第3話 類似例が見当たりません

 商人達は、コボルト二人を護衛に、砦に向かって行った。


「これで良かったのか、本当に」

「まだ戦争状態じゃない、とあれだけはっきり言われると、ね」


「僕は、王国と魔軍とは長い停戦中ではあっても、いつでも、どちらか何かのきっかけがあれば、すぐ交戦状態になるものだと思ってました」

「まぁ、今更、奇襲や潜入でもなかろう。自分がそのきっかけとなるのであれば、なおさら、じゃな」

 シルヴィアとケイトリンが、ノゾムとゼルドに合流する。当然だが、マシューとケインは近くで潜んだままだ。


「どなたか、彼らに『鑑定』か『看破』を使ってみましたか?」

 マシューがどこから喋っているのかわからない声で囁く。

「いや、俺は使ってない」

 ノゾムもシルヴィアもケイトリンも首を横に振る。

「ガーディアンベリーという彼らの話を確認していました。キラーベリーの単なる変異種ではなく、確かに既に別種です。そして彼らも、種族はコボルトではなくエルダーコボルトになっていました」


「聞いたこともないな。特徴は?」

「能力的には、コボルトの成長した延長線上でしかありませんが、彼らには、職業ジョブ補正があります。しかも、二つ。個体差によっては人間のように三つ以上の職業を持てる個体もいるかもしれません」

「人間と同じ、だと?」

「一人は『槍士ランサー』と『斥候スカウト』、もう一人は『槍士ランサー』と『門番ゲートキーパー』でした。私の『鑑定』レベルでは、スキルを獲得してるかまではわかりませんが、持っていても不思議ではないでしょう」


 コボルトやゴブリンのような低位の種族は、個体の成長や変異によって種族内の職位ポジションを持つことはある。

 関連する能力や技能系のスキルが得られるようになる『弓士アーチャー』『呪い師シャーマン』『代表戦士チャンピオン』のようなものや、支配や指揮のスキルに関わる『族長チーフ』『将軍ジェネラル』『王侯ロード』などの種族内での上位への変異だ。


 だが、種族として最低位のコボルトは弱く、成長する機会自体が得にくいので、ゴブリンやオークの職位持ちに比べてすら、稀にしか発生しない。


 ましてや、人間のように様々な職業ジョブを得て、一般職コモンでも能力補正・スキルを獲得するコボルトなど聞いたことがない。


 種族そのものがコボルトと異なる、というマシューの言葉を疑う理由は無いが、想定外のことがあり過ぎる。


 魔将の正体、魔軍の実態、わかっていないことがはっきりしたのに、このまま進んでいいのか?


 そして、最後に残った一つの疑問を、ノゾムはあえて口にしなかった。


 商人たちですら『国交はない』と言い、コボルトでさえ(エルダーコボルトだが)『自分たちの砦と王国の間に、戦争は無い』と認識している。


 人間の国は、いずれも魔王の領土・魔王領と言い、魔軍と言う。

 だが、市井の人々は、魔王の治める魔王国であり、魔王国軍であることを受け入れている。

 人間の国ではないが、隣国であると。


 魔軍とはゲームの敵のようなものという単純な思い込みで、ノゾムは思考停止していたことを思い知らされる。


 これは、『勇者ノゾム』を使った、リドア王国による魔王国への侵略ではないのか?


 その迷いを隠そうと、ノゾムはライザームへの挑戦を仲間たちの前ではっきりと口にしてコボルトたちへ伝言を依頼した。

 自分と仲間たちを追い込むことになることに自覚がないまま。


 陽が高くない内に商人たちは砦に入り、今はもう陽は昇りきっているが砦の様子は変わらない。


 これはもう引き返すべきなのかも知れぬ、とシルヴィアは思う。

 先入観に捉われるのは人の常だが、それぞれが見誤ったままここまで来て、今のノゾムには迷いが生じている。


 無垢だったノゾムを、請われるまま勇者へと鍛えたのはシルヴィアとゼルドだが、ここで間違った乗り越え方をさせてしまうと、ノゾムの心が妙な歪み方をしてしまうかもしれない。


