第2章 至分の試練が終わりません

第12話 本分を忘れたりしてません

「おはようございます、ポーシュ隊長」


 ノゾムとケインの二人は、東の砦フォート・ライザームの居候になった。いや、正確には、砦を預かる魔将ライザームが許可したわけではなく、ライザームに丸投げされたポーシュの預かりなので、さらに微妙な立場である。


「もう出かける準備が出来てるなら、ついてきてください。とりあえず水袋だけは持参で。水場は後で教えます」


 最初の三日間は、ポーシュのお供をして、朝から砦内部と周辺の見回りをした。


 砦の内外で、魔軍の兵士戦闘員砦の居住民非戦闘員を問わず、ポーシュは、ライザーム城塞の幹部として、広く慕われていることがよくわかった。


 そして、昼と夜の二回、砦の兵士であるエルダーコボルトとハイコボルト達の訓練があり、二人はそれに混ざってみた。


 剣と盾と槍は、ポーシュとクローチが、弓は、カイトとハイト、短剣や格闘技は、チャタとチャロが指導し、夜にはナーヴェの魔法使い向けの修行とツランの僧侶向けの修行も行われている。


 三日目には、ノゾムは槍術と剣術と魔法で、ケインは弓術と短剣術で教える側に回っていた。


 魔軍を訓練する勇者一行というシュールな構図だが、そもそも、自分を鍛えるのにポーシュ達に胸を借りようという思惑なので、お互い様ではある。


 それらの日課が全て終わると夕飯までの短い時間、砦の幹部であるハイコボルトたちが日替わりで二人の相手をしてくれる。


 技量では決して劣る訳ではない二人も、実戦方式の試合や変則的な訓練となると、なぜか圧倒されることが多い。


「ゼルドから受けた修練とは、全く違う種類の怖さだな」

 ノゾムは、早くもぶつかった壁の高さを感じていた。


 クローチの槍捌きには、堅実さと大胆さの落差と切り替えに翻弄された。


 ポーシュとの手合わせでは、得意技と言うだけあって、両手剣でも、片手剣でも、盾でも、面白いように突き飛ばしノックバックが決まる。

 開始位置の向こう側まで簡単に飛ばされてしまうと、何もさせてもらえない。

 間合いの遠近を常にポーシュに決められて、ノゾムは全く自分の間合いで戦うことができなかった。


 ダメージもほとんど無いのが、余計にモヤモヤする。


 実戦では、突き飛ばしで障害物に叩きつけるとか、崖下へ落とすとか、転がして体勢を崩す等でダメージを与えることも自在にできるらしい。


 魔法については、魔法使い系でも、僧侶系でも、ナーヴェとツランの緻密な魔力制御と練り上げられた術の精度に舌を巻いた。


 ノゾムにとっては、初級・中級の魔法など、もっと強力な攻撃魔法や回復魔法を覚えるための途中段階でしかない。


 しかし、初級・中級の魔法でも練度を上げ、効果を上げ、自分の限りある魔力で常に最大限の効果を発揮して、仲間と砦を守ることを想定している二人には、既に技術以前の心構えで遅れを取っている。


 ケインもまた、師匠である弓聖や兄弟子達との間では経験したことの無いタイプの修行をしていた。


 弓そのもので教わるものは無いつもりだったが、カイト達四人と交互に狙撃の位置取り合戦をして見て、ケインは、常に自分が師匠や仲間に援護され、自分が有利な状況でしか戦って来なかったことに気付かされた。


 弓術も弓系スキルも圧倒的に優位なのに、味方の援護抜きでの位置取りでは、動きの組み立て、組み合わせが出来ていないと、後手に回ってしまうことも多い。


 自分を中心に動くことは一人の修行ではあったことだが、複数から同時に主目標メインターゲットとして狙われ続けることは、めったにない。


 優位を確保するために、誰かの目をくらますのが、仲間抜きでは一段以上難しくなるのに気づかされた。


「緊張感を維持するために、たまには変化をつけないとね」

 ガーディアンベリーの実をスリングショットで連続で打ち出し、位置取りして伏せている四人を狙撃し、全員の背中か頭に青紫の染みを付けたと思った時には、胸と背中、心臓と腎臓の上の二ヶ所に、やはりガーディアンベリーの実の染みをつけられていた。

 訓練用の木製短剣がペン先になったかのように青紫の短い線が引かれている。


 最初、いつ付けられたかも分からなかった時は、ケインの誇りは多少なりと傷ついた。


 ケインが悪戯心を出したガーディアンベリーの実だったが、四人の動きに対応できているとケインが慢心しかけているのを読み、そのタイミングでチャタとチャロが自分達の分身をカイトとハイトに偽装。

