42話 ようやく二年生

 サユさんが入部したその翌日、修了式を一週間前に迎えたこの日の朝。

 相変わらずの寒さ

 いつも通りに朝礼を迎えた後、ササ先生に呼び出されて職員室に連れて行かれた。

 職員室の中に入るとササ先生は私を見ると耳元に口を近づけた。


 「そういえばウズメさん。何か忘れてませんか?」


 「え? プログラミング演習の課題の提出日は修了式の前日ですよね? あれ自由に提出したい人だけでしたよね?」


 「それは先週で最終が修了式の前日です。あとウズメさんは技術的に心配なんで必ず出してください。とにかくオオヤと藍姫の件でチトセ——校長に勾玉を渡すの忘れてますよね?」


 「……あ」


 思いっきり忘れてた。


 「忘れてましたねその反応」


 「本当に忘れてました」


 ササ先生は少し考えて思いついたかのように口を開く。


 「一限目までまだ時間があるのでさっと行ってさっと教室に戻りましょう」


 その言葉で私はササ先生とともに校長室に向かう。

 扉を軽く叩くと中から「はいどうぞ〜」と校長先生の腑抜けた声が聞こえ、ゆっくり開けて中に入ると校長先生は相変わらずタコの姿で忙しそうに触手を器用に使って書類にハンコを押していた。


