Stage.7

Lv.99①

 しばし、長い廊下を突き進んだ。

 周囲の景色から、ここがクライシスの古城の五階だということが窺えた。

 冷たく重い鉄扉を開け放ち、俺たちは大広間へと足を踏み入れた。

「何も居ない……?」

「みてえだな」

 一応、ここにワールドボスが居ると推測していたが、蛻の殻だった。

 けれども、この大広間の空気が異質だということは、わざわざ言葉に出すまでもなく皆感じ取っていた。

「――居ます! そこです、そこの影です! スウィフトLv.60です!」

 穂波は叫ぶように注意を促すと、すぐさま弓を構えてぎりぎりと弦を引き絞った。

「どれだ?」「どこに居る?」「あれじゃないのか?」「いや、あれは違うだろ」

 目を凝らしても、他のメンバーは敵と影との区別が付かなかった。

「ふむ、迂闊に近付くのは得策じゃないな。よし、矢を放て!」

「はい」

 穂波の放った矢は倒れた石柱にできた影を狙った。

 すると、まるで水面から魚が飛び出すように、それは俺たちの前に姿を現した。

 影が人間の少女を象ったような存在だった。その双眸は肉食獣のように鋭く、腕からは刃が突き出し、指先は鉤爪のように尖っていた。

 まるで全身が一つの武器のようだという印象を受けた。

「ふん、あれが魔王の幹部ってやつか。全然大したことなさそうだなあ、おい! お前ら、あんなちんちくりん相手にびびってねえだろうな!?」

「あれなら一撃でやれるぜ!」

「この前討伐したミノタウロスの方がずっと手強そうだしな!」

「誰が討伐できるか、早い者勝ちだな!」

 楓班は互いにそう声をかけ合って、己を鼓舞した。

「確かに、リザードマンに比べると迫力に欠けるね。終生君もそう思わない?」

「はわわわわわ~」

「あ、ああ、そうだな」

 穂波の言葉に、なぜだか素直に頷けない俺が居た。

 オリハルコンを守護する者は圧倒的な暴力を体現したような敵だったけれど、スウィフトに関してはただただ異質な印象があったからだ。どのような攻撃を仕掛けてくるか全く想像が付かなかった。

「ユルサナイ、ユルサナイ、コロス、コロス、コロス、ニクイニクイニクイ――!!」

スウィフトは口から墨汁のような液体をぼたぼたと垂らしながら、そう恨み辛みの言葉を漏らした。

「なんて殺気だ……!」

 まるで心臓を鷲掴みにされているような息苦しさだった。

 どうしてこれほどまでに人間が憎いのか、そんな憎しみを持った相手に、俺は本能的な恐怖を感じずには居られなかった。

「涎をだらだらと気持ち悪い、赤ん坊じゃあるまいし」

「魔族なんて所詮獣と変わりないってことだ。だが、油断はするんじゃねえぞ。全員、配置に付け!」

十六人全員が同じ場所に固まっても邪魔になるだけなので、予めワールドボスを中心に四つのパーティーが前後左右から囲むように配置しようと決めてあった。

 ワールドボスの正面に構えるのは、ギルド獅子奮迅の第二パーティーだった。盾・回復補助・魔法使い・弓の四人で、ワールドボスの注意を引き付ける編成だ。

 右翼を担当するのがギルド獅子奮迅の第一パーティー、通称楓班だ。

 左翼を担当するがギルド最弱の四天王だ。ギルド名とは裏腹に、全員がランク:6の精鋭揃いだ。

 そして、後方を担当するのが、俺たちギルドマシュマロパラソルだ。

「おらおら、かかってきな!」

 青銅の盾を構えるエレファント佐藤が、スキル「挑発Lv.10」でスウィフトの注意を引いた。

 スキンヘッドに筋骨隆々な巨躯、体の至るところに出来た傷跡は幾千の戦いで彼が仲間のために受けたものだが、どれほどの傷を負っても敵の前では決して膝を地に着けない不動の要塞、ランク:7に最も近いシールドマスターだ。

そんなエレファント佐藤と長年タッグを組むのが楓班に配属された、赤銅のマチェットを構えるスコーピオン鈴木だ。

 脂ぎった長髪に、枯れ木のような痩せた体付き、とても冒険者に見えない風貌をしているが、その恵まれた長い腕から繰り出される変則的な斬撃は常に獲物の急所を捉え、Lv.54のワールドボス『白夜の吸血鬼』を一撃で葬った話はあまりにも有名なランク:6のナイフマスターだ。

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