第32話 素直になろう。
山の越え方は人それぞれだ。歩く人は友人とおしゃべりを楽しみながら野鳥や昆虫、動物を観察することを好み、バイクか車で駆け抜ける人は風の冷たさを楽しんだりする。
基本的に都会生まれ都会育ちの人にとっては自然というのはかなり珍しいもので、特に幼い頃は田舎に帰るとくればかなり興奮した人が多いと思う。だけど、その思いは泡沫だと私は言いたい。
何故なら現在進行形で私は家の車の後部座席で窓から外を眺め、静かながらも昼間の明るい山道を見ているからだ。
よく飽きやすい人にとってはこの環境は刺激が少なくて退屈ではないかと。
私は視線を隣に向ける。
隣ではお母さんは本を読み、助手席ではお父さんが縫お姉ちゃんに道を教えてお姉ちゃんはお父さんの指示を受けて運転していた。
実に暇だ。
私は先週ミコミさんのことがあったけど、あの後お母さんから帰省すると言われて今日の深夜三時に現在住んでいる
それから三十分ほど経つと大小とある屋根瓦の家が見えてきた。
そう、ここが私が引っ越す前に住んでいた村、下狛村だ。
車はその間を通り抜けるようにして走り、しばらく外れに行ったところに大きめの家が見えると車を停めると私は先に降りた。
「おや、早かったねぇ」
「あ、お婆ちゃん」
玄関の方に視線を向けるとお母さんによく似たお婆さんがいた。その人こそが私の祖母だ。
「あら、お母さん帰りましたよ。お爺さんは?」
「爺さんは今村の集会だよ。で、縫ちゃんも大きくなったねぇ」
「え、あ……うん」
縫お姉ちゃんは少し照れる仕草をする。するとお婆ちゃんは玄関を開けるとなぜか薙刀が置いてあり、それを手に持つとお父さんに向けた。
「ふむ。お主。わしの娘を泣かせたか?」
「いや、泣かせてないですよ。本当なんで薙刀下ろしましょうよ」
お父さんは冷や汗を流す。それにここ懐かしいからどこか歩こうかな。
「ごめんちょっと散歩してきても良い?」
「えぇ。久しぶりに楽しんできて。お母さんは私が止めるから」
お母さんがそういうと縫お姉ちゃんと二人でお婆ちゃんを止めに行った。そういえばお父さんとこの間誕生日にゲームを買いに行った時お婆ちゃんと戦闘が起きかけた敵な話を聞いた。
私はわいわいと騒いで椅子家族を置いて辺りを散歩した。
私は山道を降りると沢に出る。沢の近くには子供達が楽しそうに水浴びをしていた。
すると後ろから誰かがついてくる音がする。
振り返るとそこには腰まである長い黒髪に、整った顔つくと女性がいた。それも大人びた。私の記憶の中で該当する人物は一人だった。
「えっと、チヒロさん?」
「え?」
そう、チヒロさんだ。チヒロさんは大きめのカバンを背負って山を歩いていた。チヒロさんは私を見ると頭の上にハテナを浮き出す。
「どうしてウズメさんが?」
「いや、ここ私の田舎だけど……」
「——なるほど。三人被ったんですね」
「どういうこと?」
「ちょっと説明するんで岩に腰をかけましょう」
私とチヒロさんは大きな岩に腰をかけた。
「まず私とヒビワラさんは上狛村が出身なんです。私の場合はお婆さまの姉。いわば本家がこちらなので姉と向かったんです。ヒビワラさんは元よりここ出身です」
チヒロさんは詳しく教えてくれた。
確かにワラの実家は家柄的にここのはずだ。確か源氏の家系の人はここにいるって学校で習った。
「あと先週の部活終わりに確かウズメさんは遠出する用事がないとおっしゃっていたんで、私とヒビワラさんが狛村、それからカマタさんは明日奈という最近電子工学事業に力を入れている村に行くので各々その土地の土の採取。と言っていたのは覚えてますか?」
「——ごめん。今思い出した」
確かにチヒロさんは先週そう言った。今思い出した。チヒロさんは申し訳なさそうな顔で私を見る。
多分私は何もしないと不安になるのを知っているから、結構頭を回してくれているんだろう。
「と、とりあえず。一緒に作業しましょう。話はその後です」
「え、良いの?」
「もちろんですよ。大歓迎です」
私はチヒロさんからの歓迎の言葉を胸に一緒に作業をすることにした。
目的地は先程お婆ちゃんがいた家に向かう途中の下狛村の広場だ。その道中チヒロさんと色々話した。
あれ? そういえばチヒロさんが今泊まっているところは多分上狛村だよね? ワラが住んでいる場所と近いはずなのになんで知らなかったのだろう?