 校長先生は忙しいのか私を見ずに話した。


 「ウズメさんごめんね。今忙しいからこんな対応になるんだけどどうかしたのかな? 悩み事? オオヤの件や白鬼は解決したのは聞いているけど」


 「その、オオヤのことで実はオオヤが千歳に会いたいっていうものなんで勾玉を持ってきたんです。この勾玉を渡してと頼まれて」


 校長先生は手を止めると冷や汗を流しながら私を見る。


 「え、まじ?」


 「マジです」


 校長先生は軽く笑い声をあげて少し浮くと私の前まで飛んでくると私が手に握っている勾玉を受け取った。

 それをしばらく観察すると校長先生は机の上に戻る。


 「こりゃ残留思念がたんまりだ。再開したらおっかないほど怒られるな」


 「分かるんですかそれ?」


 「うん、殺気を感じるもん。ボクに対して」


 校長先生は触手を机に叩きつけた。


 「一体、ボクは何をしたんだろう。悪いことなんて数え切れないほどしかしてないのに!」


 「してるじゃないですか」


 校長先生は決心がついたのか目を輝かせて私を見る。


 「ウズメさんありがとう。正直この殺気は心当たりしかないけど彼らともう一度話してみるよ」


 「は、はい。とりあえず死なない程度にですよ?」


 私はそう言った後校長室から出た。外ではササ先生が待っていてくれてい多様で私をみると優しく微笑んだ。


 「渡せましたね。これで本当に一件落着。残りはウズメさんがのんびり平和に過ごせばいいだけです」


 「——はい。頑張ります!」


 「授業も真面目に。実習も真面目に」


 「はい!」


 「特に数学の点数赤点ギリギリなので頑張ってくださいね?」


 「は、はい」


 数学だけは本当にダメなのはなんでだろう。——これからチヒロさんにわからないところたくさん聞こう。


 ————。


 実習で来年度に食品製造学科との共同授業で使う長靴をしっかり拭き、細胞の陰性陽性かの判別のための薬品で少し手を汚してようやく放課後。

 疲れた体で荷物を鞄に詰め込み隣の席で待つチヒロさんを見る。


 「チヒロさん。行こっか」


 「えぇ、行きますか。ヒビワラさんとカマタさんは今日は用事で早く帰るそうなのでサユさん含めて珍しく女子三人だけです」


 「え、用事って何?」


 「詳しくは聞いてないのですけどカマタさんが高校卒業したら電子機器系の会社を起業するみたいでヒビワラさんはその実験台みたいですよ」


 「え、起業、え?」


 頭が混乱したまま私はチヒロさんと共に部室に向かった。

 部室に着くとすでに中にサユさんが一人ぽつんと座って——おらず、目の前に座るササ先生からの圧に縮こまっていた。


 ササ先生は私とチヒロさんに気づいたのかゆっくり立ち上がる。


 「サユさん。よくぞ私の面接に屈せずに頑張りましたね」


 「誰だってずっと見られたら緊張しますって」


 ササ先生はサユさんの反応に笑うとチヒロさんを見る。


 「あぁ、部活動ですよね。私は少し仕事がありますので自由に始めてくださいね」


 ササ先生はそういうと部室から出て行った。

 少し間が空いてサユさんがチヒロさんに話しかける。


 「えぇ、とチヒロさん。やることは昨日と同じ感じだっけ?」


 「え?」


 チヒロさんは少し驚いた後、すぐに「はい。同じです」と短く口にした。

 その後普段通りの作業で検体に培養液を掛け検体の大きさを測る。


 それを紙に書きまとめた後チヒロさんはサユさんに声を掛けた。


 「サユさん。昨日話していた実験をするのですが大丈夫ですか?」


 サユさんは緊張しているのか体を少し震わせる。


 「あ、う、ううん。大丈夫心配ない!」


 サユさんは強がっているけど声が震えている。

 なんだろう、去年の入部したての頃の気持ちが蘇ってくる。あの頃はピンセットがまともに使えなかったり置く場所を間違えて計測不能にしたりと色々と黒歴史がある。

 だけどもう大丈夫。


 私はクリーンベンチで抗生物質の効果を調べる実験の準備をしているチヒロさんの所に行く。

 クリーンベンチの中はすでに培地を作るのに使用していたため片付けと並行していた。

 私は冷蔵庫から放線菌の固形培地を取り出すとクリーンベンチの中に入れる。


 そしてピンセットと小さい筒。それから標準検体の大腸菌などを用意した。

 大体用意が終わり。チヒロさんが試験管に入った培地を溶かすため鍋に入れたのと同時にサユさんに今からすることの説明をした。


 サユさんはしばらく頷き理解しようとしていたけど頭が破裂しそうになったのか混乱しているように目が泳ぎ始めた。


 「えーとつまり。最初に検体を培地に塗布して次に放線菌培地をくり抜いてそれを乗せるのね?」


 「はい。念のためですけど落とすのはダメで指定の場所に3点。三角形を作るように置いてください。その後阻止円の測定をします」


 チヒロさんは嬉しそうに話す。

 サユさんは困惑の顔をしているが決心がついたのか手をしっかり握った。


 「分かった。やってみるよ!」


 サユさん、頑張って!


 「あ、ウズメさんが手本してくださいね」


 どうやら手本をするのは私みたいだ。


 サユさんと私はまずアルコールで手を消毒。

 緊張するけど失敗は許されない。

 早速私は初めにピペットを使って検体の培養液を採取すると検査用固形培地にかける。そしてすぐにコンラージ棒をガスバーナーで消毒し、液を広げた。

 仕上げは放線菌培地から培地を筒を使って切り抜き検査用培地の三点に乗せれば完成だ。


 私は使用したコンラージ棒を殺菌するとサユさんに私た。

 サユさんは息を呑み込む。


 「よし、やるね」


 サユさんは私の動きを見た通りにする。そして途中まで出来、最後の切り抜いた放線菌用培地を検査用培地に乗せるところでサユさんはピンセットを使う。

 しかし、手の力を緩めてしまったのかピンセットから培地が検査用培地の上に落ちてしまった。


 少し気まずい空気が流れる。これは私が声をかけた方が良いよね。

 私は首だけを動かして安心させようとした時、珍しくもワラが安心させることを喋った。


 「サユ。今日の培地は活きが良い新鮮な培地なだけだから。安心すればいい」


 ——活きがいい培地って?


 私は心の奥底で不安を抱えてサユさんに手本を見せ続けた。

 部活が終わるまで一から十までしっかりと。


 ————。


 それから早くも四月となり無事進級した。

 組は変わらないため中に入ると見知った顔が多いけどちらひら消失(※留年もしくは中退)した人がいる。

 

 そんな始業式の日の朝、眠気の季節の春に朝早く起きて登校し始業式を迎えた私はそそくさに教室に戻った。

 ちなみにサユさんは不器用で抗菌試験の練習はかなり失敗した。だけどそれは初日だけで次の日からは慣れたのか失敗なくなんならずっと生物工学部にいた私よりテキパキと動けている。


