理想のパーティーでさくさくダンジョン攻略⑨
「そう。それなら、これでマナを補う」
栞はそういって、所持品から焦げ茶色の溶液が入った小瓶を取り出した。
「何だそれ」
「魔道兵器用の燃料」
「それをどう使うんだ?」
「飲む」
「栞ちゃん、そんな物飲んでも大丈夫なの?」
「兵器用とかいってなかったか?」
「一本なら命に別状ない」
「そうか」
栞の言い回しは、死にはしないが代償の伴う荒業という意味だろう。
「私の魔法はほとんど制御不可能。このままでは天音もろとも消し飛ばしてしまう。穂波がオリハルコンを守護する者の注意を引いてる隙に、終生が天音を引き離して」
「おし、わかった」
それ以上の妙案も思い浮かばなかったので、俺は素直に頷いた。
「うん、任せて!」
「それと、これを矢に括り付けて」
「これは、火薬玉? 確かに威力は高いけど、あのワールドボスには利かないんじゃないかな……」
「違う。狙うのはあそこ」
栞はオリハルコンを守護する者の頭上、天井から突き出した一際大きな鍾乳石を指差した。
「そういうことね、流石栞ちゃん!」
的はでかいが、距離はかなり離れている。それでも、穂波は一切弱気な姿を見せなかった。
各々の役割を確認し終えると、栞は小瓶の栓を外し、その中身をグイッと一気に体内へと流し込んだ。
それを合図に、まずは穂波が柱の陰から躍り出て、オリハルコンを守護する者の頭上の岩目掛けて炎の矢を放った。
矢は鍾乳石の根元に着弾、爆発、そして、落石。
巨大な岩の槍がオリハルコンを守護する者の左首筋辺りに直撃し、その巨躯が
かなりのダメージが入った証拠である。
「さぁ、こっちよ!」
穂波はそう声を張り上げながら、おまけといわんばかりに、オリハルコンを守護する者の顔面目掛けて火薬玉を仕込んだ炎の矢を放った。
ボンっという爆音と共に、オリハルコンを守護する者の頭部が爆炎に包まれた。
如何に硬い鱗で覆われていようとも、爆炎を吸い込めば肺が焼かれて無事では済まないだろうが、そこはあくまでもおまけだ。
オリハルコンを守護する者の敵意が穂波に移り、視界も遮った。
(よし、今だ!)
これを好機と見た俺は、柱の反対側から天音の元へと駆け出した。
その後に続いて栞も柱の陰から飛び出し、即座に魔方陣を展開して詠唱を開始した。
栞はほとんど制御不可能だといっていたけれど、それは恐らく詠唱を完了したのと同時に魔法が発現するという意味だろう。
もしかしたら、途中で詠唱を止めても、それまでに詠唱した魔法が何らかの形で発現するのかも知れなかった。
どのくらいの時間で詠唱が完了するのか聞いておけば良かったと、飛び出した直後に後悔しつつも、栞は俺が間に合うと信じて送り出したに違いないので、その期待に応えられるよう全力を出すだけだった。
「天音!」
自分でもこんなに早く走れるのかという速度で、目を瞑ってダンゴムシのように丸まっていた天音の元へと駆け寄ると、その小柄な体を抱き上げて離脱した。
「ふぇぇ~、終生く~ん」
ぎゅ~っと押しつけられる二つの膨らみを感じている余裕もなく、俺はひたすらオリハルコンを守護する者から距離を取った。
「始まりの闇にして終わりの闇よ。かの
詠唱の完了と共に、質量を持った闇が魔方陣から溢れ出し、オリハルコンを守護する者へと数多の触手を伸ばした。
当然、オリハルコンを守護する者は危機を察知して空間内を
闇の触手は次々にオリハルコンを守護する者へ襲い掛かり、その巨躯を完全に包み込んでしまった。
初めのうち、リザードマンは威勢良く暴れ回っていたが、次第にそれは悶え苦しむような奇声に変わり、最後はか細い呼吸音すら聞こえなくなった。完全に沈黙した。
それでも栞は魔力の続く限り魔法の詠唱を続け、そして、ぱたりとその場で倒れてしまった。
この一手でオリハルコンを守護する者を仕留め損なえば、こちらに勝機はないと理解していたので、全身全霊最後の一絞りまでマナを使い切ったのだ。
栞が頑ななほどマナの使用を控えていたのは、不測の事態の備えて有りっ丈のマナをソウル・ディスパージョンに注ぎ込むためだったのだ。
纏わりついていた闇が霧散すると、そこに残っていたのは色褪せたオリハルコンを守護する者の亡骸だった。
二メートルを超えるこん棒ですら、跡形もなく朽ち果てていた。
ソウル・ディスパージョンは捉えた相手のありとあらゆる生命力を蝕む魔法で、オリハルコンを守護する者の鱗がどれほどの強度を誇っていようとも関係なかった。
シティブレスの図書館でずっと書物を読み耽っていた栞の知力はカンストしており、ソウル・ディスパージョンはその時に会得したのである。
「すげぇ……」
馬鹿みたいだが、それ以外の感想が出てこなかった。
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