「ねぇ、チヒロさん」
「どうしました?」
チヒロさんは首をかしげた。
「そういえば徳田神社って上狛村ならワラと今まで会っていなかったの?」
「あ、あぁ〜。確かにそうなりますよね。私の記憶にはないんですが姉が一度ヒビワラさんと会った事があるって話していたんですがね」
「ふーん」
「あ、いえ別にウズメさんから取るつもりはないので!」
チヒロさんは顔を赤くすると首を全力で横に振った。いや、別に怒ってないのにどうしてだろう。
「いや、別にそんなこと思ってないよ」
「そ、そうなら良いんですが……」
そうこうしているうちにようやく村の広場に到着した。
広場にはいろいろな人が行き来しており。市も開かれている。チヒロさんは私の手を掴むと人混みを潜り、外れの雑木林に入っていった。
それからチヒロさんは土を小さじで救うとガラス瓶に入れしっかりと蓋をした。
「今日というかこれを取ってもう作業は終わりですね」
「予想してた以上に早かった……」
「ですね。その後ご予定ありますか?」
「いや、特にないけど」
するとチヒロさんは嬉しそうに顔を明るくすると私の手を優しく掴む。
「なら、明日も空いているということですね!?」
「え? う、うん。そうなるかな」
「では釣りに行きませんか!? 私、あまり釣りとかしていなかったので是非ともしてみたいんです! それからキノコ狩りや野草探しなど色々しようと思っているんです! どうですか!?」
チヒロさんは私に顔を近づける。
えっとチヒロさんってこんなに私と距離近かった!?
「え、えぇ〜?」
「こらマロ! ウズメちゃんを困らせない!」
すると広場の方から切り揃えられた前髪に凛々しい顔つきをしてチヒロさん(偽物疑惑)にそっくりな少女、マコちゃんがやって来た。マコちゃんは私の幼馴染で、マロちゃんはその双子の妹だ。
マコちゃんはチヒロさんの髪を掴むと思いっきり引っ張った。すると神がずるりと落ちてマコちゃんと同じ髪型になった。
その姿はチヒロさんではなく、マロちゃんそのものだった。
マロちゃんはしまったと言いたげな顔をするとベロを少し出した。
「あ、バレちゃった」
「もう! ウズメちゃんをまた困らせて!」
マコちゃんは大きくため息を吐く。
一体どういうことだろ?
私はマロちゃんに視線を合わせる。
「ねぇ、マロちゃん。これどういうこと?」
「えっとまぁ、ウズメちゃんを脅かそうとしただけだよ! ついこの間チヒロさんが遭難しかけてて救助した時、たくさんお話ししてウズメちゃんが高校で何をしているか知ったからね!」
「——あ、そういう感じね。なんだろう。チヒロさんが遭難しかけるの何故か違和感が感じない」
私がそう口にするとマコちゃんは私の方に手を乗せた。
「とりあえずウズメちゃん。おかえり」
——あ、そういえば中学二年生の時に引っ越してからここに一度も帰ってなかったし手紙も書いてなかった。
そうだよね、ここに帰ってきたんだからきちんとただいまって言わないと。
「うん。ただいま」
私は懐かしい気持ちに帰りながらそう口にした。
その後雑木林から出て広場にある駄菓子屋でマロちゃんからお菓子を奢られ、それを近くの椅子に座りながら食べた。
マコちゃんは少し用事があるらしくそのまま家に帰ったがマロちゃんはとにかく暇らしい。
いや、とは言ってもどうしてマロちゃんが——。
「ねぇ、マロちゃん。どうしてチヒロちゃんがする作業をしてるの?」
「え? あぁ、これウズメちゃんを脅かすためだけにチヒロちゃんに実験で使う器具を聞いて買ったの」
「えぇ……」
無駄な努力すぎる。だけどマロちゃんは嬉しそうに笑っているから別にいいか。
それから話を聞いて分かったのは実は私がここに帰ってくるのはすでに親から聞いていたようで、お母さんがマロちゃんの家に連絡したらしい。
