3章 夢探し
第30話 冬休みに向けて
私はそこまで素晴らしい人間ではない。
私、徳田チヒロはみんなから見ればどうやら素晴らしい女性で、お淑やかで優等生そして文武両道を体現していると言う。
尚且つ余計なことにツボミさんに聞けばどうやら私は裏でこっそりと共有されている情報によると学生の中で頂点に君臨しているという。
いや、正直言って初耳です。
私自身それ聞いた時困惑しましたし、ある時にウズメさんに聞けば本当に知らないみたいでしたからそれ事態本当に存在しているのかが疑問です。
あと私はいずれ言おうとしていたこともこんなことになっては言えないですし……。まぁ、ヒビワラさんはもう知っていますよね。
私の裏の顔は人と接するのが怖い、いわば対人恐怖症です。これは生まれつきのようで家族や親戚以外と話をすると手汗が止まらなくなり、焦ってよく分からないことを口にすることが多々ありました。
例えばウズメさんに話しかけられた時——それは入学式が終わって教室に行った時ですがあれ実はかなり緊張して、あそこで姉のモノマネをして耐えたわけです。あれのせいで『徳田チヒロはお淑やかなお嬢様』という誤解が生まれてしまいました。
別にウズメさんは恨んではないんですが、そのせいで姉のふりをずっと続けてもうなれた手前です。
あと人と話すのが苦手そうだなっとウズメさんを見て同族意識を感じたのは墓場まで持っていく秘密ですが、姉に和解のつもりで話しかけるとウズメさんはどうやら小さい頃はかなりお喋りのお茶目な女の子だったらしく私とは正反対だったのこと。今のようになったのはいじめが原因ですが、高校生活の中で取り戻して行っているらしい。
なんだろう……もしかしたら高校で純粋かつ極度の対人恐怖症の人ってもしや私だけですか?
——————。
今日は待ちに待った二学期の終業式。これで寒い時に高校に行くこともない……ただ部活ではくることはあるけど。
で、終業式は昼には終わり、これからは部活なんだけどチヒロさんが珍しく教室に戻って眠りについた。
まぁ、もう帰るからいいんだけどこれから部活。それに昨日チヒロさんがメールで今日部活すると言っていたから起こさないと。
「——私は人なんて怖くないです……」
チヒロさん、今どんな夢見てるんだろ? もしかして白鬼がまた乗り移った?
私はチヒロさんのその横に立つワラを見る。
ワラとはあれから全く進展がない。だけど私自身男の人が怖いっていう感情自体は大部治ってきると自覚はある。
いじめてきた当人を見かけたらまともでいられるかは分からないけど、ワラやこの高校の同級生であればなんとか通常通りに行ける。
そのためワラを見ると少しドキッという嬉しいような温かいような気持ちになるのはなんでだろう……。
いや、今はそんなことは良い。
「ねぇワラ。チヒロさんに白鬼取り憑いてない?」
「——」
するとワラはカバンから風呂敷を取り出すと中から塩が詰まっているであろう紙袋を取り出した。
「掛けとく?」
「せめて皿に盛ってあげようよ」
私がそう言うとワラは頷き紙袋を風呂敷の中に戻した。
あれを持ってきたと言うことはワラなりにチヒロさんを考えてくれているんだろう。
「——あ」
そういえばいつもワラにお礼をしていたけど何もしてないよね……。白鬼自体あっけなかったこともあるけどそれでもワラに迷惑かけたわけで——。
「ねぇ、ワラ。ワラは何か私にして欲しいこととかある?」
「——して欲しいこと?」
「うん……だ、だけど本当にすけべなことは禁止……。禁止だからね」
「してた?」
「してたよ! 膝枕は……私が強制したのもあるけどそれ以外にお尻を触ったり胸を触ったり……胸を枕にしたりしてたでしょ……」
「そう」
ワラはさぞ今知ったかのような顔をする。そういえば胸を枕にしてきたのはワラ自身眠気に負けて意識が飛んだのが原因だった気がするけどとにかく今度こそはすけべなこと禁止。だってヤバイ先生に注意されたもん。多分あれ次したのが見つかったら反省文を書かされそうだからやめて欲しい。
「けど胸はウズメのために仕方がなかったから。そしてお尻はウズメが辛そうだったから力を貸していた。もし不愉快だったら申し訳ない」
「いや、べ、別にお尻はちょっと嫌だったけど——」
あれ? そういえばお尻以外は別に嫌な感じがしなかったのはなんで!?
