第21話 発表はやっぱり金賞が欲しい
————発表会当日。
正式には高校生農業研究大会という名前で、私たちの研究はその大会の張り紙発表部門という場所でお披露目となる。
張り紙発表は大きな部屋で行い、決められた場所にある板に貼り付けて発表を行うのだ。
この大会の会場は華鳥(けう)の南にある町の梅の木という町の少し外れにある大きな建物で行い、中央の大広間で開会式と大会の規則を説明してその後発表だ。
現在私は大会の会場の建物の前におり、そこにはチヒロさんやワラとカマタくんを含め、初めて顔を見る生物工学部の先輩たちだ。
この大会は農業系の部活も参加しているため、生物工学部以外もいる。
建物は梅の木駅前忠弘高塔と呼ばれる。
その建物はまるでお城の天守閣のように華やかで、維持費がとんでもないだろうと見ただけでもわかる。
で、そこに唯一ふさわしいとは言えない一人の男がいた。
その男ことワラにゆっくりと近づく。
「ねぇ、ワラ。どうしてまだひょっとこのお面つけてるの?」
「——?」
「いや、発表会だから付けるのはまずいと思うんだけど。もしかして何かあったら——そ、相談して欲しいというか……」
「だったらウズメの後ろにいる祖霊がメンチを切ってくるのを止めて欲しい」
「え?」
私は後ろにいる幽霊を見る。
幽霊はまさにワラが言った通り、ワラに対して怨念が籠った眼差しを向けていた。
これは笑いたくても笑えない。
「ワラ、何かしたの?」
「身に覚えがな——」
ワラが一歩、また一歩後ろに下がる。
理由は簡単だ、幽霊が睨みながらワラに詰め寄ってるからだ。
そんなんときワラと私の挙動不審な動きが気になったのかカマタくんが歩いてきた。
「ん? ミコトどうしたんや?」
「あ、カマタ君。その、えっと——」
「——あーあの怯え方多分幽霊にまた目をつけられたかな」
「あ、そう。いや、なんで知ってるの?」
専門家のように解説するカマタ君につい質問してしまった。
「あ、その。迷惑だったら——」
「いや、いや。迷惑じゃないよ。それにこれ何度も見たしな。それになんだかんだミコトとは10年以上付き合いあるから大体のことは把握してるしな」
「なるほど。——あ、何度もって、ていうかあれワラやっぱり怖がってる?」
「せやで。ミコトは顔には出ないけど結構内面は感情豊かでな。特に怖いものがいると今みたいにさりげに逃げようとするんや」
「——へぇ……」
「確か旅に出た時の話を聞いても絶対幽霊の話はしなかったなー。妖怪とかはするのに」
——なんだろう、少しワラのことをかわいいって感じてしまった。
「ま、あの反応が続いたらちょっとおかしな人認定されるからそろそろ助けてやるか」
「あ、どうするの?」
「簡単簡単♪」
カマタくんはそう言ってワラに近づくと、慣れた手つきでひょっとこのお面を取り外した。
次の瞬間、ワラから目の光が消えた。
私はカマタ君をる。
「ねぇ、これ大丈夫?」
「普通に気絶しただけやな」
「——」
私とカマタくんがそうしていると後ろから圧を感じた。
振り向くとチヒロさんが頬を膨らませていた。
「もう、ウズメさんとメガネくん。何してるんですか」
「——?」
「おう! ——いや、俺だけ呼び方ちゃうやろ!?」
しらを切ってやり過ごそうとするとチヒロさんは一度ため息をつく。
「もう、そろそろ中に入りますので行きますよ」
「いや無視せんといてー……」
カマタくんの声はどこか寂しさを感じた。
建物の中はとても広く、中には学生たちがたくさんいた。
私たちは一度区にいさ先生呼ばれ、紙を渡された。