だとすると今日もし私が散歩しなかったらどうしていたんだろう。
「けど良かった! あたしウズメちゃんがもう二度と帰らないんじゃないかって心配してた。だけど帰ってきてくれて嬉しいよ!」
「そ、そう」
「中学の時は本当にごめん。あの時同じ場所にいて、助けないといけないのに自分の身が怖くて直接助けれなかった」
マロちゃんはそういうと私に抱きついた。
「私のこと嫌いにならなかったのはどうして?」
「——だっていじめたのはマロちゃんじゃないもん」
「——本当に優しいね」
「——そこまでじゃないけど。そういえばマロちゃん。チヒロさんと会ったと言っても記念祭だけなのによく親しく話せたよね?」
「え? まぁ、それは経験かな。むしろウズメちゃんも昔は話すの大好きだったじゃない」
「——」
「あ、ごめん。とりあえず自分から話すのが大事だよ。なんなら私と話すみたいに気軽で!」
「そ、それは親しくしすぎじゃない!?」
「いや、そうしないと話が盛り上がらないでしょもう」
マロちゃんは呆れたように私を見る。
いや、私だって最近話せるようになったんだから!
そしてマロちゃんはにっこりと笑いながら立ち上がった。
「じゃ、これから私ちょっと用事というか昼ごはんだから帰るね!」
「え、うん。またね」
「それとあたしはウズメちゃん昔のように元気に喋っている姿が好きかな? 今も大好きだけど! それじゃ!」
マロちゃんはそう言い残すと走って帰っていった。
——昔みたいにか。
確かに昔はもっと元気にしゃべっていた。だけどそれは同時に人の黒い部分に気づかなかったからだ。
だけどキク先輩からは心は閉じてばかりはダメ、開けないといけないということを教わった。だから多少は昔の私を見習おう。
「あ」
「ん?」
ずると前からミコミさんの声が聞こえた。顔を上げるとミコミがいた、確かにいたが黒髪の凛々しい顔つきの中年の女性の後ろに隠れていた。
その女性はミコミの視線を見て私を見る。その顔はまるでどこかで見たような感じで、虚構、無愛想なものだ。
「——?」
「あ、えっと……」
「貴女がウズメさん?」
その女性は私の名前を口にする。分かった。多分ワラとミコミさんのお母さんだ! しかもこの展開チヒロさんみたいなことにならないよね!? チヒロさんのお姉さんの天然勘違いでギスギスとした関係になった奴!
私は立ち上がると咄嗟に頭を下げた。
「その、すいませんでした!」
「どうして謝るの?」
「うぐっ!」
顔を上げると表情を変えずにワラのお母さんが私を見る。一体それどういう表情!? もしや笑が無表情なのってこの人のせいじゃない?
すると女性は私に近づくと顎に手を当てた。
「綺麗ね」
「えっと、綺麗ですいません」
「だからどうして謝るの?」
後ろを見るとミコミさんは顔を赤くして困った顔をしていた。うん、そら自分のお母さんが知り合いの女の人を口説いてたら誰もがそうなると思う。
それから満足したのかワラのお母さんは私から離れた。
「私は
「あ、私は天河ウズメです。その、む、息子さんにはよくして貰ってます」
「そう」
ハナさんは満足そうな空気を出すとミコミさんの手を握った。
「息子が相談してきた。貴女が人と話すのを怖がっているからって。けど、私にしたみたいに落ち着いて話す感じが良い……と思います」
「えっと。あ、ありがとうございます……」
ハナさんはそういうとそのままどこかに歩いていった。ミコミさんは去り際に頭を軽く下げた。
ハナさんは不思議な人だ。そう私は思う。だけど同時にワラのお母さんというのがかなり伝わった。
「——正直よく分からないけど。キクさんが言っていた通りのことを練習として
私はそう決心した。
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