『それは貴女が私の記憶を見て彼に好意を抱いてるからよ』
「——?」
隣を見ると藍姫がさぞ当たり前のように立っており、ワラは一瞬でひょっとこのお面をどこからか出して取り付けた。
藍姫はワラを見るとクスクス笑う。
『本当に怖いのが苦手な勇者の末裔。滑稽ですね』
「まだ怖がる方がいい。面白おかしくお化け屋敷で本物の幽霊を目潰ししてたササ先生よりまし」
『——それは……もしかしたら私ここに来ない方がいいですね』
藍姫は苦笑する。これ私でも苦笑するよ。ササ先生何してんだって。あとワラが怖がりなのってササ先生が原因説を推そうかな。
「う、う〜ん」
するとチヒロさんが声を漏らす。そろそろ起きそうだ。
『——ウズメさん。今幸せですか?』
「え?」
『私のように嫉妬に溺れず、楽しそうに生きてますか?』
「——はい」
すると藍姫は嬉しそうに笑う。
『良かったです。では最後に私からの助言です』
「な、なんですか?」
『この子と会話してる時いつも尻尾が嬉しそうに動いてますよ』
「——あ」
私は尻尾を押さえる。本当に無意識で動いていたみたい……。
藍姫はそれを愉快そうに見るとゆっくりと空気に溶け込むように姿を消した。
「ウズメ」
「ひゃいっ!」
あ、変な声出た。
「じゃ、お礼は尻尾の付け根を撫でても良い?」
「——またすけべなことなんだけど……」
「——今気づいた」
「……二人とも何してるんですか?」
私は少しワラと目を合わせて視線を下げるとチヒロさんが困った顔をしていた。それもそうか。起きたら男女二人がおかしな会話を繰り広げていたら困惑するか。
チヒロさんはゆっくり体を伸ばす。
「とりあえずもうみなさん昼ごはん食べました? あと私いつから眠ってました?」
「教室に戻ったらすぐだったよ」
「——そうですか。寝不足はいけませんね」
「チヒロさんが寝坊なんて珍しいけど何かあった?」
「——勉強」
チヒロさんは少し恥ずかしそうに言う。するとワラは「違う」と口に出した。
「ウズメ。多分普段から見ている特撮の特番をその時その瞬間で見ていた——」
「ヒビワラさん。そういえばウズメさんへの度重なる卑猥行為について追及しましょうか?」
チヒロさんは少し声を低くしてワラをにっこりと笑いながら見る。
え、なんだろうその知っている口ぶり。
「チヒロさん見ていたの?」
「——逆に私が水やりに行く日にどうしてベンチに座って膝枕やらウズメさんの胸を枕にしている瞬間を目撃しないとダメなんですか——」
「チヒロさ……ん?」
「それから記念祭前日ウズメさんを個室に連れ込んで胸を揉むなんて法的にも問題——」
「どうして見てるの!?」
「あ」
ワラは何かに気づいた声を出すと——。
「それを見たらチヒロの性格的に絶対止める。止めないと言うことはチヒロはまるで少女漫画みたいな光景を見れて幸せだった疑惑が——」
するとチヒロさんは一気に顔を赤くして机を叩くと立ち上がる。
「ヒビ……ワラさん?」
「ワラ! 火に油を注がないでよ!」
「違う。天ぷら油火災の初期段階に水を掛けたりしただけ」
「だったら濡れた布で止めようと努力して! 少ない水掛けても燃え広がるだけで消えないって!」
その後、なんだかんだあってチヒロさんの怒りを鎮めた。
それからチヒロさんが昼ごはんを食べるまでの間、チヒロさんより先に部室に行って用意をして欲しいと言われたためワラと部室に向かった。
そういえばカマタくんがいなかったけど、理由を聞けば副業の関係で部活には参加できないみたいだ。
この間の遺伝子の調査で放線菌はどの種類のものと近縁かを確かめたけど多少の類似点はあるものの完璧に一致というわけではなかった。
そこで今日はその時にした抗菌検査の結果を見るという感じだ。
冬場は菌を培養しようにも遅い。多分菌も人と同じように動きが鈍くなるんだろう。全ての生命の始祖と同じ姿をしている菌も冬になれば活動が鈍くなるのだから冬休みは宿題なしで寝正月でも良いよね。
菌でさえ寒いのが苦手だし、哺乳類も毛がある理由も寒いのが苦手でそれに対処しないといけなかったからだと思うし。
そうこうして私はワラと部室に行くとまず培養器を開けて中からラップに巻かれたシャーレを四枚取り出す。
