43話 研究はとんとん拍子

2年生になり早くも二ヶ月が過ぎてもう六月。

 最終的に生物工学部に入部したのは二人で共に男子。一人は髪が少し長めなのが特徴的なコトブネくんとこの部の中では一番気性が荒そうな不良の顔つきをし、ササ先生のはとこでもある筑紫原葛矢女(ツクシハラクズヤメ)さん。

 クズヤメさんは話しかけると狼の様に睨むのに対してワラにだけ近所の優しいおじさんに会った犬みたいな反応をするが気にしないでおこう。


 さて、始業式の時には「残りわずかですがやり切ましょう!」と声高々に宣言したチヒロさんだが、全く研究が進行できなくなったせいで顔が過去一番で暗い。


 今日も放課後部室に来て私は記録をカマタくんと表計算ソフトにまとめているけど理由はかなり明白だ。


 それは去年アブラナ科にこの放線菌は良い効果があるぞ! そう息巻いて菌を培養していない培養液と菌を培養した液を分けて検体の植物に塗布したのは良いものの、なんと最悪なことに放線菌がなくても効果を発揮してしまったのだ。


 別にそれは悪いことではなく、ワラがこの培養液の成分は市販に売られているのが無いのかを調べたらと提案し調査したところ何と北にある渡島と言うところの農園がネット販売している農薬と一致してしまった。


 悲しいことにその農薬もアブラナ科に特化したもの。そう言う経緯がありチヒロさんは来週の研究発表でどうすれば良いのかと絶賛頭を抱えて机に伏していた。

 えーとどうしようかな。


 私は記録帳を見ながらカマタくんに話しかけた。


 「あの、カマタくん。この記録を改ざんってするわけにはいかないからどうしようも無いよね?」


 「あーせやな。このままの記録だと発表の時同じのがあるって指摘されたらどこが違うのかを言わなあかんしなー。あ、ミコト!」


 カマタくんは私の隣でまた別に新たに開始して病原菌に対する放線菌の抗体調査の記録をまとめているワラの肩を叩く。


 「そっちの放線菌の記録。植物の病気に対しての抗体はどうや?」


 「多少はある。だけど他の放線菌とは大差ない」


 「そうかーなら昨日先生が大学に依頼した放線菌の遺伝子調査の結果次第やな」


 チヒロさんはチラッと見るとチヒロさんに聞こえていたのか余計に落ち込んでいる。

 

 「ウズメ」とワラが声を掛けてきた。


 「何?」


 「この放線菌はニンジンなどには放線菌病を発症させずアブラナ科を成長させてさらに抗菌作用もある。だからこれからは市販の放線菌農薬と比較して弱点を改善させることに力を注いだほうがいい気がする」


 「あ、それもそうか。チヒロさんはどう?」


 チヒロさんは弱々しく手を挙げると顔を起こした。


 「いや、考えたんです。考えたんですけどそれは農薬じゃなくてですね……」


 「うん」


 「堆肥なんです。堆肥での実験は管理が大変で誤って他の部の畑に入ると大変でしょう? 私たちが退いた後他の研究をするときの除去を考えるとやめてと許可が難しいんです」


 「そうなんだ……」


 部室の空気が重くなる。

 そんな時サユさんが畑の水やりを終えて戻ってくるとこのよのんだ空気を感じ取って体を震わせる。


 「あの、この空気は?」


 「え、えーと研究どん詰まりの空気だよ」


 「あ、詰まってるんだ」とサユさんは私の反応とチヒロさんを見て察してくれる。

 今できる範囲での研究をしているけどもう進もうとしている道で答えが出てしまう恐れがある。

 二ヶ月前に私は研究は可能か不可能を見つけるものと言ったのはいいけど不可能なのが薄々とわかると少し気持ちが辛い。

 一旦、来週の発表でもう一度方針を決め直さないと。


 ————。


 それから一週間後、何とか記録をまとめて発表に挑む。

 会場は去年とは異なり天下原駅を降りて東に三十五間(五百メートル)ほど歩いて梅谷工業大学で行われ、張り紙発表とプロジェクター発表の両方で金賞を受賞することが出来た。

