44話 夢に気づく
先ほどまで春、それから八月の真夏を向かいついには夢を見つけた九月だ。二年生の間は学ぶ分野とただ学年が一つ上がっただけで大きくは変わらず、ただ夢を見つけてその夢にどう向かうかが重要な時期。
そんな私は絵本作家と言う夢に気づき農業とは関係ないと自覚しながらもそれもまた人生だと思う。
そんな私は今日も昼休み図書室でチヒロさんと共に作業をしていた。
現在している作業は記念祭に向けての絵本づくり。
その絵本は最終的には生物工学部の生物芸術作品の一つとして培地に描いて展示する予定だ。
そしてこれをやろうと言い出した全ての元凶は今まさに目の前で私の書いた絵本を読んでいるチヒロさんだ。
別に喧嘩をしている訳ではない。ただ発端なだけ。
チヒロさんは一枚一枚身長に目を通し、読み終えたのか原稿を机の上に置く。
「あの、ウズメさん」
「どうだった?」
「これ、子供でも安心して読める学校紹介の絵本というお題ですよね?」
「うん。校長と理事長、それからオホウエ先輩とかスズカ先輩とかの話を聞いて書いたんだけど」
「まず一点言いますけど絵柄怖くないですか? すごく写実的なんですけど」
「あ、あぁ〜」
それは私の悪い癖だ。昔から可愛らしい絵を描くのは苦手だ。
続けてチヒロさんは原稿をめくり、校長先生をモデルに書いた絵に指を差す。
「次はチトセ校長はタコですけど、見た目バリバリタコですけどここまで写実的なタコじゃないですよね? 人面タコと言った方がいいですけどあれ」
「い、一応人面は書いたんだよ?」
「じゃ、見せてくれます?」
「わ、ワラがさ、流石にダメだって……。少し引き気味に」
「——ヒビワラさんが引き気味にそう言うの珍しいですけど、見せてくれます?」
私は堪忍して校長先生の許可のもとで描いた人面タコの絵をチヒロさんに見せる。
するとチヒロさんはみるみるうちに顔面蒼白になる。
「——あの、どう見ての禿げた子供の生首の付け根から触手が生えている絵なんですけど……」
「こ、校長先生は褒めてくれたよ? ——真顔で」
「——」
チヒロさんは唖然としながらも絵を机の上に置いて怖くて見たくないのか白紙を被せる。
まずこうなった経緯を振り返ってみるとそもそもは新しく入った一年生たちが生物芸術を記念祭で本格的にやりたいと提案し、今に至る。
作品自体は各々が培地に絵を描くと言うことになってはいたのだが、オホウエ先輩が私に「キク先輩の様な大きな作品を作りたいけど頼めるか?」と私に話したせいで無駄に私に負担がかかっている。
さらに記念祭で私は組が出す店の看板制作を任されている。
チヒロさんは少し考える。
「まぁ、とりあえずウズメさん」
「ん?」
「カマタさんにお願いしてこの絵をコンピューター上で菌で描いた場合の結果見てみます?」
「——多分地獄だから良いかな」
私の言葉にチヒロさんは反応に困りながらも椅子から立ち上がる。
「ではウズメさん。今度の休日動物園に行きましょう。直接みれば可愛い点を絞れてより可愛らしく描けるはずです」
「——うん。頑張る」
そして、時は思ったより早く流れ、四日が経過して休日を迎えた。
——————。
休日の朝の十時。
最寄りの駅から五十分ほど電車に揺られ雨の御門駅近くにある動物園前でチヒロさんと合流した。
チヒロさんは楽しみだったのかカメラまで持ってきている。
「チヒロさん。取り敢えずどれから見る?」
「えーと。狸ですかね。狼でも良いですけど目の前のは子供ですからね」
「あー……うん?」
チヒロさんは私をみながらクスクス笑う。
「では、行きましょうか」
私はチヒロさんの共に動物園の中に進んでいった。
それから昼までの間は動物を見ては写真を撮り、それを日陰の番地の座っては模写して簡素化していく。
そんな作業をひたすら続ける。
動物は狸、狐、猫、子豚の順で書いていき最後は猿を描く。
そしてようやく人鳥の作業が終わり、園内にある喫茶店の中に入りチヒロさんによる絵の好評が始まった。
まず表情の変貌を表現するなら最初は感心し、徐々に簡素化して可愛さに絞っていく絵になってくると神妙へとなっていく。
やがて一通り見終えたのかチヒロさんは大きく息を吐いて私に視線を合わせる。
「あの、ウズメさん。絵は確かに可愛いんですけど今度は個性が消えましたね」
「うーん……」
「なんでしょう。見慣れたせいかウズメさんの心の闇というか本性というか。体の内側からゾワっとするような感触が見事に浄化されてしまっているんですよ」
「はぁ……やっぱり私には可愛い絵は無理なのかなぁ」
私は机に伏す。
可愛いものを描けば個性がなくなるしで描いていて自信が無くなってくる。
お母さんやお父さんは写実的な絵が得意でそれを見て育った事もあり私の描く絵はどうしても可愛くすることができない。
それにしても中学で引きこもっていた時に描いた絵本は写実的な絵だった気がするけどあれは確かお母さんが勝手に同人誌として売ったけど売れたのだろうか?
