第3章 そして虫たちは這い出す

第37話 再会

 ウツロは山をつたい、北へ向かってひたすらけた。


 アパートが山麓さんろくに建てられていたことがさいわいした。


 山中さんちゅうを行くのは骨が折れる。


 しかもただでさえ、痛手いたでった体だ。


 肉体の節々ふしぶしきしむ。


 だが、アクタと師・似嵐鏡月にがらし きょうげつが無事であったという事実が、ウツロの苦痛を吹き飛ばした。


 俺を待ってくれている――


 承認欲求しょうにんよっきゅうを満たしてあまりある興奮こうふんが、彼の足に拍車はくしゃをかけた。


 時間にして三十分ほど。


 常人じょうじんであれば不可能なタイムを、歓喜かんきのウツロはたたした。


 人首山しとかべやまの入り口には、せた朱塗しゅぬりの鳥居とりいがそびえていた。


 まねれるかのようなそのたたずまいに、彼は一瞬、足を止めた。


 しかし、行くしかない――


 ためらいはすぐ、わき上がる期待感にかき消された。


 頂上へ向かって螺旋状らせんじょう石段いしだんを一気にがる。


 等間隔とうかんかくに配置された石灯籠いしどうろう電飾でんしょくが、ウツロを幻惑げんわくするようにゆらゆらと点滅てんめつしている。


 それが逆に、不安よりもむしろ焦燥しょうそうを彼へあおった。


 再び鳥居が見える。


 あそこをえれば中腹ちゅうふくあたりへ出るはずだ。


 はやる気持ちをおさえながら、鳥居が作る暗黒のやみを、ウツロはくぐった。


   *


「アクタ、お師匠様ししょうさま……いったい、どこに……」


 鳥居をくぐると、桜の森に囲まれた広い空間に出た。


 風もなく、あたりはしんと静まり返っている。


 かすかな月明つきあかりをたよりに、ところどころ草のえる地面じめんを、ウツロはおそるおそる前進した。


「あれは……」


 広場ひろばの中心に、ひときわ大きな一本の桜の木が、どっしりと根を下ろしている。


 太いみきの周りに、注連縄しめなわらしきものが巻きつけられているのが見える。


 どうやらここは鎮守ちんじゅの森らしい。


 そのとき、雲間くもまから少し春の満月が顔を出して、周囲をほのかに照らし出した。


「――!」


 一本桜いっぽんざくらの根もとに大きな人影ひとかげかびがった。


「アクタっ!」


 アクタ、確かにアクタだ――


 彼は大木たいぼくの根に体をあずけ、うなだれたまま動かない。


 気絶きぜつしているのか?


 それとも、まさか――


 ウツロは大地をってアクタにった。


「アクタ、大丈夫か!? いったい何が――」


 ウツロは反射的に足を止め、後方こうほうんだ。


 強烈きょうれつ殺気さっきを感じたのだ。


 桜の木からまがまがしい気配けはいが伝わってくる。


何者なにものだ!? 出てこい!」


 ぬうっと、大木の左側から、長身巨躯ちょうしんきょくの男が姿を見せる。


「お師匠様っ!」


 似嵐鏡月――


 確かに彼だ。


 ウツロの歓喜かんきは頂点へ達した。


 あわてて肩膝かたひざをつき、師の前へかしずく。


 似嵐鏡月はゆっくりとアクタの横まであゆみ寄り、ウツロのほうへ向き直った。


「お師匠様っ、無礼ぶれいをお許しください! ご無事ぶじでなによりです!」


 ウツロは顔を上げて率直そっちょくな気持ちを述べた。


 だが似嵐鏡月は、何も言わない。


 黙ったままウツロを見つめているだけだ。


「アクタが、アクタが動かなくて……」


 時が止まったようにそのままだ。


 人形にんぎょうでも見ているように映る。


 ウツロにはそれが何を意味しているのか、皆目かいもくわからなかった。


「お師匠様……?」


 様子がおかしい。


 その表情はまるで、感情が排除されたようだ。


「ウツロ」


 やっと似嵐鏡月は、能面のような顔つきで、口を無理やりこじけるように言い放った。


「この、毒虫どくむしが」


(『第38話 否定ひてい』へ続く)

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