 発表会自体はは夕方の三時には終わり、後は各々解散して自由行動となった。


 カマタくんとチヒロさんは終わったのと同時に帰ってしまいサユさんは真面目なのか軽音部に途中参加ですると言って高校に向かった。

 要するに今ワラと私しかいない。

 もちろん他の部活の人と他校の生徒はいるんだけど。


 その時ワラは私の手を握ってきた。


 「ウズメ、ここ最近忙しかったから映画でも行く?」


 「え、うん」


 映画か……帰っても暇だし絵を描こうにもチヒロさんおことでうだうだ悩んでしまい何も出来ない……。


 「やっぱりチヒロのことで悩んでる」


 「分かる?」


 私がどう言うとワラは歩き始め、私もその隣で歩くとワラが抱き寄せてきた。


 「チヒロは一人で悩む節がある。研究も詰まれば確かにそこでおしまい。だけど今の技術はその詰まった研究を改良してまた別の研究に置き換えてしている」


 「——だけど時間がないでしょ。もう私たちは2年生。来年は受験に追われて進行速度に悪影響ばかりだよ」


 「そこで思いついたのが面倒くさいけど今研究で使用している放線菌の成分を抽出して見るとか」


 「あれ確かお金がものすごく掛かるから難しいみたいだけど」


 「なら方法としては平面培地で培養した放線菌を器用に削っていって水と混ぜて畑に投与とかあるけど」


 「——それ以外といけそうなんだけど。え、病原菌は他の放線菌と違いはないんだよね?」


 「あまりないだけで多少差異はあってこっちの方が若干効果はある」


 ——ワラは普段通りの無表情で話すけどその方法は意外といけるのかもしれない。

 私はワラの手を両手で包むと顔を見上げる。


 「それ、明後日の部活の時チヒロさんに話してみよ! きっと研究が進むから!」


 「あ、だけど連作になるから同じ野菜はできない」


 「——今用意できる野菜って何だっけ? この季節からだと苗からじゃないと難しいよね」


 「コマツナなら種を買えばいける」


 「あ、そうか。コマツナはアブラナ科か」


 「それからアブラナ科はもう記録を取り尽くしているから次は別の科の植物をすれば良いから」


 「い、良いのかな……」


 ワラは珍しく饒舌に話、私に顔を近づける。

 周囲の視線が痛い。あと恥ずかしい!


 ワラは私の腰に手を回す。

 あ、これ悪くないかも……てそんな話じゃない!


 「わ、ワラ! ここ外!」


 「屋内なら良いの?」


 「え、うん……って合ってるけど違う!」


 私はワラの手を振り解くと離れると息を荒くする。

 あれ? 連作障害対策ならウネを変えれば行けたはずだけど。こっちの場合はウネごとに買えていたんだし。


 「ねぇ、ワラ。連作障害なんだけどさ……」


 「——やはりガバガバ理論はバレる」


 「やっぱりふざけてたんだね……」


 ワラはいつも通りの表情で私を見ると首を傾げた。

 取り敢えず研究はこんな感じで進めば良いけど……。


 私はワラに近づくと手を握った。


 「じゃ、映画観に行こ?」


 「うん」


 「み、観る映画とかは?」


 「お楽しみ映画券」


 「何それ?」


 「子供向けから大人向けまでの映画を観れる券。あの突き当たりにある大きな商店街にある小さな映画館で売ってる」


 「——ちょっと気になるから言ってみようか」


 時にはこう言うおふざけも大事だしやらない後悔よりできる後悔をしておこう。


 ————


 次の日。

 ワラとの映画を観た日の翌日私は投稿すると顔を真っ赤にしたまま机に伏した。

 正直あの映画見終わった後ワラと気まずく変なことを言ってしまった自分に後悔しかない。


 あの映画は一言でまとめると至って普通の青春物で観る分には良かった。良かったけど恋愛経験が乏しい余りにワラとも一般高校生の恋人同士みたいなことが出来ていない私にはかなり過激すぎた。


 いや、ここはチヒロさんに昨日ワラと話したことを伝えないと!


 いまだに熱い真っ赤な顔を両手で隠しながらチヒロさんの方に振り向く。


 「ち、チヒロさん!」


 「——あのなんで両手で顔を隠しているんですか」


 「その、恥ずかしくて……」


 「——っ! く、口に海苔ついてました!?」


 「いや違う! そうじゃ無い!」


 私は両手を下ろすとチヒロさんの肩を掴んで前後に揺らした。


 「別にそう言うのじゃなくって! もっと! もっと真面目な話だから!」


 「分かりましたわかりましたよ」


 私は呼吸を整えてチヒロさんの肩から手を下ろして席に座る。


 「あのさ、研究のことなんだけど——」


 するとチヒロさんは思い出したかのような顔をすると自身ありげな顔で胸に手を当てた。


 「大丈夫です。昨日ヒビワラさんから新しい方法を提案されましたので。それを実践していきます!」


 あ、ワラが話したんだ。

 前からだけどワラの仕事の早さに誰か労ってあげたほうがいいと思うんだけど。もちろん彼女の私がするけど。

 ——後でササ先生からワラは何が好きなのか聞いておこう。


 それから私は白衣を着て六時限目の終わりまで長い授業を受けそして六限目の実習を終えて実験器具の片付けをチヒロさんと共にし、片付けを終えた後はいつも通り部室に向かって部活に励む。

 その最中、放線菌を量産するための培地を作っていると隣の準備室から試験管を持ってきたコトブネさんが「ウズメ先輩!」と言って近づいてきた。

 周りを見るとチヒロさんがいないから私に来たんだろう。


 「どうしたの?」


 「あの……その」


 コトブネさんは試験管を見ながら悩んでいるようだ。


 「あぁ、うん。もしかして残り少ない? 予備はたくさん準備室にあったはずだけど」


 「いえ……なんて言うかその」


 コトブネさんが何かいい悩んでいるとカマタくんが来てくれた。


 「ん、コトブネどうしたんや?」


 「あ、カマタ先輩。実はさっき準備室培地のオートクレーブ殺菌を使用としたら隣の生物部の先生から使い過ぎって言われまして。なので一旦今日は残りの五本で終わらすべきかと」