私たちの研究班は昼に発表するから午前中はゆっくり他校の発表を聞く。で、今渡した紙に感想を書いて提出しろと。
ちなみに今この場にいる教師はツキヤ先生の他にいつも見ているはずが、割と久しぶりに見た気がするおじいさんかつ、生物工学部顧問のクニイサ先生、それからササ先生とツキヤ先生だ。
その後キク先輩が誘導して張り紙発表を行う部屋に案内され、柱に貼り付けた後中央広間に入り、大会の説明や開会宣言などを聞いた。
その後様々な他校の研究が書かれた薄い紙の束を受け取った。
後は午後まで自由行動。
チヒロさんを見ると手にこの発表会で紹介される研究が他のところの発表を聞きに行こうと移動していたため、私はついて行った。
「え、チヒロさんはどこにいくの?」
「私ですか? ——いえ、特にはないのですがちょっと気になる研究があるのです」
「どれ?」
私はチヒロさんが指を指し示している文字を読む。
そこにはとても短く『冬虫夏草を生で食べてみた』と書いてあった。
「確か冬虫夏草って高いやつだよね?」
「はい。冬虫夏草を生で食べるなんて正気の沙汰でもないので気になったんです」
私は頭をブンブンと振って会釈する。
——普通に食べても大丈夫なのかと悩んだのは秘密にしておこう。
それから昼までの間に私とチヒロさんは会場を見て周り、色々な発表を聞いた。
ちなみに冬虫夏草のやつはただただ気持ち悪く、発表者の目が死んでいたことは言うまい。
私は参考になればと研究内容が書きまとめられた張り紙を見て、どれが一番見やすく、魅力的に感じるものかを考えた。
張り紙での発表の構成は一枚絵を表示して切り替えて発表する映写機での発表とは異なり、詰め込む情報の量は限られている。
その点を見れば私たちのところの張り紙は図の数を増やして文字は見やすく大きくしたりなどかなり気を使った設計のはず。
他の発表を聞いている最中、私はチヒロさんを見た。
「ねぇチヒロさん。私の作った張り紙あれで大丈夫だった?」
「張り紙ですが? はい。大丈夫です。むしろ問題は私の方です。緊張してしまうと声が出せなくなるので。むしろウズメさんんこそ、発表を練習でした時でも声をきちんと出せていたので、落ち着いていけばできるはずですよ」
「——そ。そう?」
私は恥ずかしさを紛らわせようと髪を耳にかける。その光景をチヒロさんはクスクスと楽しそうに笑った。
「まぁ。ウズメさんが卯月の時と比べて感情がはっきりとしてきて見ていて嬉しくなります」
「——もう」
チヒロさんは嬉しそうに私の手を握った。
「では、発表会がんばりましょうね」
「うん!」
そして研究を見て回ったようやくお昼。
お昼は建物内の三階にある食堂で取った。私は親子丼をいただき、チヒロさんは定食を食べて最後のおやつに羊羹を食べた。
つい美味しくて尻尾を振り回し、後ろの人を尻尾でペシペシ叩いて謝る羽目になったけど、許してもらえて何よりだ。
「ふふっ、ウズメさんは本当に子供みたいで可愛いですね」と、昼食を取った後チヒロさんに言われたが言い訳できない。
そろそろ発表だから自分たちの張り紙のところに戻ろう。
貼り紙を貼った部屋に戻ると、ワラやカマタくんも戻ってきていたようで先にお互い最終確認をした。
発表としては私とチヒロさん、ワラとカマタくんとで交代で行う。前半は私たちが発表して後半はワラたち。
発表時間は一時間半だから四十五分ごとに交代。
私は発表原稿を持って張り紙の隣についた。
「よし、がんばるぞ……」
「あ、ウズメさん」
私が気合を入れている時、チヒロさんが指し棒で私の手をツンツン突いてきた。
「どうしたの?」
