46話 バレなきゃ大丈夫

 周囲に大人になってしまったことがバレないようにしてはいたけどまさかバレるとは思わなかった。

 

 私はツボミちゃんから衝撃の一言をいただいた後唖然としながら席に戻り明後日の方向、すなわち窓からただ一人空を眺めた。

 

 ——もちろんミコミさんにバレるのは分かっていた。妹なんだし。ツボミちゃんとチヒロちゃんも昨日あんな会話したわけだから来てもおかしくはない。無いのだけど普通にお姉ちゃんにバレたのは本当に生きた心地がしない。


 縫お姉ちゃんは中学の頃に男性不審になった私のことを思って変な目で見て来る人から避けさせてくれた。

 ワラは別だけど縫お姉ちゃんはおそらくまだ私が男の人に苦手意識がまだあると思っている。


 ——うん、本当にどうしよう。


 それから朝会はあっという間に終わり、実習で実験室に入りいつも通り授業を済み、報告書の提出を課題に出されたのを記録したりしているとあっという間に昼休みとなった。

 

 私はヘロヘロとなった体を休めようとするとツボミちゃんに捕まった。


 ————。


 ツボミちゃんは珍しき取り巻きを連れてこないで私を食堂に連れてくると配膳場に並ぶ。


 「ウズメちゃんは何食べる?」


 「え、えーととりあえずうどんで」


 「それだけで良いの? なら私は天丼にしようかな」


 ツボミちゃんはそれ以上は何も言わず、そのまま二人で席に着いて食べ始めた。

 ツボミちゃんは美味しそうに天ぷらを頬張る。そして一気に食べて完食すると机に肘をついて私を見た。


 「とりあえずウズメちゃんが大人になったのは良いとして。まず大人になった気持ちをどうぞ?」


 「——終始見てたなら分かっているよね?」


 「幸せそうだったね」


 ツボミちゃんは少し憎たらしい顔でニヤニヤ笑う。

 私は少し湧き出そうな怒りを抑えてうどんを啜る。


 「それでどうしたのツボミちゃん。ツボミちゃんは大好きな彼氏のツノムくんと沢山してるからもっとこうしたら良いとかの教授したいの?」


 「——ウズメちゃん、食事中にそう言う話題はよそう。乙女は上品に食事をしないと……」


 「そんな話を振ったのは誰かな?」


 「私に決まっているでしょ?」


 「ならよし」


 あっさり自身のことを認めれるのはつぼみちゃんの良いところだ。

 それからうどんを食べ終えると早速ツボミちゃんは本題だけどと口にする。


 「三年生からの研究で相談なんだけど良いかな?」


 「唐突だね」


 話が宙返りして別の話題になりながらもツボミちゃんはいつも通りに楽しそうに話し始める。


 「私、微生物の研究室に行こうかなって思っているんだけどやりたいことが余りないのよね〜」


 「そうなんだ。じゃ、考えたこと教えてくれる?」


 「良いよ〜えーとまずは——」


 それからツボミちゃんは思い出すかのようにしてぽつりぽつり口にする。


 「黒ニンニクか酵母の化粧水か甘酒の研究家悩んでいるのよね。今のところは甘酒が優位だけど」


 「甘酒か。研究室の先生はうちの部活の顧問だし多分色々知っているはずだけど。サユちゃんからは聞いてない?」


 「聞いたけど以前の先輩がしちゃったみたいでやる気がねー」


 なるほど、この感じは他と違ったことをしたいやつだ。

 ツボミちゃんは不貞腐れているのか食堂の少し汚れた机に伏す。

 それにしてももう三年生なのをこの会話だけで実感させられる。私はこの高校生活をどう過ごせば良いのかを見つけ今後の進路も決めれた。


 ならあとはこの一年は好きなように過ごそう。


 ツボミちゃんは私の顔を見上げると頬を膨らませる。