 マシューが、シルヴィアに他の仲間には聞こえない独特の囁き声で話しかける。

「シルヴィア様にお考えがあるなら、それに従います」

 相変わらず他人の顔色を読むのが得意な男だと苦笑する。


 だが、本当にどうしたものか。

 魔将が警戒して砦の周りに軍を展開するというのであれば、ゼルドとシルヴィアどちらか一人でも、一蹴することは容易い。

 その点でシルヴィアも剛の者であり、賢者や隠者ではなく、大魔導師への道を選んだのは伊達ではない。


 しかし、搦め手やこちらの予想外の事態になれば、後手に回るのは確実で、ノゾムの積み上げつつある名声と栄光に大きな傷を残すかもしれない。


 ましてや、宣言をしたのに砦に現れなかったのでは、その話にどんな尾ひれがつくかわかったものではない。


 ここに至っても、シルヴィアの想定には、マシューが危惧するような『命あっての物種絶体絶命』という事態までは含まれていない。


 ただ、どう始めてどう終わらせるのが最適の一手なのかが、見通せなくなっている。


「ノゾム、何を考えておる? 一戦してみて仕切り直すのもよかろうが、心乱れておるなら、状況を整理するために敢えて一旦引くのも手の一つじゃぞ。なあに、砦の魔将をすっぽかしたとしても、魔戦士ゼルドが腹を壊したことにでもすればよい」

「いや、そこで腹を壊すのは、ケイトリンかケインの役だろ」

「シルヴィアの言う通り、ゼルドでいいじゃん」

 ずっと潜んでいるのに飽きたのか、ケインが岩陰から現れる。


「俺はお前たちみたいに、そこらにあるものを何でも拾って食ったりはしないぞ」

「仮にも乙女に『食い意地がはってる』ような言い方しないで!」

「では、後で試しにガーディアンベリーの実を採って来ようと思っていましたが、ケイトリンの分は要りませんね」

「マシュー! それは普通に酷いと思う」

 普段通りの軽口も、平静を保とうとする心の動きかもしれない。


 ノゾムを除く全員が何かを感じ取っていた。

「正直に言えば、僕も少し迷ってるよ。だから、ライザームに挑戦すると口にした。ここで東の砦の様子を見て、決める」

 ポツポツとノゾムは語る。

 魔軍を単なる敵として考えていた。そのイメージ通りの行動に出るなら、正面からぶつかる。

 そうでなければ、相手の出方次第で、別の方策を考えなくてはならない。


 ノゾムの宣言を待っていたかのように、砦の方から銅鑼を叩く音がした。

 ガーディアンベリーの木々が揺れ、籠を抱えた小さな影がその木々の下から現れると、次々と砦に入って行く。


「ガーディアンベリーの収穫作業中だったようですね」

 入口に居た槍持ちのコボルト二人も砦の中へと消え、より体格の大きなコボルトらしき影が三人現れた。

 中央に一際輝く白銀の全身鎧が一人、その前に黒い鎧姿の槍持ちと青い鎧の木棍持ちが立つ。

 それ以上の変化はなかった。


「軍勢の出番は無しか」

「四人目と五人目はどうするつもりじゃろうな」

「挨拶だろうとは思いますが、私が」

 シルヴィアの言葉にマシューが応じ、さっきまであったマシューの気配が消える。


 砦に続く道の途中、ちょうど砦とノゾムたちとの中間あたりに、不意に茶色いフードの影が現れる。

 そして、次の一瞬、その手前にマシューが現れた。

 お互いの間合いのギリギリ外の距離。茶色いフードの影はそのまま跪き、マシューとの間で何かやり取りをしているようだ。


「ケインには聞こえる?」

「茶番だよ。お互いの『隠密行動』比べをして、わざと姿を現した向こうのヤツに、マシューが即座に間合いを見切った場所に現れて対抗してみせた。自分に戦う意思は無く、迎えに来ただけということらしいね。マシューの力量を自分と同等以上だと認めたみたいだ」

「『斥候スカウト』か『野伏レンジャー』、上級職の『忍者シノビ』かもしれないな」


 フードの男を置いたまま、マシューが戻って来る。

「砦からの迎えの使者のようです」

「『鑑定』の結果は?」

 ケインが興味津々で尋ねる。

「見てた通り職業は『忍者シノビ』、技量は私と同じくらいでしょう。姿を現したのは、隠れている私の間合いのすぐ外でしたから」

 マシューはため息を一つついた。


「種族は、ハイコボルトです」


 

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