「言い忘れていたのですがあのひょっとこのお面はウズメさんが誕生日にヒビワラさんに送ったのですか?」
「え、いや送ってないけど——。え、ワラの誕生日ってもう過ぎてたの? チヒロさんは知ってたの!?」
「はい。邪神関連で大きく迷惑をかけたのでその償いみたいな感で。誕生日はヒビワラさんに直接聞いたので。もしやウズメさんはご存知じゃなくて?」
「——」
その邪神の償いって、私もしたほうがいい流れじゃない。もちろんいずれしようと——。
いや、ワラには胸を枕にしてあげたんだからもう大丈夫よね?けど、やっぱりお世話になているわけだし改めて何か送らないと——。いや、ていうかもう過ぎたからワラに何が欲しいか聞いておこう。
「あ、こんにちは」
「——あ」
悩んでいるうちにどうやら発表を聞きにきた人が現れた。それも複数人。
ま、今は発表に集中しよう。
「では、始めます——」
チヒロさんは大きく息を吸って発表した。
発表はやはり順調だった。チヒロさんは練習の時は徐々に声が小さくてなっていき、一度失敗すると恥ずかしさでもう声が聞こえないほど小さくなったけど、今回は大丈夫そうだ。
聞いている人は五人ほどで、みんな大学や他の高校の先生たちだけど審査員じゃないよね?
「以上で発表を終わります」
そしてなんとか発表が終了し、後は質問攻めに耐えるだけだ。
そして最初に手を挙げたのは一番致死をとっていそうなおばあさんだった。
「えーとね。質問だけど良いかい?」
「はい。大丈夫です」
「研究しているのは農薬で、植物体の重さを図っているみたいだけどちょっと半年だけではわからないんじゃない? あとそれはもう農薬じゃなくて栄養剤だと思うわよ」
「あ、えーと——」とチヒロさんが詰まった。
しょうがない。
「その通りです。そのため、今は植物体で同じ条件下で実験を行い、農薬、栄養剤と並列して進めて行きます」
「へぇ〜。良いじゃない」
お婆さんは納得してくれたようだ。
それからは私が大体の質問を答えた。難解な質問は答えられなかったけど、この場はどうにかなった。
「いやー面白そうですね。この研究二年前まではきっちりしていたけど、突然しなくなったから気になったんですよね」
「え、しなくなったと言うのは?」
私は一人の男教師の独り言につい質問してしまった。
「はい。確かキクさんでしたっけこの高校の。確か一年生の時に先輩たちが風邪で休んでしまって、一人で発表したんですけど。説明がわかりやすくて発表態度も良くて、今後の展望も合理的だったんで唯一なんと一年生で最優秀賞を取ったんですよ」
「「え、最優秀賞!?」」
私とチヒロさんは二人して声に出して驚いた。
そしてその教師にありがとうございましたとお礼を言った後、私はチヒロさんに話しかけた。
「——キク先輩って、凄いんだね」
「はい。日頃の学校の行動を見ても思いますが。聞いた話だと三年間定期テストは一位で、高校の入試も首席だったそうですよ」
「チヒロさんもじゃない?」
「いえ、私は入試は二位でした。定期テストは一位ですが」
そんな他愛もない話を聞き手が来るまで何度も繰り返した。
そして前半戦の最後の一人は長い白髪に丁寧に整えられた顎髭を生やしたお爺さんだった。
私とチヒロさんは先ほどと同じ手順で発表する。
お爺さんは満足そうに頷き、そして発表が終わると拍手までしてくれた。
「凄いね、君たち」
「——その声?」
お爺さんにしてはとても高い声で、しかもどこか聞いたことのある声だった。
「質問だけど放線菌は陽性細菌か陰性細菌かご存知かい?」
「陰性陽性?」
