第13話 副業のつもりはありません
チャタ達の依頼を受けて、ノゾムとケインは最大速度で東の砦へ戻った。
既にポーシュ達は、初めにノゾム達が砦に来た時のように、フル装備で砦の入り口前の広場に待機していた。
「チャタ達は、三方向から砦以外の勢力が近づいていると、今朝偵察に行くと言って別れたけど、何か問題は無い?」
「大丈夫、こちらもわかっている。とりあえず、今回の獲物を下ろして来てくれ。二人とも戦闘準備を」
「どうして?」
ノゾムもケインも心情的には東の砦に肩入れしてしまっているが、配下になったつもりは無い。
「『食客』は、こういう場面で一宿一飯の恩義を返すものですよ」
なんだか釈然としないが、ノゾムは厨房へ行き、
北、北西、西の三方向から強い魔力を持った誰かが接近しているらしく、特に北からは五十人ほどの集団が迫っているというので、穏やかではない。
ケインは砦の屋上に上がらされているらしく、姿は見えないが、ノゾムにはケインの眼が何を狙っているのかの気配は感じ取れる。
視界には入って来ないが、王国とは反対側、魔王領側の麓から登って来ているようだ。
まず最初に到着したのは、チャロとハイトが誘導する巨躯の
革ベルトで繋がれた金属の部分鎧をまとい、これ見よがしに両肩に担いだ二丁の鉞は、ゼルドの使う鉞と同じサイズだが、その巨躯が扱うと片手用の戦斧のように見える。
「北西の砦の
ゼファールは両肩に担いだ鉞を下ろし、懐から羊皮紙の巻物を出して、チャロに渡す。
その巻物はポーシュに渡され、ポーシュが封と宛名を確認すると兵士に渡してライザームの下へ走らせた。
「ようこそ、ライザーム閣下の砦へ。珍しいことだが、来客が続いている。残りお二方のご到着まで、ゼファール殿にはそのままお待ちいただきたい」
エルダーコボルト達が巨大な折り畳みの腰掛けを据え付け、ゼファールは腰を下ろす。
「こっちの世界にも床几ってあるんだね」
これで帷幕で囲まれていたら時代劇みたいだ、と変なところにノゾムは関心した。
次に、カイトの案内で現れたのは、全身鎧に大楯と長剣を携えた大男だったが、ゼファールの巨躯と並ぶと普通に見える。
兜から覗く二本の角はその額から直接生えていた。
「南の砦の
ポーシュの前まで進むと一礼し、懐から羊皮紙の巻物を出して直接ポーシュに手渡した。
これも封の印章と宛名を確認し、次の兵士に持たせてライザームの執務室へ届けさせる。
「ようこそ、ライザーム閣下の砦へ。彼の方は『
また、エルダーコボルト達が床几を設え、タルカスも腰を下ろす。
最後に視界に入ったのは、チャタが先導する、北から接近していた
その全てが獣人であり、先頭は全身白い毛の猿人、虎と狼と豹と鹿の獣人が騎獣から続いて下り、歩兵達は、猿、狼、鹿、猪と様々な獣人が混在している。輜重兵は五人とも熊の獣人だった。
全体が視界に入ったと思った瞬間、チャタの分身がポーシュの傍に現れる。
「北東の砦の
所々金属で補強した革の騎兵鎧をまとった白い猿人が、ポーシュの前に進み出て一礼し、他の四人はその後ろで跪いて控える。
「ようこそ、ライザーム閣下の砦へ。こちらは『
流石に、自らの主より格上の五芒星将の片腕と聞いて、ゼファールとタルカスは立ち上がり、クルシアスに一礼した。
「今回は一番乗りをするつもりで来たがましたが、三番手でしたか? やれやれ、私の順番はいつ来ることやら」
クルシアスはポーシュに和やかに笑いかける。懐から羊皮紙の巻物を出すとポーシュへ差し出す。ポーシュは恭しく両手で受け取り、確認もせずに後方の兵士に渡して砦の奥へ走らせる。
「お三方が揃われましたので、改めてご挨拶を申し上げます。私はポーシュ、ライザーム閣下の下で、
「『
ポーシュの名乗りを受けて、沈黙し続けていたゼファールから驚きの声が漏れる。
「今はそんな二つ名で呼ばれているのですか?」
クルシアスが尋ねるが、ポーシュは首を傾げる。
「東の砦の者は普通に名前を呼びますから、外で何と呼ばれているかはさっぱり」
にこやかにポーシュは返す。
「私が流行らせようとした『
「『東の大盾』はヘラルとか言う名の奴ではないのか?」
再びゼファールから、声が漏れる。
「あぁ、クルシアス殿との初顔合わせでは、まだ
「なんか、二つ名でお互いの評判を確認し合ってるのって、魔軍じゃ普通なの?」
ノゾムの呟きに、ツランが苦笑しながら答える。
