第14話 星辰なんて読めません

 ほぼ一方的な言い掛かりだが、事実認定にもほぼ間違いは無い。


 魔軍側に完全武装した人間ノゾムが紛れていたのも、それを東の砦が許容しているのも、事実だ。


 それに『人間の国と今は戦争状態に無い』という認識が浸透している東の砦と、ゼファールの所属する北西の砦では明らかに人間に対する見解が異なるようだ。

 それを許容できることではないと言うゼファールの心情も、本心の吐露なのだろう。


 ただ、よその砦の内情に対して、普通なら思っていても言うか言わないかの判断は別、というところだが、ゼファールにはそれが無い。


 そんなノゾムとゼファールの間の一触即発の緊迫感をよそに、砦の奥から四人のエルダーコボルトが小さな輿を運んで来た。

 二人が腰の高さで輿を運び、残り二人がその輿を下ろすための台座を前後に設置し、ゆっくりと下ろす。


 ポーシュが輿に載った木箱の上を摘まみ、天板を外すと箱は四方に開き、中の巨大な水晶球が露になった。


 光とともに、巨大なライザームの上半身が水晶球の上に浮かび上がる。


「星辰に導かれし夏至の挑戦者達よ、よくぞ参った。私が、東の砦の五芒星将ペンタグラム一つ星シングル』のライザームだ。貴殿らは作法に則り、夏至を挟む前後二日の計五日間に東の砦に到達し、その魔将たる私の課す試練に挑戦する権利を得た」


 広場に集まった者達全員に、至分の試練トライアルの開始を宣言する。


「到着した順に、北西の砦『双旋風ツイン・トルネード』ゼファール、南の砦『鉄壁ザ・ウォール』タルカス、北東の砦『氷魔将フロスト・ウォーロック』クルシアス、この三者には順にそれぞれの試練に挑むことを許す」


 威厳ある態度で厳粛に語るライザームだが、一呼吸おいて続けようとして、その眉間に皺が寄る。挑戦者の一人は興奮状態で聞いていないし、幹部である側近達の困惑した様子と、ノゾムの視線がライザームの采配を待っているのが見える。


「どういうことだ、ポーシュ」


「北西の砦ゼファール殿は、魔軍の砦に、武装を許された人間がいることに異を唱えておいでです。私の『客人ゲスト』であり、兵の指南役も務めているとご説明したのですが」


 ゼファールがライザームの投影に向き直り、何か口を開こうとする前にチャロとハイトが現れ、発言を止める。まだ、ゼファールは発言を許されていない。


 ライザームはポーシュの物言いから、ゼファールが既に許容範囲を逸脱しかかっていることを読み取った。

 アルフロドめ、部下の教育まで私に丸投げするつもりか、と北西の砦の五芒星将を心の中で詰る。


「北西の砦のゼファールよ、試練への挑戦を宣言せよ」


 当然、ゼファールは自らの主アルフロドの用意してくれた宣言を取り出し、ライザームに対して読み上げるべきだった。が、これもまた至極当然ながら、頭に血が上ったゼファールには、今、自分が何をすべきかにさえ気づかない。


「ライザーム閣下、なぜこんなことを東の砦はお許しになるのか?! 魔軍の兵が人間に教えを乞うなどありえない!」


「試練への挑戦を宣言せよ、と私は言ったぞ、『双旋風』ゼファール」


「しかし!」


「では、北西の砦『双旋風』ゼファールに試練への挑戦を許可する」


 その瞬間、ノゾムの脳裏にライザームの念話が届く。

『ノゾム、ゼファールの相手をしてやってくれ。相手するのが面倒なら、開始の合図後にすぐ降参してもかまわない』

『食客はこういう時に恩を返すんでしょ? 相手に降参させてもいいんですよね?』

『回復魔法と補助魔法と武技の使用は許可する。こやつはノゾムを殺す気で来るだろうから、降参はせんだろう。死なせなければどこまでやってもよい。ダメージや欠損は、ベリーヌが元に戻す』