「ウズメさん。ここでの陰性陽性は電気のことではなくて細菌を染色したときの色合いのことです。陽性細菌は紫色に染まって、陰性細菌は紫色に染まるんです。その違いはペプチドグリカン層(ペプチレ糖層)が厚いか薄いかの違いです」
私が疑問の声を出すと。チヒロさんが丁寧に解説してくれた。
お爺さんはそれを聞くと満足そうに笑う。
「うむ。そうじゃな。では、放線菌は陰性か陽性どちらかな?」
「あーえーと……」
「放線菌は陽性菌。多分一年生のうちに学ぶだろうし、こういう質問をして発表者が放線菌に対してどれほどの知識を有しているかを試す人もいるから、覚えておくといいよ」
「あ、ありがとうございます」
「それでは発表を頑張ってね」
お爺さんはそういうとこの場を後にした。
「あのお爺さん、声的にチトセ校長先生ですよね?」
チヒロさんはボソッとそう口にした。
それから四十五分が過ぎて一旦発表はなんなく終了。
「お疲れさん。飲みもん買ってきたで」
発表を終えて少しの休憩時間にカマタくんが飲み物を買ってきてくれ、私は果汁を受け取った。
ワラは武者振るいをしているのか指し棒を受け取るとじっと見つめた。
あ、今のうちに聞いておこう。
「ねぇ、ワラは誕生日——。過ぎちゃってると思うけど何か欲しいのある?」
「——? 誕生日?」
ワラはじっと私の顔を見る。本人は考えているだけだろうけど、もしここでスケベなことを言わないかが気になる。
「——金賞?」
「金賞?」
「この発表会での金賞」
「あー」
なんとワラの夢は大きいのか。絶対無理ではないけど、まだ研究途上なわけだから——うん。
「あ、頑張る!」
「——」
ワラは静かに頷いた。
よし、代わりに何か送っておこう。もし無理だった用だけど。
交代した後、私は日まず着てどうしたものかと会場を回る。
チヒロさんは先生を探すとかなんとかでどこかに行ってしまった。
「正直ここの発表もうほとんど見ちゃったし、四十五分間本当に暇。あ、キク先輩はどんな発表をしてるんだろう。見にいこっと」
私はキク先輩の発表を見にいくことにした。
それから人混みをかき分けて目的地に向かっていると気づけば人がいないところに出ていた。
あたりを見渡してもチヒロさんはいない。
「あ、迷った?」
それしか答えはなかった。
私はその場をぐるぐる歩きながら考える。
そして得た答えはなぜ地図を持ってこなかったのかだ。
「地図、忘れるんじゃなかった」
私は自らの愚行に後悔した。
それから四、五分ぐらい歩いて分かったことがある。この建物とんでもなく広い。しかし、この場所で見えるのが男の人だけで、私を見るとそのまま走り去る。なにか不気味だ。
ちらほらいる男の人は統一性のある着物を着ており、胸には校章が書かれている。
見た感じ怪しい宗教関係者じゃないことはわかるけど、どことなく不気味だ。
あ、ワラのメールアドレスって保存してたよね?
私は携帯を取り出し、メールを送ろうとした——けど。そういえばワラと言の葉の話ししていたよね?
言の葉は確かその人を導く言霊術。
「いや待って、確かいつの日か言の葉でワラは『オロチ』って言えば導かれるって——あれ?」
私の目の前に光の筋が現れた。
「——もしかしてこれが導いてくれるの? ——とりあえず行ってみよう」
私は光の筋み導かれるまま進んでいく。
その時携帯が震える。
「ん? 誰からだろ?」
携帯を見るとワラからだった。
「ワラ? えーとなになに——審査員が大量発生。——えーと。頑張ってっと」
はっと我に帰ってあたりを見る。
良かった、聞かれてなかったみたい。
「——ワラ、発表しないでメールに集中するのはやめてよね」
ん? 寒気?
