第2話 魔軍に戦う気がありません
ノゾムたちは一夜をシルヴィアの結界内で明かし、改めて山嶺を越え、東の砦へと近づいて行く。
「キラーベリー『旅人殺し』か? これだけの数を栽培してるとは、趣味のいいことだな」
ゼルドが毒づいた通り、山腹の砦の周囲は低木が広範囲に植えられており姿を隠せるような木立はない。
砦の入り口前に広場があり、そこから八方へ道が延びている。
斜め上へと山嶺に向かう道の一本が、一行の潜む岩場の近くを通り、王国へと山を越えるルートになっているようだ。
「道を通れば、かなり離れた距離からでも発見されてしまうでしょう。かと言ってあの木では」
キラーベリーは、荒野に生える果樹で、小さな青黒い実をつけるが栄養価は高い。
その反面、痩せた土地では自分が実をつけるために、麻痺毒のある刺が付いた蔓で実を食べに来た小動物を絡めとって栄養にしてしまう。
人がやられることはめったにないが、厳しい土地で強毒化した変異種が出たり、餓えて体力の落ちた旅人が実を食べようとして逆に囚われて死ぬ例も少なくはない。
『旅人殺し』とも呼ばれる所以である。
彼らには大したダメージにはならないだろうが、茂みの中を進むのは論外だ。
低くしゃがんでキラーベリーの陰を進もうとしてさえ、少なからぬその
マシューやケインの『隠密行動』、シルヴィアの『姿隠し』ならばともかく、 ゼルドやノゾムの『気配遮断』やケイトリンの『無我』では、直接視認されるのまではごまかせない。
「誰か来る」
後方を警戒していたケインが小さな声で注意を促す。
ノゾム達が通って来た山嶺を越える道を、東の砦へ向かって進んでいるらしい四つの影が近づいていた。
「コボルト、人間か?」
大きな荷物を背負った人間の男が二人、槍をもった大柄なコボルト二人が雇われた護衛かのように前後に立ち、歩調を揃えて下ってくる。
「誰だ? 見たことがあるような気がするが」
「ニー・デ・モアールの、冒険者相手の商人ですね。ゼルドさんは、先日ハイポーションを大量に買ったばかりでしょう?」
言われてみれば、とゼルドは最上級の回復薬に大枚はたいた記憶も、その時のホクホク顔の商人も思い出した。
魔王領へと続く魔の森と死の山に、一番近い都市だけに、値段は高いが、ポーションなら上級回復薬や最上級回復薬まで、武器や防具も、魔物の素材を使った一味も二味も違う貴重な品々が売られていた。勇者一行のみならず、数多の冒険者たちの最前線でもあるからだ。
「魔軍に捕まったというわけではなさそうだが、何をしている?」
「どうする?」
ケインは、既に二本の矢を弓につがえていた。
コボルト二人なら、いつでも一度にやれると目が言っている。
「いや、いい。僕が行く」
「あ、バカ! 待て、ノゾム!」
ノゾムは四人の行く手をさえぎるように道へ出る。
つられて、ゼルドも道へ出てしまう。
「誰がバカじゃ、痴れ者め。ケイトリンは動くでないぞ」
シルヴィアは、つられて出そうになっている尼僧に釘を刺す。
マシューはもちろん、ケインも潜んだままで、慌てた様子もない。
前方に現れたのが人間であることがわかると、先頭にいたコボルトは商人たちの後ろに下がった。
「こんにちは。いや、まだ、おはようございます、かな?」
「おお、これは勇者様に魔戦士様、その節はたくさんのお買い上げ、ありがとうございました。勇者様がたも東の砦に?」
「それには、何と答えたらいいのか、迷うところだけどね」
「ただの商人なら、魔軍の砦へ何をしに行く?」
「ん? ああ」
商人たちは顔を見合せる。
「勇者様がたは、ご存知ないのですね。交易というか、行商です。とは言っても、ほぼ物々交換ですが」
商人の一人が、背負子の左の肩口に結んだ紐から下がる、木の鑑札を見せる。
ニー・デ・モアールの領主の焼き印と商業ギルドの焼き印が押された行商の認可。それを裏返すと魔物の革に何かの紋様が焼き付けられたものが貼り付けられている。
「これが魔軍側、東の砦の行商の鑑札です」
「えっ?!」
