41話 進級と別れ
三月となってキク先輩の卒業式を終えた。そしてさらに時が過ぎて四月。ついに進級して2年生となった。
オホウエ先輩とスズカ先輩は三年生となり、私とチヒロさんとワラ、カマタ君は二年生となる。
さぞそれは当たり前のことだけどキク先輩がいなくなったと思うと少し心許ない気がする。
そして私は始業式を終えて教室に戻る。
この高校は組は変わらず担任も辞職しない限り変わることがない。その為学級崩壊やいじめが起きた時は最悪な事態になるけど不思議と土に触れているせいかむしろみんな仲が良い。
教室に入ると目の前に立っていたとツボミちゃんがとその取り巻きが見てきた。するとツボミちゃんは嬉しそうに私に話しかけてきた。
「あ、ウズメちゃん! 良かった離したいことあったのよ!」
「どうかしたの? とうとう軽音部が広告詐欺やりすぎて廃部?」
私の言葉にチヒロさんはずっこけた。
私はツボミちゃんの話を耳に入れながら小綺麗な教室を見て卒業式の日のキク先輩を思い出した。
——————。
三週間前、キク先輩は卒業式を終えた後部室にやって来た。
生物工学部自体でのお別れ会なその前日にしていたため本当なら来なくても良いけど、私はせめて最後の日ぐらいと思ってキク先輩に電話して部室に来てもらった。
この日は私とキク先輩の二人だけで教室は少し肌寒い。キク先輩は私を見るち優しく見て最初に口を開いた。
「ウズメちゃん。唐突なんだけどね」
「……はい」
「寒いから暖房つけて良い?」
「先生にダメって言われましたけど」
「えー」とキク先輩は口にすると私に近づくと抱きしめてきた。私はもう来ることがないであろう暖かさを感じると涙が出てくる。
私は涙を堪える。
「あの、卒業おめでとうございます」
「うん。ありがと。で今日はどうしたの? ウズメちゃんが珍しいね?」
「え、えっとただ単に会いたくなったぐらいです」
「何それ可愛いんだけど」
キク先輩は私に抱きしめる力を強くする。そして何も言わずにしばらく抱きしめられると聞くs年配は思い出したかのように声に出した。
「ということはウズメちゃんは暇な感じか〜」
「そうですけど」
私は首を傾げる。キク先輩は何やら悪いことを考えている顔をする。
「なら、遊びに行こうか! 最初は私ん家に荷物を置いてから!」
キク先輩はそう言って家にお邪魔した後にカラオケに行ったり百貨店に行って着ぐるみを着せられたりプリクラで百枚取らされたり。あとは映画を見たりとにかく遊んだ。
疲れたけどとても楽しかった。
そして気づけば夕方となり映画を見た疲れで公園のベンチに座る。よろよろになるまで歩いたせいか座るとまるで気になったかのように立ちたくなくなった。
キク先輩は季節に似合わない冷たい氷菓子を私の前に持ってきた。
それを受け取るとキク先輩は寂しそうな目をして笑うと私の隣に座った。
「ウズメちゃん。今日はありがとうね。付き合ってくれて」
「わ、私も楽しかったです」
「ウズメちゃんは気づかなかった。ほら、部活のお別れ会で三年生私しかいなかったでしょ?」
「あ、言われてみれば確かに。どうしてなんですか?」
キク先輩は少し考えた後、ゆっくり離してくれた。
「私の代は合わせて六人だけでみんな真面目でね、最初はみんなで研究してたんだけどちょっといざこざが起きて気づけばみんな別々の研究をしていたんだ。それで最後ぐらいは集まりたかったんだけどみんなもう一つの部活を優先しちゃって来たのは私だけなんだよ」
「——そうだったんですか」
「けど、後悔はしていないよ。なんだかんだ言ってまた集まる空気にはなっているし」
そういうとキク先輩は私の頭を撫でた。
「だからウズメちゃん。先輩としての最後の助言を教えるね」
キク先輩は人差し指を上にあげる。
「一つ目は自分のことを押し付けない。二つ目はみんなの意見を尊重すること。三つ目は人の話を聞くこと。きくだけじゃ当たり前なことだけど、世間一般で最も人ができていないことでもあるんだから」
「そういうものなんですか?」
確かに私自身は人の意見をよく聞いている気でいてもまた別の相手に自分のことを気づかぬ間に押し付けてしまっているかもしれない。
キク先輩は続けて話す。
「ウズメちゃん。とりあえず大学、就職どちらにせよ社会に出たら先代の大人が決めた常識に従わないといけないの。だけどただ従うだけじゃなくて柔軟に生きることを心がけて。学生生活も同じよ。みんなの意見を聞かないと孤立して苦しいことになる。良いね?」
「は、はい!」
珍しくキク先輩が真面目なことを言うものだから驚いた。
なるほど、世間一般の常識というものは一人個人の中での常識なだけなのかもしれない。キク先輩は自慢げな顔を私に向ける。
「キク先輩も、大学頑張ってください」
「うん、頑張る。そして定期的に毎日ウズメちゃんのとこに来て堪能するよ!」
「その域までくると依存症を疑いますよ?」
こうして私とキク先輩は最後の楽しい日を精一杯過ごした。
————。
私がまたいつかキク先輩に会おうとと考えているとツボミちゃんは私の頬を触ってきた。
えーとどうしたんだろう?