『それで、僕が勝ってもいいんですか?』

『勝ち負けは、挑戦の成否には直接関係ない。こやつが、ただ強いだけの駒で終わるか、その次の段階へ進む資格の片鱗を見せるか、その勝ち方負け方によって私が判定する。ただ、私の代理戦士チャンピオンという扱いになるので、戦うのならば、ノゾムには品格のある戦い方を心掛けてほしい』

『了承します』



 ゼルドのライザームへの挑戦が始まった時のように、強力な結界と空間の歪みを感じる。いつの間にか、居合わせた者全てが、砦前の広場を囲むように移動させられていた。その中心に、相対してノゾムとゼファールが出現する。



「一方が降参するか、戦闘不能となったと判断した時点で、試練は終了する。ただし、殺してはならないし、いかなる余人の干渉も許されない。始めよ」


 ライザームの宣言で戦闘が開始された。


 宣言の瞬間には、膂力任せの鉞の一薙ぎが、ノゾムのいた空間を通り過ぎる。


「本当にただの戦斧みたいに片手で振るんだね。距離感がおかしくなるよ」


 最初からそこに居たかのように、ノゾムはゼファールの間合いの外にいた。ノゾムは黄金に輝く全身鎧と二振りの剣を帯びているが、構えているのはノゾムの身の丈程の長さの槍だった。


 引き戻そうとする鉞を握った右手の甲に、槍の石突を突き入れる。

 引く手の勢いが強いので、ゼファール自らが手の甲を石突に叩きつけたかのように見える。


 右手の鉞を取り落としそうになるのを堪え、ゼファールは左手の鉞を振るう。両手に持つ諸刃の鉞は、魔力を帯びた逸品であり、主であるアルフロドから賜ったものであるが故に、ゼファールのプライドそのものとも言える。


 二撃目も空を切り、今度は左手の手首の内側に、石突を突き込まれる 。鈍い痺れが走るが、今度は得物を握る力は揺るがない。


「なるほど、左利きかな」


 ゼファールの目の前で槍がくるりと回転したかと思った瞬間、一回転の間に、 踏み込もうとした右脚の向こう脛と左足の甲、左肩と左の角の付け根、右耳はわずかにかすっただけだが空を裂く音にぞくりとし、最後に右の鉞の柄の部分が、石突に叩かれ、鉞の柄が高い音を立てる。


 ゼファール本来の、両手からの絶え間無い連撃が、三撃目を繰り出す動きごと停められてしまった。


 体躯の差を考えれば、槍の長さを入れても互角の間合いで、三撃の間に八打を受けた計算であるし、そもそもゼファールはまだ一撃も当てていない。

 さらには、石突では無く穂先であったなら、もっと大きなダメージを受け、戦闘力を削がれていたかもしれない。


 冷静に判断すると同時に、ゼファールは屈辱を噛みしめる。あからさまに手加減をされている。

 怒りに囚われ、技もなく振り回した力を子供のようにあしらわれた。それでも、彼我の技量の差とは思わない。冷静さを欠いていただけだと。


 一方、ノゾムは考えていた。了承したとは言ったものの、魔軍での品格ある戦いぶりって何だろうと。


 結果、ノゾムは、ゼルドとライザームの対戦をなぞることに決めた。

 技量の差がわかるように、小さな隙を見逃さず、まず小技だけで詰める。心構えが出来てないまま、頭に血が上ったままで力任せに戦闘に入ったからこんな有様になっていることを自覚させ、戦士としての反省と切り替えを促す。