お小遣いは明らかに増えていたけど関係しているのかはわからないし。
「——ウズメさんはどういう画角で可愛く見えるのかは知ってはいるんですよね。絵を見ても分かりますし。だけどただ迫力が桁違いなだけで」
「はぁ〜」
「ため息を吐くと幸せが逃げますよ」
チヒロさんは私の気持ちを察しているのか呆れつつも嫌な顔をひとつも見せない。
取り敢えず可愛い絵は諦めて写実的な絵の路線で行ってしまう方が気持ち的には楽なのかな。
————。
その後は夕方まで動物園を周り堪能した。
絵に関しては結局個性が無くなってしまう問題があったけど、それに関しては解決策が一つ見つかった。
それから家に帰るとお母さんは台所でご飯を作り、お父さんは部屋で作業をしているのか居間にいない。
お母さんは私に気づくと手を止めて振り返った。
「あぁ、おかえり。動物園どうだった?」
「色々と見て絵を描いて見たけどやっぱり簡素化させた絵にするのは苦手みたい」
「それはもう癖づいているからしょうがないかもね。お母さんも天河人狼の人たちと同じように写実的な絵ばっかり勉強させられたから無理なのよ。だからそう言う絵はお父さんに任せているのよ」
「そうなんだ。——お母さんは作品を作るときはどう言う気持ちで作っているの?」
「どうしたの急に?」
「絵を描いてて一体私はどんなのを作りたいのかがわからなくなっちゃって。個性的なものにしようにもみんなそれを喜ぶのかは分からないし、みんなが喜びそうなものにしても同じかもしれないで少し怖くなっちゃって」
「——」
お母さんは少し考えると懐かしそうに声を漏らした。
「懐かしいわね。お母さんも昔悩んだのよ。言い方が酷いけど媚びへつらう作品か我が道に行くかでね」
「媚びる?」
「そう、媚びる。承認欲求を満たしたい人や売り上げを上げたい人の場合にはとても有効的な手段なのよ。人によるけど最初から媚びると量産型と思われて誰も作品を見ないから最初だけは個性的にやるのよ。それからみる人が増えていけば増えるほどもっとみる人を増やそうと媚びる様になる人もいる」
「お母さんは違うの?」
するとお母さんは少しムッとする。
「失礼な娘ね。お母さんは最初から我が道の作品しか作りません。結局媚びて流行り物の作品を作ったとしても一体何が楽しいかが分からないしね」
「じゃ、個性的で描いた方が……」
「——それはウズメ次第かな。ウズメはみんなに合わせるのは好き?」
「す、好きだけど……」
「社会だったらそうでしょう? じゃ、創作は?」
「——じ、自分らしく」
私は大きく息を吸い、暫く間を開ける。
——好きなように作りたい。
「お母さんありがとう。決心できた。もう好きな様にする」
その言葉を聞いてかお母さんは嬉しそうに微笑む。
「その方が良いわね。あ、だけど注意点が一つ」
「何?」
「あまりにもふざけるとお母さんみたいに高校時代の作品が有害図書指定されるからね」
「何したの!?」
「——表現を優しくすると風船からモツがブシャーて感じかな?」
少しお母さんのやらかしは気になったけどこれ以上聞かないでおこう。
それから暫くして自室に戻り中学の時に描いた絵を探す。
中学の時は私自身を好きになれなかったことから縫お姉ちゃんの提案で好きな様に描き始めやのだ。
押入れから見つかった箱を開けると予想通りに幾何学的な模様が描いてある。
自身の誇りを取り戻そうと偶然にもその時は幾何学な模様に憧れていたためとち狂ったかの様に描き続けていた。
——人の絵はシャーレ内に収めるのは大変だから紋様を描いてみる方が良いかな。
その時、机の上に放置していた携帯が鳴り響く。
普段家族以外からはあまりかからないから学校の知り合いだろう。
携帯を手に取り開くとワラからの電話だった。
——珍しいな。
私は電話を繋げる。
「あ、ワラごめん。どうかした?」
『生物芸術に悩んでいると思って』
——あ、相談か。相変わらずワラはこういう所に鋭い。
「うん、少しだけ」
それから暫く私の口にワラはただ相槌だけを打ち、否定はしない。それどころか私のことを考えて優しい口調。
そしてワラは一言口にする。
『俺は芸術は分からない。だけど、自分の好きな様にするのが芸術』
「——うん、分かってる」
『だから深く悩まなくても良い。自分の伝えたい思いを伝えれば良いから』
「——そうだよね。分かった。じゃ、素直になる」
するとワラは少し間を開けると「じゃ、愛してるって言ってみて?」と唐突にとんでも無いことを要求してきた。。
『自分の気持ちに正直になる練習。ウズメは甘えん坊なのに変に大人ぶろうとするからその必要がある』
「——変態、スケベ」
『別に今から家に来て身も身体も正直とは言っていないからスケベではない』
「知ってるから——っ!」
私は咄嗟に口を抑えて周りをキョロキョロ見る。
襖は空いていないから声は漏れていない。
「い、いきなり変なこと言わないで!」
『——別に前の一緒に見た映画が大人向けで破廉恥な語録を口にしたわけじゃない』
「——もう。ワラのアホ」
落ち着こう。このままワラが変なことを言う前に会話を切り抜けなければ私まで変な気分になる!