 「それでウズメちゃんは何の研究するの?」


 「私は部活でもしてる放線菌だよ。今は大して研究は進んでいないけどね」


 ツボミちゃんはふーんと声を漏らすとお茶を飲む。


 「とりあえずもう少しで三年生だしなんか大きいことしたいよね」


 「大きいことって甘酒で?」


 「そ、甘酒でやりたいんだけど私は部員じゃないわけだし聞くのは気まずいし」


 「いや聞いても大丈夫でしょ。先生もまるまる同じ研究じゃなかったら手伝うはずだし」


 「それもそっか。それじゃ今日の放課後行ってみる」


 ツボミちゃんは満足したのか席から立ち上がる。


 「それじゃ私は六限目の掃除哲学の宿題まだできてないから先に戻るわ」


 「——なんだろう、久々に掃除哲学を聞いた気がする」


 ————。


 昼ごはんを食べおいた後教室に戻る。

 ワラはのんびり庭園でひなたぼっぽに勤しんでいるのか居ない。

 そしてチヒロさんは相変わらず席で読書に勤しんでいる。


 そういえば朝から一言も喋れてないし話しかけるか。


 チヒロさんの前に向かい勇気を出して声をかけた。


 「あの、チヒロさん」


 「ひゃい!」


 チヒロさんは珍しく頬を赤くして変な声をあげた。

 思っていた以上に恥ずかしかったのかチヒロさんはほんで顔を隠す。


 「あの、ウズメさん。その、おめでとうございます?」


 気づけば私の顔も熱くなるのが直接伝わる。

 いや、意味はわかるけどそう言われると恥ずかしい!


 「チヒロさん。ちょっと待って間違ってはないけど!」


 「あ、気にしなくても大丈夫です。周りには決してウズメさんがきちんと人狼だったのかそういうのは話しませんから」


 チヒロさんは目を泳がせながらとんでもないことを口走る。


 「もう! そういうのじゃないから!」


 私の声に我に帰ったのかチヒロさんは目をカッよ開いて少し深呼吸をして落ち着きを取り戻すと頬をかいて申し訳なさそうな顔で笑う。


 「す、すみません。取り乱してしまって」


 「本当、びっくりしたんだから」


 私は自分の席の椅子を持ってきて座る。


 「とにかくチヒロさん。私は決して卑猥な女子高生になったわけじゃないからね」


 「えぇ、そうですね。……大きな声を出してましたけど」


 「何か言った?」


 「いいえ。とにかく、大人になったということはやることを恥じたと思わない経験ができたのは良いことですし、世の中は経験の時代なのですよ」


 「うんうん」


 チヒロさんは前置きを済ませるとカバンから一枚のチラシを机の上に置いた。

 そこには生物芸術展と書かれた紙がある。


 「そこでなんですがこの生物芸術展に参加してみませんか? 先生方も勧めてますけど」


 「生物芸術展か」


 紙の下の方には主催:画工司(がこうし)先端芸術部門と書かれている。

 要は行政主催の展示会。


 チヒロさんは少し笑みを浮かべると主催の下の方に書かれているものを見る。

 そこには支援:筑紫原源氏会、大源会、安雲会の三つが書かれている。


 「えーと、この紙持ってきたのササ先生なんですよね。本当はゲーム会社やおもちゃ屋、広告代理店が自社製品の発表や技術力の広報、そして工業系の大学生や高校生が楽しむだけの場だったみたいなのですが広間がひとつ空いてしまってその穴埋めでするみたいです」


 「——え、それ良いの?」


 「大丈夫ですよ。一応確認してみたら安雲の王族の方の友人が生物芸術を好んでしていたそうで、生物芸術の良さを広める為に設けたみたいなんです。もちろん学生も参加できますよ」


