最終章 この農業高校で何がしたい?
45話 子供扱いを嫌がりすぎた結果
二年生の一二月の冬、昼休みに校内にある庭園のベンチもすっかり冷え、それに座ると尻が冷たい。そろそろ終業式となる頃に私は先日開催された毎年二回開催される農業検定の結果用紙を隣に座るチヒロさんと共に見る。
そこにはなんと初級合格という文字があった。
それを見て私は安堵の息と共に隣に座るちひろさんの肩の上に頭を乗せた。
「な、なんとか受かった〜」
「いや、ここまで苦戦するの珍しいと思いますけど……」
チヒロさんは呆れつつも私の頭を撫でた。
なんだろう、今思えば私は高校生になっても子供扱いされている気がする。
一年生の頃から薄々は何かと甘やかされてきた覚えがあるし、男子は女子にしたって身長が低いにもあってかわざわざ姿勢を低くして目線を合わせてくる。
「ねぇ、チヒロさん。話変わるんだけどさ。もしかして私ずっと子供扱いされてた」
「え?」
チヒロさんは素で驚きの声を発する。
この反応から多分チヒロさんも子供扱いしていたんだろう。そういえば良くみんな私のことを子犬とか狼の赤ちゃんとか言ってたし、修学旅行でもぬいぐるみみたいに可愛いとかってツボミちゃんに抱きしめられながら寝かされた始末だし。
だけど私は別に怒らない。もう慣れたし。
チヒロさんはしばらく間を開けてゆっくり口を開いた。
「まぁ、子供みたいな顔ですし……。体型は女性らしくていいのですけどその、仕草がまるで子供らしいんですよね」
「今さらっと子供って二回言ったよね」
「事実ですので」
チヒロさんは悪びれもなく優しい笑みを浮かべる。
チヒロさんの肩から体を起こすと私はベンチから立ち上がった。
「私、きちんと大人って認められるように頑張ろうと思う。もう少しで三年生なのにで子供扱いされるのは嫌だし」
「そうですか? 私としては別に気にしませんけど」
「先輩としての威厳が欲しい!」
「威厳も何も後輩からはウズメさんは子犬みたいだから母性本能が湧き出るとか陰で人気ですよ」
急に胸を刺される言葉を突きつけられた。別にいいんだけどここまで子供扱いされると逆に傷付く。
「チヒロさん。相談だけどどうしたら大人らしくなれるのかな?」
「まずは化粧だと思うのですけど匂いが無理ならその手は無いですし……まずは仕草からですね」
「仕草?」
「嬉しいと思っても尻尾を振らないようにすれば可愛いより凛々しいとは思うのですけど」
「そう言うものかな?」
「なら今日の放課後にヒビワラさんと帰ってみてください。後ろから見てますので」
「え、ワラと!?」
「無理ですか?」
いや、無理とかそう言う問題じゃなくて尻尾が振っちゃうのは本能だから尚更制御することが難しいんだけど!?
「いやいや出来ないって!」
「まぁ、そうですよね。ウズメさんって一年生の頃から私や先輩たちと話す時とても嬉しそうに尻尾を振ってますので。ほら、現に今飼い主に構ってもらえて喜んでいる子犬みたいに」
私は咄嗟に尻尾を抑える。
チヒロさんは嬉しそうに微笑んでいるけど私からしたらむしろこれは子供扱いされているようで仕方がない。
「とりあえず今は振っても良いので恥ずかしがらないようにしてみてください。抑えようとすると余計に子供っぽく見えるので」
「わ、分かったよ」
——————。
——。
昼休みが終わり、午後の最初の授業は体育だった。
今日の体育は球技で蹴鞠だった。
私は鞠を蹴りながら一緒に組んでいるツボミちゃんとサユさんに声をかけた。
「ねぇ、ツボミちゃんとサユさん。私って子供っぽいかな?」
二人は突然のことで鞠を落とした。
私が転がっている鞠を拾うとツボミちゃんはふむふむと考える。
「ふむ、ウズメちゃんが子供か……。確かに彼氏できて彼氏との接触が小学生並みなのはそうかもしれない」
「え、ウズメちゃん彼氏いるの!?」
ツボミちゃんの言葉にサユさんは驚く。てかどうしてツボミちゃんがワラのこと——いや、多分ワラが教えたなこれは。
さらに容赦無くツボミちゃんは私の内情を推測して喋る。
「もしかしてウズメちゃん大人びたいの?」
「え、うん」
ツボミちゃんは私に向かって鞠を飛ばす。
「なら……体でやるしかないかな」
「体で?」
「まず、高校生の恋人同士で一回も営みをしないのは流石に彼氏が可哀想だと思うし。男はみんなやれたらしたいって考えているんだよ」
ツボミちゃん、外でよくこんな発言ができるもんだと内心感心する。
だけど言ったことはあながち間違いではないかな。
ワラは現にすけべだし。
サユさんに鞠を蹴って渡すとサユさんは顔を真っ赤にツボミさんの顔面目掛けて勢いよく蹴っ飛ばし、ツボミさんは見事に後ろに吹き飛んだ。
「グフゥ!」
「ツボミ! 場所を考えなさい!」
ツボミちゃんは笑みを浮かべ頭をさすりながら起き上がると親指を立てた。
「ま、まぁウズメちゃん。大人になると言うことは自分に素直になると言うことより——えーとサユ〜」
「はぁ、ウズメちゃん。まだ高校生なんだし色々やってみたら? 少なくとも大人ぶっている芸術家はだいたい子供なんだしさ」
「——分かった」
とりあえずよく分からない助言だ。取り敢えず自分なりにやろう。うん。
「あ、だけど避妊具は——」
「ツーボーミ?」
「ぎゃー! 引っ張るなぁ!」
変なことを言おうとしたツボミちゃんはサユさんに尻尾を引っ張られ悲痛な声を上げた。
——ワラって私との子供欲しいのかな?