 「私、用事済みかな〜」


 「どうかしました?」


 「チヒロさん!?」


 机から顔を上げるとチヒロさんが隣で立っていた。

 チヒロさんは私と目を合わせると困惑した顔になりながらも微笑む。


 「ウズメさんは別に用済みではないですよ」


 「いや、部活で私が一番手先不器用だし……」


 「それはそうとツキヤ先生と会いました?」


 「え、会ってないけど」


 「嘘! 結構重要な話だったんですけど良かったんですかね」


 「どういう話?」


 「今年、オホウエ先輩とウズメさん、カマタさんとヒビワラさんの三人で生物芸術をやってもらうみたいなので。えーと週に二回部活動ですね」


 「——まじ?」


 「えぇ、本当です」


 ツキヤ先生、そう言うのは事前に教えてください。

 あれ? そういえば今日は部活動は休みだしもしするのなら——。


 「チヒロさん。確認しても良い? 今日部活動?」


 「あぁ、そういえば今日はきてくれとツキヤ先生が話してましたよ。今後の目標とか決めたいからって」


 なるほど、また今年も忙しそうだ……。

 それから今日は昼までに解散にチヒロさんと荷物をまとめ部室に向かう準備をする。ワラを見るとワラは既に部室に行っているようだった。


 ワラとは付き合ってからあまり進展はない。その理由は単純に私が学校で付き合っているのが見られるのが恥ずかしいと話たら聞いてくれて休日に会っているような生活をしている。

 もちろん、余った箇所に足りないものを差し入れする行為はしていないしまだ——いや変なことは考えないようにしよう。


 一応ワラに私がまだ男の人の体を触られ慣れてないことを伝えてる訳だし。

 ちょっとだけ触ってもらって徐々に慣れていく鍛錬をワラとしている。


 私が色々と考えていたせいか隣で既に荷物をまとめたチヒロさんは困った顔で私を見る。


 「えーとウズメさんどうかしました?」


 「ううん大丈夫。行こうか」


 私はチヒロさんと共に部室に向かった。



 部室に着き中に入ると中ではワラとオホウエ先輩とカマタくんの三人が楽しそうに会話し、スズカ先輩はササ先生とツキヤ先生と話していた。

 私は先輩たちに挨拶をして机に荷物を置くとオホウエ先輩がこちらを見た。


 「そうだウズメさん。生物芸術の話聞いたかな?」


 「はい、聞きましたよ。えっと、その作業多分ですけど記念祭や学校公開の時だけですよね?」


 「あぁ、前年通り。そのことをカマタとミコトに伝えていたんだ」


 オホウエ先輩は二人を見たながら楽しそうに言うが、カマタくんだけは嫌そうな顔をしている。


 「また、また作品が予定通りの結果を出るのかをパソコンで検証するんか……あれ、あの作業長いんや……」


 その言葉にワラが優しくカマタくんの肩に手を置いた。


 「学生起業する上の経験とすれば良いから。その基礎機能は個人で作ってこっそりこの場で実験を許可されているのだから」


 「あぁ、開発黎明期の修正の嵐を思い出すと胃が痛くなる……」


 え、基礎機能って?


 すると私が疑問に思ったからかチヒロさんがオホウエ先輩に代わりに質問してくれた。


 「オホウエ先輩。その基礎機能ってなんですか?」


 「あぁ、それはカマタがそもそもの発端でキク先輩に作品の想像図を予測してくれるソフトがあれば良いですねと言ったのがそうなんだ」



 オホウエ先輩の言葉にカマタくんはさらに落ち込む。


 「あ、あれ成功して良かったけど絶対今年オホウエ先輩さらに無茶な要求をしてくるやんけ……」


 その言葉にワラが優しく反応する。


 「大丈夫。オホウエ先輩は優しいから。剣道の時も週に一度来るだけで良いって言ったけど気づけば毎日来させられていたから」


 ——うん、その言葉は聞かなかったことにしよう。


 スズカ先輩は話しを終えたのか振り返ると私たちを見た。


 「よし、集まったね。では早速だけど今年の目標を話します」


 