 チヒロさんは心なしか楽しそうだ。そしてそんな私もワクワクしている。

 開催の時期を見ると二月になっている。


 「応募期間は大丈夫?」


 「はい、今月中なので。じゃ、ウズメさんも言いそうなので先生に参加すると伝えておきますね」


 チヒロさんはそういうとチラシの裏にあった応募用紙を書く。

 へぇ、政府主催……。


 「ねぇ、ササ先生の実家すごく大きいんだよね?」


 チヒロさんは手を止めてこちらを見るとキョトンとする。


 「そうですけどそれが?」


 「コネで参加できたって言われないかな?」


 「少なくとも名家なのに貧乏な家屋に住まわされているササ先生を見ている限りコネなんてないのも当然だと思いますけど。この紙だって多分キク先輩の成果もあって評価されてからきたんだと思いますよ」


 チヒロさんのその言葉に少し安心した。

 

 ————

 

 それから放課後、いつも通りチヒロさんと共に部室に向かうとワラが珍しくササ先生と部室で話声が聞こえた。

 ササ先生は生物工学部のお手伝いでたまに来るけどこんなに早く来るなんて無かったな。

 部室の扉を開けようとするとチヒロさんが私の手を掴んで止めてきた。


 振り返って顔を見ると真剣な眼差しで私を見る。


 「ウズメさん。あの二人は従姉妹ですよね?」


 「うん、そうだけど」


 「あの二人が学校であんなに会話するなんて今までありましたか?」


 私は記憶を振り返る。

 二人が学内で会話していたことは——色々あった。

 主に放課後にササ先生がワラに今日の晩御飯を聞いたり何が良いのかを聞いたりしていたのを見かけたぐらいだ。


 そんな時ササ先生が部室の中で慌てた声が聞こえた。


 「いや、しませんよ!?」とササ先生の声の後に。


 「あの時あんなにしたそうだったのに?」とワラの意味深な声が聞こえた。


 私が深呼吸をするとチヒロさんは「あの二人秘密の関係では?」と意味不明なことを口走った。

 そんなことをしているとサユさんが小走りでやってきた。



 「ごめん! ツボミと話してて遅れた! ——あれ? 何をしているの?」


 サユさんの疑問にチヒロさんは敬意を話した。

 サユさんは少し考えると頭にハテナを浮かべて私を見る。


 「別に……やましい事ないよね?」


 「うん、だけどチヒロさんが怪しいって」


 サユさんはチヒロさんを温かい目見る。


 「チヒロちゃん。男の人は狼だけど流石に従姉妹には手を出さないと思うの。いくら初体験が良かったとしても翌日に別の女に手を出すなんてあり得ないし」


 「けどたまに聞きますけど」


 「それはそいつがおかしいの!」


 サユさんとチヒロさんの討論が盛り上がったところでまた部室の中でバタバタ激しい音が聞こえてきた。


 「ミコトくんそれはダメです! 流石に問題です!」


 「問題も何もササが悪いけど」


 「お願いですそれだけはやめてください!」


 ——なんだろう、ヤバそうな空気が。


 「……流石にこれに応募するのはまずいけど」


 ——なんだ、ササ先生の不祥事か。けど会話の感じ的に生物芸術展の話だろうか。


サユさんとチヒロさんも部室の中の声に気づいたのか顔を真っ赤にすると勢いよく扉を開いた——。


 ————。


 その後二人は部室の中でワラと笹から勘違いであることの指摘を受けて顔を赤く染めて机に伏した。

 その光景を静かに見ているとワラは私に近づいた。


 「ウズメはこれに参加したい?」


 「うん、参加したい」


 チラシを見て私はワラの質問にそう答えた。


 ワラとササ先生の話の詳細はササ先生が実家に帰省した際にこの展示会を知って応募枠をもらえないのかを冗談で言ったら本当にもらえてしまったのが原因のようだ。

 そこでワラはこれを理事長に持っていこうとしたのを止められているらしい。


 ワラは呆れながらササ先生を見る。


 「ササ先生。流石に校長の許可があっても理事長に内緒はまずいと思う。絶対怒られる」


