第34話 辿り着く
私とチヒロさんはあの後すぐにワラの家に案内された。もちろん卑猥目的ではなくきちんとした目的だ。家に入るとすぐ正面は台所で、そこには誰かがいた。
「ん?」
その人は振り返るととても見知った人物だった。
長い銀色の髪に黄緑色の眼差し。そう、確実にササ先生だった。ササ先生は私とチヒロさんに気づくと手を止めた。
「ん? ミコトくんウズメさんとチヒロさんを連れ込んで何をしようとしているんです?」
ササ先生はワラに近づくとゆっくりワラの頭に手を乗せた。
「ウズメの魂関連。どうやら先祖も混じっているみたい」
「——なんだろう。いつかウズメさんの魂を除いてみたくなりました。絶対色々入ってますよ」
ササ先生はそう口にした後来ていた割烹着を脱ぐすてると一度息を吐いた。チヒロさんは私の袖を握る。
「えっと、今から何が起きるんです?」
「多分お祓い」
「えぇ!?」
チヒロさんは焦った様子でワラに近づいた。
「ヒビワラさん、どう言うことですか? ていうかウズメさん今どう言う状況か結局白鬼でも教えてくれませんでしたよね?」
チヒロさんはワラに詰め寄る。するとササ先生がそれに割って入る。
「はいはい。そう言うのは後にしましょう。ミコトくん。ウズメさんをいつもの部屋に」
「分かった。来て」
ワラはササ先生の言葉に頷くと私を奥の人気のない部屋に連れ込んだ。
もちろん何かが起きるはずもなく少し無言の間が続き、今部屋にいるのはササ先生とワラ、それからなぜかチヒロさんだった。
ササ先生は襖をしっかり閉めると部屋中にお札を何枚も貼り始める。場所はどこでも良いのか、天井や襖など好き放題に貼っている。
それが長い時間続いた後ササ先生は座布団に座った。
「とりあえず、今ウズメさんの魂から出たのは白鬼、藍姫の二人。後一人がいるんですね?」
「はい。徳田神社のサトミさんがそう話していました。そこに初めて聞いた源氏の亡霊なんですけど……。実話私その、源氏の亡霊に心当たりがあって……」
「心当たりですか?」
「源大夜が多分いると思うんです」
「え?」
ササ先生とチヒロさんの顔がポーカーンする。何を言っているのか伝わっては欲しいけど、本当にそうなのだ。
現に私にあと三回しか会うことができないと言ったきりあった記憶なんてない。それに姿形がなぜか今ならわかる。
なんというか今のワラの銀色の髪に赤い目と瓜二つなのだ。子孫とはいえ本当にワラそっくりだった。
だけどワラは思ったより反応が薄い、どうしたんだろう?
「ねぇ、ワラはそれどう思うの? ご先祖さまの魂が私のところにあるのって……」
「源ちゅらに現在進行形で憑かれてるササがいるから特に驚かない」
「——え、そうなんですか?」
私がササ先生を見るとササ先生は思い出したかのように話し始めたが、すぐにチヒロさんが止めた。
「とりあえず! ウズメさんを優先しません?」
チヒロさんは少し声を大きくしてササ先生に圧力をかける。ササ先生はそうですねと口にしたあと、塩が少量盛られた皿を私の前に持ってきた。
「あーそうですね。よし、ウズメさん。早速ですがこの塩を飲んでください。内容物は師匠が直々に作った体の中にいる霊を無差別に追い出すものです。師匠はお祓いが上手なので多分いけるかと」
「なるほど、ではどうしてあたり一面にお札を?」
「悪霊になっていた場合逃げ出したら厄介でしょう? だから悪霊だったらどつき回すまでです」
「な、なるほど……。では、飲みます!」
私は目を瞑って私をお一気に飲み干す。次の瞬間強烈な吐き気が襲い、咳き込んだ。そしてゆっくり目を開けると目の前で白い輝きを放った男の人が立っていた。男は私を見ると優しそうな笑みを向けた。
『その塩は……なるほど、理解できた』
その優しい口調、私が知る限り一人しかいなかった。
「オオヤ?」
『今まで白鬼が阻害していた俺の認知。できると言うことは滅んだんだな』
「え、いえまだそこに居ます」
『え?』
オオヤはササ先生が指を差した方を見ると白鬼が堂々と姿が元通りになって寛いでいた。だけどこの白鬼、鬼人にしか見えない……。最初見た時は醜い妖怪だったのがどうして?
