が一気に叩き付けられたせいで、心が上手く整理できなかった。
「終生……」
栞は切ない表情を浮かべ、言葉を詰まらせた。
栞には、俺の気持ちが痛いほどわかるのだろう。だからこそ、どんな励ましの言葉も意味がないことを知っているのだ。
「異分子の排除に失敗したばかりか、突然現れた新米プレイヤーが高レベルのワールドボスを討伐したことで、世界の嫉妬が膨れ上がったの。そうして生み出されたのがスウィフトなの」
「スウィフトの存在は異常だった。溢れた憎悪は、そういう意味?」
「多くの負の感情は、無関係なプレイヤーまで巻き込もうとしたの。でも、それは愛花の本意ではなかったの」
「それ故、私が頼みを受けて助太刀に入ったのです」
俺たちの周りで起こった異常事態の原因は掴めた。
「なるほど、大体わかった。ところで、有希はどうして愛花に協力しているんだ?」
俺たちと同じように攻略に行き詰まったまでは何となく想像できたが、そこから先の流れが読めなかった。
「私もこの世界に魅了された一人のプレイヤーだったというだけの話です。それに、ここでずっと一人で悩んでいた愛花を放っておけませんでした」
「そうだな。この世界に――んがッ!?」
それは何の前触れもなく、頭が破裂したかのような頭痛が襲ってきた。
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