Lv.99③
天音を攻撃したスウィフトの鉤爪も砕け散ってはいたが、周囲に漂う影がその部分を瞬く間に再生してしまった。
これで攻撃を受け持つはずだった盾持ちが居なくなってしまったので、魔法使いは無防備になってしまうので迂闊に大魔法を詠唱することすらできなくなってしまった。
問題は誰がスウィフトの注意を引く役目を買うかだが、エレファント佐藤の盾ですら一撃で引き裂く攻撃力にスコーピオン鈴木の斬撃すら受け止める防御力、さらに掠っただけで致命傷になる瘴気を全身に纏っている化け物を相手に戦えるプレイヤーなど存在するのだろうか。
「クルシンデ、シネ」
皆の中に躊躇いが生じて動き出せないで居ると、スウィフトは次の標的にプリティ・ボブと棗を選択した。
別にスウィフトの視線がそっちへ向いたとかそういう理由ではなく、この大広間に流れる殺気が回復を行う二人の方に流れたと皆が感じ取ったのだ。
「まずいぞ!」
「二人を守れ!」
四の五のいっている場合ではなかった。
もし二人がやられてしまうと、回復魔法で戦力を立て直すこともできなくなってしまうからだ。
気持ちの引けていた皆が、一斉に剣を抜き、弓を引き絞り、魔法の詠唱を開始した。
その様子を見て、遅れて数瞬、穂波もオリハルコン製の矢を手に取ろうとしたところで、栞がその手を止めていた。
「穂波、敵の注意を引いてしまう」
「そうだけど、私も戦わないと……!」
この瞬間にも、また一人仲間がスウィフトの餌食となっていた。
「あれは真っ当な戦い方では勝てない、そういう敵」
ワールドボス討伐に関してこれだけ経験豊富なプレイヤーが全く手も足も出ないでやられていく惨状に、栞は何か思うところがあるようだった。
「栞、何が言いたいんだ?」
「オリハルコンを守護する者を倒した時の、終生の覚醒モードが必要。今、ユニークスキルは発現してる?」
「いや、してない」
俺は首を振った。わざわざメニューからステータスを確認しなくとも、あの時の世界を支配できるような力は湧いていなかった。
「そう。終生はあのユニークスキルの発現に専念して」
「発現に専念っていわれても、俺にはどうしようもないって、栞もわかってるだろ? そんな分の悪い賭けに出なくても、もっと他にいい打開策はないのか?」
「存在しない。私が時間を稼ぐ、終生を信じる」
栞は例の魔道兵器用の燃料ぐいっと体内へ流し込むと、スウィフトの方へ歩を進めた。
既に他のプレイヤーもずたぼろで、壊滅状態だった。残されていたのは俺たち三人と、辛うじて立っている楓、そして棗だけだった。
作戦を練っている猶予も戦力も、どこにもなかった。
「おい、何をする気だ!?」
嫌な胸騒ぎを憶えた。
まるでこれから命を投げ出す、そんな気概が栞から感じ取れたからだ。
「栞ちゃん……!?」
「こうする」
直後、栞の右足のつま先を起点に、放射線状に世界が崩壊した。
大広間の床が崩れ去り、スウィフトやプレイヤー共々エメラルドグリーンの格子が入った暗闇に飲み込まれていった。
「これは……」
一瞬、床が抜け落ちたのかと思ったが、俺はあの暗闇に見覚えがあった。
以前、栞が銀行からお金を盗む時に開けた穴を遙かに大きくしたものだ。
栞はこの世界の裏側に何もかもを落としてしまったのだ。
「栞ちゃん、詠唱もなしにどうやってこんな魔法を……?」
この世界の構造を知らない穂波からすれば、栞が精霊階級魔法を詠唱もなしに発動させたようにしか映らなかった。
当然、全く魔力を消費していない栞は、精霊階級魔法の詠唱を開始した。
濃い血の色をした禍々しい槍が、魔方陣からその切っ先を覗かせた。
遙か太古、地上の文明を滅ぼし尽くした龍を封印したとされる槍を、魔法で再現したものだ。急所を捉えれば、スウィフトを一撃で屠るだけの威力を有していた。
スウィフトがどれだけ素早く動こうとも、世界の裏側からこちらに戻ってきた瞬間を狙えば、撃ち抜けると栞は考えたのだ。
しかし、こんなイカサマをして、許されるはずはなかった。
すぐさま防衛システムが作動して、世界の修復が始まるのと同時に、これを引き起こした栞に対して攻撃がなされた。
「――!」
何の前触れもなく、栞の体から雷光が迸った。
「あまり、時間稼ぎにならなかった……」
栞のテクスチャが不安定になり、その場にバサッと倒れた。
このテクスチャの乱れ方は、リーリアが消滅した際と酷似していた。
「栞……? おい、消えるなよ!? 栞!」
「ねぇ、終生君、何が起こっているの……?」
「それは……」
無論、俺は穂波の疑問に答えられるはずもなかった。
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