9.ウイキョウ : きっと、永遠を予感する

(生き生きしておるな)


 情報収集や企画書作成時は、栄養補給と。

 侃々諤々と闘う、今この瞬間は、咲き匂っていると。

 そう例えられるだろう。



 硝子一面の壁と扉に覆われているその一室にて。

 本や紙、画面と向き合っている無表情の時とは違い、くるくると表情を作り出している舞子の姿を、予想の範囲内だがなと目を細めて見ていた。




 舞子の会社『かなさくら』。

 二階建ての小さなビルの一階。

 玄関をくぐると出迎えられたのは、畳張りの一室。

 壁も扉も無い開放感のあるそこの真ん中には花器置き場。

 奥の片隅に小さな台所と二階へと続く階段。

 い草の香り、感触を懐かしく。

 ここは茶会を開く為に設けられたのだろうかと思いながら、無人のその部屋の中を階段へと歩を進めた。


 二階に上がった先にあるのは、五列ずつ向い合せに並べられている三十の机と椅子。

 奥には大きな楕円形の机と椅子が数十客置かれ、硝子一面の壁と扉に覆われている個室が一室。

 一階とは違い、無機質な空間であった。



 会議中なのだろう。

 個室には人がおり、机に向かっている者がいない状態に、今は邪魔をすべきではないのだろうと、一時待つ事にしたのだが。

 一人の男と目が合ったかと思えば、何故かその男はきょろきょろと見回したり顔を上げたり下げたりと横目で見たりと挙動不審な態度を取り始めた。


 変なやつだと思いながらも特に気に留めず。

 だが、気付かれたのだからと、二十四の瞳を一身に受けながらサクサクと足取り早く個室へと向かった。


「会議中に申し訳ない。注文の花を届けに来た」


 部屋に招き入れられ、小さく頭を下げてから、抱え持っていた花を少し持ち上げて後、首を右奥に動かして、今迄弁を振るっていた舞子に視線を定め、片眉を上げた。


 邪魔をするな。

 と、非難の色が見られるとは思ったが、それは無く。

 何を考えているのか読ませないその瞳に疑問を抱きつつ、舞子から近い位置にいる者たちから順々に残り無く目を見据えて後。


 丹田に力を入れて。


「それと」


「舞子に手出し無用と忠告をしに」


「俺がもらいうける娘だからな」


 徐々に大きくなる喧騒に。

 極上の微笑を向け続けた。




『舞子はですね。意見を口にし終えた途端、放心状態に陥るんですよ。普段、物静かなだけにきっと身体も心もついて行かないんでしょうね。横槍を入れられ、入れて、のなんぼの会議ですから』


 舞子の同僚の表情には疲労が滲んでいて。

 毎回、余程の甲論乙駁な議論が繰り広げられているのだろう。


 三十分後。

 放心状態から脱したかと思えば、会議の続きを求める舞子をよそに、その場に居た者は俺に質問を投げ掛け続けた。


 俺自身。

 名前は何が好きか嫌いか(花・食べ物・衣服・スポーツ・県・動物・色・家・本・海藻・妖怪・土・宝石・景観)趣味は住所は経歴は。等々事細かに。

 舞子との関係。

 いつからの付き合いなのかどこまでのつきあいなのかどこに惹かれたのか。


 一体知ってどうなると思いながらも、本音を隠しつつ答え続けた。

 結果、余程のお喋り好き。かつ、妄想を爆発させ一人劇を始めた婦女子も居たりして、収拾のつかないこの場から離れられずに。

 終わりを迎えられたのは、終業時間である五時。

 ホオヅキの社長による終了の嗄れ声で、その場の喧騒はピタリと止み、各々がお疲れ様やまた明日、また来てね、等々の挨拶を交わしながら早々に帰って行ったのだった。




「あ、ーー。悪かった」


 花屋へと続く道中。

 助手席に座る舞子を一瞥し、またライトで照らされた薄闇へと目を向けて運転を続ける。


 余程の御立腹なのだろう。

 会議を邪魔され、仕事しようとしては同僚に邪魔をされて。


「地獄に興味はあるか?」

「無い」

「………そうか」


 立腹故の意固地か、言葉通りの無関心か。

 速攻の返事に。どちらにしても。と、

 僅かでも喜色が現れると自信を持っていただけに拍子抜けし。

 七菜子さんにからかわれる未来が予想つく為に気が重くなる。



「…鬼は人の恐怖を食べているって記されているけど」


 初めて話し掛けられたなと驚きながらも、地獄に興味は無いが、鬼の生体には興味があるのかと首を傾げた。


「ああ。鬼は。そうだな。人の不特定な何かに対する恐怖を喰らう」



 自然災害。病。事故。人間同士のいざこざに至るまで。

 昔は鬼の仕業だとされていた。

 半分くらいは正解だ。


 目に見えない恐怖。

 名の付けられない恐怖。

 ナニカ。

 それを喰らう為に残酷非道な事をしてきた。


 だがそれも昔々の話。

 科学の発達によってナニカは解明され、固有名詞がつけられるようになり。

 鬼の食事となるナニカは急速に消滅して行った。



「とは言っても完全には消滅しておらぬ故、おやつ程度になら食せるからな。地獄に帰っているやつも時々はこっちに来ている」


(…何も訊かぬか)


 きっとこれからも舞子は舞子自身を語ることなく。

 俺自身に問いかけたりはしない。


 それぞれの情報を得るとしたら、他人からの又聞き。


 不平不満は無い。


 知りたいわけではないのだ。

 近づきたいわけではない。


 眺めていたい。


 誰にも手折られないように。




 そうと呟いたきり口を閉ざした舞子を視界の端に捉えながら、もう少しで着く花屋への運転に意識を集中させる前に、一言、好きにさせてもらうと伝えた。


 いらえは無い。


 それを了承したと勝手に捉えて、鼻歌を奏でながらハンドルを回した。













ウイキョウ:花言葉 どんな賛美でもあなたを語りつくせない

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