 その間に、カイトとハイトは、完全な隠形術で気配を断って、ケインに接近していたのだ。


 二回目で仕掛けは見破ったが、ハイトの胸への一撃はかわしたものの、カイトの背中への二つ目の染みは交差して✕印になった。

「腎臓を二回抉られたか」


 似た戦闘パターンの四人だが、忍者シノビ暗殺者アサシンの違い、そして兄であるチャタとカイトはマスター級なので、弟達とは力量の差がある。


 チャロとハイトは余裕で牽制できるが、チャタとカイトには度々裏をかかれそうになる。

 チャロの分身とハイトの隠形は見破れても、チャタの多重分身とカイトの隠形術が混ざると手に負えない。

 六人狙撃して四人が分身でチャロとハイトにしか当たってなかった時は、予想範囲に飽和射撃を行って、力業でチャタとカイトに当てた。


 それらは、当然のようにベリーヌにバレ、食料であり簡易な回復薬であり砦の主要な交易品であるガーディアンベリーをおもちゃにしたと、夕飯前にライザームからこってり叱責され、五人揃って三日間のガーディアンベリー採取作業が命じられた。

 もちろん、通常の見回りや訓練が免除されるわけでもなく、追加の作業だ。エルダーコボルトの農夫達ファーマーより収穫量が少なければ、三日どころでは終わらない可能性もある。


 ギリギリ三日半で収穫を終了した五人だったが、次の訓練でも同じようにガーディアンベリーを使い、もちろん直ぐにベリーヌにバレ、翌日から魔猪と魔鹿の狩猟に出るようライザームから命令が出たのは、その日の夕飯前だった。


 魔猪と魔鹿の狩猟は、二人のレベルからすれば微々たるものだが、経験値も入るので、ノゾムも同行することにした。


 こちらもエルダーコボルトの猟師ハンターが一隊で、魔猪一頭か魔鹿三頭が目標なのに対して、六人で魔猪四頭か魔鹿十二頭がノルマになっている。三人で猟師二隊分の計算らしいが。


「以前なら四人で一隊扱いだったのに」

 と、チャタがぼやいたのを聞くと、基準が厳しくなってはいるようだ。


「いや、それより、なんで幹部の四人が、懲罰の狩猟ノルマとか割り当てられた経験があるんだよ」

「ホントにお茶目だよね、ハイコボルト達みんな」

「ノゾム、そういう問題じゃない」


 茶化すのが得意のケインが、割ときつめにツッコミを入れざるをえない。ノゾムは、本格的な天然物だから。


 普段なら、四人はバラバラに東の砦の支配領域内を数日かけて巡回して戻って来るらしいのだが、今回はノゾムとケインを含めての狩猟なので六人まとまって行動することになった。

 魔猪も魔鹿も、増えすぎるとガーディアンベリーを食べに来てしまうので、食肉の確保の他に、駆除の意味合いもあるらしい。


 半日以上かけて生息領域に向かい、野営地を定めて、朝夕に活動する魔鹿と昼間に活動する魔猪を順繰りに狩りに行く。二日程すると、魔猪が昼間の猟師を避けるようになるので、夜にも狩りに出た。

 わざわざ六人は交互に獲物を狩った。協力はするが、狙いを定めた後は、一人で挑んで、止めまできちんと刺す。


 チャロとハイトは、弓矢での遠・中距離狙撃で魔鹿の頭を射抜き、近寄って短剣で止めをさすまでの流れが早回しのように見える。


 チャタは、中距離から巨大な十字手裏剣を投げて、魔鹿の首を一瞬で落としてみせた。

 カイトは、チャタに対抗してか、逆に至近距離まで接近して魔鹿の角の上に飛び乗り、魔鹿が首を振るより早く角から逆さまにぶらさがり、短剣で喉笛を切り裂いた。


 最初の魔猪は、ケインが矢一本で正面から脳天を射抜いて絶命させた。


 二頭目の魔猪は、ノゾムが槍で二撃、石突で横殴りにして吹き飛ばし、空中にある内に下から心臓を刺し貫いて仕留めた。


 四日でノゾムとケインで魔猪と魔鹿を二頭づつ、チャタ達は一人で魔鹿二頭づつ計八頭を狩った。


 野営地の近くに清流を確保しているので、獲物は毎回素早く解体してしまう。経験があるつもりのノゾムとケインだったが、チャタ達の解体は速かった。凍結の呪符で凍らせた恐るべき量の肉だったが、ノゾムの【保管庫ストレージ】なら余裕で収納できる。


 ノルマは達成できたが、翌日昼前まで狩りをして午後引き上げることにした。


 しかし、夜明け近くにノゾムとケインはチャタ達に起こされる。


「二人だけで砦に戻れるか?」

「できるけど、何事か起きた?」


 チャタがカイトに目配せし、カイトも頷く。

「東の砦に、砦の者ではない者の勢力が近づいているのが感知された。偵察に行かないといけない」

「四人全員で?」

「三方向から接近しているので、こちらも手分けして当たる。砦も気づいているだろうが、我々が偵察に向かったことを知らせてくれ」


 言うが早いか、四人の姿は掻き消えた。




 

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