第4話 予想の範疇におさまりません

「ハイコボルトって、エルダーコボルトの更に上ってこと?」

 ケイトリンの声は呆れていた。


「おそらく。あの忍者シノビの能力が、群を抜いているだけということでなければ、そういうことになりますね」


 何が出て来るのか、予想もつかない。

 面白い。ゼルドは無意識に笑っていた。

 シルヴィアはそんなゼルドを睨みつけ、ケイトリンは更に呆れている。


 ノゾムは、少し微笑んで歩き出す。

「とりあえず、話はできそうだね」

「何の話がしたいんだ? 拳なり剣なりを交える以上の、何が必要なんだ?」

「僕が半年の修行で、今のゼルドの境地まで到達できるわけがない、とは思わない?」


 前方のハイコボルト忍者は、一行を直立して待ち、ノゾム達が進んで来ると、その前を誘導するように、道の右端に沿って歩き出した。


「左の彼にも、出てきていいと伝えて。できるのはわかるけど、ガーディアンベリーの下を、木に触らずに進むのは面倒でしょ?」

 ノゾムが声をかけると、忍者は振り向いて、道の左側へ声をかけた。

 灰色のフードの影が反対の茂みから現れ、忍者とは反対に道の左端を進んでいく。


「こちらが気づいてないフリで、敵を油断させるのも、悪い手ではないと思うけど。敵が油断している前提でここから先に進むのは、かえって危険な気がしたんだ。悪かったかな、マシュー」

「構いませんよ。実際、ここからはギリギリの読み合いですから、見えるようにしておいた方が、対処が早いでしょう」


「『暗殺者アサシン』か、こいつも上級職だな」

「まぁ、次に何が出てくるのか、お手並み拝見ってとこでしょ?」

 ケインは、ガーディアンベリーの実をポイっと宙に投げ、口で受け止める。

「言ったそばからそれか。ケイトリンが静かだから、おかしいとは思ったが」

 ゼルドの出した手のひらに、マシューが青黒い実を数個載せる。

「キラーベリーより美味しいのは、確かですね」

「確かに美味いな。二人とも食べ過ぎるなよ」

 ケイトリンがモゴモゴと何かしらの抗議を試みたが、正当性はゼルドの方にあるようだ。


 巨石でできた砦の前の広場まで、ノゾム一行は何事もなく進んだ。

 入口の左右に立つ二人、黒い鎧は黒い鞘の長剣を下げ黒柄の槍を、青い鎧は木棍に見える長い柄の槌矛を携えている。


 黒と青の鎧の二人は道を大きく開け、真ん中に居た白銀に赤銅の象嵌のある全身鎧の人影が進み出て来る。

 両手剣を背負い、左腕には、さきほど脱いだのだろう、狼を模したような兜を小脇に抱えていた。


「リドア王国の召喚勇者、ノゾム殿ご一行で間違いございませんか? 私は東の砦の守備隊長ポーシュと申します。我らが主、ライザーム様は、中でお待ちです。ご案内いたしますので、どうぞ」