「おっとー。声が聞こえると思ったら、かわいい子がいるじゃーん」
後ろを振り返ると、さっきからあたりを歩いていた男と同じ服装をしていた。
背丈は私よりダントツで高くて首が痛くなりそう。
男は私の顔を覗き込む。
「ん? おーとお前はウズメかぁ! 中学の時と違って余計に性癖を拗らせそうな体型になってるじゃねぇか!」
男はそういうと私に抱きつこうと飛びかかってきた。
私はそれを避ける。
いや、本当に誰? ——声的にイズミさんと初めて会った喫茶店にいた男の人にそっくりだけど——。
男の手が私の方に触れた。全身が震え、汚物が穴という穴からが出そうなほど恐怖で一瞬力が抜ける。
これは私の生存本能がこう告げている。
逃げないと——!
私は男を突き飛ばすと全速力で反対方向に逃げた。
しかし、後ろから上履きが地面を高速で叩く音が鳴り響く。まるで獣が獲物を襲うかのように。
「おいおいー。あの時と違って服脱がしたらダメなのかぁー? あぁ?」
「え、嫌ですけど。それと恥ずかしくないんですか? 高校生ですよ?」
「あー! ジト目はやっぱいい。あぁー思い出してきた——」
だめだ、止まったらだめだ!
私は何も考えずに後ろに全速力で逃げた。
私は建物中を駆け巡り、人を探した。階段を降りて人がいるところに向かった。
後ろではまだ男が全速力で追いかけてくる。
「やだ、ヤダヤダ!」
脳裏で再び嫌なことが走り巡る。
中一の始め。放課後で教室で突然襲われ、学年問わず私を襲って初めてが奪われそうになった日。あの時保健室の先生が助けに来なかったら私——!
逃げてるからダメなの?
あ、逃げたらダメだ。
社会は誰を味方する? 犯罪者か? 今まさに追われてる被害者か?
ここは学校じゃない! 社会だ!
私は息を大きく吸い、足を止めて男を見た。
「——今発表会! だったら私たちよりいい成績残したら聞いてあげる! それが嫌なら諦めて!」
「お前——! クハハハハ! いいぜぇ! そうするかぁ?」
男は大笑いしてその場で止まった。
「——負けたらもう二度と関わらないで」
「ひゃーははは! 言ったな? 言ったな!? ユダンダベア人には二言あらずだ!」
その時、しゃべり声が後ろから聞こえてきた。
「久しぶりのおにぎりおいし〜です! ありがとうございますチヒロさん!」
「いえ、進路の相談に乗ってもらっているのでお礼をと思いまして」
振り返ると視界にチヒロさんとササ先生が見えた。
「——や——あれ?」
ササ先生は私を見ると先程のほんわかとした顔から武人のような凛々しい顔つきになって私に近づき、私を後ろに誘導した。
チヒロさんは私と対峙する男を見て何かを察したのかすぐ走って逃げれるように私の腕を掴んだ。
ササ先生は男を見る。
男はそんなササ先生を見て冷や汗を流しているのか、足はまるでゴキブリのようにカサカサ揺れ始めた。
「な、なんなんだよぉう」
男は後ろに下がる。
「——逃げれるとでも?」
「ひっ!」
男はその場に尻餅をつき、足だけじゃなく腕までカサカサ動き始めた。
「ウズメさん、何があったのか短くても良いので説明してください」
私は懇切丁寧に短くまとめて話した。
そしてササ先生は軽く笑う。
「——まぁ、付き纏ってなおかつ追いかけ回した時点で迷惑罪なので通報したらもう勝ちですけどね。それで、あなたの名前は?」
ササ先生は氷柱よりも悍ましさを感じる指先を男に向けた。
「お。俺は沼津! ヌマツだぁ!」
「ほーう。で、あなたはどこの高校で? 通報しませんので。”まだ”」
「し、私立
「私たちは若命高校です。少なくとも人間性は貴方よりよくて? それで、貴方は発表が終わったんですか?」
「ぜ、前半だからとっくにだ!」
「なら結果が出るまで大人しくしましょうか。では——。とっととここから立ち去ってください」
「——!」
ヌマツは全速力でハエの羽の如く腕を振って、ゴキブリの如く足を動かしてこの場から立ち去った。
