第5話 勇者と戦う気がありません(裏)

「勇者が来た? リドア王国が百年ぶりに勇者を召喚したというのは冗談じゃなかったのか? 私に挑戦したいと言っていたと?」


 デスクに積み上げられた書類、羊皮紙のスクロールやら竹簡やら粘土板の向こうからライザームの訝しげな声がした。


 白、黒、青、赤のローブの四人の後ろに、茶と灰のローブが二人づつ、後列の四人はフードまで被り顔を隠している。


 白の『聖騎士パラディン』ポーシュ、黒の『報復者アヴェンジャー』クローチ、青の『神官プリースト』ツラン、赤の『魔術師メイジ』ナーヴェ、茶の『忍者頭シノビマスター』チャタと『忍者シノビ』チャロ、灰の『暗殺者頭アサシンマスター』カイトと『暗殺者アサシン』ハイト、計八人のハイコボルト以上の幹部に、ライザームの後ろに控える緑の髪に緑のドレスの『守護者ガーディアン』ベリーヌを加えた九人が、ライザームの腹心であり、この東の砦の中核である。


 居並ぶ幹部たちの前で報告をしたエルダーコボルトの槍士ランサーも、それ以上のことはわからないので、主の様子に困惑している。


「ライザーム様ご自身が、チャタとチャロにリドア王国の勇者のことを調べるようお命じになったと思いますが」


 幹部の中でも一際大柄なポーシュが、生真面目に主が忘れてしまったのかと口をはさむ。

 その間にクローチが槍士を下がらせ、室内は幹部たちのみとなった。


「いや、それはわかっている。異世界召喚の術式が起動した反応があったとの報告を受けて調査させたのだし、王国の冒険者ギルドがその影響を受けて活性化してたのも把握している。王国が最強の勇者一行を結成させるのに、いろいろな方面に手を回してるというのも二人からの報告で読んだ。問題にしているのはそこじゃない」


 言葉をそのまま受け取るのはポーシュの思考回路の癖だが、こういう時は実に難儀な腹心だと言わざるを得ない。

 そう育てたのはライザーム自身であり、どう考えても自分に返って来るので余計な言葉は飲み込んだ。


「まだ召喚されて半年かそこら。王国の外での修業もまだと聞く。そんな状態でここに来ると? 正気か?」

 少し考える様子で黙り込むと、すぐに顔を上げる。


「ポーシュには勇者一行の出迎えを頼む。クローチとツランはポーシュの補佐を。この部屋に来るまでに勇者たちの真意を確かめろ。チャタとカイトは先行して勇者たちを偵察。チャロとハイトはポーシュたちと一緒に遅れて出て、先行するチャタたちのため陽動に動け。ナーヴェは万が一のために、屋上で遠距離魔術投射を準備の上で警戒待機。全員、主戦装備を着用して臨め」

「ご命令のままに」

 


「ライザーム様もお召し替えになりますか?」

 脳内で思考が駆け巡り始め、逆に身体の動きが止まったライザームに、ベリーヌが声をかける。

 今はデスクワークをこなすため、使い込まれて作業着にしか見えない魔法繊維で編まれた緑と藍色の縦縞のスーツだけの軽装備だ。


「いや、かまわん。この上に装着する魔獣革の鎧一式を、用意しておいてくれればよい」

「かしこまりました」

 ベリーヌは指示に頷き、鎧を取りに奥に下がる。

 『秘書セクレタリ』も兼ねるベリーヌは、主戦装備である萌黄と臙脂のサークレットを被り、濃い緑のドレスの上に濃紺の法衣を既に羽織っている。

 ベリーヌを待つ間に、ライザームはデスクを漁って、勇者に関する報告書を書類の山から掘り出す。


【リドア王国召喚勇者に関する第一報】


・リドア王国王城地下の儀式場にて、召喚魔術行使の形跡が複数の方面から確認される。同儀式場での召喚術式の行使はここ五十年に数回確認されているものの、直近での成功事例は百年前の一件のみであり、他は全て失敗したとされている。


・今回の術式行使の後、消費された魔力以上の強い魔力の出現が検知されており、今回の召喚は成功したことが推定された。


・王国軍武装斥候隊及び隠密斥候隊の統括指揮官である【影遣いシャドウ・マスター】マシューがその地位を後進に託して引退と公表されたが、ほぼ同時期に冒険者ギルドにベテラン斥候兵スカウトを名乗る男マシューが現れ、黒髪の少年ノゾムをギルドに登録、冒険者としての訓練を開始した。