オオヤは白鬼に近づくと白鬼は薄ら笑いをした。
『久しぶるだな、オオヤ。いや、友よ』
『——そうだな』
オオヤも心なしか嬉しそうだった。なんだろう、なんか不味い感じがする。私は気づけばワラの隣に移動していた。ワラは私を抱き寄せる。
「え、ワラ?」
「安心して」
『君は……子孫か。言わなくてもわかる。そしてそこの黒髪の少女は徳田一門。で、その銀髪の少女は筑紫原源氏か』
オオヤはワラ、チヒロさん。ササ先生の出自を即答し、どれも正解だ。まずい感じはするけど藍姫とは違って、恐れより畏れという言葉が近いのかもしれない。
オオヤは白鬼の頭に手を置くと白鬼は瞬く間に光の粒となって消えた。
『白鬼は邪神に穢された存在。本来であればチトセに浄化を任せたが、妻の藍姫が嫉妬に溺れ、彼女自身もそんな自分を変えたいと言うことで負の感情を持ったら身を蝕む白鬼を己の魂に封じた。だが、それがダメだった』
オオヤは私を見る。
『その後チトセは白鬼を完全に滅ぼす術を探ると言ったきり帰ってこず、俺が一人でなんとかしようとしたが不可能だったため、俺は死んだあと藍姫の魂に己を移した』
オオヤはそう口にしたあとその場に座るとワラを見た。
『だが、白鬼があそこまで穢れが薄まり、元の善人に戻ったのは君のおかげか? 我が子孫よ?』
「——」
ワラは頷いたあとササ先生に手を向けた。オオヤはそれを見て嬉しそうに笑う。
『なるほど。二人でか』
「それも合わせて、長い年月藍姫とあなたの力で結構浄化されたと思いますよ」
ササ先生はそう口にした。
まとめると私の魂は大家と藍姫の長期的な治療でだいぶ白鬼の力が衰えていたらしく、その甲斐もあって倒せたそうだ。
多分チトセって校長先生のことよね?
するとワラが珍しく口を開いた。
「今チトセは通っている学校の校長をしている」
『ふむ、術を研究していたのか?』
「いえ、小遣い稼ぎなのと、前の校長が友人だったんで、その頼みもあってやっています」
ワラの言葉が発端でオオヤの顔から笑顔が消え、ササ先生の言葉が止めで顔が険しくなった。
『なるほど……なるほど……』
「いや、二人して何を!?」
今まで固まっていたチヒロさんが立ち上がるとササ先生の両肩を掴んで前後に激しく揺らした。ササ先生は少し笑っていたが笑える状況!?
「いや、多分これウズメさんのそばにいるんで絶対チトセを見たら怒るんであらかじめのほうがいいでしょう?」
「た、確かにそうですけど!」
『なるほど、だがこの子にあと三回望みを叶えると言ってしまったものだから、確かにいるな』
「あ、そうだった……」
うん。確かにそうだ。ていうかワラと言いササ先生といいオオヤもだけど、すっごく律儀に約束を守るのはかなり好感を持てる。
あれ? てかこれ呼び出した内に入るのかな?
「あ、あのオオヤ? これ呼び出しのうちに入る?」
『——まぁ、入るね』
「だったら藍姫と再会しませんか?」
『出来るのか?』
「えっと、ササ先生、今藍姫は?」
私はササ先生に振るとしばらく考えた。
「藍姫でしたらどこにいるかはオオヤさんが分かりそうですけど、多分お札破いたら入ってきますねうん」
ササ先生は立ち上がるとお札を一枚破り捨てる。すると襖から急に藍姫が入ってきた。
『オオヤ!』
藍姫はオオヤを見た途端有無を言わさずに飛びつく。オオヤは少し嬉しそうな顔で藍姫の頭を撫でた。
すると徐々に藍姫は光の粒となっていく。
「——あ、もしやオオヤに会うことが……」
『はい、私はずっとオオヤに会いたかった……』
藍姫はそう声を漏らすとオオヤから一度離れて私を見た。
『私、オオヤみたいな感じはしていたんですけど、まさか本物なんて……。本当にありがとうございます』
「えっと、はい」
隣を見るとワラとササ先生は静かに二人を見て、チヒロさんはオオヤしか見えていないのか藍姫の声を元に今どこにいるのかを探った。
てかオオヤは見えるんだねチヒロさん。多分血が入っているからだと思うけど。
二人はしばらく抱き合ったあと、満足したのか少し離れると私を見た。
『とりあえず、これで君の前に姿を表すのは残り二回になった。悪いが一回も俺と藍姫の望みを叶えるのに使用してもいいか?』
「はい、全然」
『それは良かった。これはいつでもいいのだがチトセに会わせて欲しい』
「全然大丈夫です」
『ありがとう。では、また会う日に……』
オオヤと藍姫はそう口にしたあとこの場から姿を消した。ようやく解放された私は肩お下ろすとため息をついた。
先ほどまで何が何だかわからなかったチヒロさんは本当に何が何だか理解できず、ずっとササ先生に対して質問攻めをしている。
ワラに至っては特に反応がなかった。
「あの、ワラってご先祖と本当に瓜二つ——」
「携帯なってる」
「え?」
私は袖から携帯を取り出すとものすごく震え、かけて来ている相手はぬいお姉ちゃんだった。時計を見ると昼を回っている。そういえば私朝に帰ってくるって言ったんだった!
