第40話 怒られるのも悪くない。

——再来週に中学生の私を救ってくれた保健の先生と再会する。

 私は心に宿る喜びと不安を抱えながら一刻一刻迫る日を過ごす。

 縫お姉ちゃんにそれを聞いた後、夕食を食べて風呂に入りスッキリした私は部屋に篭って頭をまさに今抱えている。

 

 ただ学校公開でのミコミさんに関してはただ早く謝れば済んでいたこと。兄がいる時に自分は失敗してはいけないという思いに駆られて言えなかった。

 ——ひょっとしたらミコミさんは思春期だから心が揺さぶられて思ってもいない行動をしてしまっているのでじゃないのかな?


 「いやいや違う違う。これに関してはただミコミさんが頑固なだけだってなるけど、絶対に違う」


 あーもー!


 私が心の中で葛藤している時部屋の襖が勝手に開く。すると中に抜いおお母さんが入ってきた。お母さんは風呂上がりなのか髪が濡れており、着物の着付けもかなり適当だった。


 「やっぱり。悩んでいたのね?」


 「あ、お母さん……」


 お母さんは私の隣に座ると私の膝を枕にした。いや、普通逆でしょ。

 お母さんは娘の膝枕で幸せに浸っているのかいつも以上に嬉しそうだった。お母さんはしばらく無言でいると寝返りを打ち、仰向けになると私を見た。


 「もしかして人間関係で悩んでる?」


 「——どうしてお母さんはこう鋭いのかな」


 「母の感覚よ。ウズメは昔から誰かと喧嘩とかしたら頬を膨らませる癖があるし」


 私はお母さんの言葉で両手で頬に触れた。別に膨らんでもいない。お母さんはそんな私の反応を見て可笑しかったのかほんのり笑う。


 「ま、私が言いたかったのはウズメは正直者だからすぐに行動に出ちゃうってことよ。ほら、大丈夫だから話してみて?」


 私は押し負けるようにお母さんに悩んでいることを打ち明けた。もちろんその相手がミコミさんだということは伏せながら。

 お母さん最も珍しいは真剣な眼差してそれを聞くとしばらく考える。


 「なるほどね。今考えた限りその子、怒られるのに慣れていないんじゃないかしら? それも家族に」


 え、家族に怒られ慣れてない?


 お母さんは続けて話す。


 「えぇ、予想だけど。子供って怒られるのが怖いのがわかると悪さをしないんだけど条件があるの。例えばすぐに謝れば許してくれる、もしくはそこまで怒ったりせず話を聞いてどうして悪かったのか教えてくれる親ならたとえ悪いことをしてしまってもすぐに謝るのよ。だけど怒らない親となれば子供は悪いことがわからないから悪さをするし——」


 するとお母さんは私の顔を見ると話すのをやめて私の頬に手を添えた。


 「何? お母さん」


 「だけど、ウズメが話したその子は多分だけど怒られたことがないから怖くて謝れなかったんだと思うわ。それに家族に興味を持たれてないと感じたり、見限られるんじゃないかっていう思いがあれば怖くて相談できないでしょ?」


