第23話 情の渦

「話したいことって何?」


 黄昏時の夕方五時、私はワラに腕を掴まれたままその場で立っていた。ワラの目は真剣そのもの。もしかしてこのご機嫌どきにはすけべはことはしないというのは理解できる。

 だとしたら一体何が目的なの?


 「ねぇ、もしスケベな事なら——縫お姉ちゃんに言うから」

 「全く違う。今ミコミは買い物に行ってる。その間に終わらせたい」

 「うん。ならいいよ」

 私はゆっくり座り、ワラも続くようにして座った。


 「それで話って?」

 「——罪の償いがしたい」

 「罪の償い?」


 ワラは無表情ではあるけど今のワラはなんとなく暗い感じはしている。

 ワラは畳に目を落とした。


 「ウズメは藍姫のことは知ってる?」

 「知ってるていうかワラも一緒に聞いたでしょ? 私の魂が藍姫でその生まれ変わりって」

 「——そうか」

 「でもその話題はしたけど罪の——」


 いや、待って。今考えれば白鬼が藍姫の魂に残った原因は確か——。


 『源大夜みなもとのおおや』


 そう、源大夜だ(みなもとのおおや)! 

 

 「気づいた?」

 「——うん」

 「源大夜みなもとのおおやは源氏、すなわち俺の祖先に当たる」

 「償いってことは迷惑をかけたことについて? 別に、気にしてないからいいんだけどね。だって何百年も前のことなんて——」

 「それに足して悪いけど、ウズメのそばにいたあの霊はまさにその藍姫本人」

 私の思考が一回止まった。あの霊が私の前世……え、その人の魂は私の中に——。


 「霊は魂そのもの。だけどその意識が魂と一緒ではないと前世の記憶が分からない。前世の意識というのは小さい時にはよく残っているけど、どんどんその肉体の持ち主の記憶に上書きされるから前世の記憶はなくなる」


 「待って。ワラの言っていることだと、あの幽霊と魂が意識と分離して、その意識があの幽霊ということ?」

 「そうなる」

 「だ、だとしてもあの霊、えっとつもりどういうこと?」

 「その霊は俺に強く当たる。理由はササから聞いてある」

 「どうして?」

 「短くいうと嫉妬。ササが言うには俺は源大夜に似ているらしく、ウズメに好意を寄せるのを嫌がっていると言う。けどその霊はウズメが俺と仲良くしたいのがわかっているから呪うに呪えない」


 「今更っと呪うって聞こえたんだけど気のせい?」

 「気のせい」

 ワラは正座を崩して胡坐をかく。その時ワラがほっと一息ついたのが分かった。多分痺れて痛かったんだろう。


 「藍姫は源大夜みなもとのおおやと結婚したのが嫉妬の主な原因。さらに嫉妬の他に怒りがあって、俺が源大夜みなもとのおおやと違って感情が表現できず、力が弱くて生まれ変わりであるウズメを苦しめていることへの怒り」