このシャーレこそが先日抗菌検査をしたものだ。
シャーレ内に培地を広げ、固めた後に放線菌を培養している培地を筒でくり抜きそれを三箇所に設置して抗菌性を確かめる。
「ねぇ、これ培地に広げたのなんていう名前の菌だっけ?」
「——とりあえず選んだ3種類の有害な標準株。そして最後の一枚は酵母」
「ありがと」
私はラップを外してシャーレを四つ机の上に並べて抗菌円という抗菌物質を置いた際にそこからできる菌が繁殖しない円形部分の測定に入った。
一応今実験で扱っている放線菌と近縁種も一応同じ効果があるのかは調べている。
私は入念に観察し、数分が経過する頃になってようやく終わった。
「ねぇ、ワラ。これと近縁なやつとはどのぐらい似てたっけ?」
「——大体似てた。だけどもう一つの別種類の放線菌とも似ているからそれも詳しく調べないとだめ」
「この作業って確か前の先輩が見つけた放線菌が農薬に有効という調査結果が出て始めてるんだよね。けど詳しく調べていなかったからそれをやろうって流れであってた?」
「——」
ワラは頷く。
この研究は一年してきて発表会で毎回審査員から言われている言葉はパッとしないということだ。一応賞は取れているとは言え、何をしたいのか、どれに集中するべきかを私はチヒロさんに任せすぎている気がする。
だからチヒロさんがきたら一旦話し合いをしようと提案してみるか。
「すみません。遅れました」
「あ、チヒロさん。今ワラと測定してたんだけど、これどっちかに力入れたほうが良くないかな?」
「そう言いますと?」
チヒロさんは首を傾げる。
「ほら。今農薬の研究をしているでしょ? だったら今使っている放線菌の遺伝子調査だけじゃなくて色々と農薬に研究の証明として扱えることしたほうが良くないかな?」
「え、えーと。すみません。もう少し分かりやすく」
「要するに病原菌とかで抗菌検査したほうが良くないかな?これだと新種の放線菌を探してる感じがするし、抗菌検査で特定するなら作物に害を与える病原菌の検査の方がいい気がするの」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫です。先生にお願いしているので」
「あ、そうなんだ」
どうやらチヒロさんは既に用意しているみたい。だとするとこれはそれまでにした方がいいものなんだよね?
「では研究の復習しますね」
チヒロさんはそういうと白紙を机に置くと、一年間の成果を書き連ねた。
まず最初にこの研究で判明したことはアブラナ科に異常なまでに効果が発揮し、割と長寿な作物ができた。
ただそれが体が丈夫になっただけか。ただし作物はいくら寿命が伸びてもあおしい時期に収穫するため結局のところあまり意味を見出さない。
農薬の目的は病原菌から守るため。
「で、そこでなんですかキク先輩からいい助言がいただけまして、キク先輩が来年から通う大学の方で物質の検査をしてくれるか先生が聞いてみると許可を頂いたみたいで来年位は結果が出るみたいです」
「なるほど」
「それまではとりあえず培養液だけかけますね。培養液の栄養が植物に良い効果をもたらしたのかもしれませんし」
——その後チヒロさんの指示に従って畑で作業したりと色々する。今畑にはあまり作物は植えられていないけど、今植えているのはとりあえずコマツナとカブの二種類。
そして作業が終えて私はワラと一緒に同じ電車に乗っていた。
「——ねぇ、ワラが降りる駅過ぎてない?」
「いや、これで良い」
「どうして?」
「妹を迎えに」
ワラはそう淡々と話す。
少し違和感を感じる。だってワラは今までミコミさんを迎えに行っていないし、逆にミコミさんは中学二年生だから迎えに行くこと自体おかしい。いや、夜遅くならわかるけど、まだ外は夕日で明るい。
「何かあったの?」
「——先月からミコミが変な視線を電車で向けられてるって相談してきた。その確認」
「え、電車? 要するに不審者に狙われてる?」
「——」
ワラは会釈する。それから十分が過ぎて、そのまま乗り換える。私は一応ワラについて行った。証人がいた方がいいと思うし。
そして電車に乗るとワラは私をみる。
