充溌 樅木
調べ物をしている時、今のひびなみたいな表情をしているんだろうか。
かれこれ、七時間は経っている。
ひびなが躍り続けて。
モミの木の周りを、手を上げ足を上げ、傍から見れば奇妙な動き、もとい踊りにしか見えないが、全身をこれでもかと使い、けれど口は閉ざし、祈りの踊りを捧げている。
クリスマスツリーに定番のモミの木。
夏の青青しく溌溂とした雰囲気が鳴りを潜め、冬には厳かな空気をくゆらせる常緑針葉樹。
生命の象徴として崇められていた樹木。
ひびなの祈りはたった一つ。
花よ咲き続けろ。
一分でも一秒でも長く。
芽が開き、茎が伸び、葉が増え、蕾ができ、花開き、命を凝縮し、散っていき、地に還る。
再び芽吹くその時まで。
永遠の繰り返し。
土が、命が枯れるまでは、
ひびなは永遠の存在だ。
いや、永遠の存在になろうとしている。
花の女神。
花の創生が成功すれば、ひびなの願いは成就する。
花の創生が成功すれば、私は。
一笑する。
ここにきてもなお、死への恐怖を持たぬ己に。
清々しいほどに皆無さ。
「舞子。一緒に踊るぞ」
「……いきなりファンタジー感が満載になったね」
目に入っていなかったのかどうなのか。
沈黙を破りながらも、踊り続けているひびなの前後には、両の手に乗るほどのリスがぴょんぴょん飛び跳ねながら、一定の間隔を保って、回り続けていた。
「ああ。こいつらはモミの木の種子を好んでいるからな。食べさせてくれてありがとうと、感謝の舞だと」
「へえ。そっか……感謝、ね」
「…踊るのか?」
「意外なのはわかるけど、そんなに驚かないで。あと、ひびなみたいに踊るつもりはないから。歩くだけ。少し。あと、どれくれい踊るの?」
「ああ、そうだな。三時間、か。十時間は続けるからな」
「わかった」
「………横に来るか?」
「いい、後ろで見てる」
「…俺が見えない」
「十分見たでしょ。今は私が見る番」
「舞子」
「今だけ。終わったら横に戻る」
「…わかった。よく見ていろよ」
「リスの次にね」
「ぬかせ」
死への恐怖はない。
けれど、別の恐怖ならある。
口に出す事も、この時間以降、想う事も決してないだろうけれど。
(感謝してるよ、)
「何か言ったか?」
「変な踊りって言った」
「この美がわからないとは。舞子はまだまだだな」
「どーぞ、ご自由に」
「終わったら、直伝してやるから楽しみにしていろ」
「辞退します」
「辞退拒否です」
もうお喋り禁止と言えば、ひびなは素直に口を閉ざした。
静寂がまた舞い戻る。
大きな背中。
不思議とこのモミの木にも負けていない。
変なの。
変なの。
舞子は笑いをかみ殺してゆったりと歩きながら、ひびなの背中と、時々リスを見た。
樅木(もみのき):花言葉 高尚 永遠 正直 誠実
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