——————。
それから授業も終えて早くも放課後が来た。
今日チヒロさんのせいでワラの顔をろくに見れなかった。決しては嫌いになったとかそう言う次元じゃなくて今日帰ると言う言葉が言えずにいた。
さて、どうするべきか。
そんな時ワラは珍しくカマタくんとツノムくんに手を振ると私に近寄ってきた。チヒロさんは箒が置かれたロッカーの後ろに身を隠している。
「ウズメ、今日一緒に帰る?」
「うん」
——あっさり言った方が気が楽だ。うん。
——————。
それからワラとは普段通りに接して駅まで行き電車に乗る。
私はワラの隣に座ると肩に頭を乗せた。
「あの、ワラ?」
「どうしたの?」
「——ワラは将来私と結婚したいとかってある?」
「うん」
ワラは少しも考える素振りを見せず答える。
私は視線を隣の車両に移すとチヒロさんがいた。
チヒロさんは顔を真っ赤に恥ずかしそうにこちらを見てツボミさんは経験者なだけあって得意げに見てチヒロさんたちに何か言っている。
——て言うかよく見るととカマタくんとツノムくんまでいるし。
そしてワラは私の頭を撫でる。
その優しい手触りで眠りそうになるのを堪えながら口を動かす。
「ワラ。私ね、もう少し大人になろうと思うの。社会経験とか発表会ぐらいで全くないし。将来芸術家になるなら独り立ちしないとなって思っているの」
「確かに芸術家になるためには独り立ちは必要だと思う。——もしかして悩んでいたのはそれ?」
「うん……。少し不安でね。一人って怖くて中々動けないの。私って人見知りだし。だから、ワラにはそばにいて欲しいなって」
「側に?」
私はワラの肩から頭を上げると手を握る。
大人になるためには自分から率先しないと。三年生になってそのあと卒業して独り立ちしたら自分で動かないといけない。じっとしているとダメ——っ!
「ワラ、今日ワラの家に行ってもいい?」
「——良いけど急にどうして?」
「——ワラを私のものにしたい」
それからワラはしばらく考えると、どう言う意味か理解できたのか閃いた顔になる。
「あ、子作り——」
「言わなくてもいい。むしろ口にしないで恥ずかしいから」
——————。
それからワラの家の寝床で夜の十八時ほどに目覚めた私は重い体を起こすと毛布で体を隠す。
隣で裸で眠るワラを見て顔を熱くする。
「やっちゃった……」
別の意味で子供じゃないことを証明した恥ずかしさで心から一瞬だけ死にたくなった。
再び布団に潜ると目が覚めたのかワラは私を抱き寄せる。
ワラの体は細身で筋肉質だけど優しい暖かさがある。
「ウズメ」
「な、何? その、今腰がガクガクしてるから……」
「嬉しいけど激しすぎ」
「——は、反省します」
本当に何で家に着いて寝室に入った途端にワラを押し倒して行為に及んだのだろう。これは永遠の謎にしておこう。うん。
————。
翌日。夜遅くに帰宅して両親に咎められながらも登校して席につく。
そう言えば昨日ワラの家に縫お姉ちゃんが迎えにきていたけど怒っていたのか一言も口を聞いてくれなかったな。
帰り何か買ってあげよう。
隣を見ると先ほどからチヒロさんが顔を真っ赤にしてこちらをチラチラ見ている。
「あの、チヒロさん?」
「ひやい!?」
チヒロさんは変な声をあげると教科書で顔を隠した。
「え、えーと……どうしたの?」
「あの、あそこまでやるとは思ってもいませんでした……」
チヒロさんはポツリとそういった。
うん、あそこまで?
「ねぇ、チヒロさん」
「あ、今日は移動教室ですね、行きましょう」
「いや、まだ朝礼してないよ!?」
チヒロさんは席を立つと駆け足で教室から出て行った。
あの反応もしかして——っ!
チヒロさんが教室から出て行ったのに合わせて入ってきたツボミちゃんは私を見ると優しい目付きになって肩に手を置くと耳に口を近づけた。
「——男は狼って言うけど、ウズメちゃんはやっぱり正真正銘の人狼だったよ」
「——っ!」
顔が一気に熱くなる。
え、え。何で知っているの!?
そんな時ツボミちゃんが目の前で携帯を触り始めたと思えばメールが届いた。私は疑心暗鬼でメールを開く。
『ウズメちゃんごめん。実は昨日の帰りミコトの家に入ってちょうど好き好き言い合っているぐらいにびっくりさせようとしていたんだけど……まさか急におっ始めるとは思わなくて……それで驚かせる瞬間が見つからなくて終始見ちゃった。本当にごめん』
携帯から顔を上げてツボミちゃんを見ると彼女はテヘッと少し舌を出して可愛こぶっている。
わ、わざとじゃないなら許しても良いかな?
「だ、だけど秘密だよ?」
「うん、分かってる。だけどもう一つだけあるの」
ツボミちゃんはそう言うと再び目の前で私にメールを送った。
そしてそれを再び見る。
『ミコトの妹ちゃんとウズメちゃんのお姉さんも見てたよ』
あ、死んだ。
3年生の間これを定期的にイジられたのはまた別の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます