幼女のてのひらの上②

「いや、そうしたら新しい王様が出てくるけれど……、まさか魔族もそうなるって言いたいのか?」

「この世界の設定では、人類と魔族が大陸を二分していて、数も同じくらい居ます。そして、私の目にしてきた魔族は知性どころか個性までありました。現魔王を倒しても、必ず次の魔王が出てくるでしょう。つまり、このゲームは人類よりも強大な魔族を滅ぼし尽くさなければ、クリアできないのです」

「そんな馬鹿な!? それじゃあ、ゲームのエンディングを迎えるなんて何十年、いや、迎えることなんてできないじゃないか!?」

 有希の話が本当なら、大前提から欠陥の抱えているゲームということになってしまう。

「終生、悲嘆することはない。魔族を殲滅する以外に、ゲームを終わらせる方法は存在する。それを白銀は知ってるはず」

「ご明察の通りです」

「本当か!?」

「真の魔王がもう一つのエンディングになってると推測」

「はい。これからその真の魔王の元へと案内します」

「知り合いなのか?」

「そうですね、そんなところです」

(案内? 真の魔王と知り合い? やっぱり罠なのか? いや、それにしてはあまりにもお粗末すぎやしないか?)

 疑念を抱いたまま、俺たちは有希に付いて行くしかなかった。

 廊下には窓がなく、額縁に入った写真がいくつも飾られていた。

 写真では、見たこともない風景でプレイヤーたちが団欒している様子が切り取られていた。

 その中の一枚に、俺たちギルドマシュマロパラソルの四人が、アキューストムの塔の最上階で星空を見上げている物があった。

 穂波が天音に抱き着きながら、「天音ちゃんは相変わらず暖かいね」という声が聞こえてきそうだった。

「どうやって撮ったんだ?」

「今、この瞬間も見られている可能性」

「見られていますし、聞かれてもいるでしょうね。さて、この中で待っているはずです」

 廊下を直進したところにあったドアを開けると、それまでのゴシック調な雰囲気とは全く違った、どこまでも続くファンシーな空間が広がっていた。

「何だここは……?」

「異空間。これまでの情報から、真の魔王とはこの世界の管理者と導き出される」

「やはり貴女は聡明ですね。愛花、命令通り、凉城終生を保護してきましたよ」

 有希の呼びかけに、ソファの影からまるで兎が巣穴から顔を出すように、マリンブルーの流れるような髪とトパーズのような瞳を持った幼女がぴょこっと顔を出した。

「愛花、どこかで聞いたことがあるようなないような……。多分、こっちの世界に来てからの記憶だな」

「人工知能の名前」

「それだ!」

 リーリアがいっていた、この世界に人々を捉えることとなった諸悪の根源だ。

「初めまして、終生お兄ちゃん、栞お姉ちゃん!」

 愛花は元気よく満開の笑顔で挨拶した。

「可愛い――、じゃなくて、初めまして、愛花ちゃん」

「終生、この子を倒せば世界の成長は止まって、みんなが解放される」

「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 こんな可愛らしい幼女を短剣で斬り付けることなどできるだろうか。

 まさか人情につけ込むために、幼い女の子の姿を取っているのだとしたら、向こうの思惑は見事に嵌まっていた。

「残念ながら、愛花は如何なる攻撃でも傷一つ付かないように設定されているので、プレイヤーになってしまった時点で手出しできません」

「それは検証済み?」

「はい。私もかつては勇者でしたので」

「つまり、有希はこの円らな瞳をした天使のような生き物に斬りかかったんだな」

「そのような目を向けないでください。あの時の私も、それが正しいことだと信じていたのですから」

 有希はばつが悪そうに口を尖らせた。

「……その言い方だと、まるで俺が間違えているみたいじゃないか?」

「この世界は致命的なバグを抱えているの」

 突如、愛花の表情から親しみやすい笑顔が消えた。

「致命的なバグって?」

「この世界は人々の願いを叶えてしまうの」

「確かにそれは致命的な……、んん、それのどこがいけないんだ?」

「人々の願いがこの世界をより魅力的に、より居心地よく、より刺激溢れるものにしていったの。そして、多くの人々がこの世界に魅了されて、現実の世界に帰りたくないと願ってしまったの」

「つまり、愛花ちゃんがみんなを閉じ込めているわけではなく、みんなが帰りたくないから帰らないだけなのか?」

「そうなの」

 愛花はきっぱりと肯定した。

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