「あの、ツボミちゃん?」
「ウズメちゃん。大人びたねー!」とまるで姉のようなことを言い始めた。
多分今年こそは普通の高校生活を過ごせると信じよう。
私は「じゃ席に戻るね」と言うと取り巻きの一人で髪が短い方の子であるサユさんが私の袖を握った。
「あ、今日の放課後、その生物工学部に見学に行っても良いかな?」
「え、良いけどどうして?」
「え、えーと。と、とにかく放課後ね!」
「え、うん」
サユさんとはあまり離してないけど、どうしてそんなに恥ずかしそうなんだろう。
それから去年と同じ担任のササ先生から二年次のこれからの説明を受ける。その時修学旅行先も知らされ昼に終了した。
私は部活に行く準備をしているとチヒロさんは珍しく眠たそうな顔をしていた。
「あれ? チヒロさんどうかしたの? すごく眠そうだけど」
「いえ、ほら一年の時からしている農薬の研究その、成果あんまり出なかったじゃないですか。金賞もよく頑張っているで賞の感じだったじゃないですか! 今年ぐらいはさすがだと言われたいと思いませんか!」
チヒロさんはそう言うことで悩んでいた感じか。確かに……予算も限られているからどの野菜に効能があるのかぐらいしかわかってないのと放線菌の種類や分類、成分についてあんまりよくわかっていなかったよね確か。
チヒロさんは少し興奮気味に前のめりになって顔を私に近づける。
「ウズメさん。今年こそです」
「うん。今年こそ」
チヒロさんは思いを分かち合う気持ちで私の手を両手で包み込むように握った。すると鞄を持ったワラとカマタくんが来た。
カマタくんは眼鏡をクイッと持ち上げると手を挙げた。
「チヒロさんー。入部希望者いるけどどうするんや?」
「え、希望者?」
するとカマタくんの後ろからサユさんが少し恥ずかしそうに出てきた。チヒロさんは驚いたような顔でサユさんを見る。
サユさんは恥ずかしそうにもみあげを弄るとチヒロさんは首を傾げた。
「えーと……あっ! ツボミさんと同じ部活のサユさん!」
チヒロさんは子供の頃に見て名前を忘れた映画の題名を思い出した時のような満面の笑みを浮かべていた。
サユさんは少し呆れたような顔をするとチヒロさんに詰め寄った。
「チヒロさん。入部したいんだけど。顧問の先生はどこにいるの?」
「職員室か部室ですけど。けどどうして? まだ大丈夫だと思うのですけど?」
「いや、あの。実は大変恥ずかしいことで」
サユさんは恥ずかしそうにしながらもゆっくり部室に向かう道中で離して教えてくれた。
どうやらサユさんは指定校推薦で進学するようで雅楽学部が合う大学に志望していたようだけどその大学がたまたま指定校推薦で何故かこの高校に農学部の枠を作ってくれたようだ。
チヒロさんはそれを聞きながら頷く。
そして話している内に気づけば部室に到着し中に入る。中に入ると意外なことにササ先生が教卓でのんびり読書していた。
ササ先生は相変わらず綺麗な銀色の髪を昼の太陽に輝かせながら明るい顔でこちらを見た。
その中で珍しく真っ先に私から口を開いた。
「あの——え? どうしました?」
するとササ先生は困った感じで笑いながら話した。
「その、お姉様——理事長にもっと社会勉強しろとこの部活の助手として派遣されたんですよ」
「理事長命令……」
そういえばササ先生は無免許だったの忘れてた。
するとササ先生は立ち上がると風呂敷に包まれた弁当箱を持ち上げた。
「あぁ、ミコトくん。弁当忘れてましたよ」
「ありがとう」
ワラはササ先生から弁当を受け取る。
そんな空気の中でサユさんは会話の一斉に困っているようだった。よし、ここは私がなんとかしよう——。
そう決意した瞬間サユさんはササ先生に話しかけた。
「あの、ササ先生。顧問のクニイサ先生はいつ来られるんですか?」
「あぁ、今日は職員会議なんて1時間後ぐらいですかね。あ、もしかして入部希望なんですか?」
ササ先生の言葉にサユさんが頷くとチヒロさんは「そうなんですよ」と口にした。
それから1時間の間、チヒロさんはサユさんにお手伝いをお願いした。
手伝いといっても検体を栽培している畑や植木鉢に水やりをお願いした。それも私と。
私はサユさんと畑に行き、ジョウロに水をたっぷり入れるとサユさんが持ってくれた。
「ウズメちゃん。ジョウロは私がするよ。ウズメちゃんは検体に試験薬を注いで」
「あ、うん。ありがとう」