 「いや〜多分、校長から聞いていると思いますよ?」


 「——」


 「分かりました、きっちりお叱り貰ってきます……」


 ワラの眼圧に諦めたのかササ先生はとぼとぼと部室から出て行った。

 チヒロさんは落ち着いたのか顔を上げるとワラと私を見た。


 「それでお二人はその、やめておきます……」


 「——?」


 ワラはなんのことか分からず首を傾げる。

 あ、そうか。ワラは知らないんだ。

 私はワラの耳に口を近づけると詳細を伝えた。


 ワラは頷くとチヒロさんを見る。


 「意外」


 「何がですか!?」


 チヒロさんは心外だったのか大きな声をあげた。


 ————。


 それから普段通り放線菌の農薬試験を行い終えると気を遣ってかチヒロさんはサユさんと帰り、ワラと二人で帰ることになった。

 二人で隣同士で座り私はワラに寄り添う。


 「あの、ワラは私とで良かった? 子供っぽくてわがままだけど」


 「別に気にしてない。俺はウズメしか見てないから」


 ワラはそういうと私を抱き寄せる。私はワラの着物の袖を掴むと引っ付く。


 「アホ。あと多分縫お姉ちゃんに詰め寄られるから覚悟しててね。私も頑張るけど」


 「あの人は多分気にしてないから」


 「ワラはお姉ちゃんを知らないの。意外と気にしすぎな性格だし。一年生の時もあったでしょ」


 「喧嘩したやつか」


 ワラはさりげなく私の腰に手を回したせいでワラの暖かさが直接伝わる。 

 確かに冬だから寒いけど伝書でこれは普通に恥ずかしすぎる。絶対これ寒がっているミコミさんにしているような流れだ。

 別に聞かないけどスケベな感じがしないから多分これだ。


 「ウズメ、二月の生物芸術展。頑張ろう」


 「——ワラも協力してくれるの?」


 「おかしい?」


 「おかしくないけど。——その、かっこいいなって」


 ワラはしばらく反応に困った顔をすると私の頭を撫でる。


 「十六年の人生で初めてかっこいいって言われた」


 「え、嘘!?」


 ——————。


 ワラとは途中の駅で分かれ、最寄りの駅を降りる。

 冬場の放課後は家に着く頃はあたりは暗い。早く暖房で暖まりたかった私は小走りで走り家に着くとすぐに中に帰った。


 「ただいま〜」


 「ウズメおかえり〜」


 今日お父さんとお母さんは用事なのか家には縫お姉ちゃんしか居なかった。

 草履を脱いで居間に入るとお姉ちゃんは台所でご飯の支度をしている。

 

 私は自身の部屋に入り、荷物を置こうとするとお姉ちゃんは思い出したかのような声を出した。


 「あ、そうだウズメ」


 縫お姉ちゃんの声に無意識に体がビクッと震える。

 

 「な、何?」


 「避妊、しっかりしないとダメだよ。あと机の上に——念のために置いてるから」


 「は?」


 部屋に入り机を見るとど真ん中に避妊具がたっぷり入った箱が置かれている。それを手に持っち部屋を出てお姉ちゃんの横に立つ。


 「あの、ありがたいんだけどこれ喜んでもいいの? てっきりお姉ちゃん叱ると思っていたんだけど」


 「不良だったら殺してたけどミコトくんなら安心だよ」


 「——もしや私の心配は杞憂だった?」


 「まぁ、うん」


 「そ、そっか」


 私は部屋に戻り襖を閉めると急に顔が熱くなる。

 せっかくの初体験が知り合いや家族とは言え最後まで見られたのが恥ずかしい。別に怒ってはいないけどとにかく恥ずかしい!


 部屋の中で悶えていると襖の外から縫お姉ちゃんの声が聞こえる。


 「ウズメ、今日もう遅いしお赤飯で良い?」


 「お姉ちゃんのスケベ!」


 「えぇ!?」


 明日からどうやって過ごせば良いのかが分からないよ!


 



 

 

 

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この農業高校は何がしたい? 皐月 @satuk

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