「商業ギルドも、ニー・デ・モアールも、魔軍に内通でもしているのか?」
「とんでもない! 国交はなくても商売はまた別ですよ。とは言え、相手は仮にも魔軍ですから、軍需品や大量の食糧、魔道具の類の売却は禁止されていますが」
商人は、魔戦士ガルドが自分の名前を憶えていないらしいことにちょっと失望しながらも、説明を続ける。
「こっちからは主に、塩と魚と酒ですね。古着とか酢漬けや塩漬けの野菜も需要がありますよ」
「魚に酒?」
「私たちがギルドからこの行商の認可を受けてるのは、アイテムボックスのスキルを持ってるからです。こう見えて、二人で酒と魚の塩漬けと野菜の酢漬けの樽を二つづつ、計六樽運んでいます」
「魔軍からは何を?」
「魔物の素材で余ったものが多いですね。魔猪の干し肉と魚の塩漬けを同じ重さで交換できるのはいい儲けになります。アイテムボックス頼りの商売ですが。ただ、ギルドのお目当ては、ガーディアンベリーの実です。お買い上げいただいたハイポーションの主原料になります」
「キラーベリーのことか?」
「キラーベリーにしか見えませんよね」
「変異種か?」
「魔軍では『
片方がノゾムたちと話し込む間に、もう一人の商人はコボルトたちに何か話しかけている。
「こいつらは人間の言葉がわかるのか?」
ガルドは少し驚きながら尋ねる。
魔軍を構成する種族の多くは知性が低く、複数の言語を操れるのは、種族内の支配階級か上位種族に限られるからだ。
「ニュアンス程度ですが、彼らの首に下がる木札にかかった術が、握っている間だけ通訳してくれるようです」
男はゼルドに説明すると、札を握るコボルトにまた話しかける。
「この方々は、勇者とそのお仲間だ。東の砦に行くとおっしゃっている」
コボルトの一人は、槍を取り落として地面を転げ回った。もう一人のコボルトは、槍の石突きで転げる仲間を小突いて、起き上がるように言っているようだ。
小突いていた方のコボルトがゼルドの方を向き、札を首から外して差し出す。ゼルドは受け取って握りしめてみる。
「商人たち、ライザーム様、砦、客。俺たち、商人たち、守る」
コボルトは指差しながら話す。
「勇者たち、魔王様、敵。でも、砦、王国、戦争、まだ。俺たち、わからない、ライザーム様、砦、勇者たち、客、敵」
ゼルドは、木札をコボルトに返す。
「なるほど、お前たちでは、判断できないのはわかった。で、こいつは、もしかして、笑ってるのか?」
コボルトは、再びゼルドに札を渡すかどうかためらう様子で、まだ転げている仲間を見る。
「赦してやってください。もう二百年以上戦争してない東の砦の彼らにとっては、勇者様は、物語とかの中でしか聞かない存在なんです」
商人の男はばつが悪そうに続ける。
「子どもの躾で『悪いことすると魔王に拐われて食べられるぞ!』とか言いませんか? 彼らにとっての勇者とは、我々にとっての魔王なんですよ」
「ゼルドも僕も、今の魔軍にとっては、お伽噺に出てくる鬼とかオバケの類ってことだね。ゼルドだって今突然目の前に『私が魔王だ』って誰かが現れたら、信用しないし笑っちゃうよ」
ノゾムは釈然としないゼルドの肩を慰めるように叩く。
再度仲間に小突かれたコボルトは、やっと起き上がって槍を拾う。
小突いたコボルトが何か喋ると、起き上がったコボルトは首に下げていた札をノゾムに差し出した。
もう一人のコボルトも再度ゼルドに札を差し出す。
「俺たち、いや、俺、謝罪。偽物、山嶺、越えない。ライザーム様、本物、敬意、尊重。砦、兵、ライザーム様、忠誠、臣従」
二人はコボルトたちに木札を返した。
「謝罪を、受け容れる。お前たちの、主君への忠誠心を認め、お前たちの主君の、本物を認める公正さは疑わない」
ゼルドが捻りだすように返答する。
「じゃあ、次は僕の伝言をお願いしていいかな。勇者ノゾムはライザーム様に挑戦したい。東の砦にまもなくお伺いする、と」
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