私は言葉に甘えて検体に試験薬を注ぐ。
試験薬の中身は以前と同じく放線菌を培養している培養液で一応この検査の後は野菜を収穫する。
ちなみに栽培している野菜は後はハツカダイコンだけだが後少しで半年になる。
サユさんは春が始まったばかりか少し汗を流していた。
そしてサユさんは水やりを終えたのかジョウロが置いてあった倉庫に戻ってくる。
「サユさんありがとう」
「うん、別にいいよ。あと、私のことはサユで良いよ」
「分かった。じゃ、サユで良い?」
「うん、これで満足」とサユさんは嬉しそうに笑う。
そして倉庫の鍵を閉めるとサユは「あの、指定校推薦のことなんでけどさ」と口に出した。
「どうかしたの?」
「私さ、指定校推薦で枠に入りたいと言う一心で入部をしようとしたんだけど……なんかさ。みんながしていた成果を安高さ私が最初その研究にいたと思われないのかなってちょっと怖いんだ」
「——そう?」
「うん。ウズメちゃんはどうなの? 私が入部して。よく思わないでしょ?」
「——」
正直そんなことは考えたこともなかった。
私としては一緒に研究する仲間ができたと言う思いだけだったから抵抗もない。おそらくチヒロさんもカマタくんもワラもそんな筈ない。
「別に思わない。だって仲間が増える分研究が捗ると思うし」
「本当に?」
「うん。サユさんは音楽を演奏する時、一人か複数だったらどっちが楽しいと思う人?」
私の質問にサユさんは少し考える。そして考えがまとまったのか口を開いた。
「みんなで演奏かな。ツボミと、他の子との演奏は楽しい」
「だったら例えばだけど後から入部して来た子が同期で、ずっとみんなで作曲して来た曲の演奏に混ざって、その子も最初からいたような感じになって不愉快になる?」
「——なるほど。ウズメちゃんの言いたいことが伝わったよ」
サユさんは楽しそうに笑い始めた。
「ウズメちゃん。実は私は世間一般の常識に少し囚われていたの。親が役人だからそういった常識を守るのが厳しくてね。だから人の研究成果を、賞をとってしまった時の罪悪感を感じる日々を繰り返すんじゃないかって不安だった。——ウズメちゃん。改めてだけど入部して良いんだよね?」
サユさんは真剣な眼差しで私を見る。
そんな目で見ても私には断る理由なんてない。それに世間一般なんて存在しないしそんなものは先代の大人たちが勝手に決めたもの。常識は時が経てば変わるだ。
「うん。ようこそ」
私は——サユさんを迎えた。
それから次の日、サユさんに初任務ができた。それはその日の放課後、部室に入りスズカ先輩とオホウエ先輩、それから新二年生組での体験入部についての話し合いだった。
新部長となったスズカ先輩は勇気を振り絞ってこう宣言した。
「体験入部のことなんだけどやることはクニイサ先生から言われていて化粧水を作ります。化粧水に匂いが苦手な人は先に言ってくれる? ウズメちゃんは確かダメだったよね?」
「は、はい。ちょっと気分が悪くなるので」
スズカ先輩は「よね、ありがとう」と言い、続けて話した。
「その化粧水なんだけどサユさん、初めてなんだったらやってみない? どんな物になるのか後輩たちに紹介したいし?」
「え、私ですか?」
サユさんは汗をダラダラ流す。そんなサユさんに対して無自覚にワラが珍しく圧力をかけた。
「大丈夫。手先が不器用でも出来るから。それが嫌ならカマタと三次元の生物芸術の完成予想図をパソコンで作ることになるけど」
「あの、私機械音痴……。美術も家庭科も農業も手先が不器用で一番下手なんだけど……」
サユさんの言葉にスズカ先輩は閃いたように口にした。
「なら簡単な実演だけでどうかな!? 細い竹筒を使う簡単な実験。どう?」
「——それならまぁ」
サユさんは何か言いたげだったのを堪えて了承した。
「よし! 決定!」
スズカ先輩は嬉しそうな声を出した。
ん? 竹筒を使う実演?
私はチヒロさんに近づく。
「ねぇ、チヒロさん」
「どうかしましたか?」
「明日、抗生物質の試験やらない? 竹筒使うの。培地をくり抜いてピンセット使うの」
「——やっぱり思いましたよね。明日やりましょうか」
こうして明日からサユさんの猛訓練、そして後輩たちにこの部活の面白さを伝えるべく訓練が始まった。
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