 「あぁなるほどな。じゃこれ以上作るのはやめよか。ミコト、放線菌の固形培地は新しく作ったやつ含めて何個ある?」


 「五十本」


 ワラの言葉にカマタは「よし、ならウズメちゃんが今調合しているやつで最後にしよか」と口にする。

 私は速やかに試験管に薬品を全て流し込み、蓋をしっかり閉じて試験管を五本持ってオートクレーブに入れた。


 ——よし、これで培地制作は終了か。後は殺菌が完了するまで待つだけだから少し暇だ。


 私は準備室から顔を出す。

 同時にチヒロさんと軽音部を終えたのかサユさんが珍しく楽しそうに話しながら入ってきた。

 ちなみにチヒロさんは指定校推薦を目指しているため、先生と話し合いに行っていたのだ。

 チヒロさんは私を見ると手を振り駆け寄ってきた。


 「ウズメさん、培地はどうですか?」


 「五十本ぐらいできたよ。だけどこの実験する前に先生に聞くけど多分ダメって言われそうだよね」


 「これは本当にダメ元ですからね。まぁ、その場合は明日液体培地を量産して原液投入で試すほかありません」


 「——それ、土壌汚染悪化しないかな?」


 「問題無しです。多分」


 「多分って……」


 「土壌汚染は勘弁だねぇ」


 後ろから聞こえた声に私たちは振り返ると。そこにはもう定年を迎えてそうだが、まだ溢れんばかりある元気が垣間見えるクニイサ先生は珍しく眉間に皺を寄せていた。

 チヒロさんも不味いことを言ったのを自覚しているためすぐに頭を下げた。


 「あ、そう言う訳ではなくて——」


 「まぁ、実験をしているとこう言うことは必ず起きるから僕は何も気にしないんだけどね」


 クニイサ先生は一人で大笑いをすると手に持っていた封筒をチヒロさんに渡した。


 「まぁ、雨で流れているはずだから多少は大丈夫だけどね。一度土壌調査をしてみればどうだい? こう言う天然物の農薬は今需要があるからね。あとこの封筒の中身には放線菌の遺伝子調査結果の記録が入っているよ」


 「本当ですか!?」とチヒロさんは嬉しそうに受け取る。


 そしてチヒロさんは時計を見てもうクニイサ先生が帰ってしまう時間帯なのを確認すると嬉しそうにこちらを見た。


 「ウズメさん。明日も部活ですね?」


 「うん、大丈夫だよ」


 「今研究は壁に当たって進んでませんけど一歩づつ前進していきましょう! あと、これで放線菌が特定できたら逆にその放線菌の特性を明らかにできるので一石二鳥です!」


 「うん、頑張ろう」


 チヒロさんはここ二ヶ月余り見せなかった満面の笑みを見せてくれた。

 本当にこの笑顔だけでも私は何故か救われた感じがした——。


 ————


 次の日の放課後、チヒロさんは受け取った遺伝子情報の記録を元に国立の研究所のサーバーから類似している放線菌と比較をする。

 今日はそもそも部活をしない日だったためいるのは私とチヒロさんとクニイサ先生、あとたまたま暇だったワラが手伝いに来てくれている。


 チヒロさんは検体である放線菌の遺伝子情報をサーバーに入れて検索をする。

 それから三十分ほど待ってから結果が出てきた。


 「今出ました。クニイサ先生、今二つの放線菌が類似しているものとして出てきたんですけどその後は……」


 「えーとね。ストレプトマイセス属の二つが近いんだね。だけどどれも半分以下なのが不思議だけど」


 クニイサ先生はパソコンのモニターに映る画面のメニューから印刷をクリックすると類似しているストレプトマイセス属の二つの菌の遺伝子情報がまとめられた書類を印刷するとホッチキスでまとめた。


 「そうだね。僕のいた大学ではパソコンで調べた後は人の手で一致している部分を探してそれから成分分析で比較や実験で抗菌作用を見るんだ。もし、劣っていても新種の可能性がもうそれは大盛り上がりだからね」


 クニイサ先生は嬉しそうに微笑んだ。

 ワラは表情を変えていないものの満足そうでもちろん私もだ。

 だけど反対にチヒロさんだけは口角を引きつっている。


 「チヒロさんどうしたの?」


 「——研究はとんとん拍子。ちょっとずつ答えに進むのはいいんですけど」


 そしてチヒロさんは紙の束を私に渡すと私から目を逸らした。


 「このぐらいまで行くと直線上ではなくて副産物が生まれてきてますよね」


 「研究は副産物の結晶だよ」とクニイサ先生の至って冷静な冷たい発言でチヒロさんは乾いた笑みをただ浮かべた。

 ——無論、来週には完治したと言うのは別の話だ。

 

 

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