ヌマツが見えなくなったのを確認するとササ先生はため息をついて私を向くと軽く手刀を頭に当てた。
「——もう。強気になったのは良いことですがもし私やチヒロさんやミコト君がいなかったら危ないじゃないですか。キク先輩がいるからどうにかなったでしょうけど」
「す、すみません」
ササ先生とチヒロさんに頭を下げる。
二人には本当に迷惑をかけた。この場に二人がいなかったらこの後さらにひどい条件を勝手に付け加えられた可能性があるし、もしかすると逆上させてその場でひどいことをされたのかもしれなかったからだ。
チヒロさんは静かに私の尻尾を撫でた。
「——大丈夫ですよ。ですが、ここは人が少ないので発表しているところに戻りましょう。というか、ウズメさんはどこに行こうと思っていたんです?」
「うん……! えーとキク先輩がどんな発表をしているのか気になって」
「キク先輩ですか? あの人は確か明日発表で、今日は学校のサイトにある学科別の日誌に載せる写真を撮りにきてるみたいですよ」
「え、そなの?」
「はい。確か今は私たちの研究の発表のところを撮っていると思いますね」
「なるほど」
私はチヒロさんに案内される形でキク先輩を探した。ちなみに今は後半の発表終了まで後十分らしい。
結構私のんびり迷子になっていたんだと実感した。
そんな感じであたりを回っていると遠くの方でキク先輩が見えた。
場所はチヒロさんが言っていた通り、私たちの研究を聞いていた。
「あ、キク先輩」
「あ、ウズメちゃんー!」
キク先輩は私に気づくと首にかけていたカメラを持ち上げるとシャッターを切った。
「くっ! 流石チヒロちゃんね。私の高速シャッターを回避するなんて……」
実際にチヒロさんを見てみるといつの間にか手で目を隠していた。
「くっ、これが達人か……」
「達人ってなんのですか。——とにかく喜んでもらえて何よりです」
その後私はワラとカマタくんの発表を聞いた。
いうならこの二人の発表は完璧だった。息が合って質問で片方が止まればもう片方が補助し、聞き手が飽きないように時々軽くふざけて場を和ませたりと空気を大事にしているのが伝わった。
それにしてもワラは学校でも発表会並みにわかりやすく喋ってほしい。
発表は審査員にも好評だったみたいで、発表が終わったのと同時に放送が入った。
『これにて発表は終了です。参加者は中央の大広間に集合をお願いします』
「あ、終了した」
「そう言えばチヒロさんはどうしてササ先生と?」
「あー。ササ先生が一人では心細いとおっしゃったので一緒に回ってましたよ」
「——ササ先生」
私はササ先生は大丈夫だったのかと不安に思いながら中央の大広間に向かった。
それから三十分ほどの賞状授与式、そして閉会宣言とで色々と喋ってようやく終了した。
ちなみに結果はスズカ先輩たちは金賞。私たちは惜しくも銀賞だった。
けどワラは銀賞でも満足げな顔をしながら賞状を見ていた。
その賞状はしばらくしてクニイサ先生が回収し、後日複製して渡すと言った感じで本日の発表会は無事に終了した。
私は全然だったけど。
私は各々の学校が集まって話している中、ササ先生が来てくれた。
「そこでぴょんぴょんと音美になってどうかしました?」
「いえ、賞状が配られてる時少し寝てしまったので勝負の行方が……」
「あーあれですか。あの人の惨敗でウズメさんが圧勝でしたよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。賞はひとつも取れてませんよ。これで不安なことは何一つありませんよね」
「——ですね」
ササ先生はとても優しい顔を私に向けた。
帰り道、私はササ先生とワラとの三人で途中で部活のみんなと別れて、ほぼ別行動で帰宅した。
「あ、ウズメさん。一応話しますが先程の
「え、確か少年院心理検査って重犯罪を犯した人だけ——あ」