 【影遣いシャドウ・マスター】マシューは高齢かつ禿頭であり、斥候兵スカウトを名乗る茶色の髪と茶色の瞳の中年男性のマシューとは容姿が異なるが、異常な隙の無さと時折見せる不可解な勘の良さからも同一人物若しくはそれに相当する人物であると想定して対応する。

 レザーマン工房の魔獣の革鎧に小剣とクロスボウ装備。価格帯で判断すれば、どれも駆け出しの冒険者の所持できる装備では無い。


・ノゾム少年は十七歳と称しており、王国での成人年齢を越えているが、遠い母国では未成年扱いのため世間知らずであると語られており、おかしな言動があってもほぼスルーされている。黒髪に黒い瞳、上下黒に金ボタンの変わったスーツを着ていた。

 当初、鎧にもたつき、剣に振り回されていた様から、数日も経ずに身体が引き締まり、熟練者のように動けるようになる。

 魔術の習得も早く、マシューと二人組で各種の依頼を受けている。高い成長率から召喚勇者はこのノゾムである蓋然性は高い。

 マシューと同じ魔獣の革鎧と二本の長剣を装備。鑑定できないため、これらの剣は何らかの高ランクアイテムであると推定される。また戦闘中に魔法金属の全身鎧を纏ったという話もあり、それも高ランクの召喚鎧コーリングアーマーの類いと思われる。


・その後に増えた同行者は、随時外部からマシューとノゾムに連れられてギルドに一行パーティとして登録されており、元々高ランク冒険者であったゼルド以外の記録はほぼ無い。


・三人目の同行者は『戦闘尼僧バトル・プリーステス』ケイトリン。身の丈ほどの木棍と尼僧を現す法衣を身に着けていなければ、栗色の髪と黒い瞳の元気な少女にしか見えない。

 聖なる木棍ホーリィスタッフによる戦闘力はもとより、十六歳の修行者にしては高い法力と神聖魔法を行使することから、聖母の神殿で修業している【聖母マドンナ】メリーもしくは【聖女セイント】ライザの後継者候補の一人と推察されるが、出自は秘匿されている。


・四人目の同行者は一行最年少で十五歳の『魔弓士マジカリィアーチャー』ケイン。この年齢で魔弓士に到達するのも稀であるが、『自在矢フライシュッツ』を操ることから、当代の弓聖【神箭セレスティアルアロー】アストラの弟子に【魔弾の射手フリーリィシューター】の称号を持つ者が三人いるため、その内の一人であろうと推察される。

 くせ毛の金髪と青い瞳の少年で、魔獣革の鎧と魔弓と矢筒を常に装備しているが矢筒の魔力が最も高ランクであるため、矢が尽きることがない矢筒を使うという噂はまるっきりのデマではないのかもしれない。


・五人目の同行者は『魔戦士マジカリィアーティスト』ゼルド。二十六歳にして王国内の冒険者ギルドの個人戦闘力ランク最高位。

 日焼した肌に金髪、瞳は茶色。大剣を背負い、普段は胸甲すら着けない。十一歳で『戦士ファイター』として冒険者ギルドに初登録、十五歳までに『剣士フェンサー』『槍士ランサー』『弓士アーチャー』『拳士グラップラー』『盾士シールダー』を修め、以後上級戦闘職種を総なめにして、二十二歳で先代より魔戦士の称号を授かったが、魔法の武具をいくつもコレクションしていること、様々な局面に合わせてそれらのあらゆる武器を使い分けることから【歩く武器庫ウォーキングアーセナル】の二つ名で呼ばれることが多い。


・最後に合流した同行者は【大魔導師アークウィザード】シルヴィア。

 王国に塔を構える魔術師、魔道士の内『魔導師ウィザード』級を超えるのは、五名。【魔導師長マスターウィザード】、【大賢者グレートワイズマン】、【北の森の隠者ノーザンハーミット】、【湖の魔女レディオブザレイク】そして【大魔導師アークウィザード】シルヴィアその人である。

 本人かどうかの確認は難しいが、そもそも詐称することの方がリスクが高い。

 地水火風と空間を操る五つの宝珠が埋め込まれた五色の杖を携え、黒い帯魔のローブを纏う年齢不詳の美女。髪は銀、瞳は青、外見は二十代半ばから後半の人間の女性に見えるが、記録によれば【魔導師長】の塔から独立したのが百年前、【大魔導師】の称号を得たのは八十年前である。

 ちなみに「年齢不詳」と「美女」については、過去の公式記録や書物で全て共通もしくは統一されており、年齢に関して追求したもの、美女かどうかに疑問をさしはさむ記録は、たびたび書庫ごと焼失することがあるため、記述法に注意が必要である。

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