「ノゾムです。よろしく、ポーシュ隊長」

 ノゾムの馬鹿正直な挨拶に、ポーシュは牙を見せるが、微笑んでいるつもりのようだ。


「皆様の情報を得るために、こちらも『鑑定』を使わせていただいておりますので、ご遠慮なく『鑑定』でも『看破』でもお使いになられて結構ですよ」

「そう言う割には、そちらは皆『鑑定阻害』のスキルが高いようじゃな」

「砦とは戦場ですので、互いに読み合い、化かし合うのは武芸者の嗜みの内、と心得ております。見破った方が一手先行ということで」


 黒い鎧がハイコボルト『報復者アヴェンジャー』、青い鎧がハイコボルト『神官プリースト』なのは わかったが、それ以上は読み取れない。

 ポーシュに至っては、職位ポジションライザーム城塞フォート・ライザーム防衛指揮官コマンダー』というだけで、種族も職種もわからない。


「東の砦を、ライザーム城塞と呼んでるのか?」

「この砦に属する者は、ライザーム様の砦、ライザーム城塞フォート・ライザームと呼んでおります。王国からも他所の魔軍からも、東の砦としか呼ばれませんが」

 ポーシュの苦笑する気配が伝わって来る。愛着のある証なのだろう。


 砦に入ってすぐに広い部屋があり、商人二人は今回の商品を広げて、エルダーもしくはハイコボルト達と交渉を繰り広げているようだ。

 ノゾムたちに気付き、商人たちは軽く会釈する。


 砦側の交易品も積み上げられている。

 その中に摘みたてのガーディアンベリーの実の入った籠があり、別の濃く強い香りからすると、干したガーディアンベリーの実が詰まった樽もあるようだ。


 あの樽一つからどれだけのハイポーションが作られるのか。

 また、あの樽一つに錬金術師ギルドはどれだけの値を付けるのだろうか。


「それにしても『鑑定阻害』のスキルか、そういう発想は無かったな」

「あるとないでは結構違いますよ。相手の『鑑定』『看破』の力量にも左右されますが、手の内を見透かされてると、戦い方の組み立てに影響しますから」

「あんたがそれを言うか?」

 ポーシュのノゾムへの助言に、ゼルドが嫌な顔をする。

 ノゾムを鍛えるのには、習得させる武技や魔術はもちろん、スキルの構成に至るまでシルヴィアと相談しながらやってきた。

 真正面から戦う突貫勇者に仕上がったのは、そういう鍛え方をしたからだ。


「余計なスキルを修得するために遠回りをしてくれるなら、それに越したことはないじゃありませんか。本物の勇者なら、武技や魔術を覚えて強くなるより、そういう直接の強さに関係無い余計な、いや、生活が豊かになるスキルを学んでほしいと、心から思っています」

「ポーシュ隊長は、正直なんだね」

「主からも、仲間たちからも、よく言われます」


「多分、真顔で言ってるんだろうな。嘘が無いだけに、ケインの冗談並みにたちが悪いぞ」

「なんか、とばっちりがこっちに来てる」

 ケインは不満気だ。

「俺も正直者なんでな。思ったことが、時折口から出る」


「ポーシュさん、そんなに正直なら、種族と職業と得意技くらい教えてくれたらいいのに」

 ケインがふざけて尋ねる。

「知りたいですか? いいですよ」

「いいの? 『鑑定阻害』の意味なくない?」

「かまいませんよ。皆さんと私が、今日戦うことになる確率は低いと思いますから、問題無いでしょう。むしろ『鑑定阻害』はライザーム様の趣味の範疇なので」

 ポーシュはにっこりと笑う。おそらく、笑っていると思われる。


「私の種族はアークコボルト、職業は『聖騎士パラディン』、得意技は両手剣での突き飛ばしノックバックです。ちなみに、ハイコボルトからアークコボルトに『昇格プロモーション』したのは、今のところ私だけなので、種族としてのアークコボルトの特徴とかは、私にもよくわかりません」

 また、聞いたことの無い種族名が出た。

「アークコボルトって強いの?」

「だから、私にもわかりませんと申し上げました。でも、聖騎士パラディンは強いですよ。前職の『軍使ヘラルド』は戦闘職種じゃないので、前々職の『魔剣士マジカリィ・フェンサー』の方が強かったくらいですが、聖騎士パラディンは、それよりずっと強いです」


 ポーシュは、自分が強くなったのが単純に嬉しいのだというのがわかるが、シルヴィアは小さく唸る。

 複数の上級職種を経ている、とポーシュがしれっと言うのを聞き、人間の英傑のようだと思う。

 複数の上級職を極めていても、普通はマシューのように系統が偏るものだ。

 だが、特殊な戦闘職種と判断力や交渉力を問われる非戦闘職種の歴任だ。ポーシュの基礎能力と主からの信頼はどちらも高い、と思っていい。


 通路を挟んでたくさんの部屋が並んでおり、その中をどんどん進んで行く。

 ロの字型の階層を四つ下り、五つ目の階層にだけ中央に向かう通路があり、その先は上り階段になっている。

 踊り場で何度も折り返し、先は見えないまま上り続けていた。


「降りた分は今通り過ぎました。あの巨石の中心に向かって上っているようです」

 マシューは、冷静に位置を把握している。

「ずっと風が動いている。今は上から下へ、つまり一番奥から入口に向かって」

 何かの術か、からくりによるものと、ゼルドは目星をつける。

 煙幕や毒、眠り薬を撒くとか、同系統の雲や霧の魔術を防ぐには、単純だが有効だ。


「ご案内して参りました」

 ポーシュが突然踊り場の中程で立ち止まり、壁に向かって声をあげる。

「入れ」

 壁から返答があると、さっきまで平らな壁だった所に両開きの扉が現れる。


 途端に風が変わる。

 階段の上からしか吹いていなかった風が、階段上方と正面の扉の隙間からの二方向に、風の強さも半分づつに。

「どんな仕掛けだ?」

「仕掛けを問うてどうする。そこは何の意味があるかを問うところであろう」

「ライザーム様のなさることですから、余り深いお考えは無いかもしれませんよ」

 ゼルドとシルヴィアのやり取りに、ポーシュが控え目なツッコミを入れる。


 扉が急に開かれる。

 茶色いフードの忍者と灰色のフードの暗殺者が左右の扉を引いていた。

「ライザーム様は、『入れ』とおっしゃったぞ、ポーシュ」



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