 「怒り——」

 「それを聞いた俺は決意した。意地でもウズメの魂に巣食う白鬼を今すぐ斬ると。そして君のことを知って心を理解することを」

 ワラは私に詰め寄る。私はそのまま尻餅をつきつつも後ろに下がっていき、壁が背中に当たった。


 「ウズメ。今から言うことは本心。あの霊がいないから言う」

 「う、うん……」


 その時ワラから腹の虫がなく音が聞こえた。

 「——先におやつ食べていい?」


 「え? う、うん」


 ————————。

 ————。

 ——。


 夏休みが終了して早くも三日。まだ朝礼まで三十分もあり、自由研究の提出日。

 私は三日前のことが忘れられないのと、ワラをつい目で追っていまう。

 ワラのことを考えると顔が熱くなる。どうして三日前ついあの答えを出したのかが不思議でしょうがない。


 「もう、私って軽い女なのかな……」


 三日前、私はミコくんから「ずっとそばにいて欲しい」と言われた。

 意味合いは白鬼とかから守ると言う解釈で私は「べ、別に良いけど。だったら私もあなたのそばに居るから……。わ、ワラこそ見捨てないでね?」と返答した。


 だけどどこか聞き覚えのある言葉だと思って調べてみるとチヒロさんと見に行った映画の言葉だった。それも告白の言葉。

 私はそのつもりじゃなかったけどあの返答はどう考えても「付き合ってください」に対して「良いですよ」の意味になってしまう。


 そこで縫お姉ちゃんに相談したものの「とりあえずしばらく付き合って、嫌だったら言えばいいでしょ? ミコトくんは良い子だからウズメの意見を尊重するし」と返された。


 で、次に悩んでいるのは付き合っているというのが私の誤解だった場合。例えば今九月だから来月の記念祭でワラに「こ、恋人同士だから、一緒にまわろ?」と言って「——え?」と返されたら流石の私でも心がもたない。


 いや、私心弱いから心配のしすぎで先に壊れそう。

 そんな時隣から椅子の足が床に擦れる音が聞こえた。


 「あ、ウズメさん。おはようございます」

 「おはよう。チヒロさん。その筒は?」

 朝にも関わらずに汗をかいて投稿したチヒロさんは珍しくも長い筒を持ってきていた。


 チヒロさんは私の視線の先にあるというのに気づき肩にかけている筒を下し中身を取り出した。

 「こちらは研究基礎の課題の張り紙です。本当に危なかったです」

 チヒロさんは満足そうに息を漏らす。

 「それは良かったよ。チヒロさんは何の研究にしたの?」


 チヒロさんの顔から表情が消えて視線は明後日の方角を向いた。

 「——聞かないでください……」


 「う、うん」

 これ以上聴かないようにしよう。


 それから朝礼と始業式が無事に終わってチヒロさんと一緒に部室に向かった。中に入ると珍しく部室の扇風機がガガガガと音を立てながら回っており、ワラとカマタくんの二人がすでに席についていた。


 そして教卓にはツキヤ先生が座っていた。

 私とチヒロさんに気づくとツキヤ先生は手に持っている専門書を机に置いた。

 「ん? 二人ともきたか」

 「はい。ツキヤ先生」

 

