11.ユキヤナギ : よろしく相棒
















「なぁ、身体はどうしたい?」


 小さくなった身体。白くなった心身。

 杖が無ければ歩けぬほど年を取ったその身体は、精神を越えて儚さを伴ったユキヤナギとなった。


 こんなユキヤナギが見られるとは、と。

 感慨に耽りながら。

 すっぽり腕の中に収まった身体を背から抱きしめ。

 森の中。大きな木に背もたれ、問いかける。




 予感があったのだろう。


 散歩に行かないか。


 そんな誘い、にべも無く断られていたのだが。


 今日は素直について来た。


 ゆっくり、ゆっくり、草原のような森の中を歩き続ける。

 雪の中を歩くように、サクサクと小さなちいさな音を立てて。


 足を止めた舞子にこっちに来いと誘い。


 座椅子よろしく。


 俺の前に背を向けて座らせてから抱きしめて問いかける。





 地獄の釜に落として。


 何もかも残したくない。


 蒸発さえも上げずに消え去るのでしょう。


 小さく笑い、そして、息を引き取った。






 遺言を果たし、煌々と燃える紅と真っ白な身体が目に焼き付いたまま、辿り着いたのは花屋。

 外見を変えない七菜子さんに一枚の紙を差し出す。


「地面に咲いている時は無色透明。踏まれて勢いよく宙に飛び上がり百花繚乱の花を舞い散らす。そして、地面に落ち切ればまた無色透明に戻る」

「……また、ファンタジーに生きる鬼に相応しい花…おこちゃま。と言うべきかしら~ね」



 クスクスと笑う七菜子さんは不意に真顔になった瞬間、景色が一変。

 白の花で埋め尽くされた外界へと連れ出されていた。


 神に相応しい厳かな時間になるのかと思えば、ニヤリと。意地の悪い笑みを向けられる。

 一瞬にして厳かさとは無縁の空気に満ち満ちる。



「じゃ~あ。これでやっと半人前。次はこの花を具現化させるこ~と」

「わかりました」


 初耳。なれど、驚きはしなかった俺に、七菜子さんは可愛げがない口にしながらも笑みは崩さない。


 ならばきっと、予想は外れていないはずだった。



「被子植物、裸子植物。どちらにしても雄花と雌花。そして受精がひつよ~う。だから女神も花を具現化する際、女神と補佐役が協力しあう~の」



 補佐役はミツバチに選んで連れて来てもらったからと、ニヤニヤ度を最大限にした七菜子さんの目線を追えば―――。



「ず…ずっと好きっした!!でも自分!!嫁さんと可愛い子どもに恵まれてましたんで!!告白だけしたかったっす!!」



 真っ赤な顔で怒涛の告白を熱の籠もった口調で告げたかと思えば、走り去っていく一人の男性。


 え?まさかあいつ?

 え?追うの?追わなければならぬのか?


 まさかまさかと思いながらも胡乱気な瞳を七菜子さんに向ければ、悪戯大成功と言わんばかりに大爆笑中。


「あ~。あのこね~。あなたに一目ぼれしたはいいけ~ど。話しかけられなくて。奥さんと子どもさんに恵まれて~も。どうし~ても、あなたの事が忘れられな~くて。成仏できないでい~たところを、ミツバチがつれてきちゃ~た~のね」


 何がドツボに嵌ったのか。

 覚えていない?舞子さんの会社に初めて行った時に目が合った男性よと告げられ、過去を思い返すも、記憶に無く。それを口にすれば罪深い鬼ねと爆笑を継続する七菜子さん。



 面白い反応をありがとうと笑いながら告げられても閉口するしかない。

 この女神には一生叶わないのだろう。

 遠い目をして一瞬、補佐役の存在を忘れていた時。

 クイッと裾を引かれ、目線を下げれば。


 自然、口の端が上がる。






「…遺言、破った」


 魂だけではない。肉体も伴っている事は説明されたのか、はたまた感覚でわかるのか。

 仏頂面の若かりし頃の容姿の舞子に、破ってないと自信満々に告げる。


「地獄の釜は森羅万象あらゆるものを抹消するが、気紛れに若返りの湯となる時もある。偶然、舞子が入って時がその時期だったのだろう」


 言っておくが、気紛れ故、時期を把握できぬと告げれば、不満はさらに悪化。

 そんな事は聞いていない?訊かなかったおぬしが悪いと高々に言ってやりたい気分だ。



 しかし言葉に嘘は無い。

 本当に身体を遺すつもりは無かった。

 予感があった故。

 魂だけでもまた出逢えると。

 無作法に見えてその実律儀なやつだから。

 借りは返しに来ると。



「ごはんの恩返し…すませたら、行く」

「ああ。わかっている」

「……寝るから、必要になったら、起こして」

「…ああ。目覚める瞬間を楽しみにしてろ」





















 瞼を閉じる。

 深淵の闇に包まれる。

 眼が冴えて眠れない事が多いけど。

 意識が落ちる瞬間、いつも思う。

 目覚めることなく死ぬのかも。

 恐怖は無い。後悔も無い。

 死んでもよかった。


 意識が浮上する。

 朝を迎える事ができたんだ。

 壮快な気分でまた頑張ろうと起き上がる。

 やりたい事がたくさんある。




 うるさい、うるさい同居人。

 好きにしろって言ったのは間違いだったかも。

 けど追い出す気力も無いし労力がもったいないし考えるのがめんどう。

 ご飯がおいしいし。まぁ、いいか。


 この時間では、この肉体では返せないけどきっと。

 心は絶対に忘れないから。

 根性で確実にもう一度、目の前に現れるから見つけるから。

 




 やくそくはかすみにきえる。

 

 これでいい。







「おい起きろ」

「………眠たい」

「……おぬしな」

「ゆすらないで。眠たい」

「お・き・ろー!!」

「ぐー!!」













ユキヤナギ:花言葉 愛敬 殊勝

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