 ——生物工学部の目標。


 一つ目は現在の研究内容が放線菌を用いた農薬開発、口内洗浄液の開発、生物芸術とその他三つの研究が人手不足となっているため新入部員は最初はその研究に参加。


 二つ目は化粧水が保健所からの指令で禁止になったので新規に販売する商品を開発・研究。


 三つ目は実験器具、特にシャーレの掃除をしっかりすること。他の研究班が迷惑しています。


 四つ目は楽しく。


 スズカ先輩はそう告げると得意げな可愛らしい顔で私たちを見た。

 取り敢えずこれは目標というよりただの連絡に聞こえたのは考えないようにしよう。


 すると実験室の扉がゆっくり開かれた。

 私含め全員が視線を向けると初めて見る男子生徒が不安そうにこちらを見ていた。

 その子は木綿の着物で私と背が同じぐらいの小柄で中性的な顔立ちだった。

 彼はキョロキョロと見渡した後ゆっくり声を出した。


 「あ、あの〜入部希望なんですけど……」


 早速生物工学部に親友部員がやって来た。


 それから彼を中に入れると真面目なのかすぐに自己紹介した。


 「ぼ、僕は焼山琴船(ヤキヤマコトブネ)と言います! よ、よろしくお願いします!」


 コトブネくんはそう挨拶するとスズカ先輩は質問する。


 「どうしてうちの部活に来ようと思ったの? 体験入部してからにすれば良いのに」


 「じ、実は去年弟がこの学校の生物工学物が本格的で面白いと話していて、僕は中学そういう研究したかったのに部がなくて出来ずじまいだったからなんです」


 「ほーう。その弟ってどんな子?」


 「はい。弟はまだ幼稚園なんですが賢くて自慢なんですよ」


 ——賢い幼稚園児。どこかで見た気がするのは気のせいだろうか。


 それからしばらく話した後スズカ先輩が「取り敢えず体験入部で判断してくれるかな? 嬉しいけど似たような部もあるから見比べた方が良いよ」と助言しこの日はお開きとなった。

 帰り道、チヒロさんとワラ、カマタくんの三人からサユさんを含めた四人で帰った。


 サユさんは緊張しているのか一人で喋る。


 「私、まだ入ったばっかしなのに先輩。絶対足を引っ張るんだけど」


 チヒロさんはサユさんの言葉に安心されるように話す。


 「大丈夫ですよ。私の方こそ心配ですよ。ヒビワラさんは……あ、妹さんいるので慣れてますですいません。カマタさんは……弟いるので大丈夫ですね……ふむ」


 そしてチヒロさんは何故か私を見た。


 「ウズメさん。末っ子同盟結びますか」


 サユさんはチヒロさんの言葉に突然笑い始める。もちろんカマタくんも笑っているけどその倍だった。

 サユさんはチヒロを見て嬉しそうにする。


 「分かった。安心したよ。私こそ足手纏いにならないように頑張るよ!」


 サユさんはなんとか大丈夫そうだ。

 問題は今のところないけどそう言えば放線菌の研究はどうするんだろう。


 「チヒロさん。そう言えば放線菌の研究はどうするの?」


 「そうなんですよね。問題点が山積みで一歩進んでいるようで方向は前ではなくただ横に広がっているだけなんですよ」


 チヒロさんは悲しい顔をするとカマタくんは閃いたのかニヤリと笑う。


 「せや、こういうのはどうや? アブラナ科には力を発揮しているんだからアブラナ科だけを今年は調べて一番効能があるやつを見つけるんや。無論、失敗しても失敗は一つの成果で結果やからええやろ」


 ワラはカマタくんの言葉に頷く。


 「チヒロは考えすぎ。研究期間は三年だけ。今年含めてもあと二年半。だからできることは少ないけど少ないならただやり切るだけ」


 チヒロさんはワラとカマタくんの言葉に少し考えたあと「そうですよね」と口にして徐々に元気を散り戻していった。


 「そうですよね! 物は試し不可能なら不可能を証明するればいいし、可能なら可能を証明するだけ。元気が出て来ました!」


 チヒロさんは普段と異なるように私たちの前に来ると嬉しそうに笑う。

 そしてそのままの勢いで「カラオケに行きませんか?」と誘った。


 今年は色々な意味で忙しいけど頑張って乗り切ろう。キク先輩の分と来年入学するかもしれないミコミさんのためにも!

 ところで放置していたけど校長先生、大丈夫だったのかな?



まぁ、良いか。

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