充互 十五夜と秋の七草
ツクツクホウシツクツクホウシ、リンリンリンと、秋の虫が夏の喧騒に終わりを告げるように鳴き、十三夜に雲がたなびく十五夜。
二階のベランダ、板張りの床の上。芋、栗、柿、梨、葡萄、里芋。それぞれの餡や実を包み込んだ団子。三方にそれを十五個、三角錐になるように乗せ、傍らに消炭色の細長い花瓶に活けられた薄が、それらの後ろには紅色の真四角の座布団が三つ並んで置かれていた。
「よし。これで完成」
ドタバタと忙しなく息を切らして紙の包みを外して腰を下ろし、七菜子の花屋から盗んで来た萩、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗を薄が活けられている花瓶に加え、秋の七草を揃えたひびな。秋の七草で、薄以外自力で見つけられなかった時の消沈を吹き飛ばすように満足げに深々と頷いては、自室で寝ているであろう舞子を呼びに立ち上がった。
舞子は普段信じられない集中力で以て旅行客の要請に応えるべく資料を探しそれに沿って行動に移しているが、時たま、膨れ上がった風船から静かに空気が抜けるように、呆然とする日が来る。それは必ず仕事が無い日なのが恐れ入ると、いつもひびなは感心すると共に溜息も零していた。
「舞子。月見をするぞ」
「………」
いらえがないのはいつものこと。しかし、寝台の上に座り込み、焦点の合わない目で扉を見つめる、全身という全身から力が抜けきっているのがありありとわかる舞子に、落差がありすぎると、そして、何故眠らないのか、とまた溜息を零してしまった。
いつ何時も糸を張り詰めているよりは遥かにましなのだろうが。
突然死しそうで心配の文字が離れることはない。
(ながく。みていたいからな)
雪柳。
雪のように白いその小花の群集は、けれど、儚さとは無縁の青々しさを持つ。
今は。
年を重ねれば、果たしてどうなるのか。どう変化していくのか。変化しないのか。
みたい。
だからこそ、死なれては困るのだ。
鶏肉。伊達巻。かつお菜。蒲鉾。餅。それらを漆喰の器に入れてから豆腐屋で売られているだし汁を加えた、時期尚早の雑煮と、時間を空けてから飾っていた団子もベランダで食べ終えた今。少し肌寒い薄曇りが広がる夜空の下、ひびなが強引に自分の肩にもたれかけさせた舞子と共に十三夜を見つめていた。
三つ並んである座布団。本来ならば神様が座るはずの中央を空けて、左右に舞子とひびなが座っていたのだが、団子を食べ終えると同時に、ひびなが中央に移動してこの体勢を取ったのだ。
(たく。疲れているのならば身体を横にするなりなんなりすればいいものを)
苛々する気持ちを秋の七草を見つめる事で鎮静させていく。
花はいい。
心底そう思いながら、肩に圧し掛かる重みに意識を寄せれば何故かこそばゆく感じた自分を恥じながらも、寒いからちょうどいいと退かさない理由をつけて、舞子が眠りに就くまで、全体を見せてはくれなかった十三夜を見つめ続けた。
「まぁ、今日は、勘弁しましょうか」
毎年吐いている科白を青筋を立てながら今年もまた口に出し、この十五夜の夜だけは盗んでも構わないという町内会の行事によって、抵抗はしたものの多勢に無勢で叶わず、目の色を変えた消費者たちに根こそぎ奪われていった商品に見切りをつけんと、七菜子を初めとする店の者たちはこのやるせない気持ちを晴らすべく、大宴会を始めるのであった。
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