私は先ほどから興奮が隠しきれず仕切りに振り回っている自身の尻尾を片手で抑える。
「——愛してる」
『それは知ってる。それじゃそろそろ妹がうるさいと怒るから切る。お休み』
「——っ!」
ワラに一方的に電話を切られる。
私はあまりの恥ずかしさに勢いよく携帯を布団に投げつける。
すると襖が少し開かれる音がして振り返るとお母さんがニヤニヤと変な笑みを浮かべて部屋を覗いていた。
「う〜ん。ウズメ? もしかして彼氏いる?」
「違う!」
お母さんを誤魔化すのにしばらく時間が掛かった。
————。
それから二日後、休日明けの学校に朝早く登校し電車に乗るとワラが乗っていた。
私は咄嗟にワラから目を逸らす。
「ウズメ?」
「ワラのせいだから。その、変に意識しちゃう様になったんだけど」
「前からじゃない?」
「ち、違うから!。す、好きは好きだけどその、もっと甘えたくなっちゃったとかそんな……」
「要するに変に意識して自分に素直になりそうと言うこと?」
「そ、そう言うことだから。気づいてよ」
「尻尾の動きで気づいていたけど」
「それ禁止。尻尾見ないで気づいて」
私はワラに体をくっ付ける。
自分でも少しおかしくなっているとは思うけど不思議と心地よい。
ワラの言う通り自分に正直にいることは苦痛ではない。
変に気を使う必要もないか。
なら生物芸術の作品も、いっそ好きな様にするか。
「ねぇ、ワラ。記念祭、頑張るね」
「——あ、言い忘れてた」
「何?」
「ウズメと記念祭回る合間がないこと忘れてた」
「良いよ別に。だけどその感じ嫌な予感するから手短に教えてくれる?」
「昼ごはん食べる時間がない」
「うーわっ……」
この日以上に私は死んだと実感した日は無かった。
————それから記念祭までは長かったけど私は諦めずに描き続け試行錯誤を繰り返す。
そして気づけば十一月。
すでに生物芸術作品は出揃った。
そして私の作品も。
記念祭当日、私はいつもより早く登校して割烹着を着ると生物工学部の売店がある倉庫に移動する。
倉庫に入ると早すぎたのか誰もいない。
辺りを見渡すと発光菌を使ったおかげで綺麗に輝く模様や絵が見える。
「——」
作品にうっとり見惚れていると後ろから足音が聞こえ、振り返るとササ先生がいた。
ササ先生は私を見るといつに増して嬉しそうな顔をする。
「おや、気づかれましたか」
「えーと、はい」
ササ先生は私の隣に立つ。
「そういえばチトセが聞きたいことがあるって言ってましたよ」
「なんですか?」
「ウズメさんはこの農業高校で何がしたいか、見つかりましたか? いや、見つかりましたよね?」
「——そうですね、見つかりました。私はあとわずかな高校生活は自分らしさを磨きます。自分らしく個性的な人たちがいるこの高校でそれを隠すのはよくないと思いまして」
「良いと思いますよ。自分を隠すのは苦痛ですからね。それじゃ、そろそろ教室に戻りましょう」
「はい!」
この理短い高校生活でできることはもう限られている。
だからあと先が短い高校生活を有意義に!
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