 ——そうか。思えばミコミさんとワラってどう過ごしてきたんだろう。ミコミさんから見れば上の兄はほぼ無表情で何を考えているのかわからない。

 優しくされているのはわかるけど、実際に当人からするとそれすら怖かったのかもしれない。

 自分に興味を持ってくれているのかも、怒っているのかいないのかがわからないから気を使ったりとか私が気づかないだけで絶対何かシコリがある。


 「どうしたのウズメ?」


 「ううん。ありがとう」


 「そう、なら良かった」


 私はお母さんからの助言を胸に、明日放課後家に帰った後ミコミさんに電話してみよう。


 ——次の日の放課後。

 私は部活動を終えて、帰る時ワラの着物の袖を掴んだ。ワラは少し困ったような感じで傾げた。


 「あの、今日は一緒に帰ろ? 話したいことがあるの」


 「うん、分かった」


 私はチヒロさんにワラと帰る事を伝えると、私はワラと一緒に薄暗い校舎に残った。

 ワラはいつも通り物静かで私が寒そうに身震いをついしてしまうと優しく抱きしめてくれた。多分寒そうと言うより下心満載何だろうけど、別に嫌ではない。

 ワラは私の腰を少しやらしいく触る中、私は深呼吸してワラに顔を見上げた。


 「あの、ワラはミコミさんのことどう思っているの?」


 「ミコミのこと? ミコミは大切な妹。だから守らないといけない思いで一杯」


 「——そうなの? じゃ、もしミコミさんが悪い事をしたら叱ったりとかしてあげてる?」


 「——それは、よっぽどでないとしない。可哀想だからじゃなく、悪いと自覚していないだけだから」


 ——なるほど、残すはミコミさんに聞こう。


 それから家に帰るとミコミさんに電話をした。今日ワラはツノム君とカマタ君と遊ぶみたいで家には居ないとワラ本人から教えてもらった。

 だから思う存分に教えてくれるだろう。私は早速電話を掛け、しばらく待つと電話越しにミコミさんの声が聞こえた。


 ミコミさんは何かを話そうとしているのがわかるけど、ここは私から会話を始めよう。


 「ミコミさん。あの、ワラと喧嘩したことってある?」


 「え? ——ない、ですけど」


 ミコミさんは声でもわかるぐらい困惑し、声色は不安でいっぱいだ。けど、こうでもしないと教えてくれないだろうし。

 私は勇気を振り絞るとミコミさんに話しかける。


 「あの、ミコミさんってさ。人と話すの怖い?」


 「——少し、だけ怖いです」


 「そうなんだ。あと失敗ってやっぱり怖い?」


 「あの、ウズメさん……」


 するとミコミさんの声色が悪い方向に行っているのか露骨に暗くなる。


 「やっぱり、学校公開のこと怒ってます? その場で謝れなかったので……。兄さんにも謝りに行きたいって言っても誰も気にしていないからって言われて行けずじまいで……」


 ミコミさんは声を震わせながら話す。

 何だろう、これはミコミさんにも問題がありそうだしワラにも問題がありそう。とりあえずワラには後で聞くとして今はとりあえずミコミさんだ。


 「ミコミさんは謝りたいの? 謝りたくないの?」


 「あ、謝りたいです。だけど——」


 「だけど?」


 「に、兄さんに飽きられるのが怖い……です」


 「と言うと?」


 「に、兄さんは私が小さい時から優しくて、怒ったことなんてないんです。だけど、あの時兄さんに愛想を尽かされたのかと思うと苦しくて。だって、不登校になっただけでも兄さんは怒らなかった。怒らなかったけど——」


 電話越しにミコミさんが啜り泣く声が聞こえる。


 「前から思っていたんです。兄さんは私のことをどう思っているのかって。ずっと兄さんは無表情で、私のことを見てくれているのかがわからなくて、怖くて。だからずっと兄さんのそばにいて兄さんに見てもらって欲しかったんです。だから、変な人に付き纏われている時も、謝れなかった時も兄さんに呆れられるのが怖くて——」


 私はただただ頷いた。

 ミコミさんが話してくれたおかげでミコミさんについてある程度分かった。

 ミコミさんはお母さんが話してくれたように見捨てられるのが怖いんだ。だとしたら今度はワラにだけど……ただ私の勝手な判断だけどワラはミコミさんに対して呆れてもいないはず。だってワラは——いやまずワラはどうして無表情なの?

 

 私はミコミさんとの会話の中でその事だけが疑問に残り、二週間後を迎えた。

 その日も寒く、私は厚着を着て縫お姉ちゃんが運転する車に乗って移動した。抜いお姉ちゃんが話すにはあの保健の先生と話す場所は喫茶店のようでもちろんワラとミコミさんも来る。

 車の中で私は何ができるのかで不安に包まれる。


 「ウズメ、心配してるの?」


 「縫お姉ちゃん?」


 顔を上げて運転席を見ると縫お姉ちゃんは少し口角を上げて微笑んでいる。


 「だって、ミコミさんとても落ち込んでいたしワラはきちんとミコミさんの相談に乗ってあげてるのか分からないの」


 「あーそう言うことね」


 縫お姉ちゃんは信号で車を止めると一度水を飲んだ。


 「大丈夫だよ。多分ミコトくんが無表情だからそう思っているんでしょ?」


 「え、うん」


 「ミコトくんは確かに相談に乗ってあげることがとっても下手くそだけど、そう不安になるまでじゃないよ」


 「——だってミコミさんに昨日電話したらワラが怒らなくて怖いって小さい頃から思っていたみたいなの。だから付き纏われていたりしても相談して呆れられて失望されるのが怖かったみたいなの」


 「あーなるほど。ウズメと同じか」


 「え、どう言うこと?」


 「ミコミちゃんとウズメは本当にそっくりだよ。要するに被害妄想に憑かれすぎ。何か怖いことがあったら何をすれば良いのかが不安になったとかだと思うよ。多分今回も不安の中とっても怖いことがあったから部屋にこもっているんだと思う」