「ポーシュ兄上の強さは、対戦したことのある少数の者しか知らないから。噂は、重要な情報源の一つ。真偽も、誇張も、それを見抜けるかどうかも含めて、ね」
ツランは半ば兄を誇るように言う。
「クローチやツランにもあるの? かっこいい二つ名」
「かっこいいかどうかは知らないが、私は『
「ポーシュ隊長は『
「そうだが、ポーシュには言うな。同様にクルシアス殿にも『
クローチは真顔で言う。
クルシアスの耳にはこの会話も筒抜けかも知れないが、注意喚起のために口にしたのであって、侮辱の意図は無いから聞き流してくれているということ、ポーシュとクルシアスは魔人級ではなく魔将級だというニュアンスは、ノゾムにも伝わった。
そうこうする内に、エルダーコボルト達は五つの床几を設えていた。
クルシアスを除く四人は、クルシアスが座らないので跪いたままだ。
「タルカス殿も、ゼファール殿も、ライザーム閣下へは初挑戦かな?」
余裕のそぶりでクルシアスが言うと、ゼファールは首を傾げ、タルカスは表情に緊張が走る。
「ダマヤー閣下からは、教えられた口上を間違えないことと、東の砦の方々の胸を借りて来いとしか、言われておりません」
タルカスがやっと口を開く。それを聞いたポーシュは、微妙な表情をし、クルシアスは嬉しそうな顔をする。
「ダマヤー閣下も、我がハラック閣下並にお人が悪いな。初挑戦であれば、それを全力で楽しまれると良い。自分の主以外に全力を見せる機会など、そう多くはないのだから」
クルシアスは楽し気に言い、ゼファールの方を向く。
「俺はバカだから、口上は覚えられないだろうと教えてもらってもない。渡す方の巻物と俺が読む方の巻物と、二つもらった。儀式なので、アルフロド様の面目を潰すような振舞いだけはするなと言われている」
「アルフロド閣下はお厳しい方のようだ。ゼファール殿は好きに振舞えばよい。それが、ゼファール殿をここへ遣わせたアルフロド閣下の面目を保つことになる。生きて帰れともおっしゃられたでしょう?」
「できれば無事に帰って来いと言われた。意図はよくわからない」
「それはすぐにわかりますよ、多分。感じたままに振舞うことです」
クルシアスは意味深に同じ言葉を繰り返し、ポーシュに一礼して設えられた五つの床几の真ん中に座り、四人の騎兵はその両脇に遅れて腰掛ける。歩兵と輜重兵は小休止に入っているようだ。
「で、結局何か始まるの?」
「ああ、夏至の恒例行事だ。ノゾム達の来訪のバタバタですっかり忘れてたが、年に四回、春分、夏至、秋分、冬至の時期に、ああやって資格を得るために東の砦に来る魔軍の者がいる」
ライザームへの挑戦で、魔軍での何かの資格を得ることになる。今までのポーシュ達のやり取りを見る限り、自らそれを志願してと言うより、直属の上司が部下に昇進試験を受けて来いと言うようなニュアンスか、上司の推薦がないと受けられない試練というところか。
突然、ゼファールが鼻を鳴らすように空気を嗅ぐと立ち上がった。真っ直ぐにノゾムを指差し、猛っている。
「魔軍の砦に人間がいる! 武装までしているとはどういうことか?!」
ポーシュとクローチとノゾムは顔を見合わせる。今のタイミングで、その話をするのかと。
クルシアスも、タルカスも、気付いていても、素知らぬ振りをしていた。
「こちらは、私の
当然のように、ポーシュは回答する。
それは、
武闘派でここまで来たゼファールには、クルシアスやタルカス程の経験、いわゆる処世術は身についていない。
「東の砦の
『ノゾムは喋らないで、兄上達に任せて』
ノゾムが口を開く寸前に、脳裏にナーヴェの遠話が届く。
「彼は人間としてはかなりの手練れ、剣と魔法の両方で兵達の指南役も務めてもらっておりますよ」
なるほど、ノゾムの素性に触れずに砦の一員であるとほのめかし、ゼファールの矛先を納めさせようとしているらしい。
だが、ゼファールの頭に上った血は下がらない。北西の砦では、人間は全て排除すべき敵と捉えているということか。
「戦奴か傭兵かと思ったが、指南役とは恐れ入る。北西の砦のこの武骨者に、是非とも一手ご指南いただきたいものだ」
ゼファールは、越えてはならない儀礼の一線を越えたことに気付いていない。場の空気が張り詰める。
戦闘奴隷に傭兵に魔軍の指南役、そのどれにもなった覚えは無いんだけどなぁ、とノゾムは内心で呟いた。
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