幼女のてのひらの上④

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!」

 次の瞬間、俺は自らの意思とは関係なく、訳のわからない言葉を口走っていた。

 全く意味不明な言葉の羅列にも拘わらず、不思議と馴染み深いような気がした。

(そうだ、これは俺の記憶の断片……!)

 今、俺が口にしているのは、記憶操作によって生じたノイズと思い込んでいた言葉だった。

 外の奴らは、記憶を消しただけでは飽き足らず、こんなものまで仕込んでいたのだ。

「終生、壊れた……?」

「違う、これは外の世界からのハッキングなの」

「ごめんなさい」

 有希は先に謝罪の言葉を述べると、白銀の剣を引き抜いた。

 有希の言動の意味は、すぐさま理解することできた。逆の立場だったら、俺だってそうしていたかも知れなかったからだ。

「やめて!」

 栞の制止の声も虚しく、有希は剣を振り下ろした。

 その剣は、愛花の小さな手の平が受け止めていた。

「どういうつもりですか、愛花」

「今の終生お兄ちゃんに触れたら、巻き込まれる」

「黙ってことの成り行きを見守るしかないということですか」

 有希は苦虫を噛み潰したような表情で、腹を括った。

 一方の栞は、ひとまず俺が殺されないことにほっと胸を撫で下ろした。

「――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 皆に見守られる中、言葉を吐き出しきると、俺たちを閉じ込める巨大なガラスケースのような境界ができあがった。

「顎がいてぇ……、ってか、何だこれは?」

 短時間に無理矢理数千語話したせいで、顎がガクガクだった。

 自分が作り物の邪魔者だという事実に、感傷に浸っていたかったところだが、それすら通り越して怒りで頭が沸騰していた。

「世界との接続が遮断されたの」

「つまり、愛花が無防備な状態になったのですね」

「そうなの」

 どうやら外の世界の人間は、正攻法ではなく愛花を直接倒してゲームのエンディングを迎えようと考えているみたいだった。

 周囲を警戒していると、空中に直径十五センチ程の黒い球体が現れ、その殻を突き破るようにぐにゅーっと形状を変えていき、あっという間にメイド風な妖精を象った。

「お久しぶりです、凉城様、静川様」

「リーリア……?」

「お二人であれば必ず愛花の元へ辿り着けると信じておりました」

 リーリアはぬけぬけといった。

「人のステータスを勝手に操作しておいて、何が信じておりましただよ」

「その件に関しましては、大変申し訳ございませんでした。こちらとしましても、一刻も早くプレイヤーの皆様を救出する必要がありましたので」

「毎度タイミング良くステータスを弄ってくれたよな、どういう仕組みだ?」

「凉城様が五感で得た情報は、こちらでデータとして表示しておりました。凉城様が頻繁に異性の足に視線をやり、微かに高揚していたのも全て筒抜けです」

「なっ……!」

 自身の性癖をばらされ、俺は顔面を赤面させた。

「私には挨拶なしですか、リーリア」

 有希は不敵な笑みを浮かべた。

「仮想世界での適応率だけであなたを選んだのは失敗でした。やはり、駒に心は必要なかったです。使いにくいです」

「一応褒め言葉として受け取っておきます」

「さて、無駄話はここまでです。凉城様、標的は目の前です。今こそ、そこの裏切り者に真の勇者としての器量を見せ付けてやってください。今の凉城様であれば、私がお力添えをすれば前人未踏のランク:9に到達できるはずです。無力化した愛花と裏切り者を倒すくらい造作もないでしょう」

「貴様……!」

 リーリアの言葉に、有希の表情が俄に強張った。

「さあ、涼城様、短剣を構えてください」

「悪いけど、人殺しに手は貸せない。俺には心があるからな。自分の信じる方に付かせてもらう」

 俺は短剣を引き抜き、その切っ先をリーリアに向けた。

「心ですか? やはり、手遅れでしたか。既に、愛花のウイルスに侵食されているのですね」

 リーリアはがっくりと肩を落とした。

「隙あらば穂波の足に見取れていたのも、お前たちが作り出した俺だっていうのか? 違うだろ? 俺は自分の意思でそうしてたんだ」

「変態」

 栞は蔑むような視線を添えていった。

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