 「でも、普通に友達の家に遊びに行けていたみたいだよ?」


 「同じと言っても似ているだけで完全一致じゃないからね。あ、喫茶店見えたよ」


 私は左の窓を見ると小さな喫茶店が見えた。なるほど、あの喫茶店にあの人が——。

 それから車から降りて喫茶店の中に入る。

 縫お姉ちゃんは受付と少し話した後、一つの席に案内された。その席にはすでに先客がいた。ワラとミコミさんはもちろんだけど、もう一人、私の知っている人が。

 その人は首元まである黒髪に整った顔立ちで細身。まるで花のような綺麗な人。そう、この人こそ私を助けてくれた保険の先生——。


 「ユズ先生?」


 水門戸ミトドユズ。この人は私が中学一年生の時、組の複数人の男子生徒に襲われたときに助けてくれた先生。

 ユズ先生がいなければ私は初めてを奪われ、多分命を絶っていた。


 ユズ先生は私と縫お姉ちゃんに気づくと咄嗟に立ち上がりお辞儀した。


 「お久しぶりです。縫さん。それからウズメさん」


 「はい。お久しぶりです」


 珍しく私は自分から声に出した。それから私と縫お姉ちゃんはワラとミコミさんを挟むようにして座る。

 そして最初に口を開いたのはユズ先生だった。


 「あの、最初に何ですけど。ミコミさん。この度は怖がらせてしまって本当にごめんなさい。電話しようと思ったけど誰も出なかったから家に伺おうとしたんです」


 「——あの、もう良いです」


 「え」


 ミコミさんは静かにそう冷たく言った。いや、冷たいはおかしいのかもしれない。だって今ミコミさんは少し嬉しそうだからだ。


 「ユズ先生だと私も気づかず、怖がってしまってすみませんでした。本当は謝りたかったんですけど嫌われたのかなって思うと怖くて……」


 「大丈夫ですよ。嫌いになりませんから」


 ユズ先生はあの時と同じように優しく微笑むとミコミさんの頭を撫でた。ミコミさんを見ると嬉しそうに、歌えたいことを伝えられた満足感からなのか目に涙を浮かべ嬉し泣きをしていた。

 

 ユズ先生は満足したのかミコミさんから手を離すと私を見た。


 「それにしてもウズメさん、元気そうで良かったです」


 「先生こそ、お元気で」


 「ウズメさんについては縫さんから定期的に聞いていましたから。それと私の知り合いがいる高校で良かったです」


 「え、知り合い?」


 ユズ先生の知り合い高校にいたの? するとさっきまで空気だったワラが「チトセ?」と口にするとユズ先生は驚いた顔をした。


 「え、ミコトさんご存知なんですか!?」


 「はい。従姉妹のササの実家に住んでいるタコで聞いていたので」


 ミコミさんも知っていたのかワラの言葉に頷く。あ、そうか。チカ理事長の妹がササ先生だから知っていて当たり前か。

 校長先生口軽そうだし。


 ユズ先生は恥ずかしそうにもじもじすると頬を掻く。


 「ち、ちなみに何ですけどどのような事を言われてました?」


 「——」


 ワラは一口お茶を飲む。


 「図書室で医学部を目指して勉強していたユズ先生に将来何になりたいか質問したら保健室の先生になって裸体に触りたいって——」


 ————。

 ——————。


 それから3時間が過ぎてユズ先生に現況報告と日常会話を楽しんだ。そしてやがて別れた後ユズ先生が去り際に今度の学校公開に遊びに来ると言っていた。

 とにかくこの数時間での収穫はユズ先生は実は25歳だったことだ。


 外に出ればすでに昼頃で、別のお店で昼ごはんを食べることにして縫お姉ちゃんに運転してもらい四人で共に移動した。

 その時、携帯がなったため開いてみるとミコミさんからだった。いや、隣に座っているんだからさ。

 メールを開き私は送られた文を見た。


 『ウズメさん。言いそびれましたがこの間の電話ありがとうございました。あの電話の後兄さんと話してみて私の誤解だと分かりました。兄さんは私をずっと見てくれていました。全て私の杞憂でもっと自分から行くべきなのが分かりました。なので来月の学校公開に行ってみます』


 文を見た後隣に座るミコミさんを見るとミコミさんは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら口元を携帯で隠していた。

 何とか……一件落着なのかな?


 取り敢えず今はそれで良いのかもしれない。

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