「そうですね。あの
「——そうですか」
私はとりあえず返事をする。
その後ササ先生は私をいじめていた人たちの詳細をはっきりと説明してくれた。
私をいじめていた人はあの男子生徒と同じような末路をたどり、ほぼ不自由な生活を強いられているという。
今回のように心理検査として釈放されたのは三割弱で、残りはほぼ出られないと言う判断らしい。
ちなみに私を助けてくれた保険の先生がユダンダベア連邦を構成している一国。安雲皇国。まぁ、私が引っ越す前に住んでいた下狛村はそこの行政下だったわけで安雲政府一役買ったようだ。
私はそれを聞いて恐怖心とかは不思議と湧かず、むしろもうどうでも良いと言う感情でいっぱいだった。
確かに怖い目に遭ったのは事実で、彼らが私が今まで受けた恐怖を味合うなんてことは現段階ではないだろう。
その代わり罪に気づくか気づかないかで死後がどうなるのかが変わると私は思う。
その話を聞いた後はやはりと言うべきが空気が重かった。
「あ、ワラ。その、金賞取れなくてごめんね」
「ん? どうして謝る?」
「た、誕生日に送るの——」
「大丈夫。銀でも嬉しい」
「む、もしやウズメさんミコトくんの誕生日を知らなくて!?」
私とワラの会話にササ先生が嬉しそうに割って入ってくる。
「は、はい。で、今日金賞を狙ったんですけど、出来なくて」
「謝ることはないです! なぜなら今年の誕生日に送ったものを他人にあげられた私が言うので?」
え、他人に送った?
私はワラを見る。
「他人に送るってどう言うこと?」
「——女物の着物贈られた人のこと考えたことある?」
「お、女物!? ササ先生? ——どう言うことですか」
「ふっふっふ。甘いですよウズメさん。ていうかミコトくんでまた遊びたかっただけなんです! だって中学まではミコトくんはミコミちゃんとそっくりさんなほど似てて可愛かったんですよ! 今は髪は短いですが、昔はミコミちゃんと同じぐらいだったんです!」
ササ先生は訳のわからないことを熱弁する。
「けど鉢巻は嬉しかった」
「ふふん! やはりそうですよね!」
ササ先生はいつにも増して興奮気味に話す。ちなみに学校ではまるで名家のお嬢様のようにお淑やかに話しているけど、多分今のが本当の口調だろう。
「ササ先生もササ先生でそこまで拘りますか?」
「そうです! それにミコトくんなら欲しいものなら欲しいと言いますよ。もちろん、信頼できる相手にですが」
「信頼できる相手?」
「あ、多分ウズメさんには言いたかったけど恥ずかしいと言ってまし——痛っ! ミコトくんスネ蹴らないでください!」
「え。言いたいことって何?」
「——ただ、ウズメの一番の笑顔が見たかっただけ」
「え、一番って。えー恥ずかしいなー」
「けど、それは大丈夫になった」
「は?」
ワラはそういうと携帯を取り出し、私に画面を見せた。
そこに映っていたのは今日の昼ごはんで羊羹を食べて嬉しくて満面の笑みを浮かべて尻尾を振り回している私だった。
「——あ、あああ!」
ワラ! いつの間に撮ってたの!
「あー可愛い! これ師匠にあげたらデレデレとした顔見れますね!」
「——送る」
「送らないでぇ!」
発表会は惜しくも銀賞。だけど、私の満足度は金賞だった。
「——もう。あれ?」
後ろを振り向くと、幽霊はどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。さらに気のせいか、光の粒がふわふわと周りに浮いている。
「——もしかして。昇天させるには幽霊を満足させるだったよね?」
だとすると幽霊が求めている満足は。
私が本心からこの人生を楽しんでるか。
後日、ワラがあの笑顔の写真を縫お姉ちゃんに送ってくれたおかげで家庭内で一週間ネタにされました。
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