 ツキヤ先生は紙束を持つと私たちに配った。


その紙には以前の発表会の審査員の意見と実験の反省点と改善点。さらにキク先輩の助言がびっしりと書かれていた。


 「この紙はキクさんが夏休みに生物芸術の研究の際に暇だからと作ってくれたんだ。もちろん君たち以外の研究班のも一緒にね」


 「——キク先輩」


 そういえばキク先輩は春と夏と秋の試験を通して大学の受験をするんだったね。忙しいはずなのにわざわざ研究をするなんて。


 「あーそしてこれキクさんが伝えてほしいと言っていたことなんだけど良いかな? ウズメさん」


 「私ですか?」


 「キクさんが記念祭の生物芸術の作品未完成なのが二つ残っているから任せたとさ」


 「——わ、私に、ですか?」


 「あぁ。記念祭での生物工学部の動きは今から伝えるよ」


 ————————。

 ————。

 ——。


 説明が終わったツキヤ先生は息を大きく吸った。

 「以上が説明だけど、入れそうな時間があったらいつでも言ってくれ。この後俺は会議だけどすぐにクニイサ先生が来るから」


 「分かりました。ありがとうございます」

 チヒロさんはそうあた亜mを下げ、私はつられるように頭を下げた。


 ツキヤ先生が教室から出るのを確認したチヒロさんは眉間に力を込めて渡された記念祭での出し物について悩んでいた。

 「チヒロさんどうしたの?」

 「いえ、出し物の中でマンネンタケをお茶にして飲むのが気になったもので。そして黒ニンニクに甘酒に化粧水……」


 「まぁ、これは研究班で分担やし俺たちがするんはマンネンタケを売るだけだから楽なもんやろ。な、ミコト」

 カマタくんは気さくにそう返してワラの背中を叩く。

 う〜見るのが恥ずかしい。

 「——苦いのは苦手」とワラは小さな声で言う。

 「嘘つけお茶好き。こないだツノムと虫料理食べに行ってたやろ?」

 「——今はだめ」

 「ん? そか。ま、夏休みに良い店見つけたから三人で食いに行こか!」

 カマタくんは楽しそうに笑った。


 「——そういえば私たち夏休み一緒に遊んでなかったですよね?」

 チヒロさんは悲しそうに下を向いた。

 「いや、水泳行ったでしょ? それと公園で運動したりとか」

 「あれは……ほぼ私の醜態お披露目会だったじゃないですか」


 チヒロさんは頬を膨らませると私の耳をこしょこしょしてきた。

 

 これは割とチヒロさんにとって嫌な思い出だから口に出すのはよしておこう。

 あの時はチヒロさんが水泳が苦手なのを私に言って、その練習に付き合ったんだっけ。だから水泳の授業は計測の結果は良かったはずなんだけどね。

 

 チヒロさんは紙束を机にそっと置いた。

 「ではみなさん。二学期の研究についてです!」

 チヒロさんの大きな声に私たちはチヒロさんに視線を合わせた。


 二学期の研究方針はざっくりまとめたらこうなるだろう。


 ・今後は農薬だけではなく栄養剤としても研究。

 ・野菜をアブラナ科、ナス科のように分けて細かく研究。

 ・従来の農薬や栄養剤と異なる点について研究。


 以下の三つだ。二学期中に行けるかは微妙なところだけど後二年以上あるから大体は行けそうな感じはする。

 そこで今日の作業は畑を再度整備して秋野菜を植える準備に取り掛かった。


 「じゃ、行きますか。植える野菜の準備は夏休みに終わらせていたので」


 どうやら今から植える秋野菜は大体チヒロさんが夏休み中にさりげなく用意していたみたいだ。

 するとチヒロさんは植木鉢を一つ都鐵机に置いた。

 「植えるのはジャガイモ(ヤガイモ)と農業実習の先生からいただいた大根とほうれん草の三つです。来月はそら豆を追加する予定です」

 「じゃその四つなんだ」


 チヒロさんは農薬の研究にやる気を見せている。私は少しの間ふたつ兼任することになってしまったけど私のこの研究に対する士気は変わりようがない。


 「あ、それからなんですが——」とチヒロさんは思い出したかのような声を出す。


 「実は記念祭が終わった直後に張り紙発表会があるのですが、先生から出るかどうか今朝聞かれたんですがどうしましょうか?」

 あぁ、発表会か。夏休み中にあったのだけと思っていたけどそんなはずないよね。だけど夏休み中一応研究していたとは言ってもその一ヶ月の間で分かったのは菌があるかないかでもあまり変わらず、一応違いが出ていると判断できているのはアブラナ科に対してだ。

 だけど試料が少ないから発表で使えるのかが微妙。

 だけどチヒロさんにはきっとなにか秘策があるはずだ。


 「うん。なるほどな。自分はキク先輩とオホウエ先輩との研究があるから中々この研究に参加できんけどなにかあったらいつでも呼んでな」

 「ありがとうございます」とチヒロさんは頭を下げた。


 「さてと」


 チヒロさんは紙をカバンに戻した。


 「では、畑に行きましょうか。早いところ終わらせましょう」


 チヒロさんはそういうと畑に向かった。私もそれに続いて畑に向かい、もはや日常の光景となった作業を終えて実験室に戻り、各々帰宅した。


 家に着いた私は早速自室に戻り、座布団を枕にうつ伏せになった。


 「……ワラと今日話して無かった」


 今日ワラと何か話そうと考えたけど目で追うばかりで恥ずかしさのあまり近づくこともままならなかった。


 「うー……。やっぱり私は人と話すの苦手……」


 『大丈夫だよ?』


 「え、そうですか? と前に誰?」


 私は座布団から顔をあげる。ボーとしながら目の前を見ると自由研究に付き合ってくれた幽霊がいた。私にそっくりだけどどこか大人びた幽霊。ワラ曰く藍姫本人。

 だけど今話しかけてきたよね?