 ゼルドはこの時点で立て直して、ライザームと仲間たちに、魔戦士としてそれなりの意地を見せた。

 もちろん、手の内を全てさらすのを嫌ってしまったからこその、あの惨敗だったが、ライザームには、それを含めてゼルドを評価している様子が見られた。


 ゼファールにも本領を発揮する場面を与えてやるべきだし、その上できっちり叩き潰す。

 これならば、ライザームの判断材料にもなるだろう。花を持たせるくらいはいいが、そもそも、こんなところで負ける気はノゾムには無い。


 ゼファールは大きく後退する。

 一呼吸の間でいい。武技を練り上げ繰り出す時間が要る。

 ノゾムの動きが思った以上なので、間合いの外し方も中途半端では逆に付け込まれることを考えての距離だ。


 だが、意外にもノゾムはゼファールに合わせ、大きく後退した。手から槍が消え、弓と矢に持ち換えている。


「『閃矢』『三連』」


 矢筒を背負っているかのように、ノゾムは肩越しに矢を取り出しながら三連射する。三本の矢は、光の尾を引いてゼファールの胸甲と左右の手甲に当たって、弾けた。

 閃光と衝撃はあるが、ダメージはほとんどない目眩ましの技。だが、不用意に受けてしまったので、武技を練る集中が乱される。


「おのれ!」


 ゼファールは、自分が思うような展開に持ち込めないことに痺れを切らし、再び強引に踏み込んで行く。


 ただし、今回は筋力強化と加速の魔法の込められた魔道具を起動している。諸刃の鉞には両手とも魔力を練り込み、風の魔法属性を帯びてゼファールの動きに自ら合わせるかのように動く。


「『颶風舞ゲイルフラッター』」


 その巨躯が風に舞い上がる。いやその巨躯が舞うせいで風が巻き起こっているのか。先程までの膂力任せの動きとは格段の速さで、鉞が空間を薙ぎ払って行く。


「なるほど、ここからの武技わざの上乗せだね」


 ノゾムはさっきまでの姿をかき消すような回避はできなくなり、間合いの拳一つ分程の差で躱している。


「『双裂斬パラブレイク』!」


 右肩に両方の鉞を担いだかと思えば、一瞬で並行する軌跡を描いて袈裟斬りに振り降ろされている。ノゾムは辛うじて出した盾で鉞の二撃を掠るように受け流すが、ゼファールの攻撃は勢い余って地面に叩きつけられ、鉞が土煙を巻き上げる。


「そっちが狙いか」


 土煙の中、ノゾムは盾を消し、腕を交差させて腰の両側の剣の柄を握る。


「『双旋風ツイントルネード』!」


 ゼファールは、ノゾムの交差する腕を見た。


 ギリギリまで鞘に入れたまま、抜剣の速度により威力を上乗せする『イアイ』系と言う人間の武技があることは知っている。両方の剣の『イアイ』の連撃を狙っているのだろうが、左腕が下になっている。


 故に右手が抜く左の剣が先。『双旋風』はこの高速の動きの中でさえ、左右違う攻撃を操る武技であり、寸前での刃の軌道を変えることなど容易い。


 ゼファールは、ノゾムの鞘走る左の剣の柄頭に右の鉞を叩きつける。右手ごと斬り落としたいところだが、手を離されても、斬り落としても、ノゾムの左腕が自由になってしまう。

 鞘から出掛かった左の剣は押し戻され、さらに右腕の下になった左腕では掴んだ右の剣は抜けない。


 ノゾムの両手を封じた形で、ゼファールは残る左手の鉞を振り下ろす。黄金の全身鎧ごと断ち斬る勢いで、右肩口から心臓を狙って斜めに。


 そして、その一撃はノゾムの肩口で重い衝撃音とともに止まる。


「気が済んだかな? じゃこっちのターンだね」


 左の剣の柄頭を押さえた右の鉞を突き返す勢いで、ノゾムは剣を抜き放ち、丸太を優に超える太さのゼファールの右腕を、下から斬り上げて切断する。


 それに遅れて抜かれた右の剣も、肩口に乗った左の鉞を撥ね上げ、浮き上がったゼファールの左腕を、斬り飛ばした。


 ノゾムに有利だったのは、初見のはずの『双旋風』を、鉞と剣の違いこそあれ、ゼルドの得意な『双旋フタツツムジ』と同系統の技だと見切れたこと、黄金の鎧と二振りの剣の力をゼファールが全く見抜けなかったことの二つ。


 軽々と動いて回避するノゾムを見て、見掛け倒しの鎧と勘違いしたのは、ノゾムがそうしむけたからだ。


 ライザームの声がしない以上、ゼファールは降参もしていないし、戦闘力はまだあるということになる。


「僕、完全に悪役だよね、これ」


 ノゾムは、ゼファールの大きく張り出した左右の角を、両方同時に半ばあたりで断ち斬った。


「『双旋風』ゼファール、戦闘継続不能と見なし、試練を終了する」


 広場には、無慈悲にライザームの宣言が響き渡った。

 

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