「別に来なくても大丈夫だった」
「一応証人は多い方がいいでしょ?」
「——分かった」
ワラはとりあえず納得したのかそのまま何も言わなくなった。
とりあえずワラは終始無表情だから何を伝えたいのかがわからないのが難点だけど特段無愛想なわけじゃないのはわかる。
それから一駅乗っていると隣の車両にミコミさんが乗っているのが見えた。
「車両間違えた」
「何してんの……」
「——メール来た」
ワラは懐から携帯を取り出すと画面をじっと見る。隣の車両を見るとミコミさんは入り口前の手すりに捕まり、後ろを気にしているようだった。
「——多分……今おじさんが視線の先にいるからわからないけど、ちょうどミコミさんの後ろにいるよね?」
「——」
次の瞬間ワラは少し早歩きで隣の車両に向かう。私はそれを追いかけるように歩き、隣の車両に移るとミコミさんが驚いた顔でこちらを見ていた。
「——兄さんと……ウズメさん?」
私はミコミさんがチラチラ見ていた方を見る。するとそこにいたのは……。
「あら? ウズメどうしたの?」
お母さんだった。
とうとうお母さんは女子中学生を尾行するほどの人物に成り下がったんだろう。うん。
「ん? もしかして私疑われてる?」
「——ウズメのお母さん?」
「あら? 貴方がこの子のお兄さん?」
「——っ!」
するとミコミさんは全力で頭を上下に振った。
えっと——どういうことだろう?
「ちょっと待って。お母さん説明して?」
その後お母さんはかなり丁寧に説明してくれた。
どうやらお母さんは風景の素材を写真に収めようと出かけていたらしく、帰り道ミコミさんが怖がっているのを見て話しかけると見守っていてほしいと言われてこうしていたみたいだ。
要するにお母さんは無罪だった。
「——その……ウズメさんと見間違えました……」
ミコミさんは顔を真っ赤にしてそう呟いた。
「大丈夫だよ。けどおかしな人に付き纏われているのは本当なの?」
「——はい」
「——そうねぇ、これ見てると気が気じゃないわね。で、お兄さんの方はウズメとどんな関係?」
「同じ組……です」
「——ふーん。ん? 銀髪で赤い目……どこかで見覚えがある気がするけど……とりあえず妹さんが心配ね。その怪しい人の特徴は分かる?」
「——分からないです……怖くて見てなかったので……」
ミコミさんをよく見ると小刻みに震えていた。ということは本当にその人物がいるという証拠に違いない。
お母さんは少し考えるとミコミさんの頭を撫でた。
「——そう……とりあえずこれからはお兄さんと登下校を一緒にしなさい。良い?」
「——はい」
ミコミさんは静かに藁の鋳物の袖を掴んだ。
それからお母さんと一緒に帰り、家までの一直線の道を一緒に歩いた。
「正直お母さんが不審者になったって思ったけど違うみたいでなんか安心した」
「えぇ!? ウズメあまりお母さんを疑ったらダメよ?」
「だって前科持ちだもん。外で胸触ってきたりお尻撫でてきたりの常習犯なんだもん」
私がそういうとお母さんは割と言い返せない言葉だったらしく、悔しそうにしていた。
「まぁ、けど。あの子は——ミコミちゃんはどこかウズメに似ているわね」
「そう?」
「えぇ、瓜二つ。あんなに暗くて人との交流が苦手な感じすごく似ているわよ。だけど、ウズメは根っこはお喋りだから改善したら大丈夫そうだけど」
「——もうっ」
「もう、可愛いんだから」
お母さんはそういうと私に抱きついた。
確かにお母さんの言った通りミコミさんはどこか私に似ている。怖くて誰にも相談できないあたりが特に私。
——キク先輩はもうすぐ卒業する。だから私がミコミさんにとってのキク先輩になった方がいいのかな?
私にはキク先輩のように相手に心から思いやることや、相談に乗ることは下手なのかもしれない。だけどミコミさんにはそう言った人が必ず必要になる。
だからこそ、ミコミさんと似ている私が、なんとかしないと。
今日の夕日は、とても大きくまるで私に温かい勇気を与えているようにも見えた。なら私は今からでも、ミコミさんのことを知ろう。そう心に決めた
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