 「話せるんですか?」


 『最初から話してましたが……。聞こえていたんです?』


 幽霊は頭を傾げた。


 「今日からです。幽霊が見えるわけないです」


 『プフッ! ですよね!』


 幽霊は私を馬鹿にしたように笑った。

 

 「——」


 『ごめんなさいって。まぁ、大体原因分かります』

 

 「どういうことです?」


 幽霊は行く利と私の胸に手を伸ばし、触れた。


 『昨晩あなたの心と調和いたしました。霊というのは心が繋がれがお互い意思疎通が可能と聞いたので』


 「——まぁ、一応納得しておきます。でもどうして話をしようと?」


 『……えっと、異性不純恋愛に関しての説教をと』


 「——! い、いいたんですか!?」


 『いいえ。今日学校に潜入したときに行動から把握しましたよ』


 私は座布団で顔を隠す。


 「ど、どうして〜!」


 『ですが付き合うぶんなら今後私は彼に強くあたらないでおきましょう』


 「え、良いんですか?」


 『もし彼が別の女と付き合うものなら呪いましたがあなたとなら妥協しましょう。毎晩夢に出て脅した甲斐がありました』


 その時ワラが話した嫉妬という単語を思い出す。もしかして——。


 ワラは呪いを恐れて私と付き合った?


 「そ、そうですか。確かに呪われるぐらいなら私みたいな女と付き合いますよね!」


 違うよね? 絶対違うよね?


 『どうかしましたか?』


 「な、なんでもないです……」


 すると幽霊は立ち上がった。


 『では、そろそろお母様がきますので私は姿を消しておきましょう』


 「あなたは何が望みなんですか?」


 『——』


 「あ、あなたは何が望みなんですか? なんで消えないんですか?」


 『簡単ですよ』


 「——?」


 幽霊は私に顔を近づける。


 「な、なんですか?」


 『白鬼を殺すまでです』


 幽霊は静かに、それも冷たく立った一言それだけそ言い放った。


 それから一ヶ月後の記念祭。

 誰もいない教室で私はワラを押し倒し、馬乗りしていた。


 こうなった原因は一つだけじゃない。

 もっと、深いところに原因があったからだ。


 ——————。

 ————。

 ——。


 チヒロから二学期の研究目標をつらえられた日の夜。すでに日付が変わって家の外も中も深淵に飲み込まれた時間帯に住宅地の一軒家の中で顔面蒼白となっている銀髪赤眼の男ヒビワラノミコト、また狼少女からはワラと呼ばれている青年ミコトは無表情ながらも目を泳がせながらトイレに向かって歩いた。


 すると前の廊下から妹である見込みが出てきた。ミコミはボーとした顔で歩き、ミコトに気づくと足を止めた。


 「兄さんどうしたの?」


 ミコミはやんわりとした眠気が混ざった話し方をする。


 「——また幽霊に謎の音頭を聞かされてる……」


 「謎の音頭……。この間話してた好きな子ーにこ・く・れ的な音頭?」


 ミコトはゆっくり頭を上下に動かした。


 「それは最近は夜の間なら寝ても起きてもその幽霊の音頭が聞こえる」


 「——兄さん」


 ミコミは頬を膨らませる。


 「トイレ行けなくなるからやめて」


 「分かった」


 ミコトは寒気を感じながらトイレに向かい、そのまま寝室で再びうなされながら寝る羽目となった。

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