私は一旦ワラに少し電話と言って部屋から出ると電話と繋ぐ。
すると真っ先に入ってきたのは縫お姉ちゃんの声だった。
『ウズメ! 今どこで何をしているの!?』
「えっと、ワラの家にいます」
『——え? どうして?』
電話の先の縫お姉ちゃんの声がいつに増して低い。絶対怒ってる。
私はそれから何があったのかを一つ一つ説明した。縫お姉ちゃんは最後までしっかり聞いた上でため息をつくと呆れたように『なら先に連絡して』と怒られた。
『まぁ、事情は分かったけど昼ごはんどうするの? こっちはもう食べ終えてるけど』
「えーと……」
『なんならそっちで食べていけば? ササも多分昼ご飯の用意をしていたんだと思うし』
「え、けど……迷惑じゃ」
すると後ろの襖が急に開くとササ先生が私を見る。
「あ、ウズメさんも昼ごはん食べますよね?」
「え、はい」
どうやらササ先生は別に迷惑だとと耐えていなかったようだ。それから昼ごはんを食べ、私はしばらくして家に帰った。
ワラのお父さんは村の集会で、お母さんはミコミさんとお買い物に行っていたみたいだ。けど今私を家まで見送りに来ているワラは相変わらず無言だけど、ワラのお母さんとも似ている。
もしかしたらワラはお母さん似なのだろう。
「ねぇ、ワラは夢とかあるの?」
「——家を継ぐ」
「そうなんだ。けど、どうして家を継ぐの?」
「のんびり出来るから」
「え、あぁ……」
確かにワラに合っている仕事だ。
「ツボミは 将来三味線教室を開くのが夢で、ツノムは道場を継ぎ、カマタは人工知能の研究所を作るのが夢」
「——え、そうなんだ」
「ウズメも好きなことがあればそれに進むべき。世の中できない人間はいない。できない人間は自分の好きなものを見つけられなかったからで、好きなものを見つけてそれを極めれば良い」
ワラは珍しく饒舌だった。
だけどその一つ一つの言葉はどこか重みを感じるのと同時に、私のやる気が上がった気がした。
「よし、帰ったら絵本を描いてみようかな」
すると急にワラは私の手を握った。私の顔がみるみるうちに赤くなる。
「え、急に何?」
ワラは私に目を合わせず、空を見上げる。空は冬らしく透き通った綺麗な色をして太陽が暖かい。ワラはゆっくり私の方を向いた。
——あ、そうか。
私はワラの耳元に口を近づけた。
私がワラに抱いた懐かしい感情は、私自身が藍姫の生まれ変わりだったからかもしれない。だけど、それとは関係なくワラと話していた別に嫌な気が起きず、ずっとそばにいたいと言う感情もあったのかもしれない。
藍姫は本当に私の前世で間違いないって今確信した。オオヤの優しさを見て、人が信頼できなかった時、オオヤだけ信頼でき、多分同時に恋もしていたんだと思う。
だけどその恋の矛先はオオヤではない。
要するに私は——。
ワラに初めて助けてもらった時に藍姫の時の記憶が蘇り、今の源氏であるワラに恋をしたんだ。
「その、私ワラのこと嫌いじゃない。だから——」
私がそう口にしたのと同時に横を大きな運搬車が通り過ぎ、私の声を遮った。ワラは聞き取れていなかったのか首を傾げる。
どうしよう、顔が暑くなってくる……。この時どうすれば良いんだろう。
「もう一度する?」
ワラは親切心でそう口にした。
「あ、お願いします」
それから五回目でようやく本音を伝えることができた。こうして私はワラと仮に付き合うと立場から、正式なものとなった。
——しばらく通販とか絶対しないとそう決意した。
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